そしてカールフォードへ
『ティンバー?』
『お知り合いですか?』
「知り合い?」
ニューは水晶の光を見つめた。
「ああ。そうだな。知り合いと言えば、知り合いだ」
「お前の追っているアウグストゥス・ヴァーミリオンが、俺の知っているアウグストゥス・ティンバーと同一人物ならな」
『どういう関係です?』
「それを話すと長くなる」
『なら、聞きますが?』
「本当に相変わらずだな、お前は」
ニューは苦笑したが、目の奥には笑いがなかった。
「今は一つだけ教えてやる」
水晶へ顔を寄せる。
「お前が言っている男がアウグストゥス・ティンバーなら、レベル七の魔法を使う化け物を従者として横へ置くことも、死人を動かしてコープスパーティーを起こすことも、街一つへ魔物をけしかけることも、何一つ不思議じゃない」
『そこまで危険な男なのですか』
「危険、ねえ」
ニューは少し考えた。
「猛獣は危険だ。だが、腹が減った時に人を食うだけなら、檻へ入れておけば済む」
腰の拳銃へ片手を置く。
「アレは違う」
「何が違うのです?」
「食う必要がなくても、腹が裂けた時の中身を見たいと思えば、人間を切り開く」
水晶の向こうで、セレスティアが黙った。
「善悪で止まる男じゃねえ。情でも止まらん。好奇心と利益が一致すれば、何をやるか分からない」
ニューは吐き捨てるように言った。
「アレは、そういう男だ」
『では――』
「ああ。いいだろう、セレスティア」
ニューは水晶から身体を離した。
「お前が望んでいる追加戦力を出してやる」
『本当ですか、師匠!』
「こんなことで嘘をついてどうする」
『誰を派遣してくれるのですか?』
「それは後で知らせる」
背後でトーコが嫌な顔をした。
ニューは構わず続ける。
「今いる場所と、今後の移動先を報告しろ」
『現在、ビオランテからルシュファリアへ向かう列車の中です。ルシュファリアから船へ乗り、新大陸のカールフォードへ渡ります』
「ヴァーミリオンの現在地は」
『豪華客船殺人事件の記事に、カールフォードへ到着したとあります』
「新聞へ顔を出したのか、あの男」
『名探偵として大きく扱われています』
ニューは片手で額を覆った。
「昔から頭は切れるが、変なところで間が抜けてるな」
『師匠は、どこまで知っているのです?』
「後で話す」
『先ほどもそう言いました』
「だから後でだ。話すと長いんだよ」
『……分かりました』
「連絡は切るぞ。次に繋いだ時、勝手に別の国へ移動してるんじゃねえぞ」
『善処します』
「善処じゃなくて約束しろ」
『では、可能な限り』
「悪化してるじゃねえか」
通信が切れた。
水晶から光が消える。
ニューは数秒、その黒い表面を見つめていた。
「聞いたな、トーコ」
背後から返事がない。
振り返る。
トーコは書類束を胸に抱えたまま、頭を押さえていた。
「ニュー様」
「何だ」
「今、追加戦力を出すと約束されましたね」
「したな」
「賢人会議の承認を取らずに」
「取ればいいだろ」
「状況証拠しかありません」
「ティンバーの名前が出た」
「ニュー様以外、誰もその名前を知りません」
「俺が知ってる」
「御自身の記憶を、物的証拠の代わりにしないでください」
トーコの声が低くなる。
「しかも、コープスパーティーは別組織の犯行として処理されています。ビオランテ事件との関連も未証明。レベル七の魔法使いについても、勇者二名の証言しかない」
「よく覚えてるな」
「今、横で聞いていましたから!」
「なら会議で説明してくれ」
「説明するのはニュー様です!」
ニューは露骨に顔をしかめた。
「何でそんな面倒なことを、俺がしなきゃならねえんだ」
「御自身で約束したからです!」
「追加の勇者を派遣すりゃいいんだろ」
「その派遣の承認を取るために、会議へ戻るのです」
「必要ない」
「必要です!」
ニューは出口へ向けて歩き始めた。
トーコが慌てて腕を掴む。
「どこへ行かれるのですか!」
「セレスティアと合流する」
トーコの手が止まった。
「……何と?」
「俺自身が行けば、追加派遣の手続きはいらねえだろ」
「いります」
「第七席が個人旅行をするだけだ」
「拳銃を持って、捜査中の勇者へ合流し、逮捕対象の貴族を追う個人旅行などありません!」
「細けえな」
「どこがですか!」
ニューは階段へ背を向け、正面玄関を見た。
先ほどまで帰宅することしか考えていなかった男の顔から、面倒臭そうな気配が消えている。
「アウグストゥス・ティンバーが本当に生きてるなら、他人を行かせるわけにはいかねえ」
トーコが何か言い返そうとし、口を閉じた。
ニューの声に、冗談がなかったからだ。
「トーコ」
「……何でしょう」
「旅支度をしろ」
「ニュー様のですか?」
「俺とお前のだ」
「なぜ私まで!」
「秘書だろ」
「会議へ出席させるための秘書です!」
「旅先でも会議はできる」
「できません!」
ニューは楽しそうに笑い、勇者ギルド本部の玄関へ向かった。
その背中を、トーコが書類を抱えたまま追う。
十三賢人会議第七席。
勇者ニュー・ハンプシャー。
かつてアウグストゥス・ティンバーを知っていた男が、長く空けていた席から立ち上がった。
◇
魔導列車は、緑の平原を切り裂いて走っていた。
異世界から召喚された稀人たちの技術を基に造られた蒸気機関車である。炉の熱源には魔法が使われ、沸騰した蒸気が車輪を動かしている。
黒煙を吐く車体が、クルルシュ王国の港町ルシュファリアを目指していた。
客室の窓際には、セレスティアとレオヴァンが並んで座っている。
セレスティアが腕輪型の通信用魔法具から顔を上げるまで、レオヴァンは黙って待っていた。
「良かったな、セレス」
通信が切れたのを確認してから口を開く。
「これで正式に、あいつを追える」
「ああ」
セレスティアは腕輪を撫でた。
「師匠が動いてくれるなら心強い」
「その師匠、ヴァーミリオンのことを知ってるみたいだったな」
「アウグストゥス・ティンバー」
セレスティアは先ほど聞いた名を反復する。
「恐らく、以前使っていた名前だ」
「ヴァーミリオンも偽名ってことか?」
「そこまでは分からん。ティンバーの方が偽名かもしれない」
「どっちにしろ、名前を変える理由があったわけだ」
レオヴァンは窓の外を眺めた。
「師匠とやらが何を知ってるのか、先に聞き出した方がよくないか?」
「後で話すと言っていた」
「お前、本当に待つのか?」
「待たん」
「だろうな」
レオヴァンは深く息を吐いた。
「次に連絡したら、聞くまで切らせないつもりだろ」
「師匠も私の性格は知っている」
「知ってて切ったんだから、向こうにも都合があるんじゃねえの」
「私にも都合がある」
「会話になってねえな」
列車が大きく揺れた。
窓の外では、遠くに山脈が連なっている。その先にルシュファリアがあり、さらに海を越えた先には新大陸がある。
アウグストゥスがいる。
ルーシュがいる。
ビオランテ事件の真相を知る者たちが、海の向こうにいる。
「目指すは新大陸のカールフォードだ」
セレスティアは窓へ映る自分の顔を見つめた。
「今度こそ、ヴァーミリオンを捕まえる」
「その前に船を手配しないとな」
「港へ着けば何とかなる」
「またそれか」
レオヴァンは額を押さえた。
「頼むから、船が毎日出てると思うなよ。切符も金もいる。新大陸へ渡る書類だって必要かもしれねえ」
「任せたぞ、相棒」
「都合のいい時だけ相棒って呼ぶな」
セレスティアは答えず、窓の外へ視線を戻した。
彼女たちはまだ知らない。
追跡する側へ、勇者が一人加わっただけではない。
アウグストゥスが過去に捨てた名を知る男が、同じ場所を目指して動き始めたことを。
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