初尋問後編
「ほう」
パーティーの喧騒の中、アウグストゥスとセレスティアは会話を続けていた。
「だから、こうして情報を集めています」
「ああ」
アウグストゥスは納得したように頷いた。
「だからこのパーティーに参加しておられるのですな」
「ええ」
セレスティアは会場へ視線を向ける。
「このパーティーの主催者、パーラメント・ヒル男爵に、黒山羊と毒ヘビの教団と関係のありそうな人物に心当たりがないか尋ねました」
「それで?」
「心当たりはない、と」
「でしょうな」
「ですが、今日息子の誕生日パーティーを開くので、他の貴族にも聞いてみると良い、と誘ってくださいました」
「なるほど」
アウグストゥスは穏やかに笑う。
「それで、見つかりましたかな?」
「何がです?」
「黒山羊と毒ヘビの教団に関係のありそうな人物です」
セレスティアは真正面からアウグストゥスを見た。
証拠はない。
だが、ここで踏み込む価値はある。
反応を見る。
それだけでも情報になる。
「はい」
「ほう。誰です?」
「貴方です」
会場の音が、少し遠のいたように感じた。
「アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵」
彼は一瞬だけ沈黙した。
ほんの一瞬。
普通の者なら見逃す程度の間。
だがセレスティアは見逃さなかった。
「あっはっはっはっは!」
次の瞬間、アウグストゥスは笑った。
先ほどよりも大きく。
大袈裟に。
「まさか、そのような」
(笑った?)
(大きすぎる)
(動揺を隠した?)
(あるいは、こちらにそう思わせる演技か)
(いずれにせよ、揺れたことは確かだ)
アウグストゥスは笑いを収めた。
「ですが、どこでそう思われたのかは聞いてみたいですな」
声は穏やかだった。
表情も崩れていない。
「それも他の貴族から聞いた噂ですか?」
「いえ」
セレスティアは首を振った。
「私はユニークスキルとして、サイコメトリーを持っています」
アウグストゥスの目が、わずかに変わった。
ほんの微細な変化。
だが、確かに変わった。
「先ほど、貴方が挨拶で私の手に口づけた際、記憶を読ませていただきました」
「それで」
彼は声音を変えない。
「私が黒山羊と毒ヘビの教団の関係者だと分かった、と?」
「いえ」
セレスティアは静かに言った。
「逆です」
「逆?」
「何も分かりませんでした」
彼女は目を逸らさない。
「だから怪しい」
沈黙が落ちる。
周囲では相変わらず貴族たちが談笑している。
だが、二人の間だけ空気が違っていた。
「可視化の魔法を使える者は稀です」
セレスティアは言葉を選びながら続けた。
「それなのに、わざわざ深淵の魔法で情報を隠している」
そこで一度、言い直す。
「いえ、日常的に隠しているかは、まだ分かりません」
断定しすぎてはいけない。
正確でなければ、追及はただの難癖になる。
「ですが少なくとも、街が警戒態勢にある今、他人に知られたくない情報を隠している人物であることは確かです」
セレスティアは一歩も引かなかった。
「そんな人物を怪しむなという方が無理ではありませんか?」
そして問う。
「私は何か、おかしなことを言っていますか?」
アウグストゥスは微笑んでいた。
だが、先ほどまでの柔らかさとは違う。
相手の出方を見ている顔だった。
やがて彼は、困ったように息を吐く。
「おかしなことは言っておられませんな」
セレスティアは眉をわずかに動かした。
「認めるのですか?」
「深淵の魔法で情報を守っている、という点なら」
アウグストゥスは肩を竦める。
「私は錬金術師です」
「ええ」
「研究者にとって、頭の中は金庫よりも重要なものです」
穏やかな声だった。
だが、セレスティアはその説明をそのまま受け取らない。
(用意された理由としては自然だと思う)
(研究内容の秘匿)
(錬金術師なら成立する)
(深淵を使う理由にもなる)
(だが、死体にも同じ妨害があった)
(偶然か?)
(偶然にしては重なりすぎる)
「他者に記憶を読まれ、研究内容を盗まれる危険がある以上、対策を取るのは当然でしょう」
「街がこの状況でも?」
「街がこの状況だからこそ、です」
アウグストゥスは即答した。
「人は恐怖に駆られると、普段なら許されないことを平然と許します」
「……」
「怪しい者の記憶を読め」
「家を調べろ」
「秘密を暴け」
「そういう空気は、学問と商売にとって大変よろしくない」
理屈は通っている。
それが厄介だった。
嘘なら雑に崩せた。
だが、彼の言葉は筋が通るように組み立てられている。
「つまり、貴方が隠しているのは錬金術の研究内容だと?」
「主には」
「主には?」
「研究者にも、貴族にも、父親にも、守るべき秘密はありますからな」
アウグストゥスは柔らかく笑った。
「全てを他人に開示して生きている者などおりますまい」
(父親)
(また娘の話に繋げた)
(やたらと情を刺激してくる)
(踏み込ませたくないから、あえて情に訴えかけているのか?)
(少なくとも、この男が感情を操るのに長けているのは分かった)
セレスティアは静かに頷いた。
「なるほど」
「納得していただけましたかな?」
「筋は通っています」
「それは良かった」
「ただし、疑いが晴れたわけではありません」
アウグストゥスは笑った。
「でしょうな」
その返答は早かった。
まるで、そう言われることまで想定していたように。
「私が貴女の立場でも、同じように考えるでしょう」
「では、今後お話を伺うことがあるかもしれません」
「いつでも」
アウグストゥスは優雅に礼を取った。
「事件解決のためなら、私にできる範囲で協力いたしましょう」
「ありがとうございます」
セレスティアも礼を返した。
会話は終わった。
表向きは。
だが、彼女の中では終わっていない。
(この男は危険だ)
確信ではない。
証拠もない。
だが、危険だ。
(噂だけなら捨て置けた)
(深淵の魔法だけなら、研究者の自衛で説明できた)
(娘の不安を口実に捜査状況を探ることも、父親なら自然と言えなくもない)
(だが、それらが一人の人物に重なった)
(しかも、反応が速い)
(言葉を選ぶ)
(こちらの追及に怒らない)
(怒らず、崩れず、半分だけ認める)
(厄介だ)
セレスティアは静かに息を吐いた。
正義感だけで斬り込める相手ではない。
証拠なしに責めれば、こちらが手酷い反撃を受けるだろう。
だが放置すれば、重要なものを見落とす可能性がある。
アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵。
この男は、必ず調べる。
セレスティアはそう決めた。
そして、この日を境に。
セレスティア・ヴァレンティアは、アウグストゥス・ヴァーミリオンという名を、事件の中心に置くことになる。
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