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サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~勇者に追われる家族の日常~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
麗しき災厄

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ロバート・デーン

 アウグストゥスが地下研究室で怪しげな薬品の調合を続けていると、不意に扉がノックされた。


 コンコン。


 規則正しい音。


 だが、部屋の主が返事をする前に扉が開く。


 入ってきたのはアエーシュモー・ダエーワだった。


 黒髪のメイドはいつものように無表情のまま一礼する。


「旦那様。ヴァレンティア様とアシュハート様がお見えです」


「どうされますか?」


「会うさ。もちろんだ」


 アウグストゥスは落ち着いた口調で答えた。


 驚きはない。


 予想していたからだ。


 一昨日、律儀にもパーラメント・ヒル男爵から手紙が届いていた。


 内容は単純だった。


 勇者たちがアウグストゥスと面会したがっていること。


 そして都合の良い日時を教えてほしいという問い合わせだった。


 あまりにも真っ当な手順。


 だからこそ少し意外だった。


 アウグストゥスは蒸留器から滴り落ちる液体を眺めながら考える。


(セレスティア・ヴァレンティアの性格から考えれば、事前連絡など寄越さず訪ねて来ると思っていたのだがな)


 誕生パーティーで観察した限り、彼女は行動力の塊だ。


 正義感が強く。


 直感で動き。


 思い立ったらすぐ実行する。


 良くも悪くも勇者らしい。


 そういう人間だ。


 だから本来なら、


『少し話が聞きたい』


 程度の理由で、そのまま屋敷へ乗り込んできても不思議ではない。


(色々と考えた結果、恐らく獣人の勇者の入れ知恵だろう)


 レオヴァン・アシュハート。


 あの男は慎重だ。


 少なくともセレスティアよりは遥かに。


(どうやら、あの獣人の勇者は彼女のブレインらしい)


 そう考えると色々と辻褄が合う。


(貴族の俺の機嫌を損ねて捜査を妨害されないように根回しをしたか)


(悪くない判断だ)


 アウグストゥスは内心で評価した。


 相手が貴族である以上、最低限の礼儀は通しておく。


 それだけで得られる利益は大きい。


 少なくとも敵対する理由を一つ消せる。


 もっとも。


(別に来るのに連絡など必要なかったのだ)


 アウグストゥスは肩を竦める。


(どのみち、お前たちとは折を見て会う予定だった)


 勇者たちは有力な情報源だ。


 同時に危険な存在でもある。


 だからこそ、いずれ接触するつもりだった。


 予定が少し早まっただけの話だ。


(俺を訪ねて来た理由は、やはり深淵の魔法だろうな)


 誕生パーティーで使用した魔法。


 隠蔽工作。


 情報操作。


 あの場にいた人間で気付いた者はほとんど居なかったはずだ。


 だが勇者たちは違う。


(捜査を始めて日が浅い)


(今の段階で有力な犯人候補など存在するはずもない)


(ならば最も怪しい人間を疑う)


(当然の話だ)


 アウグストゥスは少しだけ笑った。


 その判断自体は間違っていない。


 むしろ優秀な捜査官ほどそうする。


 まず最も怪しい人物を調べる。


 そこから可能性を削っていく。


 王道だ。


 一拍置いてから思考を続ける。


(パーラメント・ヒルが俺に手紙を書いた)


(つまり既に勇者たちへ協力していると考えるべきだな)


 問題はそこだった。


 パーラメント・ヒル本人は脅威ではない。


 アウグストゥスはそう判断している。


 だが――。


(今考えられる最悪の展開は)


(パーラメント・ヒルが勇者たちの捜査に協力し、自分の人脈を紹介することだ)


 そこが厄介だった。


 パーラメント・ヒルは有能ではない。


 少なくとも飛び抜けて優秀な人物ではない。


 政務能力も。


 経済感覚も。


 政治力も。


 平均より少し上程度だ。


 しかし。


(奴は敵を作らん)


 それが最大の武器だった。


(ともかく敵を作りにくい性格をしている)


(おかげで社交界では友人が多い)


(そして、その友人の中には厄介な人材が何人か居る)


 アウグストゥスは一人目を思い浮かべる。


(ロゼ・バレッタ夫人)


 商人ホワイト・バレッタの妻。


 だが実質的に商会を動かしているのは彼女の方だ。


 夫は商売人としては平凡。


 成功の理由は妻の才覚にある。


 そう言っても過言ではない。


 アウグストゥスは過去を思い出した。


 星十字教会主催の慈善舞踏会。


 孤児支援の資金不足が議題になった時のことだ。


 アウグストゥスは提案した。


 街の一等地にある教会を移転させる。


 代わりに採算性の高い施設を建設する。


 税収は増える。


 その増加分を孤児支援へ回す。


 極めて合理的な提案だった。


 少なくともアウグストゥスはそう考えている。


 しかし。


 ロゼ・バレッタは激怒した。


 後で知ったことだが、彼女は熱心な星十字教徒だった。


 それ以来。


 何かとアウグストゥスを敵視している。


(ヒステリックな性格を除けば頭は回る)


(そして何より厄介なのは)


 アウグストゥスの表情が僅かに曇る。


(ルーシュが殺した四十二人の中に、あの女の友人が居ることだ)


 カミーユ・サッチ。


 平民の中年女性。


 熱心な星十字教徒。


 ロゼ・バレッタと共に炊き出しへ参加していた人物。


(カミーユ・サッチに失踪する理由はない)


(だからこそロゼは探し続けている)


 夫以上に。


 家族以上に。


 執念深く。


(勇者に協力する理由は十分にある)


(紹介されれば喜んで協力するだろう)


 そうなれば。


 捜査網は貴族社会から商人社会へ拡大する。


 面倒だ。


 非常に面倒だった。


 さらにもう一人。


(ローレン・ゲイデン)


 騎士爵。


 衛兵隊長。


 元治安官。


 平民出身。


 暴漢から貴族を救った功績によって騎士爵を授与された男。


(問題は経歴だ)


 アウグストゥスは目を細めた。


 ローレンは治安局改革派だった。


 無能。


 怠慢。


 腐敗。


 それらを憂いた若手治安官たちが結成した組織。


 銀の剣の友。


 ローレンはその中核メンバーである。


(勇者に紹介されれば協力する)


(そうなればローレン経由で銀の剣の友が動く可能性がある)


 それは避けたい。


 非常に避けたい。


 彼らは優秀だからだ。


 少なくとも現治安局の平均よりは遥かに。


(警戒すべき友人はこの辺りか)


 アウグストゥスは思考を整理する。


(そして恐らく、既に何人か紹介されている)


 だが次の瞬間。


 彼は自らの考えを修正した。


(いや)


(パーラメントがそこまで考えるとも思えん)


 善人ではある。


 だが策士ではない。


(恐らく勇者のどちらかが協力を要請した)


 そこまで考え。


 そして切り捨てた。


(どちらが言い出したかは重要ではない)


 結果だけ見ればいい。


 勇者は動いている。


 人脈も使い始めている。


 それだけだ。


 アウグストゥスは椅子から立ち上がった。


「まぁ、捜査状況を確認してから、どう付き合うか決めるしかないか」


 数秒に満たない思考だった。


 しかし整理された情報量は膨大だった。


 アウグストゥスは白衣の裾を整える。


「行こうか」


「はい」


 アエーシュモーが従う。


 二人は研究室を後にした。



 ヴァーミリオン男爵邸。


 応接室。


 勇者たちは来賓用に用意された豪華な応接室へ通されていた。


 磨き上げられたテーブル。


 高級木材で作られた調度品。


 座った者の身体を優しく包み込む椅子。


 まるで雲の上にでも座っているかのような座り心地だった。


 テーブルには最高級の紅茶。


 香り高い焼き菓子。


 季節の果実。


 貴族の客人として不足のない待遇だった。


 やがて扉が開く。


「お待たせしましたな」


 アウグストゥスが穏やかな笑みを浮かべながら入室した。


 セレスティアが立ち上がる。


「突然の訪問にも関わらず、お時間を頂きありがとうございます」


「いや、構わんよ」


 アウグストゥスは柔らかく微笑む。


「勇者殿に会える機会など滅多にないからな」


 社交辞令を交わしながら。


 彼は観察していた。


 表情。


 視線。


 呼吸。


 姿勢。


 僅かな緊張。


 感情の揺らぎ。


 しかし。


 特に異常は見当たらない。


 アウグストゥスは向かいの席へ腰を下ろした。


「それで、本日のご用件は?」


 セレスティアは一瞬だけレオヴァンと視線を交わす。


 そして口を開いた。


「実は、ある失踪事件についてお話を伺いたく参りました」


「失踪事件?」


「はい」


 セレスティアは羊皮紙を取り出した。


 複数の名前が書かれている。


 アウグストゥスは何気ない様子で視線を落とした。


 そして。


 その中に見覚えのある名前を発見する。


 ロバート・デーン。


 アウグストゥスの表情は微動だにしなかった。


 ただ静かに羊皮紙を眺める。


 そして尋ねた。


「このリストは何ですかな?」


「最近、行方不明になった人間の届け出だ」


 レオヴァンが答える。


「ここへ来る前に治安局から貰ってきた」


「そのリストに、貴方の知っている人物は居ないでしょうか?」


 セレスティアが真っ直ぐ見据える。


 アウグストゥスは一瞬だけ考えた。


(さて)


 穏やかな笑みを崩さぬまま。


 心の中で呟く。


(どう答えてやるか――)


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