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サイコパス男爵とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
第一部

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勇者と魔王の化かし合い

「ヴァレンティア殿」


 アウグストゥスは穏やかな笑みを浮かべた。


「捜査に役立ちそうな人材を何名か紹介できると思うのですが――如何でしょうかな?」


 セレスティアは言葉に詰まった。


 犯人だと疑っている男から協力を申し出られる。


 予想外にも程がある。


 断るべきか。


 受けるべきか。


 判断がつかない。


 思わずレオヴァンを見る。


 助けを求める視線だった。


 レオヴァンは小さくため息を吐いた。


 そして満面の笑みを浮かべる。


「それは助かります」


「こちらも捜査員が二人だけで困っていたところなんですよ」


 あまりにも自然だった。


 あまりにも迷いがなかった。


 セレスティアは思わず固まる。


 数秒後。


「バカなのか?」


 反射的に口から出た。


「あっ」


 しまったと思った時には遅かった。


「失礼、男爵殿」


 慌てて咳払いをする。


「少々、この男と話がありますので」


「お手洗いをお借りしても?」


 アウグストゥスは笑みを崩さない。


「構いませんよ」


「部屋を出て右手の廊下を突き当たりまで進んでください」


「左側の扉がお手洗いになります」


「案内を付けましょうか?」


「いえ、結構です」


 セレスティアは立ち上がる。


 そしてレオヴァンへ顔を向けた。


 来い。


 その一言が視線に込められていた。


 レオヴァンは肩をすくめる。


「やれやれ」


 そう呟きながら立ち上がった。



 勇者たちが部屋を出る。


 扉が閉まる。


 その瞬間。


 アウグストゥスの表情から穏やかな笑みが消えた。


 思考を整理する。


 セレスティアたちが掴んでいる情報。


 下水道の保管室。


 ロバート・デーン。


 母親へ送られた金貨五十枚。


 深淵の魔法。


 僅か四日。


 たった四日でここまで辿り着いた。


(優秀だな)


 率直な評価だった。


 だが。


(半分は運だ)


 最大の失敗は誕生パーティーだった。


 あの時。


 セレスティアへ触れた。


 深淵の魔法の存在を知られた。


 全てはそこから始まっている。


(失敗したとは思わん)


(だが慢心していたのは認めよう)


 パーティーの空気。


 貴族としての立場。


 自然な挨拶。


 その全てを優先した。


 結果として余計な情報を与えた。


(少々、サービス精神が過ぎたな)


 アウグストゥスは苦笑した。


(次は気を付けるとしよう)


 そしてもう一つ。


 問題がある。


(深淵の魔法だ)


 便利だ。


 だが目立つ。


 情報を隠していること自体が分かる。


 それは欠陥だった。


「アエーシュモー」


「はい」


 隣に控えるメイドが答える。


「深淵の魔法の改良は可能か?」


「どのような方向で?」


「記憶を隠すのではなく」


 アウグストゥスは静かに言った。


「偽の記憶を読ませる」


 アエーシュモーの口元が僅かに歪む。


「面白そうですね」


「出来るか?」


「対価を頂けるのであれば」


「構わん」


「ならば作れ」


「承知いたしました」


 アエーシュモーは一礼した。



 一方その頃。


 人の居ない廊下。


 セレスティアは振り返るなり叫んだ。


「どういうつもりだ!」


「明らかに罠だろう!」


「だろうな」


 レオヴァンは即答した。


「なら何故受ける!」


「監視しやすくなるからだ」


「……は?」


 セレスティアが固まる。


 レオヴァンは壁にもたれた。


「考えてみろ」


「あいつは何か隠してる」


「そこは間違いねぇ」


「だが」


 そこで言葉を切る。


「その隠し事が事件と関係あるか分からねぇ」


 セレスティアは黙る。


 それが問題だった。


 疑わしい。


 だが決定打がない。


「だから側に置く」


「観察する」


「利用する」


「もし俺たちを誘導しようとしたら?」


 レオヴァンが笑う。


「その誘導した方向と逆に答えがある」


 セレスティアは腕を組んだ。


 理屈は理解できる。


 だが感情が納得しない。


「お前はあの男が犯人じゃないと思っているのか?」


「いや」


 レオヴァンは首を振る。


「犯人でもおかしくねぇ」


 即答だった。


「むしろ怪しい」


「だろう!」


「だが」


 レオヴァンは続ける。


「犯人じゃなかった場合」


「俺たちは貴重な時間を無駄にする」


 連続失踪事件は今も続いている。


 犯人を一人に絞って外した場合。


 その代償は大きい。


「だから広く調べる」


「あいつも使う」


「紹介される人材も使う」


「全部使う」


「それが一番効率がいい」


 セレスティアは唸った。


「ぬぅ……」


 納得はできない。


 だが反論も難しい。


 しばらく考えた末。


 セレスティアは条件を出した。


「なら約束しろ」


「何だ?」


「今後、あの男と私の意見が割れた時」


 真っ直ぐレオヴァンを見る。


「私の方が間違っていそうでも」


「私を支持しろ」


 レオヴァンは吹き出した。


「何だそれ」


「約束しろ」


「子供か」


「約束しろ」


 真顔だった。


 本気だった。


 レオヴァンは苦笑する。


「分かったよ」


「お嬢さん」


「その時はお前を支持してやる」


「絶対だぞ」


「ああ」


「絶対だ」


 セレスティアはようやく満足した。



 二人は応接室へ戻る。


 アウグストゥスは何事も無かったかのように微笑んだ。


「話し合いは済みましたかな?」


 レオヴァンが前へ出る。


「ええ」


「結論が出ました」


 アウグストゥスは黙って待つ。


「男爵殿」


 レオヴァンが手を差し出した。


「是非とも協力していただきたい」


 一瞬だけ。


 アウグストゥスの目が細くなる。


「それは光栄ですな」


 ゆっくりと立ち上がる。


「私もお力になれれば嬉しく思います」


 二人は握手した。


 互いに笑顔だった。


 誰が見ても友好的だった。


 だが。


 セレスティアだけは知っている。


 この握手に信頼など一欠片も存在しないことを。


 握手を交わす二人は。


 互いを利用しようとしていた。


 そして。


 互いに相手を危険人物だと思っていた。


 それでも握手する。


 それが今の最善手だったからだ。


 ――先に相手を利用し尽くした方が勝つ。


 応接室にいた三人は。


 誰も口には出さなかったが、同じことを考えていた。




◇ ——おまけ——



可哀想な娘が居るのです。


本当はとても優しい娘なのです。


困っている人を放っておけなくて。


寂しい人を見ると放っておけなくて。


だから、よく平民の子とも遊んでいたのです。


ある日もそうでした。


友達になった平民の子と、二人だけの秘密の場所で遊んでいたのです。


夕暮れになって。


また明日、と約束して別れました。


とても楽しそうでした。


ですが次の日。


あの娘が秘密の場所へ行くと、その子は来ませんでした。


その次の日も。


そのまた次の日も。


来なかったのです。


あの娘は、とても悲しそうでした。


そして四日目。


ようやくその子は来ました。


本当に少し遅れただけだったのでしょう。


ですが、あの娘は酷く怒ってしまったのです。


どうして来てくれなかったの。


どうして約束を破ったの。


どうして私を一人にしたの。


そう言って。


それから――


気が付くと。


辺り一面が血の色に染まっていました。


あの娘は泣いていました。


ごめんなさい。


ごめんなさい。


そう言いながら。


友達だった子の首を抱きしめていたのです。


ですが。


その子は、もう二度と返事をしてくれませんでした。


ーーギルエルの回想より抜粋




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