アウグストゥス・ティンバー
『ビオランテを襲った魔物は、男爵の義娘ルーシュに寄生している影の茨と関係していると考えています』
「証拠は」
『四年前、事件が起きた日にルーシュがビオランテへいたことを確認しました』
「それだけか?」
『街の住人から証言を得ています。ラローレという少女の父親です。それと、ルーシュ本人が写った写真も入手しました』
「写真には、魔物を操っているところが写っているのか?」
『いいえ。事件前に、ラローレと一緒に撮影されたものです』
「なら、ビオランテにいた証拠にしかならねえ」
ニューは冷たく切り捨てた。
『分かっています』
セレスティアも食い下がらない。
『ですが、偶然とは思えません』
「捜査は、偶然と思えるかどうかで決めるもんじゃねえ」
『老人と少女の行商人が、事件前まで広場で薬を売っていました。行商人は偽名を使い、事件直後に姿を消しています。少女は薄桃色の髪を左右に結び、貴族の令嬢のような話し方をしていた。ルーシュの特徴と一致します』
「老人の方は?」
『品のある老人だったという証言だけです。アウグストゥス本人だと証明するものはありません』
「正直で結構」
ニューは顎の無精髭を撫でた。
「可愛い弟子の意見だ。信じてやりたいのは山々だが、それだけじゃ賢人会議は動かん」
『やはり、駄目ですか』
「コープスパーティーについては、黒山羊と毒蛇の教団の犯行で決着している。レベル七の魔法を使う従者という話も、裏づけがない」
『私とレオヴァンが直接確認しました』
「お前ら二人の目撃証言だけじゃ、勇者を追加派遣するには弱い。まして貴族の逮捕許可なんざ、状況証拠を並べただけで出せるもんじゃねえ」
水晶の向こうで、セレスティアが黙った。
ニューはしばらく水晶を見つめていたが、やがて別の問いを投げた。
「一つ聞く」
『何でしょう』
「そのアウグストゥス・ヴァーミリオンという男」
ニューの目が細くなる。
「魔力を使わず、魔法を発動したことはあるか?」
水晶の向こうで、僅かに息を呑む音がした。
『なぜ、それを?』
「質問してんのは俺だ」
『……本当に魔力を使わなかったのかは分かりません』
セレスティアは慎重に答える。
『ですが、魔力が動いた気配を一切出さず、魔法を発動したところは確認しています』
「どんな魔法だ」
『他人が発動した魔法へ干渉し、消滅させました』
「詠唱は?」
『ありません』
「魔法陣」
『確認できませんでした』
「触媒は?」
『使っていません』
ニューは黙った。
作戦通信局の喧騒が、急に遠のいた。
トーコは隣から、ニューの横顔を見ている。
驚いているのではない。
昔、地中深くへ埋めた死体が歩いて戻ってきた。
そんな顔だった。
やがてニューの喉から、低い笑いが漏れた。
「くっ……くくく」
『師匠?』
「そうか」
ニューは片手で顔を覆った。
「魔力を使わず、詠唱もなし。魔法陣も触媒もない。それで他人の魔法へ干渉した」
『何か知っているのですか?』
「アウグストゥス・ティンバー」
その名を口にした途端、ニューの笑いが止まった。
「生きてやがったか」
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