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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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セレスティア再走

 セレスティアは男の正面に立った。


「事件の少し前、ラローレは広場で女の子と友人になったと話していませんでしたか?」


「女の子……」


 男は口の中で言葉を転がした。


「行商人が連れていた、十代半ばほどの少女です」


「待て……待ってくれ」


 男は頭を抱えた。


 酒に浸った記憶の底から、四年前の会話を掘り起こそうとする。


「女の子……ラローレが……」


 身体を前後へ揺らす。


「よく喋ってた……今日は何を売ったとか、誰が来たとか……」


 途切れ途切れの独り言が続く。


 やがて、男の動きが止まった。


「写真だ」


 セレスティアとレオヴァンが同時に顔を上げる。


「写真を撮ったって言ってた」


「誰と?」


「その子とだ」


 男は椅子を蹴るように立ち上がった。


「待ってろ」


 足元をふらつかせながら、部屋の隅へ向かう。


 壁際には物置の扉があった。


 男は右手だけで苦労しながら取っ手を引き、扉を開ける。


 物置の中には、時間が止まっていた。


 少女物の服。


 片耳が取れた古びたぬいぐるみ。


 靴。


 屋台で使っていたらしい布。


 隅には形の崩れかけた箱が積まれ、開いた穴から日記らしき冊子が覗いている。


 ラローレが生きていた頃の物を、一つも捨てられなかったのだろう。


 男はその中へ片手を差し込み、箱を一つずつ引きずり出した。


「どこだ……どこに入れた」


 何度も物を取り落とし、床へ膝をつく。


 レオヴァンが手伝おうと近づいたが、男は右手を振って拒んだ。


「触るな。俺が探す」


 息を切らしながら、さらに奥を漁る。


 やがて、掌へ収まるほどの小箱を取り出した。


「これだ」


 蓋を開く。


 中には色褪せた紙片や、小さな髪飾りが入っていた。


 男は震える指で、その下から一枚の四角い紙を引き抜いた。


「あった」


 セレスティアへ差し出す。


「これだ」


 写真だった。


 セレスティアが受け取り、レオヴァンも横から覗き込む。


 二人の呼吸が同時に止まった。


 写真の左側には、そばかすのある少女が立っていた。


 服は質素だが、歯を見せて楽しそうに笑っている。恐らく、この家の娘――ラローレだ。


 その隣。


 薄桃色の髪を左右に結んだ少女が、ラローレへ肩を寄せていた。


 作り笑いではない。


 目を細め、頬を緩ませ、何の警戒もなく笑っている。


「ルーシュ……」


 セレスティアの口から、名前が零れた。


 レオヴァンが深い息を吐く。


 記者の曖昧な記憶ではない。


 四年前、ルーシュがビオランテの広場にいたことを写した、動かしようのない証拠だった。


「そうだ」


 男が呟く。


「確か、そんな名前だった」


 セレスティアが振り返る。


「覚えているのですか」


「ラローレが何度か話してた。ルーシュって名前の子と友達になったって」


「その子について、他には?」


「行商人の娘だって言ってた」


 男は写真へ目を落とした。


「いつも爺さんと一緒にいて、街から街へ旅をしてるって。金持ちの娘みてえに上品なのに、世間を全然知らなくて面白いって……」


「その行商人を見たことは?」


「俺はねえ」


「ラローレは、行商人について何か話していなかったか?」


 男は首を振ろうとして、途中で止まった。


「薬だ」


「何?」


「ルーシュの親父は、何でも治す薬を売ってるって言ってた」


「他には」


「分からねえ。俺は……」


 声が掠れる。


「あの頃、ラローレの話を碌に聞いてやらなかった」


 写真へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。


「仕事で疲れたとか、身体が痛えとか、酒が飲みてえとか……あいつが何を話しても、適当に返事してた」


 男の顔が再び歪んだ。


「ちゃんと聞いてりゃ、もっと覚えてたかもしれねえのに」


 セレスティアは写真を見つめた。


 ルーシュが笑っている。


 今の彼女からは想像しにくいほど、無防備な笑顔だった。


「その写真は、あんたたちにやる」


 男が言った。


「いいのですか」


「ああ」


 男は涙を拭おうともせず、セレスティアを見た。


「だから、犯人を捕まえてくれ」


 両膝が床へ落ちる。


「頼む」


 右手を床につき、頭を下げた。


「俺にはもう何もできねえ。左腕も動かねえ。金もねえ。誰かを探す力もねえ」


 床板へ涙が落ちる。


「女房にも娘にも、あの世で何て言えばいいか分からねえんだ」


「父親のくせに何も守れなかった。仇を探そうともせず、酒を飲んでいただけだって……そんなこと、言えるわけがねえ」


 肩が震える。


「せめて、犯人を捕まえたって報告くらい持っていきてえ」


「捕まえてくれ」


 セレスティアはしゃがみ込み、男の肩へ手を置いた。


「顔を上げてください」


 男は上げなかった。


「私は、貴方へ安心しろとは言いません。まだ証拠は足りず、犯人を捕らえられる保証もない」


 レオヴァンがセレスティアを見る。


 普段なら、迷いなく「任せろ」と言い切る女だった。


 だが今は、男が縋るためだけの嘘を与えなかった。


「それでも、私はこの写真を無駄にはしない」


 セレスティアの指へ力が入る。


「ラローレが死んだ理由を調べます。事件を起こした者がいるなら、どこまで逃げようと追いつきます」


 声は静かだった。


 だが、その奥では刃が立っていた。


「犯人は、必ず私たちが裁きます」


 男は答えなかった。


 答える力も残っていないのか、床へ額をつけたまま、ただ泣き続けた。


          ◇


 ラローレの家を出ても、湿った酒の臭いが服へ染みついている気がした。


 セレスティアとレオヴァンは、宿へ戻る道を並んで歩いていた。


 職人街を抜ければ、夕方の大通りは仕事を終えた人々で混み始めている。


 セレスティアは何度も、預かった写真へ目を落とした。


「取りあえず、ルーシュが四年前、この街にいた証拠は掴んだ」


「ああ」


 レオヴァンは頷いた。


「記者の記憶だけじゃ弱かったが、写真なら誤魔化せねえ」


「これで勇者ギルドは動くと思うか?」


「どうだろうな」


 レオヴァンは腕を組んだ。


「ザレイドで出した申請は一度取り下げられてる。ルーシュがビオランテにいた証拠だけで、ヴァーミリオンまで事件の犯人扱いするのは難しい」


「ルーシュの影の茨が、魔物襲撃を引き起こした可能性は高い」


「高いだけだ」


 レオヴァンは容赦なく返した。


「写真に写ってるのは、事件前のルーシュだ。茨が魔物を呼んだ場面じゃねえ。ヴァーミリオンが何か命令した証拠でもない」


「なら、さらに探す」


「探しても、もう出ねえかもしれない」


 セレスティアが横目で睨む。


「諦めるのか?」


「そうは言ってねえ」


 レオヴァンは肩をすくめた。


「この街に、ヴァーミリオン本人の痕跡が薄すぎると言ってるんだ」


 記者たちの証言。


 霊薬を売っていた行商人。


 偽名を使った品のある老人。


 ルーシュと同じ特徴を持つ少女。


 本人に近づいてはいる。


 だが、誰もアウグストゥスという名を聞いていない。


「おそらく、長く滞在していない」


 レオヴァンは続けた。


「事件の前に来て、事件の直後には消えた。最初から長居するつもりがなかったんだろう」


「私もそう思う」


「なら、この街を掘り続けても、同じ証言しか出てこねえ」


 セレスティアは写真を懐へしまった。


「勇者ギルドへは、ルーシュの影の茨がビオランテ事件に関与した可能性と、この写真を提出する」


「それで?」


「私たちはヴァーミリオンを追う」


「追うって、どこへだよ」


 レオヴァンが呆れた声を上げる。


「ビオランテにいねえのは分かった。ザレイドも出た。今どこにいるか分からねえだろ」


 セレスティアは答えなかった。


 人通りの多い大通りへ差しかかり、急に足を止める。


「おい」


 レオヴァンが数歩進んでから振り返った。


「どうした」


 セレスティアは、通りの壁へ身体を預けている男を見ていた。


 男は煙草を咥え、広げた新聞を読みながら、時折煙を吐き出している。


 セレスティアが見ているのは男ではない。


 新聞の一面だった。


「ヴァーミリオンなら」


 セレスティアの口元が、ゆっくりと持ち上がる。


「案外、すぐに見つかるかもしれんぞ」


「何?」


 レオヴァンが新聞へ目を向ける。


 一面には、派手な見出しが躍っていた。


『豪華客船殺人事件を解決した名探偵現る!』


 見出しの横には、二人の男の写真が載っている。


 一人は、猫背の上級捜査官ニンザ・フルハタ。


 そして、その隣。


 撮影用魔道具の光を浴びながら、迷惑そうに目を細めている白髪の老紳士。


 アウグストゥス・ヴァーミリオンだった。


「新大陸……カールフォード」


 レオヴァンが記事の本文を読み取る。


「豪華客船は、ルシュファリアを出てカールフォードへ到着した……」


 セレスティアは男の前へ歩み寄ると、新聞を指差した。


「それを売ってくれ」


「は?」


「金は払う」


 男が困惑している間に、セレスティアは新聞を受け取り、代わりに硬貨を握らせた。


「レオヴァン」


「ああ。分かってる」


 レオヴァンは額へ手を当てた。


「今度は場所を確認してから出発しろよ」


「カールフォードへ向かうぞ」


「聞いてねえな、こいつ」


 セレスティアは新聞に写るアウグストゥスを見つめた。


 四年前のビオランテで、老人は偽名を使い、死者すら蘇らせる薬を売っていた。


 事件が起きると、ルーシュを連れて消えた。


 そして今。


 追われているとも知らず、新大陸の新聞へ自分の顔を晒している。


「見つけたぞ、ヴァーミリオン」


 新聞紙が、セレスティアの指の中で音を立てて歪んだ。


「今度は逃がさん」


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