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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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捜査開始

 昨日、勇者様がこのお屋敷へ来た。


 義父様と、何か大事なお話をしていた。


 何を話していたのか聞いてみたけれど、義父様は教えてくださらなかった。


「お前は何も知らなくていい」


 そう言われた。


 ギルエルにも相談した。


「きっと、お嬢様のことを大切にされているからです。心配をかけたくないのでしょう」


 ギルエルはそう言っていた。


 でも、私は思う。


 私だって、義父様のお役に立ちたい。


 いつも優しくしてくださる義父様に、何かお返しがしたい。


 義父様。


 大好きな義父様。


 いつか私にできることがあるなら、何でもいたします。


 喜んで。


 ――ルーシュの日記より抜粋。



 貴族街の中でも、パーラメント男爵邸は目立つ。


 屋敷そのものも立派だが、何より庭が有名だった。


 外国から取り寄せた珍しい花。


 この地方では育ちにくい樹木。


 季節ごとに表情を変える庭園。


 植物愛好家なら一度は見たいと口にする屋敷。


 その優雅な邸宅の一室が、今は色気のない会議室に変えられていた。


 調度品は片付けられ、中央には大きな机。


 椅子が五つ。


 余計な飾りはない。


 集まったのは、アウグストゥス・ヴァーミリオン。


 セレスティア・ヴァレンティア。


 レオヴァン・アシュハート。


 ロゼ・バレッタ。


 ローレン・ゲイデン。


 目的は一つ。


 四十二人の遺体がデトロン川で発見された事件。


 新聞はこれを、デトロン川怪事件と呼んだ。


 最初にそう書いたのは、街の有力紙ザレイドポストである。


 名前はすぐ広がった。


 人は恐怖に名前を付けたがる。


 名前を付ければ、少しだけ扱える気がするからだ。


 実際には、何も扱えていない。


 四十二人は死んでいる。


 犯人はまだ捕まっていない。


 そして、その犯人の一人は今、会議室の椅子に腰掛けていた。


「では、皆様」


 パーラメント・ヒル男爵が咳払いをした。


「この街が抱えた困難と恐怖に立ち向かうため、こうして集まってくださった有志の方々に、まずは市民を代表して敬意と感謝を――」


 演説が始まった。


 五分。


 十分。


 十五分。


 まだ終わらない。


 セレスティアは最初こそ真面目に聞いていたが、途中から視線が机の木目へ落ちた。


 レオヴァンは腕を組み、露骨に目を細めている。


 ロゼ・バレッタは扇子を閉じたり開いたりしていた。


 ローレン・ゲイデンは微笑を保っていたが、指先が机を二度叩いた。


 アウグストゥスだけは、最初から最後まで穏やかに聞いていた。


 聞いている顔だけは。


 二十分を越えたあたりで、レオヴァンが口を挟んだ。


「ああー……パーラメント男爵」


「そろそろ本題に入りたいんですがね」


 パーラメント男爵は言葉を止めた。


「おっと、これは失礼」


 セレスティアも続ける。


「お気持ちは十分伝わりました。演説は、また後ほど伺います」


「そうですな。少々、話が長くなりました」


 少々ではない。


 全員が思った。


 誰も言わなかった。


「では皆様」


 パーラメント男爵は改めて一同を見回す。


「この街を救うため、どうかお力をお貸しください」


「私も及ばずながら協力いたします」


「必要な時は、いつでもお声がけください」


 そう言って、パーラメント男爵は部屋を後にした。


 扉が閉まる。


 会議室に、妙な沈黙が残った。


 最初にそれを破ったのは、ロゼ・バレッタだった。


「ところで、アウグストゥス卿」


 声に棘がある。


「なぜ貴方がこの会議にいらっしゃるのです?」


「これは異なことを仰る」


 アウグストゥスは柔らかく笑った。


「貴方がたを勇者のお二人に紹介したのは私ですぞ」


「その紹介に立ち会わぬ方が、不自然ではありませんかな?」


「私が聞いているのは、そういう話ではありません」


 ロゼの眉間に皺が寄る。


 四十代にしては若く見える顔立ちだった。


 身なりもいい。


 金を持つ商家の夫人らしい華やかさもある。


 だが、怒るとその華やかさが一気に刺々しくなる。


「一文の得にもならない事件の解決に、貴方が協力する」


「それが気味悪いと言っているのです」


 アウグストゥスは笑みを崩さない。


「私とて貴族です」


「その地位に相応しく、この街の役に立ちたいと常々思っております」


「白々しい」


 ロゼは吐き捨てた。


「どうせ評判稼ぎでしょう」


「心にもないことばかり言っていると、そのうち天罰が下りますよ」


「おや、怖い」


「星十字教会は天罰の手続きまで請け負っているのですかな?」


「貴方は本当に口だけは達者ですわね」


「褒め言葉として受け取っておきましょう」


「褒めておりません」


「では残念だ」


 会議が始まる前から、空気が荒れた。


 アウグストゥスとロゼは、会うたびにこうなるらしい。


 もっとも、アウグストゥスの方に熱はない。


 それが余計にロゼを苛立たせる。


 相手にされていない。


 ロゼはそれを敏感に嗅ぎ取っていた。


 この男は社交的に振る舞う。


 礼も尽くす。


 笑顔も見せる。


 だが、自分に利益をもたらさない人間には興味がない。


 そして恐らく。


 ロゼ・バレッタという女も、その「興味のない人間」の棚に置かれている。


 それが許せない。


 ロゼは扇子を握る指に力を込めた。


「私とて同じです」


「こんな男と口など利きたくありません」


「では、ぜひそうしていただきたい」


 アウグストゥスが即答する。


 ロゼの顔がひきつった。


 セレスティアは眉間を押さえた。


 レオヴァンは天井を見た。


 このままでは会議にならない。


 その時、ローレン・ゲイデンが口を開いた。


「お二人とも」


 声は穏やかだが、通る。


「仲が良いのは分かりました」


「そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」


 ロゼが睨む。


「仲など良くありません」


「ええ。そこは見れば分かります」


 ローレンは涼しい顔で返した。


 ロゼが黙る。


 アウグストゥスが少しだけ笑った。


「私は構いませんよ」


「彼女と話したいことがあるわけでもないのでね」


 完全な本音だった。


 だからこそ、ロゼのこめかみが跳ねた。


「……後で覚えていらっしゃい」


「覚えておく価値があれば」


「アウグストゥス卿」


 ローレンが名を呼んだ。


 それだけで、会話が切れた。


 強く叱るでもない。


 声を荒げるでもない。


 だが、この男は止めどころを知っていた。


 元治安官。


 現防衛部隊長。


 場の乱れを放置しない。


 セレスティアはローレンを見る。


 なるほど、と小さく頷いた。


 使える。


 少なくとも、ただの貴族の取り巻きではない。


「勇者殿」


 ローレンはセレスティアとレオヴァンへ視線を向けた。


「我々が集まった目的を確認しましょう」


「この場にいる全員、腹に何か抱えている」


 そこで一度、アウグストゥスを見た。


「それでも、事件は進んでいる」


 次にロゼを見る。


「被害者は戻りません」


 最後に勇者二人を見る。


「始めましょう」


 会議室に沈黙が落ちた。


 先ほどまでの口論とは違う沈黙。


 デトロン川怪事件。


 四十二人の死。


 そして、まだ名前の出ていない失踪者たち。


 まとまりのない面子だった。


 善意。


 執念。


 疑念。


 打算。


 全部が一つの机に乗っている。


 レオヴァンが椅子に腰を沈めた。


「じゃあ始めるか」


 セレスティアが頷く。


 アウグストゥスは穏やかに微笑む。


 ロゼは扇子を閉じる。


 ローレンは資料を机に置く。


 こうして、最悪に統率の取れない捜査会議が始まった。


 犯人を交えたまま。


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