同盟成立
握手が終わる。
アウグストゥスはゆっくりと席へ戻った。
指先でティーカップを取る。
まだ温かい。
香りを確かめるように一度だけ口元へ運び、それから静かに切り出した。
「では、早速ですが」
セレスティアとレオヴァンの視線が向く。
「私が紹介したい人物について、お話ししましょう」
「その人物は?」
レオヴァンが尋ねた。
アウグストゥスは柔らかく笑う。
「パーラメント卿から、すでに紹介されているかもしれませんが」
一拍置く。
「ローレン・ゲイデンという男をご存知でしょうか?」
その名が出た瞬間。
アエーシュモーの視線だけが動いた。
無表情のまま、主人を見る。
止めるわけではない。
ただ、確認する視線。
アウグストゥスは気付いていた。
だが、あえて無視した。
「街の東区を守る防衛部隊の隊長です。元は治安局の治安官でしてな」
「さぁ?」
レオヴァンは肩をすくめた。
「パーラメント男爵には、貴方へ手紙を書いてもらっただけです」
「それ以上のことは、何も」
「おや。そうでしたか」
アウグストゥスは軽く眉を上げた。
「私はてっきり、パーラメント卿が貴方がたを本格的に支援しているものとばかり思っていましたが」
「失礼。こちらの勘違いだったようです」
口ではそう言いながら、頭の中では別の計算が走っていた。
(なるほど)
(この獣人がパーラメントを動かしたわけではないのか)
では、あの手紙はパーラメント本人の善意。
余計に面倒だった。
(打算で動いてくれた方が楽なのだがな)
打算なら読める。
損得。
利害。
見返り。
そういう線で動く人間は、扱いやすい。
だが善意は違う。
(善意は厄介だ)
人に余計なことをさせる。
普段は女房を殴っている飲んだくれのろくでなしですら、気まぐれで乞食にパンを投げることがある。
悪意には筋がある。
欲にも筋がある。
だが善意は、ふと湧く。
だから邪魔になる。
(俺の人生で足を引っ張ってきたのは、悪意より善意の方が多い)
もっとも、文句を言っても始まらない。
(だが、ローレンをまだ紹介されていないなら都合がいい)
先にこちらから差し出せる。
主導権はこちらに残る。
アウグストゥスは表情を変えず、次の札を切った。
「では、ロゼ・バレッタ夫人という人物もご存じない?」
今度はアエーシュモーは動かなかった。
ただ沈黙して、主人の言葉を聞いている。
「誰ですかい? そのご夫人は」
レオヴァンが問う。
「ロゼ夫人は、バレッタ&テコドン商会を経営しているホワイト・バレッタの妻です」
アウグストゥスは説明を続けた。
「ただし、商会を本当に回しているのは彼女の方だと言われています」
「顔が広く、この街の商人ギルドにも顔が利く」
「ついでに、星十字教会の司教たちとも面識がある」
「彼女は熱心な、信徒でしてね」
「お布施の金額も、そうとなモノだと聞いております」
セレスティアの目が細くなる。
「仲間にすれば、情報網は一気に広がるでしょう」
そこまで言ってから、アウグストゥスは少しだけ声を落とした。
「それに……彼女の友人が半年前に失踪しておりましてね」
「友人?」
「カミーユ・サッチ夫人です」
名前を口にした瞬間だけ、アエーシュモーの指が微かに動いた。
ほんの僅か。
勇者たちは気付かない。
アウグストゥスだけが気付いていた。
「五十代の平民の女性なのですが、彼女も星十字教の信徒なのですよ」
「もし発見された遺体の中に、同年代の女性がいるなら……」
最後まで言わない。
言わなくても通じる。
セレスティアは黙っていた。
その沈黙に、アエーシュモーが割り込む。
「そのような人物を捜査に加えてよろしいのですか?」
声は淡々としていた。
「被害者に近い人物です。冷静さを欠く可能性があります」
アウグストゥスは紅茶を置いた。
「構わんだろう」
「カミーユ夫人が失踪して以来、ロゼ夫人は彼女を探し続けている」
穏やかな声だった。
けれど、言葉は薄く冷たい。
「彼女が失踪するはずがない。きっと何かの事件に巻き込まれたのだ、と」
セレスティアがわずかに反応する。
それは信念だ。
あるいは執念。
捜査では武器にも毒にもなる。
「つまり」
アウグストゥスは微笑む。
「声を掛ければ、喜んで協力してくれるでしょう」
「私は、そこを心配しているのです」
アエーシュモーは主人を見る。
「近しい者を失った人物は、捜査中に余計な感情を混ぜます」
「それについても心配いらん」
アウグストゥスは切った。
「ロゼ夫人は頭が切れる」
「感情的ではあるが、愚かではない」
それからレオヴァンへ視線を戻す。
「ローレン君については、元治安局の人間です」
「今の治安局より、内部事情には詳しい」
「彼を通せば、治安局の中でも使える人間に辿り着けるかもしれません」
レオヴァンは黙って聞いていた。
疑っている顔だ。
当然だろう。
犯人候補が、捜査に役立つ人材を紹介してくる。
まともに考えれば罠だ。
だが、拒むには惜しい。
ロゼ・バレッタ。
商人ギルドと星十字教会への人脈。
失踪者の友人。
ローレン・ゲイデン。
元治安官。
防衛部隊長。
治安局への足掛かり。
どちらも喉から手が出るほど欲しい。
「この二人を、今度ご紹介させていただきたい」
アウグストゥスは、気のいい老紳士の顔でそう言った。
セレスティアはその笑みを信じなかった。
レオヴァンも信じていない。
だが、断らない。
断る理由がなかった。
レオヴァンは、アウグストゥスのこの提案を利用する気でいたからだ。
「分かりました」
セレスティアが答える。
「ご紹介をお願いします」
「ええ。喜んで」
アウグストゥスは満足そうに頷いた。
その後、いくつか形式的な話を交わし、勇者二人はヴァーミリオン邸を後にした。
◇
馬車の音が遠ざかる。
屋敷の門が閉じる。
その音を確認してから、アエーシュモーが口を開いた。
「なぜ、あの二人を推薦したのですか?」
アウグストゥスは窓の外を見ていた。
「勇者と会わせるには、旦那様にとって大変都合が悪い人物かと」
「だからだよ、アエーシュモー」
アウグストゥスは振り返った。
「人は、都合の悪いものから距離を取る」
穏やかな声。
だが、さきほど勇者たちに見せていたものとは違う。
「距離を取れば、そこに違和感ができる」
「違和感を覚えさせれば、その違和感の正体を探られる」
「探し出したら、見つけ出される」
アエーシュモーは黙って聞いていた。
「だから、こちらから差し出す」
アウグストゥスの口元が歪む。
「どうせパーラメントの屋敷に居るなら、遅かれ早かれ紹介された可能性がある」
「ならば俺が紹介する」
「俺が場を作る」
「俺が順番を決める」
声に楽しげな響きが混じった。
「厄介者なら、厄介者らしく使ってやればいい」
「ロゼも」
「ローレンも」
「勇者たちも」
アエーシュモーは少しだけ目を伏せる。
「全員、駒として扱うと」
「……いや、違うな」
アウグストゥスは笑った。
柔らかな老紳士の笑みではない。
もっと乾いた、底意地の悪い笑みだった。
「駒にするのではない」
「自分から盤上に上がってもらうのだ」
窓の外では、勇者たちを乗せた馬車が角を曲がって消えていく。
アウグストゥスはそれを見送りながら呟いた。
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