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サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
麗しき災厄

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13/30

勇者来訪の前日譚

 話は少し遡る。


 勇者セレスティア・ヴァレンティアと、勇者レオヴァン・アシュハートがまだオーギュストンの宿に滞在していた頃。


 二人は宿の二階に取った部屋で、静かに夕食を取っていた。


 もっとも、静かに食べているのはセレスティアだけである。


 レオヴァンは皿の上に乗った焼き肉の塊へ豪快にかぶりつき、骨ごと噛み砕きそうな勢いで咀嚼していた。


「それで? セレス」


 肉を飲み込んだレオヴァンが、椅子の背もたれに体重を預ける。


「次はどこへ行く?」


 セレスティアはパンを小さくちぎり、口へ運んだ。


 食事中の所作は整っている。


 剣士というより、良家の令嬢のようでもあった。


「特に決めてはいない」


「決めてねぇのかよ」


「候補はある」


 セレスティアは水を一口飲む。


「北のサイバンバという国に、マホマホという街があるらしい」


「マホマホ?」


 レオヴァンは眉を寄せた。


「ふざけた名前だな」


「地名に文句を言うな」


「で、そのマホマホがどうした?」


「付近に災害級の魔物が出たという話だ」


 災害級。


 それは魔物の等級を示す言葉である。


 最下級の魔物には、特別な等級名はない。


 その上が厄災級。


 国家が兵を動員しなければ対処できない強さ。


 さらに上が災害級。


 街一つに致命的な被害を与え得る存在。


 そして最上位が天災級。


 一国の力だけでは対処不可能とされる、歩く災害そのもの。


 レオヴァンは肉を掴んだまま、唇の端を吊り上げた。


「狩りに行くのか?」


「そのつもりだ」


「つか、マホマホってどこだよ。聞いたことねぇな」


「私もない」


「おい」


「行けば分かるだろう」


「お前なぁ……」


 レオヴァンは呆れたように立ち上がると、自分のベッドに無造作に放り投げていた鞄を漁った。


 しばらくして、折り畳まれた地図を取り出す。


 机の上に広げ、指先で地名を追っていく。


「サイバンバ、サイバンバ……あった」


 レオヴァンの顔が露骨に歪んだ。


「おい、サイバンバって新大陸側じゃねぇか」


「そうなのか」


「そうなのか、じゃねぇよ」


 地図を叩く。


「ここからだと一ヶ月はかかるぞ」


「そうか」


「そうかって、お前……その間に他の勇者に狩られるんじゃねぇか?」


「それならそれで構わない」


 セレスティアは淡々とスープを口へ運ぶ。


「私にとって大切なのは、魔物の存在を知りながら人々を見捨てなかったという事実だ」


「かぁー」


 レオヴァンは大袈裟に天井を仰いだ。


「つくづく勇者様だな、お前」


「私は勇者だ」


「天職だよ。お前にとって勇者ってやつは」


「私もそう思う」


 セレスティアは少しも照れずに答えた。


 自分の在り方に疑いがない。


 それが彼女の強さであり、同時に危うさでもあった。


 その後、二人は細かい移動予定を詰めていった。


 どの街道を通るか。


 馬を買い替えるか。


 船を使うか。


 途中の魔物討伐依頼を受けるか。


 レオヴァンが現実的な移動手段を並べ、セレスティアが必要最低限の危険度を判断する。


 二人の会話は慣れたものだった。


 その時だった。


 ぴろりん♪


 妙に軽い音が、セレスティアの左腕から響いた。


 レオヴァンが片眉を上げる。


「ギルドか?」


「だろうな」


 セレスティアの左手首には、金属製の腕輪が嵌められていた。


 装飾品に見えるが、実際は魔法式の通信器である。


 彼女が腕輪に触れると、淡い光が空中に走った。


 幾何学模様が球状に組み上がり、その中央にホログラムが浮かび上がる。


 映し出されたのは、精悍な顔つきの中年男性だった。


 勇者ギルドの職員である。


『失礼。勇者セレスティア、勇者レオヴァン。今、話せますか』


「問題ありません」


 セレスティアは姿勢を正す。


「何かありましたか?」


『貴女方のいるオーギュストン近郊、ザレイドという街で大量猟奇殺人が発生したと、現地の執政官から連絡がありました』


「殺人事件なら警察、もしくは治安局の管轄でしょう」


 セレスティアの返答は早かった。


「勇者の仕事ではないかと思いますが」


『通常ならその通りです』


 職員は頷く。


『ですが、現地では三ヶ月前のコープスパーティー事変と関係があるのではないかと騒ぎになっているそうです』


 セレスティアの表情がわずかに変わる。


 レオヴァンも肉を食べる手を止めた。


『もし関係があるのなら、これ以上被害が広がる前に食い止める必要があります』


「それで、たまたま近くにいた私たちにザレイドへ向かえと」


『そういうことです』


 レオヴァンが横から口を挟む。


「どうする? サイバンバまでは遠いぞ」


「……」


「さっきも言ったが、着く頃には他の勇者が魔物を狩ってるかもしれねぇ」


 セレスティアは少し考えた。


 優先順位。


 被害の切迫性。


 勇者としての役割。


 そして、目の前にある依頼の性質。


「分かりました」


 セレスティアは通信先の職員へ向き直る。


「その依頼、引き受けましょう」


『助かります』


「確認します」


 セレスティアの声が少し硬くなる。


「現時点では、まだコープスパーティー事変との繋がりは確認されていない」


『はい』


「目的はあくまで、今回の事件がコープスパーティー事変と関係あるかどうかの調査。そう理解してよろしいですね」


『その認識で結構です』


「では、犯人が黒山羊と毒ヘビの教団と無関係だった場合はどうしますか?」


『と、言いますと?』


「勇者には原則として逮捕権がありません」


 セレスティアは淡々と言う。


「相手が魔物や国際犯罪組織ならともかく、通常の殺人犯だった場合、私たちがどこまで介入してよいのか確認したい」


『その点は、現地で直接確認してください』


「分かりました」


『こちらからは以上です。他に質問はありますか』


「私はありません」


 セレスティアは隣へ目を向ける。


「アシュハート、お前は?」


 レオヴァンは両手を肩の高さまで軽く上げ、首を横に振った。


「ないそうです」


『では、よろしくお願いします』


「通信を切ります」


 セレスティアが腕輪から手を離すと、魔法陣は音もなく消えた。


 部屋に静けさが戻る。


 レオヴァンは残っていた肉を口に放り込んだ。


「災害級の魔物より、首無し死体の調査か」


「不満か?」


「別に」


 レオヴァンは肩を竦めた。


「ただ、面倒な匂いがする」


「お前の勘はよく当たる」


「なら気をつけろよ」


「分かっている」


 セレスティアは食事を終えると、静かに立ち上がった。


「明朝、ザレイドへ向かう」



 翌日。


 二人はすぐにオーギュストンを発った。


 街道を急ぎ、休憩も最低限に抑えた。


 その結果、通常なら三日はかかる道のりを、わずか二日で走破した。


 ザレイドへ到着すると、セレスティアはレオヴァンに宿の手配を任せた。


「私は政庁へ向かう」


「一人で行くのか?」


「ああ」


「俺も行った方がよくねぇか?」


「まずは形式的な聞き取りだ。お前は宿を確保してくれ」


「了解」


 レオヴァンは軽く手を振った。


 セレスティアはそのまま政庁へ向かった。


 執政官との面談は、思ったよりも早く実現した。


 案内された部屋で彼女を待っていたのは、壮年の執政官だった。


 疲労の色が濃い。


 無理もない。


 四十二体もの首無し死体が川に浮かんだのだ。


 街の責任者として、平静でいられるはずがなかった。


 執政官は順を追って説明した。


 死体が発見された経緯。


 川に流れ着いた状況。


 街の混乱。


 死体の身元確認。


 行方不明者との照合。


 犯人の目星。


 治安局の捜査状況。


 だが、セレスティアが聞く限り、有用な情報はほとんどなかった。


 事件が発覚してから日が浅い。


 それに加え、ザレイドの治安局はあまり有能ではないらしい。


 捜査方針すら、まだ固まっていない。


(混乱しているな)


 セレスティアは話を聞きながら情報を整理する。


(いや、無能と決めつけるのは早い)


(死体の数が多すぎる)


(被害者の身元も不明)


(現場は川)


(死体は下水道から流出した可能性が高い)


(犯行現場、保管場所、遺棄場所がそれぞれ違う)


(捜査範囲が広すぎるのか)


 唯一、有益と思えた情報があった。


 精霊への聞き取りである。


 魔法使いが精霊に事件について尋ねたところ、精霊たちが一斉に沈黙したという。


 それは自然な反応ではない。


 何者かが精霊との交信を妨害している。


 魔術に長けた者が、意図的に情報を隠している可能性が高かった。


(なるほど)


(魔法的な隠蔽)


(大量の首無し死体)


(時期はコープスパーティー事変の三ヶ月後)


(執政官が教団を疑うのも無理はない)


(だが、まだ根拠としては薄い)


(コープスパーティーの再現なら、死者の怨念を触媒にする必要がある)


(首を落とした理由は何だ)


(身元隠し? 儀式? あるいは収集癖?)


(分からない)


(こういうことを考えるのはアシュハートの方が得意なのだがな)


 セレスティアは内心で少しだけ後悔する。


(一緒に連れてくるべきだったか)


 だが今さらである。


 彼女は思考を切り上げ、以前から気になっていた点を確認した。


「一つ確認したいことがあります」


「何でしょうか」


「勇者には原則として逮捕権がありません」


 執政官は少し驚いたように瞬きをした。


「もし犯人が黒山羊と毒ヘビの教団ではなく、通常の殺人犯だった場合、私はどう動けばよいのでしょうか」


「ああ、その点ですか」


 執政官は疲れた顔で苦笑した。


「犯人が目の前にいるなら、逮捕していただいて構いません」


「正式な許可と考えてよろしいのですね」


「ええ。必要であれば、こちらで書面も用意します」


 そこで執政官は、冗談めかして付け加えた。


「抵抗するようなら、そのままやっつけてくださっても構いません。その方がこちらも楽です」


 軽口の形をしていた。


 だが、半分は本音だろう。


 街は既に限界に近い。


 早く犯人を片付けたい。


 その感情が言葉の端に滲んでいた。


 セレスティアはそれ以上、有益な話は聞けないと判断した。


 執政官に治安局への紹介状を書いてもらい、政庁を後にする。


 そこで、幸運に恵まれた出会いをすることになる。

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