アエーシュモーの素顔
「やっべぇ。陛下、斬られてるじゃん」
地上。
浅黒い肌の金髪青年は、ホテル上空の戦いを見ながら頬を引きつらせていた。
「まあ、斬られて死んでくれるような可愛い爺さんじゃねえけどさ」
それでも笑ってはいない。
目は二人の動きを追い続けていた。
「ナーガリアの婆さんがここにいなくて、本当に良かったぜ。陛下の血なんぞ見た日にゃ、犯人探す前に街ごと焼きかねん」
青年は頭を掻いた。
今まで援護へ入れなかった理由は単純だった。
速すぎる。
空中を飛び回る二人の間へ、下手に割り込めばアウグストゥスの邪魔になる。
だが、そのアウグストゥスが今は押され始めている。
「とはいえ、いつまでも見てるだけじゃ、十三近衛猟兵の長なんて名乗れねえしなぁ」
青年は左腕を持ち上げた。
拳を握る。
指の隙間から、緑色の粒子が漏れ始める。
光の粒が集まり、長い弓を形成した。
同時に右手。
こちらにも緑色の光が集まり、一本の矢になる。
青年は弓へ矢をつがえた。
「ぶっちゃけ弓も得意じゃねえんだけど……空飛ぶよりはマシか」
弦を引き絞る。
狙うのは、ニンザ。
だが今は放たない。
アウグストゥスの動きと、ニンザの軌道を同時に読む。
「頼みますぜ、陛下。外しても、陛下が合わせてくれなかったってことにしますからね」
軽口とは裏腹に、照準は微動だにしなかった。
◇
ホテルから離れた百貨店の屋上では、空中戦の音だけが断続的に響いていた。
キィィン。
ガキン。
遠い。
それでも、刃同士がぶつかるたび、ルーシュの指が僅かに動いた。
彼女は屋上の縁へ近づき、ホテルの方角を見つめている。
「お嬢様、大丈夫なのです」
ギルエルが隣から声を掛ける。
「旦那様は、とっても強いのです。あのくらいでどうにかなる方ではありません。ですから、その……そんなに裾を握ったら服が皺になるのです」
「……分かってるわ」
ルーシュは視線を外さなかった。
「義父さまが強いことくらい知ってる。でも、強い人は絶対に死なないって意味じゃないでしょう?」
ギルエルが言葉に詰まった。
「それに、あの捜査官……昨日まで義父さまと普通に話していたのに。急に殺しに来た。あれ、本人の意思じゃないんでしょう?」
「それは……」
「だったら、義父さまは殺したくても殺せないじゃない」
ルーシュの指が、さらに強く服を掴む。
「そういう相手の方が面倒よ」
少し離れた場所で、アエーシュモーだけが二人の会話へ加わらず、空を見ていた。
目が捉えているのはニンザではない。
光の剣。
(本当に管理者が絡んでいるなら――)
その内側で響く言葉は、普段の優雅な口調とは別物だった。
(あの男も、そろそろ潮時か)
アウグストゥス。
そこそこ面白い男ではあった。
だが管理者に目を付けられたのなら、長くはない。
(まあ、よく持った方だ。あれだけ好き勝手やってりゃ、いつか掃除される)
アエーシュモーは無表情のまま考える。
(消される前に逃げるのが利口だが……)
そこで思考が止まった。
(いや)
(待て)
別の考えが浮かぶ。
(この可能性を、あの男へ教えるか?)
管理者が本当に介入しているなら、知らずに戦うのと知って戦うのでは大きく違う。
もちろん、黙っていてもいい。
アウグストゥスが消されるだけだからだ。
(だが、それは少々つまらんな)
アエーシュモーの瞳が僅かに細くなる。
(あの男ほど効率よく、この世界へ混沌を撒き散らす人材も珍しい。生きていた方が退屈しなくて済む)
主従。
忠誠。
そんな綺麗な理由ではなかった。
もっと単純な、悪意ある娯楽への執着。
(仕方ありませんね)
思考の中の口調が、いつものアエーシュモーへ戻る。
(旦那様には、もう少し長く生きていただきましょう)
口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんだ。
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