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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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131/183

ニンザの思い出

ホテル・ルクゼソル周辺には、大勢の野次馬が集まり始めていた。


 上空で魔法使い同士が戦っている。


 それだけで見世物としては十分だった。


 だが、当事者であるアウグストゥスには、地上を気にする余裕などもう残されていない。


 ガキィン!


 光剣を刀で受ける。


 今度は、腕へ強い痺れが走った。


(やはり)


 ニンザの動きが変化している。


(ホテルの中で戦っていた時とは、もはや別物だ)


 一撃。


 避ける。


 二撃。


 受け流す。


 三撃。


 今度は受ける位置まで読まれ、刀を弾かれかけた。


(俺の動きを模倣している)


 そこまでは予想できた。


 問題は、その先。


(だが真似るだけではない)


 アウグストゥスが一度見せた歩法。


 刀の角度。


 重心移動。


 攻撃前の肩の入り方。


 その全てが次の瞬間にはニンザ側へ取り込まれている。


 しかも。


(俺の癖まで消している)


 長い年月の中で身体へ染み付いた、ごく小さな癖。


 本人にとっては欠点と呼ぶほどでもない。


 だが達人同士の戦いでは、その僅かな癖が攻防の入口になる。


 光剣はアウグストゥスの技を模倣したうえで、その弱点だけを削ぎ落としていた。


(気に食わんな)


 アウグストゥスの眉間へ皺が寄る。


(俺の技を盗んで、俺より綺麗に使うとは)


 光剣がさらに学習を深める。


 ニンザの踏み込みが、もう一段変化した。


 それまでより僅かに小さい。


 だからこそ、予測より早い。


 アウグストゥスの判断に、半歩にも満たない遅れが生まれた。


 ドッ。


 肉を突き破る鈍い音。


 光剣が、アウグストゥスの腹を貫いていた。


「……ほう」


 口元から血が溢れる。


 ニンザが唸る。


「ぐぅぅぅ……!」


 剣をさらに深く押し込む。


 光の刃が、腹から胸へ向けて内側を抉っていく。


 アウグストゥスの刀が、指から滑り落ちた。


 地上へ向かって回転しながら落ちていく。


 光剣は、それを勝機と判断した。


 確実に殺す。


 身体を両断するため、さらに力を込める。


 その瞬間だった。


 アウグストゥスが前へ出た。


 逃げるのではない。


 自分から、さらに深く光剣へ身体を刺し込んだ。


 ニンザとの距離が一気に消える。


 白目を剥いたニンザの顔へ、血に濡れたアウグストゥスの顔が近づいた。


「捕まえた」


 両腕がニンザの身体へ回る。


 強く抱え込むみ、羽交い締めにすた。


「これなら、学習したところで逃げられまい」


 光剣は抜けない。


 ニンザも離れられない。


 自分自身へ刃が刺さったまま、アウグストゥスは笑った。


「せっかくですので、捜査官殿。少し授業をしましょう」


 ニンザの耳元へ口を寄せる。


「今から使う空間干渉システムを《プランク・グリッド》と呼びます。空間を格子単位で歪曲させ、局所的に――」


 言いながら、アウグストゥスは自嘲する。


「いや。覚えなくて結構。どうせ今の貴方には聞こえていないでしょうし、仮に聞こえていても役に立つ機会はないでしょう」


 身体を中心として、空間が歪み始めた。


 輪郭が曲がる。


 光が引き伸ばされる。


 アウグストゥスとニンザを包む空間そのものが、円状に潰れていく。


「ただ、一つだけ覚えておいていただきたい」


 ニンザを締め上げたまま、アウグストゥスは囁いた。


「俺の技を盗むなら、俺がどこまで自分の身体を捨てられるかまで学習しておくべきでしたな」


 歪曲が限界へ達した。


 爆ぜた。


 空気が焼ける。


 極端な高熱が周囲の酸素を奪い、急膨張した大気が巨大な衝撃波へ変わった。


 轟音。


 白い閃光。


 続いて黒煙。


 地上の窓ガラスが一斉に震え、野次馬たちが悲鳴を上げて伏せた。


 爆煙の外へ、アウグストゥスが飛び出す。


 衣服は焼け、腹の傷からは血が流れ続けている。


 だが、目は煙の中心から離れない。


 ニンザはどうなった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 たった三秒。


 だが、相手が見えない時間としては長すぎる。


 アウグストゥスは刀を失った右手を僅かに開いた。


(死んだか?)


 その瞬間。


 背後で、空気が揺れた。


「――!」


 短距離空間転移。


 ニンザだった。


 爆発を回避したのではない。


 爆発の直後に空間を飛び越え、背後を取った。


(そこまで学んだか!)


 光剣がアウグストゥスの首を狙う。


 もう避けきれない。


 ならば。


 アウグストゥスは相打ちを選んだ。


 身体を捻る。


 空間から再び刀を引き出す時間はない。


 右手を即席の刃に形成し、ニンザの心臓めがけて突き出した。


 どちらが先に届くか。


 光剣が迫る。


 アウグストゥスの刃も走る。


 その瞬間。


 緑色の光が、空を貫いた。


 ドンッ!


 一本の光矢が、ニンザの右腕へ直撃した。


 肩口から腕が吹き飛ぶ。


 光剣ごと、千切れた腕が宙を舞った。


 アウグストゥスには、それが誰の攻撃なのか確認する暇はなかった。


 身体はもう動いている。


 一閃。


 アウグストゥスの腕がニンザの胸を貫通した。


 心臓が千切れて鼓動を失う。


 一瞬だけ。


 ほんの一瞬だけ。


 ニンザの瞳に、正気の光が宿る。


 白目を剥いていた瞳が、僅かに揺れる。


 そして浮力を失った身体が、空から落ち始めた。


          ◇


 ニンザは、最後の瞬間だけ意識を取り戻していた。


 深い眠りから、突然水面へ浮かび上がった。


 そんな曖昧な感覚だった。


 身体が冷たい。


 いや。


 感覚が遠すぎて、自分の身体がどこにあるのか分からない。


(……んんー)


 いつもの癖で、頭の中だけで唸る。


(なるほど)


 薄れていく意識の中で、ニンザは妙に納得していた。


(どうやら私……いえ)


(私を使っていた、あの光の方が負けたようですねぇ)


 不本意だった。


 自分の身体を勝手に使われた。


 自分の意思とは関係なく、人を殺そうとさせられた。


 しかも相手は、まだ自分で罪を暴いてもいない男。


(勝手なことをしてくれましたねぇ)


 腹が立つ。


 だが、もう怒鳴る口もない。


(アウグストゥスさん)


 落ちながら、ニンザは考える。


(本当は、貴方をこういう形で終わらせたくなかったんですよぉ)


(殺すでも、殺されるでもない。私は貴方が何をしたのか、一つずつ掘り返して……最後には、貴方自身の口から喋らせたかった)


 それができなくなったことだけが、惜しかった。


(ですが、仕方ありません)


(今回は貴方の勝ち、ということにしておきましょう)


 少し考える。


(いや)


(私に次はないでしょうから、勝ち逃げですねぇ)


 それは、少し癪だった。


 ふと。


 昔の記憶が浮かんだ。


 巡察官だった頃。


 道端で泣いていた、小さな女の子。


 借金取りに殴られていた父親。


 玄関へ座り込んだ自分。


 帰り際、袖を掴まれた。


『ありがとう、お兄ちゃん』


(そういえば)


 意識が暗くなる。


(あの子……結局、どうなったんでしょうねぇ)


 夜逃げした。


 それから先は知らない。


 名前すら、もう覚えていない。


(元気なら……いいんですが)


 最後に浮かんだのは、自分が捕まえた犯人でも、治安局の知り合いでもなかった。


 顔も曖昧になった、小さな少女だった。


          ◇


 地上。


 金髪の青年が弓を下ろした。


 緑色の光が粒子となり、左右の手から消えていく。


「やれやれ……」


 大きく息を吐く。


「陛下に合わせて援護するつもりだったのに、いきなり首飛ばされそうになるんだから焦るぜ」


 空から落ちていくニンザを眺める。


「つーか、あの光剣のおっさん、何者なんだよ。戦えば戦うほど強くなってただろ」


 眉を寄せる。


「陛下の動きまで真似してたし……あんなもん、普通の遺物《アーティファクト》じゃねえぞ」


 そこで青年の目が大きくなった。


「あ」


 肝心なことを思い出した。


「いや、分析してる場合じゃねえ!」


 アウグストゥスへ合流するため、青年は上空を見上げた。


「陛下! 今の援護、俺ですからね! あとでちゃんと褒め――」


 言葉が止まる。


 先ほどまでアウグストゥスが浮いていた場所。


 そこにはもう、誰もいなかった。


「……は?」


 左右を見る。


 上。


 下。


 黒煙の周囲。


 いない。


「いやいやいや」


 青年の頬が引きつる。


「ちょっと待て」


 空を見回す。


「陛下?」


 返事はない。


 青年は額へ手を当てた。


「俺、助けたよな?」


「俺の存在、確認したよな?多分」


 嫌な予感がした。


「なのに何で、無視されてんだよ……」

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