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サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~勇者に追われる家族の日常~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
麗しき災厄

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20/24

下水道探索

 レオヴァンはセレスティアと別れると、その足で都市管理局へ向かった。


 下水道の調査を行うためだ。


 勇者だからといって勝手に都市のインフラへ立ち入ることはできない。まして今回は連続失踪事件の捜査である。後々余計な揉め事を避けるためにも、正式な手順を踏んでおく必要があった。


 都市管理局の建物は中央区画の一角にあり、石造りの重厚な外観をしていた。


 窓口で事情を説明すると、職員たちは驚いたような顔を見せたが、勇者の捜査協力ということで対応は早かった。


 下水道の図面が用意され、さらに管理責任者から現在の状態について説明を受ける。


 老朽化している区画。


 近年補修された区画。


 先日の魔力禍による豪雨で被害が出た場所。


 それらを一通り確認した後、管理責任者は一人の男を紹介した。


「こちらが案内役です」


 現れた男は三十代半ばほど。


 細身で背が高く、少し猫背気味だった。


 栗色の髪を後ろでまとめ、作業服の上から防水用の外套を羽織っている。


「ハワード・ゲルです」


 男は緊張した様子で頭を下げた。


「土木ギルド所属です。本日はご案内させていただきます」


「おう」


 レオヴァンは短く返事をした。


 こういうタイプは嫌いではない。


 仕事はできそうだった。


 ただ――。


(緊張しすぎだろ)


 ハワードの視線は妙に落ち着きがない。


 案内を始めてからもチラチラとレオヴァンの顔を盗み見ている。


 視線を向ける。


 慌てて逸らす。


 しばらくするとまた見る。


 その繰り返しだ。


 勇者を間近で見るのが初めてなのだろう。


 興奮しているのは伝わってきた。


 レオヴァンとしては少々鬱陶しかったが、怒鳴って萎縮されても面倒だったので。


 放っておくことにした。


 やがて二人は下水道へ降りる。


 石造りの階段を降りた瞬間、湿った空気が肌にまとわりついた。


 鼻を刺す下水の臭気。


 淀んだ水の流れる音。


 天井から滴る水滴。


 薄暗い通路は松明の灯りでも先が見通せない。


 普通の人間なら長時間居たい場所ではなかった。


 だがレオヴァンは気にしない。


 むしろ慣れていた。


 獣人の鋭い感覚は不快な臭いにも敏感だが、その分、必要な情報も拾える。


 彼は歩きながら周囲の匂いを嗅ぎ続けていた。


 泥。


 腐敗した有機物。


 下水。


 鼠。


 古いカビ。


 人間。


 様々な臭いが混じり合っている。


 その中から異物を探す。


 ひたすら探す。


 数十分。


 さらに一時間。


 歩き続けても決定的なものは見つからない。


 ハワードは時折図面を確認しながら先導していた。


 その時だった。


 レオヴァンが不意に立ち止まる。


 鼻先が僅かに動く。


 ヒクヒクと鼻を鳴らし、空気を吸い込んだ。


(……妙だな)


 何かある。


 確信に近い感覚があった。


「おい」


「はい?」


「耳塞いでろ」


 唐突な指示だった。


 ハワードはきょとんとする。


「え?」


 意味が分からない。


 聞き返そうとした瞬間だった。


 レオヴァンが大きく息を吸い込む。


 胸郭が膨らむ。


 次の瞬間。


 轟音が下水道全体を震わせた。


「■■■■■■■■■■ッ!!」


 大型肉食獣そのものの咆哮。


 壁が震える。


 天井から砂が落ちる。


 下水の水面に波紋が走る。


 あまりの音圧にハワードは膝をつきそうになった。


「うわぁっ!?」


 耳が痛い。


 頭が割れそうだ。


 キーンという耳鳴りが止まらない。


 レオヴァンはそんな彼を気にせず目を閉じていた。


 エコーロケーション。


 イルカやコウモリが行う反響定位。


 発した音が壁や障害物に反射して戻ってくる時間差や波長から周囲の構造を把握する技術だ。


 獣人であるレオヴァンも似たことができる。


 もちろん本職のコウモリ系獣人ほど精密ではない。


 だが地下空間の構造を把握するには十分だった。


 音が返ってくる。


 通路。


 曲がり角。


 空洞。


 崩落。


 空気の流れ。


 音の反響が頭の中で地図となって組み上がっていく。


 そして。


(あった)


 レオヴァンの眉が動く。


 明らかに不自然な空間。


 図面には存在しない空洞。


 しかもそれなりの広さがある。


 目を開く。


「おい、地図見せろ」


「は……?」


 ハワードは耳を押さえていた。


 まだ耳鳴りが止まっていない。


 レオヴァンの声がまともに聞こえない。


「地図だ」


「え?」


 小さく溜息をつく。


 面倒になったレオヴァンはハワードの手から図面をひったくった。


 現在地を確認する。


 やはりだ。


 反響で感じた空間が図面に存在しない。


「おい」


 レオヴァンは地図を指差した。


「ここに部屋みたいな空間がある」


「だが、地図に載ってねぇ」


「何の空間か分かるか?」


 ようやく耳鳴りが少し治まったハワードが顔を上げた。


「へ?」


「いや……そこには何も無かったと……」


 図面を覗き込む。


 確かに記録上は何もない。


「ただ……」


 ハワードは顎に手を当てた。


「先日、魔力禍による豪雨がありましたから」


「壁が崩れて露出した土を雨水が削った可能性はあります」


「自然に空洞ができたのかもしれません」


 レオヴァンは黙って聞いていた。


 説明としては筋が通っている。


 だが。


(違うな)


 感覚がそう告げていた。


 何かがおかしい。


 彼は無言で歩き出した。


 ハワードが慌てて後を追う。


 数分後。


 二人は目的の場所へ到着した。


 そこには確かに空洞があった。


 大量の雨水が土を削り取ってできたようにも見える。


 普通の人間ならそう判断するだろう。


 だがレオヴァンは空洞へ足を踏み入れた。


 中央まで歩く。


 そして立ち止まる。


 鼻を鳴らした。


 フン。


 フンフン。


 さらに匂いを嗅ぐ。


 壁。


 地面。


 空気。


 岩。


 泥。


 すべてだ。


 何かを探すように執拗に嗅ぎ回る。


 やがて彼は四つん這いになった。


 地面へ鼻先を近づける。


 犬のように。


 いや、獣そのもののように。


 ハワードは呆気に取られて見ていた。


(勇者ってこんなことするのか……)


 思わずそんな感想が浮かぶ。


 レオヴァンは気にしない。


 匂いに集中していた。


 途中、小石を拾い上げる。


 じっと観察する。


 指先で擦る。


 そして何も言わずポケットへ入れた。


 再び匂いを嗅ぐ。


 五分ほど続いた。


 やがて満足したように立ち上がる。


 そしてハワードへ振り返った。


「おい」


「はい?」


「ここで薬とか使ったか?」


 ハワードが首を傾げる。


「薬ですか?」


「ここじゃなくてもいい」


「下水道に流したとかでもだ」


「いえ……そんな話は聞いてません」


 レオヴァンは鼻を鳴らした。


「雨でだいぶ流されてるがな」


「僅かに残ってる」


「ツンと鼻を刺す酸っぱい臭いだ」


「何かの薬品だな」


 そして空洞を見回した。


「それと腐敗臭もする」


 ハワードの顔色が変わる。


「腐敗臭?」


「ああ」


 レオヴァンは断言した。


「恐らく死体だ」


「川に流れてた死体は多分ここに保管されてた」


 ハワードの血の気が引いた。


 死体。


 その言葉だけで十分だった。


 暗い空洞が急に不気味な場所へ変わる。


 思わず周囲を見回した。


「だ、大丈夫なんですか?」


「何がだ」


「ゴーストとか……」


 稀に強い未練を残して死んだ者はゴースト化する。


 人を襲うこともある。


 ハワードはそれを恐れていた。


 レオヴァンは鼻で笑う。


「安心しろ」


「ゴーストがいるなら、とっくに襲われてる」


「ここにはいねぇよ」


 そう言いながら内心では別のことを考えていた。

 

(確かにハワードの言う通りだ)


(ゴーストになっても仕方がねぇ、殺され方を被害者をしてる)


(だがゴーストが居ねぇて事は、神聖系か死霊系の魔法で払った可能性があるな)


(……収穫はあったな)


 下水道で何も見つからなかったら、川の上流まで行く覚悟もしていた。


 だが必要なくなった。


 事件は間違いなく街の中で起きている。


 それだけでも大きな前進だった。


 レオヴァンは空洞を振り返る。


 誰かがここを使っていた。


 そして慌てて隠した。


 その事実だけは間違いなかった。


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