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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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129/183

適時適応

録音水晶の青白い光が、机の上で静かに瞬いていた。


 エー・アスイズミは、いつになく姿勢よく椅子へ座っている。


 普段、治安局では褒められるより叱られる方が多い。そんな自分へ、記者のナニレスク・クスープがわざわざ取材を申し込んできたのだ。


 本人は努めて平静を装っていたが、口元はどうしても緩んでいた。


「え? ニンザさんがどういう人物か、ですか?」


 アスイズミは腕を組み、いかにも慎重に人物評を考えている顔を作った。


「んー……そうですね。強いて一言で言うなら、変人です。これは僕だけが言ってるんじゃありませんよ? 局の連中に聞いたって、大体同じ答えが返ってくると思います」


 ナニレスクが黙ってペンを走らせる。


「でも、ここだけの話ですよ」


 アスイズミは急に身を乗り出した。


 手の甲を口元へ添え、本当に誰かに聞かれては困る秘密でも漏らすように声を潜める。


「あの人、ああ見えて照れ屋なんです。それに……まあ、本人へ言ったら絶対に否定するでしょうけど、本当は結構いい人なんですよ」


「いい人?」


「僕は知ってるんです」


 アスイズミは妙に誇らしげに胸を張った。


「例えば、治安局の近くで花を売っているおばちゃんがいるんですよ。ニンザさん、そこを通ると時々花を買うんです。でもね、買った後で困るんですよ。恋人がいるわけでもないし、家へ飾る趣味もない。それで結局、『アスイズミ君、これ邪魔なので持って帰ってくださいぃ』って僕へ押しつけてくるんです」


 そこまで言ってから、アスイズミは鼻を鳴らした。


「まったく迷惑ですよ。僕の家が花屋みたいになるんですから」


 口ではそう言う。


 だが、顔にはまるで迷惑そうな色がない。


「ただ……あのおばちゃん、客が少ない日でも、ニンザさんが通った日は嬉しそうなんですよね。たぶんニンザさんも、それを分かって買ってるんだと思います。本人は絶対に認めませんけど」


 ナニレスクのペン先が、少しだけゆっくりになる。


「他にもありますよ。局の近所の子供が野良犬を拾ってきたことがあって、『飼ってあげて』ってニンザさんへ頼んだんです。そしたら僕へ『アスイズミ君、犬は好きですかぁ?』って聞いてきた」


 アスイズミは思い出しただけで嫌そうな顔を作った。


「嫌な予感はしましたよ。案の定、その日の夜には僕の部屋に犬がいました。餌も寝床も僕が用意しました。世話したのも僕です。ニンザさんは二日に一回くらい来て、勝手に犬を撫でて帰るだけでした」


「それは、ニンザさんが面倒見がいいという話になりますか?」


「なるんですよ!」


 アスイズミは即座に反論した。


「僕へ押しつけてるから分かりにくいだけです。あの人、自分で面倒を見るのが恥ずかしいんですよ。だから僕を使うんです。病院と間違えて治安局へ入ってきた、ちょっと呆けたお爺ちゃんを家まで送った時だってそうでした。」


「ニンザさん、自分で送ればいいのに『私は忙しいのでぇ』とか言って僕へ回した。でも、僕が戻るまで局の前でずっと待ってたんです」


 アスイズミはそこで一度、言葉を切った。


 先ほどまで自慢げだった顔が、少しだけ穏やかになる。


「……あれで結構、面倒見がいいんですよ。人に優しくしたって思われるのが、たぶん嫌なんでしょうね。変な人ですから」


 ナニレスクは何も言わず、メモを続けている。


 アスイズミは照れ隠しに鼻を擦った。


「まあ、ほとんど実際に動いてるのは僕なんですけどね。そこはちゃんと記事に書いてくださいよ。ニンザさんだけいい人みたいに書かれたら、僕が損するじゃないですか」


 口では不満を言いながら、顔は笑っていた。


 ナニレスクは心の中だけで思った。


 実際、それを誇っていいのはニンザだけではない。


 押しつけられた花を飾り、犬を飼い、老人を家まで送り届けたのは、全部この若い巡察官なのだから。


 ――エー・アスイズミ取材記録より抜粋。


          ◇


 青く広がるカールフォードの空へ、赤い飛沫が散った。


 光の刃が、アウグストゥスの胸を深く切り裂いていた。


 白いシャツが一瞬で赤へ染まり、血が風に引き千切られて空へ尾を引く。


 アウグストゥスは即座に後退した。


 だが、ニンザが離さない。


 白目を剥いた顔に人間らしい表情はない。光剣を握ったまま、逃げるアウグストゥスへ食らいついてくる。


「まったく……」


 アウグストゥスは胸へ手を当てながら、空いた方の手を振った。


 何もない空間へ、黒い球体が生まれる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 次々に増え、合計七つ。


 指先が僅かに動いた。


 黒球が一斉にニンザへ襲いかかる。


 最初の一発を、ニンザは身体を沈めて躱した。


 二発目。


 左へ旋回。


 三発目と四発目は、空中で身体を捻りながら抜ける。


 残る三発。


 ニンザが光剣を振るった。


 黒い球体が、まるで最初からそこへ切れ目があったように両断される。


 爆ぜた球体が黒い粒子となって散った。


 だが、アウグストゥスの目的は命中ではない。


 七発への対応を強制したことで、ニンザとの間に距離が生まれていた。


 わずか数秒。


 それだけあれば十分だった。


 アウグストゥスは自分の傷へ指を滑らせた。


(浅くはない)


 胸骨を越え、刃は心臓まで届いている。


 実際、心臓は止まっていた。


 鼓動はない。


 普通の人間なら、この時点で終わりだ。


(捜査官には残念な話だな。俺でなければ殺せていた)


 アウグストゥスは死なない。


 アンデッドだからではない。


 そういう身体の造りをしている。


 ただ、失血そのものが無害というわけでもない。


 胸元から流れ続ける血を一瞥してから、アウグストゥスは再びニンザを見た。


(それより問題は、あの剣の冴えだ)


 口元が僅かに吊り上がる。


(まさか、この俺が技量で押し込まれるとはな。長生きはするものだ)


 本人は剣の腕などないと言っていた。


 事実なのだろう。


 ならば、今戦っているのはニンザの剣技ではない。


 剣が、ニンザの身体を使って戦っている。


 その答えを確かめる間もなく、ニンザが再び飛び込んできた。


 光剣が袈裟懸けに落ちる。


 アウグストゥスは刀を立てず、身体を沈めた。


 光が肩口を掠め、外套の一部を切り飛ばす。


(ディスペルは確かに一度、精神支配を解除した)


(だが、解除した直後に掛け直された)


(なら術者を断たない限り、何度やっても同じだ)


 ニンザが返す刃を、アウグストゥスは半身になって避ける。


(殺すか?)


 最も簡単な方法。


 だが、その先が面倒だった。


 国外で上級捜査官を殺せば、治安局が動く。


 勇者ギルドだけでも鬱陶しいというのに、新しい追跡者を増やす必要はない。


(さて、どうしたものか――)


 そこで、違和感が走った。


 また刃が来る。


 避ける。


 だが今度は、先ほどより近かった。


(む?)


 もう一撃。


 今度はアウグストゥスが取ろうとしていた回避方向へ、光剣が先回りする。


 刀で受ける。


 金属音が空へ弾けた。


(速くなった?)


 違う。


 アウグストゥスの目が細くなる。


(俺が、遅く感じるほど相手が速くなったのではない)


(こちらの動きに慣れてきている)


 ニンザではない。


 光の剣。


 アウグストゥスが刀を返す。


 光剣が、その軌道を予測して防いだ。


(学習しているのか)


 再び切り結ぶ。


 今度は、さらに早く対応された。


 アウグストゥスの笑みが消えた。


(俺を)



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