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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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アエーシュモーの素顔

 「やっべぇ。陛下、斬られてるじゃん」


 地上。


 浅黒い肌の金髪青年は、ホテル上空の戦いを見ながら頬を引きつらせていた。


「まあ、斬られて死んでくれるような可愛い爺さんじゃねえけどさ」


 それでも笑ってはいない。


 目は二人の動きを追い続けていた。


「ナーガリアの婆さんがここにいなくて、本当に良かったぜ。陛下の血なんぞ見た日にゃ、犯人探す前に街ごと焼きかねん」


 青年は頭を掻いた。


 今まで援護へ入れなかった理由は単純だった。


 速すぎる。


 空中を飛び回る二人の間へ、下手に割り込めばアウグストゥスの邪魔になる。


 だが、そのアウグストゥスが今は押され始めている。


「とはいえ、いつまでも見てるだけじゃ、十三近衛猟兵《ドライツェン・イエーガー》の長なんて名乗れねえしなぁ」


 青年は左腕を持ち上げた。


 拳を握る。


 指の隙間から、緑色の粒子が漏れ始める。


 光の粒が集まり、長い弓を形成した。


 同時に右手。


 こちらにも緑色の光が集まり、一本の矢になる。


 青年は弓へ矢をつがえた。


「ぶっちゃけ弓も得意じゃねえんだけど……空飛ぶよりはマシか」


 弦を引き絞る。


 狙うのは、ニンザ。


 だが今は放たない。


 アウグストゥスの動きと、ニンザの軌道を同時に読む。


「頼みますぜ、陛下。外しても、陛下が合わせてくれなかったってことにしますからね」


 軽口とは裏腹に、照準は微動だにしなかった。


          ◇


 ホテルから離れた百貨店の屋上では、空中戦の音だけが断続的に響いていた。


 キィィン。


 ガキン。


 遠い。


 それでも、刃同士がぶつかるたび、ルーシュの指が僅かに動いた。


 彼女は屋上の縁へ近づき、ホテルの方角を見つめている。


「お嬢様、大丈夫なのです」


 ギルエルが隣から声を掛ける。


「旦那様は、とっても強いのです。あのくらいでどうにかなる方ではありません。ですから、その……そんなに裾を握ったら服が皺になるのです」


「……分かってるわ」


 ルーシュは視線を外さなかった。


「義父さまが強いことくらい知ってる。でも、強い人は絶対に死なないって意味じゃないでしょう?」


 ギルエルが言葉に詰まった。


「それに、あの捜査官……昨日まで義父さまと普通に話していたのに。急に殺しに来た。あれ、本人の意思じゃないんでしょう?」


「それは……」


「だったら、義父さまは殺したくても殺せないじゃない」


 ルーシュの指が、さらに強く服を掴む。


「そういう相手の方が面倒よ」


 少し離れた場所で、アエーシュモーだけが二人の会話へ加わらず、空を見ていた。


 目が捉えているのはニンザではない。


 光の剣。


(本当に管理者が絡んでいるなら――)


 その内側で響く言葉は、普段の優雅な口調とは別物だった。


(あの男も、そろそろ潮時か)


 アウグストゥス。


 そこそこ面白い男ではあった。


 だが管理者に目を付けられたのなら、長くはない。


(まあ、よく持った方だ。あれだけ好き勝手やってりゃ、いつか掃除される)


 アエーシュモーは無表情のまま考える。


(消される前に逃げるのが利口だが……)


 そこで思考が止まった。


(いや)


(待て)


 別の考えが浮かぶ。


(この可能性を、あの男へ教えるか?)


 管理者が本当に介入しているなら、知らずに戦うのと知って戦うのでは大きく違う。


 もちろん、黙っていてもいい。


 アウグストゥスが消されるだけだからだ。


(だが、それは少々つまらんな)


 アエーシュモーの瞳が僅かに細くなる。


(あの男ほど効率よく、この世界へ混沌を撒き散らす人材も珍しい。生きていた方が退屈しなくて済む)


 主従。


 忠誠。


 そんな綺麗な理由ではなかった。


 もっと単純な、悪意ある娯楽への執着。


(仕方ありませんね)


 思考の中の口調が、いつものアエーシュモーへ戻る。


(旦那様には、もう少し長く生きていただきましょう)


 口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんだ。


 

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