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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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128/183

鮮血鉄風

ホテル・ルクゼソルから少し離れた場所。


 二階建ての百貨店の屋上へ、黒い影が落ちた。


 アエーシュモーが着地する。


 その足元から、影が長く伸びていく。


 粘つく液体のように盛り上がり、屋上の床へ黒い塊となって広がった。


 その中心から、二人の姿が吐き出される。


「せ、狭いのです!」


 最初に声を上げたのはギルエルだった。


「暗い! 狭い! しかも足元がぬるっとしていました!」


「貴女を運ぶための空間に、快適性まで求めないでください」


 アエーシュモーは淡々と返す。


「せめて椅子ぐらい――」


「ギルエル」


 ルーシュが遮った。


 ギルエルは口を閉じる。


 ルーシュはすぐに空を見上げた。


 遠い。


 それでも、ホテル上空を飛び交う二つの影は見える。


「シュモー」


「はい」


「さっきのは、何?」


 声は落ち着いている。


 だが、両手はスカートを強く握っていた。


「義父さまは誰に狙われてるの?」


「勇者?」


「分かりません」


 アエーシュモーは即答した。


「ですが、勇者ではないでしょう」


「どうして?」


「少なくとも、あのやり方を選ぶ理由がありません」


 アエーシュモーの視線は、ニンザが握る光剣へ向いていた。


 遠距離。


 それでも分かる。


 あの剣に流れている力は、ニンザ本人の器を明らかに超えている。


(あの剣……)


 アエーシュモーの目が細くなる。


(まさか)


 記憶の奥で、古い警戒心が頭をもたげた。


(管理者……か?)


 ニンザ自身の魔力ではない。


 桁が違う。


 人間一人が保持できる量を、あの光剣は平然と超えている。


 しかも、暴走していない。


 誰かが供給し、誰かが制御している。


(だとすれば、アウグストゥス(あの男)を狙っているのは人間ではない可能性もある)


 アエーシュモーは無意識に拳を握った。


 その横で、ルーシュは一度も目を逸らさず、空の戦いを見つめ続けていた。


          ◇


 一方その頃。


 エー・アスイズミは、途方に暮れていた。


 事の始まりは、ルシュファリアにいた時まで遡る。


『アスイズミ君。有給、どれくらい残っていますかぁ?』


 普段、何を言っても適当にあしらわれるニンザが、自分から質問してきた。


 それだけで少し嬉しくなった。


『僕ですか? 全然使ってないですよ。余りまくってます』


『そうですかぁ』


 ニンザは満足そうに頷いた。


 次の瞬間、アスイズミの手には、カールフォード行き豪華客船の乗船券が握られていた。


『では、今から有給を取って、一緒に来なさい』


『え?』


『荷物をまとめてくださいぃ』


『え? どこへ行くんですか?』


『船です』


『何でです?』


『私もよく分かりません』


『何でニンザさんが分からないんですか!』


 結局、何の説明もないまま船へ乗せられた。


 そしてカールフォードへ着いた今。


 その張本人が、朝から宿にいない。


「全く……僕を置いて、どこ行ったんだか」


 アスイズミは、グルメ雑誌で紹介されていた人気食堂の席へ座っていた。


「一人じゃ何にもできないくせに」


 頬を膨らませながら、テーブルへ頬杖をつく。


 しばらくすると、注文したモーニングプレートが運ばれてきた。


 焼きたてのパン。


 卵料理。


 厚切りの燻製肉。


 南国の果実。


 アスイズミの不満は、一瞬で消えた。


「うわ、美味しそう!」


 満面の笑みになる。


「いただきます!」


 大口でパンへかぶりつく。


「美味っ!」


 今この瞬間、上空ではニンザがアウグストゥスと殺し合いに近い戦闘を繰り広げている。


 もちろん。


 アスイズミが、それを知るはずもなかった。


          ◇


 キィィン!


 ガキィン!


 二度。


 三度。


 カールフォードの上空へ、刃がぶつかる音が響く。


 アウグストゥスは刀を返しながら、改めて結論を出していた。


(やはり殺すのはまずい)


 治安局は仲間意識が強い。


 上級捜査官が国外で不審死。


 しかも直前まで行動を共にしていた自分が、その場にいたと知られれば厄介なことになる。


(よくて重要参考人)


(悪ければ、その日のうちに指名手配か)


 追跡者を増やす必要はない。


 勇者ギルドだけでも十分面倒なのだ。


 ニンザが踏み込む。


 鋭い横薙ぎ。


 アウグストゥスは刀を軽く傾けただけで受け流す。


 力で止めない。


 軌道だけをずらす。


 光剣が空を切る。


(仕方あるまい)


(多少手間だが、精神支配を解く)


 ならばまず、動きを止める。


 方針が決まった瞬間、アウグストゥスの動きが変わった。


 それまで取っていた距離を、自分から潰す。


 一気に踏み込んだ。


 ニンザが反応する。


 両手で光剣を握り、頭上へ振り上げた。


 唐竹割り。


 真上から真下へ。


 単純だが、速い。


 アウグストゥスはその予備動作を見た時点で、すでに身体をずらしていた。


 刃が鼻先を通過する。


 紙一重。


 そのままニンザの右側へ滑り込む。


 振り下ろした直後。


 右腕が伸びきった瞬間。


 アウグストゥスは手首を掴み、そのまま背後へ回った。


「失礼」


 腕を捻り上げる。


 関節が極まった。


 ニンザの身体が強制的に傾く。


 光剣を握っていた指から力が抜ける。


 剣が消えかける。


 その隙に、アウグストゥスは左腕を首へ回した。


 羽交い締め。


「捜査官殿」


 ニンザは唸る。


 それでも暴れようとする。


「少々、気が立っておられるようですな」


 アウグストゥスの口元へ薄い笑みが浮かんだ。


「一度、頭を冷やされた方がよろしい」


 首へ回していた左腕を外す。


 代わりに、背後から左手でニンザの顔面を掴んだ。


 指が額。


 親指が頬。


 掌が顔全体を覆う。


 いわゆるアイアンクローの形だった。


 詠唱は、ない。


 言葉すら発しない。


 魔法陣も浮かばない。


 触媒もない。


 魔力が動いた気配すらなかった。


 ただ。


 アウグストゥスの掌から、淡い青の光だけが広がった。


 ――ディスペル。


 術式を壊し、外部から掛けられた魔法効果を解除する術。


 青い光が、ニンザの頭から肩、胸、腕へと流れていく。


 白目を剥いていた瞳が揺れた。


 噛み締めていた歯が緩む。


 全身に入っていた力が、一気に抜けた。


「……ふむ」


 アウグストゥスは慎重に反応を見る。


 光剣は消えた。


 暴れる様子もない。


 ニンザの身体から、先ほどまで感じていた異質な圧力も抜けている。


 解除できた。


 少なくとも、そう見えた。


 アウグストゥスは右腕の関節を解き、距離を取った。


「捜査官殿」


 正面へ回る。


「私が誰か分かりますか?」


 ニンザの顔は俯いていた。


 返事はない。


「ニンザ殿?」


 その時。


 右手が、僅かに動いた。


 アウグストゥスの目が細くなる。


 光。


 ほんの一点。


 ニンザの掌へ集まっていく。


「――なに?」


 剣の柄。


 続いて、刃。


 だが、完全な形になるより早かった。


 ニンザが右腕を跳ね上げる。


 未完成の光刃が、下から上へ走った。


 ザシュッ。


 アウグストゥスの胸が裂けた。


「……不覚」


 白いシャツへ、赤い線が走る。


 遅れて血が滲み出す。


「ゴフッ……」


 咳と一緒に、喉から血が上がった。


 アウグストゥスは空中で数歩分後退する。


 胸へ手を当てる。


 掌が赤く染まる。


 ニンザは俯いたまま、再び光剣を形成していた。


 そして。


 消したはずの異質な魔力が、先ほどよりも濃く、その身体へ流れ込んでいた。

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