表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~勇者に追われる家族の日常~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
麗しき災厄

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/27

初尋問前編

 レオヴァン・アシュハートは、壁際で腕を組んでいた。


 華やかな庭園の片隅。


 貴族たちの談笑が行き交う中、彼だけが明らかに場から浮いている。


 分厚い筋肉に覆われた巨躯。


 二メートル三十センチの体格。


 礼服を着ていても、獣人勇者としての迫力は隠しようがなかった。


 彼は時折、鼻をひくつかせる。


「香水くせぇ」


 嫌そうに鼻を鳴らした。


(血の匂いは……?)


 鼻腔の奥で、会場に漂う匂いを一つずつ分けようとする。


(いや、ここじゃ無理だな)


(飯、酒、香水、花、獣脂、革靴、馬車、菓子、汗、化粧粉……全部混じってやがる)


 レオヴァンは低く笑った。


 鼻が利くことは強みだ。


 だが、貴族の宴ほどその強みを潰してくる場所もない。


 一方、セレスティアは会場全体へ視線を配っていた。


 流れでこうなったが、ここへ来た目的は誕生日を祝うことだけではない。


 貴族たちから情報を集めるためでもある。


 ザレイドで発見された四十二体の首無し死体。


 深淵の魔法による情報隠蔽。


 精霊との交信妨害。


 エンバーミング。


 個人を特定できる部位の切除。


 どれも、ただの猟奇殺人とは言い切れない要素だった。


 黒山羊と毒ヘビの教団。


 コープスパーティー事変。


 それらとの関連を疑うには、まだ情報が足りない。


 だが、無視するには不穏すぎる。


(貴族の中に、魔術に長けた者はいるか)


(エンバーミングの知識に触れられる者は)


(下水道や街の工事事情に詳しい者は)


(最近、妙な噂のある者は)


 セレスティアが参加者を観察していた時だった。


「失礼」


 穏やかな声がした。


 セレスティアは振り向く。


 一人の老紳士が近づいてきていた。


 白髪。


 モノクル。


 上品な礼服。


 背筋は伸び、歩幅は一定。


 老齢ではある。


 だが、弱々しさはない。


 むしろ、所作の一つ一つが計算されているように整っていた。


「見慣れぬ方がおられると思えば、もしや街に来ているという勇者の方々ではありませんかな?」


 老紳士は穏やかに笑った。


 その笑みは自然だった。


 自然すぎた。


(慣れているな社交の場に……)


(人に見られることに)


(自分をどう見せるかにも)


 セレスティアは答えた。


「確かに、事件の調査に来た勇者という意味なら、私のことです」


 そして相手を見る。


「貴方は?」


「これは失礼」


 老紳士は優雅に礼を取った。


 そしてセレスティアの右手を取る。


 古い貴族式の挨拶。


 手の甲へ軽く口づける。


 セレスティアはわずかに眉を動かした。


 だが、手は引かなかった。


 この場では不自然な行為ではない。


 それに――接触は、彼女にとって情報源でもある。


 セレスティアは、サイコメトリーを発動していた。


 ユニークスキル。


 触れた相手や物から、記憶や残留情報を読み取る力。


 本来なら、表層の記憶や感情の断片くらいは拾える。


 だが。


(……ない)


 何もない。


 いや、正確には違う。


 情報はある。


 だが、見えない。


 意識が黒く、深く、底の分からない場所へ沈められていく。


 覗き込もうとした瞬間、自分の意識が引き込まれそうになる。


 それは死体安置所で触れた死体と同じ感触だった。


(深淵の魔法)


 セレスティアは表情を変えなかった。


 だが内心では、思考が急速に動き始める。


(この男も深淵で記憶を隠している)


(死体と同じ隠蔽)


(偶然か?)


(いや、深淵の魔法を日常的に使う者は多くない)


(可視化系統を警戒している)


(何を隠している?)


(貴族としての秘密?)


(それとも事件に関係あることか?)


 証拠はない。


 まだ何もない。


 だが、違和感は明確だった。


「アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵と申します。以後お見知りおきを」


(この男が)


 セレスティアは内心で警戒を一段上げた。


「ああ」


 彼女はわずかに目を細める。


「貴方が、あの噂のヴァーミリオン男爵ですか」


「おや」


 アウグストゥスは愉快そうに首を傾げた。


「私のことをご存知で?」


「ええ」


 隠す理由はない。


 むしろ、ここでセレスティアはアウグストゥスの反応を試した。


「断絶したはずのヴァーミリオン家を名乗る怪しい男がいる、と。色々な貴族の方が言っておられました」


「あっはっはっはっは!」


 アウグストゥスは大きく笑った。


 額に手を当て、まるで心底おかしそうに。


「怪しいとは心外ですな」


 その笑い方に、セレスティアは違和感とまではいかない、小さな不自然さを覚えた。


 声量。


 間。


 身振り。


 どれも社交の場としては自然だった。


 だが、ほんのわずかに芝居がかっている。


(笑いで流した?)


(怒らないし、否定もしない)


(受け入れた上で、軽く見せようとしているのか?)


 アウグストゥスは笑いを収めた。


「まあ、私をよく知らぬ方々から見れば、そういう評価にもなるのでしょう」


「否定はされないのですね」


「人の噂は、否定したところで消えませんからな」


 彼は肩を竦める。


「それで?聞くのが怖いですが他には何を吹き込まれましたかな。」


「錬金術で自作した怪しい薬を取り巻きに売って、暴利を得ているとも聞いています」


「ふむ」


 アウグストゥスは困ったように笑った。


「確かに、自作の薬をお譲りすることはあります」


「認めるのですね」


「事実ですから」


 返答は滑らかだった。


 滑らかすぎるほどに。


「ただ、暴利という部分は誤解ですな」


「誤解?」


「薬は高すぎれば恨みを買う。安すぎれば価値を疑われる。適正価格で譲るのが一番長続きするのです」


「商人のような考え方ですね」


「研究者も資金が必要ですから」


 セレスティアは少しだけ口元を緩めた。


 だが、目は離さない。


(落ち着いている)


(質問への反応が早いな)


(噂に対する返答を普段から用意しているのか?)


(それとも、その場で組み立てているのか)


(どちらにせよ、頭の回転は速い)


 アウグストゥスは、そこで話題を変えた。


「それで、話は変わるのですが」


「はい」


「事件について、何か分かりましたかな?」


 声が少し低くなる。


 心配する父親の声。


 表情もそれに合わせて変わる。


「私には娘がおりましてな」


「娘さんが?」


「ええ。川に浮いた死体の件を、コープスパーティーを起こすためのものではないかと恐れているのです」


(娘……)


(家族を話題に出した)


(同情を誘うためか?)


(いや、本当に心配しているのか?)


(分からない)


(だが、少なくとも本心をそのまま表に出しているわけではない)


「実際のところ、どうなのですか?」


 アウグストゥスはセレスティアの目を見て尋ねた。


「コープスパーティー事変と、何か関係があるのでしょうか」


 セレスティアはすぐには答えなかった。


 このタイミングで、この質問は自然だ。


 街の人間なら誰もが不安に思うだろう。


 だが、彼の言い方には別の意図も感じる。


(こちらの捜査状況を探っている?)


(どこまで掴んでいるか確認したいのか?)


(何のために?)


(娘のためにか?)


(いや、娘の不安を口実に、聞き出したい何かがあるのか?)


 セレスティアは慎重に答えた。


「今のところ、何とも言えません」


この会話をきっかけにセレスティアはアウグストゥスに不信感を募らせていくのであった。



続きが気になる方は、ブックマーク、評価をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ