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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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ラローレの残影

二日前と同じカフェ。


 同じ窓際の席に、今度は別の記者が座っていた。


 タヌーサ・ナザロは約束の時刻より三十分も早く到着し、すでに飲み物を半分ほど空けていた。


「いやあ、今日の取材が思いのほか早く終わりましてね」


 笑いながら立ち上がり、二人を迎える。


「待たせるよりはいいでしょう?」


「前の記者にも聞かせたい台詞だな」


 レオヴァンが呟いた。


 簡単な挨拶を交わし、席へ着く。


 注文を取りに来た給仕へ、セレスティアはオレンジジュース、レオヴァンは烏龍茶を頼んだ。


 どちらも、異世界から現れた稀人《まれびと》によって持ち込まれ、この世界へ根づいた飲み物である。


「早速だが」


 セレスティアは注文が届くのを待たず、話を切り出した。


「四年前、ビオランテ事件の被害が集中した広場で、薬を売っていた行商人がいた」


「ええ。ルイスから聞いています」


「知りたいのは、行商人が連れていた少女と親しかった人物です」


「ああ。広場で友達になったという子ですね」


 タヌーサは腕を組み、天井へ視線を向けた。


「名前は……何と言ったかな。あの子も広場で屋台を出していましてね」


「屋台?」


「ええ。名前を聞いたことはあったんですが……アモーレだったか、アモールだったか。そんな感じの――」


「ラローレか?」


 セレスティアが言葉を遮った。


 タヌーサが目を見開く。


「ああ、そうだ!」


 手を叩いた。


「ラローレちゃんです。ホットドッグ売りのラローレちゃん」


「いや残念だな。あんな事件に巻き込まれてなければ結婚ぐらいはして、それなりの幸せが得られただろうに」


 レオヴァンがセレスティアを見る。


 ラローレ。


 ルーシュを誘拐し、アウグストゥスの犯罪について聞き出そうとした時、ルーシュ自身が口にした名前だった。


「よく分かりましたね」


 タヌーサは感心した顔をする。


「以前、この街へ来たことが?」


「いや」


 セレスティアは首を横へ振る。


「たまたまだ」


 平静を装っていたが、机の下では拳を強く握っていた。


 見つけた。


 何日、何週間かかるか分からなかった足跡が、予想より早く繋がった。


 四年前。


 アウグストゥスは、この街にいた。


 ルーシュもいた。


 そしてラローレと出会っている。


「ラローレは、行商人の連れていた少女と親しかったのだな?」


「広場の人たちからは、そう聞いています」


「少女の名前は?」


「それは知りません」


「行商人の名前は?」


「本人は、バンバレント・シウバと名乗っていました」


 タヌーサの答えに、セレスティアとレオヴァンが同時に沈黙した。


「バンバレント・シウバ……」


 レオヴァンが反復する。


「本名だと思うか?」


「まさか」


 タヌーサは鼻で笑った。


「偽名でしょう」


「根拠はあんのかい?」


「ありませんよ」


「ただ記者をやっていると、嘘をつく人間とは嫌でも話します。声の調子、間の取り方、質問へ答える前の目の動き。理屈ではなく、鼻につくんです」


 タヌーサは自分の鼻を指で叩いた。


「あの男も、名前を名乗った瞬間だけ妙だった。だから偽名だと思いました」


「なぜ追及しなかったんだ?」


「旅の行商人ですよ?」


 肩をすくめる。


「借金、密輸、女、宗教、故郷での揉め事。偽名を使って街を渡り歩く者なんて、珍しくもありません。薬に問題があるなら別ですが、評判は悪くなかった」


「他に特徴は?」


「行商人にしては、品がありすぎましたね」


「品?」


「言葉遣いも、立ち居振る舞いも。物を売る人間というより、売らせている側の人間に見えました」


 タヌーサは記憶を確かめるように、ゆっくり続ける。


「連れていた女の子も同じです。二人とも、元は名家の人間ではないかと思いました」


 セレスティアとレオヴァンの中では、すでに答えが出ていた。


 老人。


 薄桃色の髪をした少女。


 貴族じみた振る舞い。


 偽名。


 薬を売り、事件の直後に姿を消した。


 バンバレント・シウバを名乗った行商人は、アウグストゥスだ。


 だが、確信と証明は違う。


 今の証言だけでは、勇者ギルドへ突きつけても笑って否定される。


「女の子の特徴を、もう少し思い出せないか?」


 レオヴァンが慎重に尋ねた。


「例えば、髪は薄い桃色で、左右に結んでいたとか」


 タヌーサの表情が変わった。


「ああ……」


 目を細める。


「確かに、そんな髪でしたね。薄い桃色で、左右に長く結んでいた」


 セレスティアの指が、机の端を掴んだ。


「間違いないか?」


「四年前の記憶です。絶対とは言えません」


「それでいい。他には?」


 タヌーサは申し訳なさそうに首を振った。


「残念ですが、貴方たちが欲しがっているほどの情報は、私にはありません」


 その言葉に、二人の顔から勢いが消えた。


 ここまで来た。


 アウグストゥスとルーシュが四年前にビオランテへいた。


 ラローレと接触していた。


 そこまで見えたのに、また道が途切れる。


「そうか」


 セレスティアが短く答えた。


 握っていた手を離す。


 タヌーサは二人の顔を見比べてから、思い出したように口を開いた。


「ですが、ラローレの父親なら、何か知っているかもしれません」


 二人が同時に顔を上げた。


「父親?」


「ええ。娘が広場で誰と親しくしていたか、話を聞いていた可能性はある」


「今もこの街にいるのか?」


「四年前と住所が変わっていなければ」


 タヌーサは鞄から手帳を取り出し、古い頁をめくり始めた。


「よろしければ、住所をお教えしますよ」


 セレスティアとレオヴァンの目に、再び光が戻った。


「頼む」


 セレスティアは即答した。


 タヌーサの指が、手帳の途中で止まる。


「ありました。ラローレの父親の住所は――」


 アウグストゥスが四年前にこの街で何をしたのか。


 その答えを知るかもしれない男は、ビオランテにまだ生きていた。


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