単刀直入×猪突猛進
ロバート・デーン。
その名を見た瞬間、アウグストゥスは理解した。
勇者たちは、もう掴んでいる。
あの少年と、自分との繋がりを。
ヴァーミリオン男爵邸の応接室。
最高級の紅茶が香るその場所で、アウグストゥス・ヴァーミリオンは、羊皮紙に記された名簿へ視線を落としていた。
そこには最近行方不明になった者たちの名が並んでいる。
そして、その中に。
ロバート・デーンの名があった。
「そのリストに、貴方の知っている人物は居ないでしょうか?」
セレスティア・ヴァレンティアが静かに尋ねた。
声は穏やかだった。
だが、目は笑っていない。
その隣では、レオヴァン・アシュハートが紅茶のカップを片手にこちらを見ている。
獣人特有の鋭い嗅覚。
そして、それ以上に厄介な観察眼。
アウグストゥスは羊皮紙から顔を上げなかった。
(さて、どう答えてやるか……)
知らを切るか。
無意味だ。
ロバート・デーンの名が載ったリストを持ってきた時点で、少なくとも最低限の調べはついている。
では、素直に話すか。
それは悪くない。
問題は、その後だ。
(まさか、あの川に浮かんでいた遺体の中に彼が居たのですか――と、戸惑ってみせるか)
普通の反応だ。
屋敷で働いていた少年が行方不明になり、遺体の中に居たかもしれないと聞かされれば、善良な人間なら驚く。
悲しむ。
動揺する。
だが、それだけでは弱い。
善良な市民を演じるには十分でも、次の展開に繋がらない。
(では、憤ってみせるか)
真面目に生きていたスラムの少年を、あんな無惨な殺し方をした犯人に天罰が下るべきだ――。
勇者殿、一緒に悪を成敗いたしましょう。
悪くない。
善意の協力者として、勇者たちに近付く流れが作れる。
犯人逮捕への協力を申し出るには、むしろ自然だ。
だが。
(問題は、勇者たちが俺をどう評価しているかだ)
感情的で情に流される人間だと思われているなら、憤りは自然に映る。
しかし。
情よりも理性で動く男だと見抜かれているなら、過剰な感情表現は逆効果になる。
疑いを深めるだけだ。
(誕生パーティーの短い時間で、俺の本質をどこまで掴んだか)
いや。
そこを考えるより、彼らが聞いたであろう評判に合わせる方がいい。
パーティー会場に居た貴族たち。
パーラメント・ヒル男爵。
彼らがアウグストゥスをどう語ったか。
その人物像から外れなければ、違和感は少ない。
(まぁ、俺の噂など大体決まっている)
理知的。
穏やか。
慈善家ではないが、社会秩序には協力的。
冷淡ではあるが、礼節は守る。
そういう男。
(ならば、迷う必要はない)
ここまでの計算に、ほとんど時間はかからなかった。
会話の流れの中の、ほんの一瞬。
アウグストゥスは顔を上げる。
そして、勇者たちが想定しているであろう反応を、過不足なく返した。
「ええ。ありますな」
落ち着いた声だった。
だが、わずかに息を整える間を置く。
動揺を隠そうとしているように。
「知っている人物の名前が」
アウグストゥスは羊皮紙の一点を指差した。
「この、ロバート・デーンという名です」
セレスティアの目がわずかに細くなる。
レオヴァンは黙って紅茶を飲んだ。
「その少年は、魔力禍の嵐が発生する少し前から、我が屋敷で働いてもらっていました」
アウグストゥスは声を低くした。
「まさか……あの川に浮かんでいた遺体の中に、彼が居たのですか?」
沈黙が落ちた。
短い。
だが重い沈黙だった。
セレスティアはアウグストゥスを見つめる。
その反応は、予想通りだった。
そして、期待外れでもあった。
(最低でも、この程度の反応は返してくると思っていた)
セレスティアは内心でそう考える。
もう少し大袈裟に動揺してくれれば、疑いを確信に変えやすかった。
だが、アウグストゥスの反応は自然だった。
自然すぎるほどに。
だからこそ厄介だった。
「ロバート・デーンと知り合いであることは、認めるのですね?」
「ええ」
アウグストゥスは頷いた。
「別に隠すような、やましいことはしておりませんので」
穏やかな返答。
少しも焦っていない。
しかし、感情がないわけでもない。
「ある日突然、買い出しに行ったきり、屋敷に戻って来ませんでした」
アウグストゥスは目を伏せる。
「心配して、アエーシュモーに周辺を探させたのですが……結局、見つかりませんでした」
その言葉に合わせるように、部屋の隅に控えていたアエーシュモーが小さく一礼した。
無表情。
感情のない所作。
それが逆に、応接室の空気を冷たくした。
「そうですか」
アウグストゥスは右手で顔の半分を覆った。
深く嘆くわけではない。
取り乱すわけでもない。
ただ、静かに事実を受け止めた男の顔だった。
「彼は……もう、この世には居ないのですね」
セレスティアはわずかに息を吐いた。
上手い。
あまりにも上手い。
悲しみすぎれば嘘臭い。
冷静すぎれば人間味がない。
その中間。
アウグストゥスは、ちょうど疑いづらい温度で悲しんでみせた。
だが、ここで引くつもりはない。
「では、もう一つ伺います」
「何なりと」
「ロバート・デーンの失踪が判明する前に、何者かが彼の母親へ金貨五十枚の入った袋を送っています」
アウグストゥスは眉を動かした。
「金貨五十枚?」
「はい」
「それをご存知ですか?」
「いいえ。初耳です」
即答。
早すぎず、遅すぎない。
「一体、誰がそんなことを?」
「それが、私たちにも分かりません」
セレスティアは静かに言った。
「その金貨には、貴方と同じ深淵の魔法が掛けられていました」
部屋の空気が一段冷える。
「そのせいで、私のサイコメトリーでも残留思念を読むことができませんでした」
「ほう……」
アウグストゥスは感心したように呟いた。
「それは厄介ですな」
その声音に、焦りはない。
むしろ興味深い話を聞いた学者のようですらあった。
セレスティアはじっとアウグストゥスを見つめる。
「ご存知ですか、ヴァーミリオン男爵」
「何をでしょう?」
「可視化の魔法を使える者は、そう多くありません」
セレスティアは言葉を選ぶように続けた。
「つまり、ほとんどの魔法使いは、可視化の魔法を警戒する必要がない」
「なるほど」
「当然、可視化の魔法に対抗するための深淵の魔法を使える者も少なくなります」
そこで、今まで黙っていたレオヴァンが口を開いた。
「普通に生きてりゃ、無理してまで深淵の魔法で守りたい秘密なんざないからな」
低い声。
セレスティアとは違う角度からの圧。
レオヴァンはカップを置き、アウグストゥスを見る。
「そこで聞きたいんですがね、ヴァーミリオン男爵」
「はい」
「貴方は誰に深淵の魔法を掛けてもらっているんですか?」
レオヴァンの目が細くなる。
「御自分で掛けていないなら、その人物を教えて頂きたい」
「もしかすると、そいつが今回の事件の犯人かもしれませんから」
挑発。
探り。
そして罠。
アウグストゥスはそれを理解した。
ここで庇えば怪しまれる。
隠せばさらに怪しまれる。
だが、彼は迷わなかった。
「それはありえません」
「なぜ言い切れるんです?」
レオヴァンがすぐに食いつく。
「深淵の魔法は、御自分で掛けておられるとか?」
「いいえ、勇者アシュハート」
アウグストゥスは静かに首を振った。
「魔法を使えるのは私ではありません」
そして横へ視線を向ける。
「私の側にいるメイド、アエーシュモーです」
勇者二人の視線が、同時にアエーシュモーへ向いた。
黒髪のメイドは、何の感情も見せずに一礼する。
「それは本当ですか? ええと……」
「アエーシュモー・ダエーワです。勇者殿」
彼女は淡々と答えた。
「私のことは、アエーシュモーとお呼びください」
「ああ、ではアエーシュモーさん」
レオヴァンは言葉を続ける。
「貴女は本当に深淵の魔法を使えるんですか?」
「はい。本当です」
「他には?」
「主に黒魔術を得意としております」
即答だった。
隠す様子がない。
むしろ、聞かれたことに答えているだけ。
それがかえって不気味だった。
「まさか、死霊系の魔術も得意だったりしますか?」
「はい」
アエーシュモーは瞬き一つせずに答えた。
「一通りは使いこなせますが、それが何か?」
セレスティアの視線が鋭くなる。
深淵。
事件前のロバートの失踪。
首のないロバートの遺体。
あまりにも符号が揃いすぎている。
だが、アエーシュモーは平然としていた。
まるで、料理の得意分野を尋ねられたように。
「いいえ」
レオヴァンは肩を竦める。
「ただ、何となく聞いてみただけです」
嘘だ。
この場の全員が、それを理解していた。
横からセレスティアが口を挟む。
「その深淵の魔法は、どこで覚えられたのですか?」
「深淵の魔法というより、魔術全般はとある施設で」
「施設?」
セレスティアとレオヴァンの目が僅かに動いた。
施設。
その言葉には妙な重さがあった。
アエーシュモーが説明を続けようとする前に、アウグストゥスが柔らかく口を挟む。
「ああ、失礼」
彼は申し訳なさそうに微笑んだ。
「彼女は、かつて奴隷でしてね」
空気が止まる。
「施設というのは、その奴隷を管理していた場所のことです」
アウグストゥスは声の調子を落とした。
「ただ、あまり細かいことは……彼女の名誉のためにも、何卒ご容赦いただきたい」
最後まで言わない。
言わないことで、想像させる。
勇者たちの良識に訴える。
実に巧妙だった。
だが。
「旦那様はそう仰いますが、私は気にしません」
アエーシュモーが無表情のまま言った。
「気になるのでしたら、お答えいたします」
あまりにも淡々としていた。
傷ついた過去を隠す者の声ではない。
ただ、必要なら情報を開示するという声。
「いえ、結構です」
セレスティアはすぐに答えた。
「アエーシュモーさん。不躾なことを聞いて申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらず」
アエーシュモーは一礼する。
「気になることは何なりとお尋ねください」
そして、ほんのわずかに目を細めた。
「それが私の仕事ですので」
セレスティアは、その言葉を聞いた瞬間に決めた。
この女も危険だ。
主に従うだけの使用人ではない。
アウグストゥスの盾。
アウグストゥスの刃。
そして、おそらくは共犯者。
ならば。
「では、遠慮なく」
セレスティアは背筋を伸ばした。
応接室の空気が変わる。
紅茶の香りが遠のいた。
レオヴァンもカップから手を離す。
アウグストゥスは穏やかな笑みを浮かべたまま、セレスティアを見ている。
その顔に、警戒の色はない。
少なくとも表面上は。
セレスティアはアエーシュモーを真っ直ぐ見据えた。
「私は、貴女の主が犯人だと思っています」
静かな声だった。
だが、その一言で応接室の空気は凍りついた。
「アエーシュモーさん」
セレスティアは続ける。
「貴女は、どう思われますか?」
和やかに進んでいたはずの会話は、その瞬間、尋問へと変わった。
そして、アエーシュモーは。
ほんのわずかに、口元を緩めた。
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