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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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124/183

そしてカールフォードへ

『ティンバー?』


『お知り合いですか?』


「知り合い?」


 ニューは水晶の光を見つめた。


「ああ。そうだな。知り合いと言えば、知り合いだ」


「お前の追っているアウグストゥス・ヴァーミリオンが、俺の知っているアウグストゥス・ティンバーと同一人物ならな」


『どういう関係です?』


「それを話すと長くなる」


『なら、聞きますが?』


「本当に相変わらずだな、お前は」


 ニューは苦笑したが、目の奥には笑いがなかった。


「今は一つだけ教えてやる」


 水晶へ顔を寄せる。


「お前が言っている男がアウグストゥス・ティンバーなら、レベル七の魔法を使う化け物を従者として横へ置くことも、死人を動かしてコープスパーティーを起こすことも、街一つへ魔物をけしかけることも、何一つ不思議じゃない」


『そこまで危険な男なのですか』


「危険、ねえ」


 ニューは少し考えた。


「猛獣は危険だ。だが、腹が減った時に人を食うだけなら、檻へ入れておけば済む」


 腰の拳銃へ片手を置く。


「アレは違う」


「何が違うのです?」


「食う必要がなくても、腹が裂けた時の中身を見たいと思えば、人間を切り開く」


 水晶の向こうで、セレスティアが黙った。


「善悪で止まる男じゃねえ。情でも止まらん。好奇心と利益が一致すれば、何をやるか分からない」


 ニューは吐き捨てるように言った。


「アレは、そういう男だ」


『では――』


「ああ。いいだろう、セレスティア」


 ニューは水晶から身体を離した。


「お前が望んでいる追加戦力を出してやる」


『本当ですか、師匠!』


「こんなことで嘘をついてどうする」


『誰を派遣してくれるのですか?』


「それは後で知らせる」


 背後でトーコが嫌な顔をした。


 ニューは構わず続ける。


「今いる場所と、今後の移動先を報告しろ」


『現在、ビオランテからルシュファリアへ向かう列車の中です。ルシュファリアから船へ乗り、新大陸のカールフォードへ渡ります』


「ヴァーミリオンの現在地は」


『豪華客船殺人事件の記事に、カールフォードへ到着したとあります』


「新聞へ顔を出したのか、あの男」


『名探偵として大きく扱われています』


 ニューは片手で額を覆った。


「昔から頭は切れるが、変なところで間が抜けてるな」


『師匠は、どこまで知っているのです?』


「後で話す」


『先ほどもそう言いました』


「だから後でだ。話すと長いんだよ」


『……分かりました』


「連絡は切るぞ。次に繋いだ時、勝手に別の国へ移動してるんじゃねえぞ」


『善処します』


「善処じゃなくて約束しろ」


『では、可能な限り』


「悪化してるじゃねえか」


 通信が切れた。


 水晶から光が消える。


 ニューは数秒、その黒い表面を見つめていた。


「聞いたな、トーコ」


 背後から返事がない。


 振り返る。


 トーコは書類束を胸に抱えたまま、頭を押さえていた。


「ニュー様」


「何だ」


「今、追加戦力を出すと約束されましたね」


「したな」


「賢人会議の承認を取らずに」


「取ればいいだろ」


「状況証拠しかありません」


「ティンバーの名前が出た」


「ニュー様以外、誰もその名前を知りません」


「俺が知ってる」


「御自身の記憶を、物的証拠の代わりにしないでください」


 トーコの声が低くなる。


「しかも、コープスパーティーは別組織の犯行として処理されています。ビオランテ事件との関連も未証明。レベル七の魔法使いについても、勇者二名の証言しかない」


「よく覚えてるな」


「今、横で聞いていましたから!」


「なら会議で説明してくれ」


「説明するのはニュー様です!」


 ニューは露骨に顔をしかめた。


「何でそんな面倒なことを、俺がしなきゃならねえんだ」


「御自身で約束したからです!」


「追加の勇者を派遣すりゃいいんだろ」


「その派遣の承認を取るために、会議へ戻るのです」


「必要ない」


「必要です!」


 ニューは出口へ向けて歩き始めた。


 トーコが慌てて腕を掴む。


「どこへ行かれるのですか!」


「セレスティアと合流する」


 トーコの手が止まった。


「……何と?」


「俺自身が行けば、追加派遣の手続きはいらねえだろ」


「いります」


「第七席が個人旅行をするだけだ」


「拳銃を持って、捜査中の勇者へ合流し、逮捕対象の貴族を追う個人旅行などありません!」


「細けえな」


「どこがですか!」


 ニューは階段へ背を向け、正面玄関を見た。


 先ほどまで帰宅することしか考えていなかった男の顔から、面倒臭そうな気配が消えている。


「アウグストゥス・ティンバーが本当に生きてるなら、他人を行かせるわけにはいかねえ」


 トーコが何か言い返そうとし、口を閉じた。


 ニューの声に、冗談がなかったからだ。


「トーコ」


「……何でしょう」


「旅支度をしろ」


「ニュー様のですか?」


「俺とお前のだ」


「なぜ私まで!」


「秘書だろ」


「会議へ出席させるための秘書です!」


「旅先でも会議はできる」


「できません!」


 ニューは楽しそうに笑い、勇者ギルド本部の玄関へ向かった。


 その背中を、トーコが書類を抱えたまま追う。


 十三賢人会議第七席。


 勇者ニュー・ハンプシャー。


 かつてアウグストゥス・ティンバーを知っていた男が、長く空けていた席から立ち上がった。


          ◇


 魔導列車は、緑の平原を切り裂いて走っていた。


 異世界から召喚された稀人《まれびと》たちの技術を基に造られた蒸気機関車である。炉の熱源には魔法が使われ、沸騰した蒸気が車輪を動かしている。


 黒煙を吐く車体が、クルルシュ王国の港町ルシュファリアを目指していた。


 客室の窓際には、セレスティアとレオヴァンが並んで座っている。


 セレスティアが腕輪型の通信用魔法具から顔を上げるまで、レオヴァンは黙って待っていた。


「良かったな、セレス」


 通信が切れたのを確認してから口を開く。


「これで正式に、あいつを追える」


「ああ」


 セレスティアは腕輪を撫でた。


「師匠が動いてくれるなら心強い」


「その師匠、ヴァーミリオンのことを知ってるみたいだったな」


「アウグストゥス・ティンバー」


 セレスティアは先ほど聞いた名を反復する。


「恐らく、以前使っていた名前だ」


「ヴァーミリオンも偽名ってことか?」


「そこまでは分からん。ティンバーの方が偽名かもしれない」


「どっちにしろ、名前を変える理由があったわけだ」


 レオヴァンは窓の外を眺めた。


「師匠とやらが何を知ってるのか、先に聞き出した方がよくないか?」


「後で話すと言っていた」


「お前、本当に待つのか?」


「待たん」


「だろうな」


 レオヴァンは深く息を吐いた。


「次に連絡したら、聞くまで切らせないつもりだろ」


「師匠も私の性格は知っている」


「知ってて切ったんだから、向こうにも都合があるんじゃねえの」


「私にも都合がある」


「会話になってねえな」


 列車が大きく揺れた。


 窓の外では、遠くに山脈が連なっている。その先にルシュファリアがあり、さらに海を越えた先には新大陸がある。


 アウグストゥスがいる。


 ルーシュがいる。


 ビオランテ事件の真相を知る者たちが、海の向こうにいる。


「目指すは新大陸のカールフォードだ」


 セレスティアは窓へ映る自分の顔を見つめた。


「今度こそ、ヴァーミリオンを捕まえる」


「その前に船を手配しないとな」


「港へ着けば何とかなる」


「またそれか」


 レオヴァンは額を押さえた。


「頼むから、船が毎日出てると思うなよ。切符も金もいる。新大陸へ渡る書類だって必要かもしれねえ」


「任せたぞ、相棒」


「都合のいい時だけ相棒って呼ぶな」


 セレスティアは答えず、窓の外へ視線を戻した。


 彼女たちはまだ知らない。


 追跡する側へ、勇者が一人加わっただけではない。


 アウグストゥスが過去に捨てた名を知る男が、同じ場所を目指して動き始めたことを。


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