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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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122/183

十三賢人第七席

録音水晶の奥で、青白い光が静かに明滅していた。


 ナニレスク・クスープは何も言わず、手元の紙へペンを走らせている。


「捜査官になったきっかけ、ですかぁ?」


 ニンザ・フルハタは椅子の背へ深く身体を預け、天井を仰いだ。


 いつもの間延びした調子ではあったが、口元に笑みはない。


「私は、生まれが貧乏でしてねぇ。子供の頃は、随分と苦労しました」


 ペン先が紙を擦る音だけが続く。


「服が汚い。身体が臭い。食べ方が卑しい。貧乏人の子供は手癖が悪い。何かなくなれば、最初に疑われるのは私でしたぁ」


「でもその疑いは正しい。腹が減って死にそうなら、パンくらい盗みます。盗まなければ死ぬ子供へ、盗みは悪だと説教しても腹は膨れませんからねぇ」


 ナニレスクのペンが一瞬だけ止まり、すぐに動き出す。


「ですが、貧乏人だから侮られることなど、大した問題ではありませんでした」


「私にとって一番の屈辱は、金持ちは金持ちだというだけで罰を逃れられると知った時ですぅ」


 ニンザは天井から視線を下ろし、録音水晶を見た。


「私がいた児童施設には、よく寄付をしてくれる富豪がいました。服を買い、食事を与え、建物の修繕費まで出してくれる。世間では、子供を救う善人として有名でしたぁ」


「寄付の代わりに、院長から子供を差し出されていました」


 部屋から、ペンの音が消えた。


「殴る。服を脱がせる。水へ沈める。泣けば泣くほど喜ぶ人でしたねぇ。院長も職員も知っていましたが、誰も止めません。金が入らなくなれば困りますから」


「ただその内、隠しきれない怪我をした子が出ましてねぇ。施設は調べられ、院長は捕まりました。職員も何人か罰を受けた」


 ニンザの指先が、自分の膝を軽く叩く。


「ですが、金持ちは捕まりませんでした」


「証拠がないから、だそうですよぉ」


 ニンザは笑った。


 笑い声だけで、顔は少しも笑っていなかった。


「被害を受けた子供たちが何人も同じ証言をした。職員の一人も認めた。それでも、子供は記憶違いをする、職員は院長へ責任を押しつけるために嘘をついている。そういうことになりましたぁ」


「寄付者として訪問しただけ。怪我をした子供と二人きりになったことも、偶然だったそうです」


 ニンザはナニレスクを見た。


 猫背をさらに丸め、顔を少しだけ前へ寄せる。


「なぜそんなに詳しいのかですって? その施設で虐待されていた子供の一人が、私だったからですぅ」


 ナニレスクの目が上がった。


「その日から、私は取り締まられる側ではなく、取り締まる側へ回ろうと決めました」


 いつもの笑みが、ニンザの口元へ戻る。


「復讐なら、捜査官にならずともできます。夜道で後ろから刺せば済む話でしょう?」


「ただ金持ちが金を払い、偉い人間が頭を下げ、善人の顔を作れば、罪そのものが消える。そんな仕組みが気に入らなかったんですぅ」


 録音水晶の光が、ニンザの細い目に映る。


「だから私は、罪を消したつもりでいる人間を探します」


「そして……」


「本人が忘れていても、掘り返します」


 ニンザは指を一本立てた。


「墓穴というものは、自分で掘った方が深くなるんですよぉ」


 ――ニンザ・フルハタ取材記録より抜粋。


          ◇


 旧大陸の内陸中央部。


 大国ウィズベキストの首都には、勇者ギルド本部が置かれている。


 城塞と見紛うほど巨大な石造建築の上層では、勇者ギルドの最高意思決定機関――十三賢人会議が開かれていた。


 もっとも、第七席の男は、会議が終わる前に退席していた。


 ニュー・ハンプシャー。


 四十代半ば。伸びた無精髭に、擦り切れた革外套。腰には大型の回転式拳銃を二丁下げ、勇者というより荒野の無法者に見える。


 彼は長い階段を、欠伸を噛み殺しながら下りていた。


「ニュー様。戻ってください」


 隣を歩く眼鏡の女が、厚い書類束を胸へ抱えながら言った。


 三十代前半。髪は隙なくまとめられ、皺一つない制服を着ている。ニューの秘書を務めるトーコだった。


「会議はまだ終わっておりません」


「俺一人抜けても、残り十二人もいるだろ」


「十二人ではありません。今日出席しているのは八人です」


「半分より多い。立派な会議だ」


「議題の一つは、第七席であるニュー様が提出した勇者派遣区域の再編案です」


「俺が書いたんだから、内容は知ってる」


「提出者が採決前に帰る人がありますか!」


「ここにいる」


 ニューは親指で自分を指した。


 トーコの眉間へ深い皺が刻まれる。


「そもそも第三席なんて、俺が第七席へ座る前から一度も会議に出てねえじゃないか」


「第三席を基準にしないでください。あの方は、例外の塊です」


「なら俺も例外に入れてくれ」


「入りません」


「堅いな、お前は」


「ニュー様が柔らかすぎるのです」


 トーコの小言を背中で受け流しながら、ニューは階段を下り続けた。


 十三賢人会議室がある最上階から、途中の回廊を幾つも抜ける。


 あと一階下りれば、通信局。


 そこを通り過ぎれば本部の玄関である。


「今日はもう帰る」


「帰しません」


「酒場で大事な会合があるんだ」


「ただの飲酒でしょう」


「酒場の主人と、今後も俺へ酒を売るかどうかを協議する。重要な交渉だ」


「代金を払えば売ってもらえます」


「なら話は早いな」


 押し問答を続けながら、二人は一階の作戦通信局へ辿り着いた。


 広い空間には、各地の勇者や支部と連絡を取るための窓口が並んでいる。机上には通信用魔法具の水晶が置かれ、職員たちが届いた報告を書き取っていた。


 ニューが出口へ向かおうとした、その時。


 一つの水晶が強い光を放った。


 職員が魔力を通し、応答する。


「はい、勇者ギルド本部通信局です」


『勇者セレスティアだ。追加の調査報告がある』


 水晶から聞こえた声に、職員が露骨に顔をしかめた。


「……また貴女ですか、勇者セレスティア」


 ニューの足が止まった。


「今度は何です? ザレイドの件なら、黒山羊と毒蛇の教団による犯行で決着がついたはずでしょう」


『決着などついていない。犯人を一人、取り逃がしている』


「その主張は、すでに一度却下されています。正式な再調査を希望するなら、証拠を添えて申請書を――」


「よう、じゃじゃ馬娘」


 ニューは職員の横へ割り込み、水晶へ顔を寄せた。


「まだ他人の仕事を増やして回ってるのか?」


 職員は驚いて椅子を引いた。


 トーコは完全に無視され、背後で頬を引きつらせている。


『その声……師匠ですか?』


「勇者ギルド本部に、俺以上のいい声の男がいるか?」


『たくさんいます』


「即答するなよ」


『レディオンさんに、オルガレッド、ターナー。それから――』


「ああ、もういい。俺が悪かった」


 ニューは額へ手を当てた。


「真面目に数えるんじゃねえ。相変わらず冗談の通じねえ弟子だな」


『師匠の冗談は、冗談だと分かりにくいのです』


「それはお前が悪い」


『なぜですか』


「俺が師匠だからだ」


『横暴です』


「師匠ってのは横暴な生き物なんだよ」


 トーコが咳払いした。


「ニュー様、職員の業務を妨害なさらないでください」


 ニューは聞こえなかったふりをして、水晶へ肘をつく。


「それで? ギルド本部へ何の用だ」


『ザレイドで起きたコープスパーティーの首謀者について、追加の情報を得ました』


「首謀者?」


『アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵です。それと、男爵が使役している、レベル七相当の魔法を使用する従者について』


 ニューの指が止まった。


「アウグストゥス……?」


 小さな呟きだった。


 水晶越しのセレスティアには届かなかったのか、報告を続ける。


『ビオランテで四年前に起きた、植物系魔物の大規模襲撃事件を調べました。アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵は、あの事件にも関与していた可能性があります』


 ビオランテ。


 その地名が出た瞬間、ニューの顔から気怠さが消えた。


 ほんの一瞬。


 だが、長年傍にいるトーコは見逃さなかった。


「続けろ」


 声も変わっていた。


 冗談を挟む余地のない、乾いた声だった。

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