捜査開始
昨日、勇者様がこのお屋敷へ来た。
義父様と、何か大事なお話をしていた。
何を話していたのか聞いてみたけれど、義父様は教えてくださらなかった。
「お前は何も知らなくていい」
そう言われた。
ギルエルにも相談した。
「きっと、お嬢様のことを大切にされているからです。心配をかけたくないのでしょう」
ギルエルはそう言っていた。
でも、私は思う。
私だって、義父様のお役に立ちたい。
いつも優しくしてくださる義父様に、何かお返しがしたい。
義父様。
大好きな義父様。
いつか私にできることがあるなら、何でもいたします。
喜んで。
――ルーシュの日記より抜粋。
◇
貴族街の中でも、パーラメント男爵邸は目立つ。
屋敷そのものも立派だが、何より庭が有名だった。
外国から取り寄せた珍しい花。
この地方では育ちにくい樹木。
季節ごとに表情を変える庭園。
植物愛好家なら一度は見たいと口にする屋敷。
その優雅な邸宅の一室が、今は色気のない会議室に変えられていた。
調度品は片付けられ、中央には大きな机。
椅子が五つ。
余計な飾りはない。
集まったのは、アウグストゥス・ヴァーミリオン。
セレスティア・ヴァレンティア。
レオヴァン・アシュハート。
ロゼ・バレッタ。
ローレン・ゲイデン。
目的は一つ。
四十二人の遺体がデトロン川で発見された事件。
新聞はこれを、デトロン川怪事件と呼んだ。
最初にそう書いたのは、街の有力紙ザレイドポストである。
名前はすぐ広がった。
人は恐怖に名前を付けたがる。
名前を付ければ、少しだけ扱える気がするからだ。
実際には、何も扱えていない。
四十二人は死んでいる。
犯人はまだ捕まっていない。
そして、その犯人の一人は今、会議室の椅子に腰掛けていた。
「では、皆様」
パーラメント・ヒル男爵が咳払いをした。
「この街が抱えた困難と恐怖に立ち向かうため、こうして集まってくださった有志の方々に、まずは市民を代表して敬意と感謝を――」
演説が始まった。
五分。
十分。
十五分。
まだ終わらない。
セレスティアは最初こそ真面目に聞いていたが、途中から視線が机の木目へ落ちた。
レオヴァンは腕を組み、露骨に目を細めている。
ロゼ・バレッタは扇子を閉じたり開いたりしていた。
ローレン・ゲイデンは微笑を保っていたが、指先が机を二度叩いた。
アウグストゥスだけは、最初から最後まで穏やかに聞いていた。
聞いている顔だけは。
二十分を越えたあたりで、レオヴァンが口を挟んだ。
「ああー……パーラメント男爵」
「そろそろ本題に入りたいんですがね」
パーラメント男爵は言葉を止めた。
「おっと、これは失礼」
セレスティアも続ける。
「お気持ちは十分伝わりました。演説は、また後ほど伺います」
「そうですな。少々、話が長くなりました」
少々ではない。
全員が思った。
誰も言わなかった。
「では皆様」
パーラメント男爵は改めて一同を見回す。
「この街を救うため、どうかお力をお貸しください」
「私も及ばずながら協力いたします」
「必要な時は、いつでもお声がけください」
そう言って、パーラメント男爵は部屋を後にした。
扉が閉まる。
会議室に、妙な沈黙が残った。
最初にそれを破ったのは、ロゼ・バレッタだった。
「ところで、アウグストゥス卿」
声に棘がある。
「なぜ貴方がこの会議にいらっしゃるのです?」
「これは異なことを仰る」
アウグストゥスは柔らかく笑った。
「貴方がたを勇者のお二人に紹介したのは私ですぞ」
「その紹介に立ち会わぬ方が、不自然ではありませんかな?」
「私が聞いているのは、そういう話ではありません」
ロゼの眉間に皺が寄る。
四十代にしては若く見える顔立ちだった。
身なりもいい。
金を持つ商家の夫人らしい華やかさもある。
だが、怒るとその華やかさが一気に刺々しくなる。
「一文の得にもならない事件の解決に、貴方が協力する」
「それが気味悪いと言っているのです」
アウグストゥスは笑みを崩さない。
「私とて貴族です」
「その地位に相応しく、この街の役に立ちたいと常々思っております」
「白々しい」
ロゼは吐き捨てた。
「どうせ評判稼ぎでしょう」
「心にもないことばかり言っていると、そのうち天罰が下りますよ」
「おや、怖い」
「星十字教会は天罰の手続きまで請け負っているのですかな?」
「貴方は本当に口だけは達者ですわね」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「褒めておりません」
「では残念だ」
会議が始まる前から、空気が荒れた。
アウグストゥスとロゼは、会うたびにこうなるらしい。
もっとも、アウグストゥスの方に熱はない。
それが余計にロゼを苛立たせる。
相手にされていない。
ロゼはそれを敏感に嗅ぎ取っていた。
この男は社交的に振る舞う。
礼も尽くす。
笑顔も見せる。
だが、自分に利益をもたらさない人間には興味がない。
そして恐らく。
ロゼ・バレッタという女も、その「興味のない人間」の棚に置かれている。
それが許せない。
ロゼは扇子を握る指に力を込めた。
「私とて同じです」
「こんな男と口など利きたくありません」
「では、ぜひそうしていただきたい」
アウグストゥスが即答する。
ロゼの顔がひきつった。
セレスティアは眉間を押さえた。
レオヴァンは天井を見た。
このままでは会議にならない。
その時、ローレン・ゲイデンが口を開いた。
「お二人とも」
声は穏やかだが、通る。
「仲が良いのは分かりました」
「そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
ロゼが睨む。
「仲など良くありません」
「ええ。そこは見れば分かります」
ローレンは涼しい顔で返した。
ロゼが黙る。
アウグストゥスが少しだけ笑った。
「私は構いませんよ」
「彼女と話したいことがあるわけでもないのでね」
完全な本音だった。
だからこそ、ロゼのこめかみが跳ねた。
「……後で覚えていらっしゃい」
「覚えておく価値があれば」
「アウグストゥス卿」
ローレンが名を呼んだ。
それだけで、会話が切れた。
強く叱るでもない。
声を荒げるでもない。
だが、この男は止めどころを知っていた。
元治安官。
現防衛部隊長。
場の乱れを放置しない。
セレスティアはローレンを見る。
なるほど、と小さく頷いた。
使える。
少なくとも、ただの貴族の取り巻きではない。
「勇者殿」
ローレンはセレスティアとレオヴァンへ視線を向けた。
「我々が集まった目的を確認しましょう」
「この場にいる全員、腹に何か抱えている」
そこで一度、アウグストゥスを見た。
「それでも、事件は進んでいる」
次にロゼを見る。
「被害者は戻りません」
最後に勇者二人を見る。
「始めましょう」
会議室に沈黙が落ちた。
先ほどまでの口論とは違う沈黙。
デトロン川怪事件。
四十二人の死。
そして、まだ名前の出ていない失踪者たち。
まとまりのない面子だった。
善意。
執念。
疑念。
打算。
全部が一つの机に乗っている。
レオヴァンが椅子に腰を沈めた。
「じゃあ始めるか」
セレスティアが頷く。
アウグストゥスは穏やかに微笑む。
ロゼは扇子を閉じる。
ローレンは資料を机に置く。
こうして、最悪に統率の取れない捜査会議が始まった。
犯人を交えたまま。
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