↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
133/183

管理者

 百貨店の屋上へ、血の匂いを纏ったアウグストゥスが降り立った。


 ルーシュたちと合流できた。


 それ自体は幸運だった。


 問題は、その身体だった。


「義父さま……」


 ルーシュの声が掠れる。


 アウグストゥスの上半身は裸だった。


 白かったシャツは戦闘中に使い物にならなくなり、すでに捨てている。


 胸から腹にかけて、光剣に裂かれた傷が深く残っていた。


 肉は一部再生している。


 だが、傷の中心だけが黒ずみ、何度治癒を掛けても完全に塞がらない。


 アウグストゥスは指で傷口を押し、眉間へ皺を寄せた。


「妙だな。肉体そのものは再生できるのに、傷だけがこちらの治療を拒んでいる」


 指先についた血を見てから、アエーシュモーへ目を向ける。


「あの光剣に呪いでも付与されていたか。アエーシュモー、お前なら治せるか?」


 アエーシュモーは答えず、傷口へ顔を近づけた。


 指で触れない。


 僅かに目を細め、傷の周囲へ残る異質な力を読み取っている。


 ルーシュはその横で立ち尽くしていた。


 元々血色の悪い顔が、さらに青くなっている。


「義父さま、さっき……心臓まで斬られていたでしょう? 私、見えてたの。あれで何ともないなんて言わないで。義父さまはいつも、自分が死なないからって、身体を物みたいに使うんだから」


「物ではない。交換の利く部品に近い」


「そういうところを言ってるの!」


 ルーシュの声が強くなった。


 ギルエルが慌てて肩へ手を置く。


「ルーシュ様、旦那様はこういう人なのです。今さら普通の人間みたいに身体を大事にしろと言っても――」


「ギルエル、お前はどちらの味方なのだ」


「もちろん旦那様とルーシュ様の両方なのです!」


「便利な答えだな」


 アウグストゥスが小さく息を吐いた。


 アエーシュモーがようやく口を開く。


「治せるかと問われれば、治せます」


 いつもの平坦な声だった。


「ただし、この傷は通常の治癒では剥がせない因果の痕跡を帯びています。私の力で上書きすることは可能ですが、その分、対価が発生します」


「どの程度だ」


「今回は軽い方でしょう」


 アエーシュモーは傷から目を離さない。


「一か月ほど、旦那様から幸運が消えます。その間は、何をするにも僅かずつ不運へ傾く。命を失うほどではないでしょうが、気持ちよく過ごせる三日間ではないでしょうね」


 アウグストゥスは露骨に嫌そうな顔をした。


「不運とは、具体的に何が起きる」


「そこまで私へ聞かれても困ります。歩いていて段差に躓き、頭を打つかもしれません。窓を開けた瞬間に鳥の糞が落ちてくるかもしれませんし、買った料理だけ妙に不味いという程度で済むかもしれません」


 そこでアエーシュモーは僅かに口元を上げる。


「あるいは、逃亡中の旦那様が偶然、追跡者と同じ宿へ泊まる程度の不運もあり得ます」


「縁起でもない例を出すな」


「不運ですので」


「お前が楽しんでいるように聞こえるのだが?」


「お気のせいでしょう」


 即答だった。


 アウグストゥスは眉間を指で揉んだ。


 アエーシュモーへ願いを頼む時、支払う対価を決めるのは彼女ではない。


 複雑に絡み合う因果の結果。


 交渉して値切れるものではない。


 それを知っている以上、選択肢は二つしかない。


 傷を抱えたまま逃げるか。


 一か月分の幸運を捨てるか。


「……分かった。やってくれ。ただし、治療が終わった後で『実はもう一つ対価がありました』などと言い出したら、お前を先に鳥の下へ立たせるからな」


「その時は傘をご用意いたします」


 アエーシュモーは恭しく礼をした。


「では、失礼いたします」


 両手をアウグストゥスの傷へ向ける。


 黒い魔力が指先から流れ出し、幾何学模様の魔法陣を形成した。


 禍々しい気配が屋上を這う。


 魔法陣から漏れた黒い光が傷口へ触れた瞬間、抉れていた肉が異常な速度で増殖を始めた。


 筋肉が繋がる。


 皮膚が這う。


 黒ずんでいた傷痕が押し出されるように消えていく。


 数秒。


 それだけで、深かった傷は完全に塞がった。


 アウグストゥスは胸へ指を当てた。


 押す。


 捻る。


 呼吸を深くする。


 異常がないことを確認してから、何もない空間へ指を差し入れた。


 空間が僅かに歪む。


 その中から新しいシャツと外套を引き出し、手早く身につける。


 その瞬間、ルーシュが駆け寄った。


「義父さま、本当に大丈夫なの? 傷が消えたからって、それで全部元通りなんて信用できないわ。さっきまで心臓も止まってたんでしょう?」


「ああ。今は動いている」


「そういう答え方、嫌い」


 ルーシュはアウグストゥスの胸元を掴んだ。


「私は義父さまみたいに、自分の身体を何回でも直せる道具だなんて思えない。義父さまが死なないことと、私が義父さまに死んでほしくないことは別なの」


 アウグストゥスの目が、ほんの一瞬だけ止まった。


 だが、すぐにいつもの調子へ戻る。


「分かった。少なくとも今日中は心臓を止めないよう努力しよう」


「今日だけなの?」


「冗談だ」


「義父さま!」


 ギルエルが「まあまあ」と間へ入り、どうにかルーシュを宥める。


 アウグストゥスは、その隙にアエーシュモーへ視線を戻した。


「それより、確認したいことがある」


 声の温度が変わる。


「あの光剣についてだ。お前、何か知っているな」


 アエーシュモーは表情を変えない。


「何を根拠に?」


「先ほどから、何か言いたそうにしているぞ」


 アウグストゥスは正面から彼女を見る。


「俺が光剣の話を出した時、お前は驚かなかった。傷に残る異質な力を見ても、確認より先に納得していた。何より、あれほどの力を見て『何でしょうね』と首を傾げるお前ではない」


 アエーシュモーの口元が僅かに上がった。


「旦那様は負傷していても、余計なところだけはよく見ておられますね」


「褒め言葉として受け取っておこう。さっさと話せ」


 短い沈黙。


 アエーシュモーは空へ目を向けた。


「あの光剣は、恐らくこの世界の管理者が捜査官へ授けたものです」


 アウグストゥスの顔から笑みが消えた。

面白かった思う方は、ブックマーク、評価、感想をお願いします。


ログインなしで感想機能を開放しました。

お気軽に感想を書き込んでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。