ビオランテ調査
朝霧の残るビオランテに、教会の鐘が鳴り響いていた。
四年前、この街では植物の魔物が市民を襲った。
セレスティアはその事件を調べるため、ゴルディア王国の地方都市まで足を運んだ――はずだった。
実際に調べていたのは、ほとんどレオヴァンである。
「勇者だ。四年前の事件記録を見せろ」
治安局でも。
「勇者だ。保管している当時の資料を出してくれ」
教会でも。
「勇者だ。事件を扱った記事をすべて見せろ」
新聞社でも。
セレスティアは相手の都合も手順も無視して名乗り、当然の顔で要求した。
結果は、揃って門前払いだった。
『勇者ギルド発行の正式な照会状をお持ちください』
『事前に面会の約束を取っていただかなくては』
『記録の閲覧には責任者の許可が必要です』
勇者であることは、どの扉でも開けられる万能鍵ではないらしい。
仕方なく、レオヴァンが後を引き継いだ。
担当者へ酒代を握らせ、役人の好みそうな言葉を並べ、教会には事件の犠牲者を悼むためだと説明し、新聞社には勇者ギルドが事件を再調査しているという噂をちらつかせた。
正式な照会状はない。
それでも五日ほどかけて、当時の報告書、新聞記事、死亡者名簿、目撃証言の写しをかき集めた。
「いいぞ、レオヴァン」
宿の一室で資料を読み漁りながら、セレスティアは満足げに頷いた。
「さすが私の相棒だ」
「何が相棒だよ」
レオヴァンは椅子へ身体を投げ出した。
「俺が資料を集めてる間、お前はずっと観光してただろうが」
「観光ではない。街の地理を把握していた」
「名物の揚げ菓子を三軒食べ比べることを、地理の把握とは言わねえんだよ」
セレスティアは聞いていなかった。
机の上には、事件当時の記録をまとめた分厚いファイルが積み上がっている。
死亡者数。
魔物が出現した場所。
被害が集中した広場。
当時の治安局の対応。
事件後に行方不明となった者。
セレスティアは紙をめくる手を止めず、目についた文章を片端から頭へ叩き込んでいった。
やがて、一冊のスクラップファイルに手が止まる。
四年前のゴシップ新聞の切り抜きだった。
紙面には、煽るような大見出しが躍っている。
『本物か? 巷で話題の、死者すら蘇らせる万能の霊薬!』
セレスティアの眉が寄った。
「レオヴァン、これは何だ?」
ファイルが飛んできた。
「投げんな!」
レオヴァンは慌てて両手で受け止める。
「人から借りてる資料なんだぞ。破いたら俺が謝るんだからな」
文句を言っても聞き流されるのは分かっていた。
仕方なく表紙と中身を確認する。
「ああ。これは事件を担当した記者が、当時の資料をまとめたものだ」
「そうではない」
セレスティアは切り抜きを指で叩いた。
「魔物の襲撃事件をまとめたファイルに、なぜ霊薬のゴシップ記事が入っている?」
レオヴァンの目が止まった。
事件記事、犠牲者一覧、現場写真の写し。
その間に、何の説明もなく薬の記事が挟まっている。
「……確かに妙だな」
「偶然ではない」
「何で言い切れる」
「記者は紙屑まで保存するほど暇ではない。事件と無関係なら、この中には入れん」
セレスティアはファイルを取り返し、記事の端まで視線を走らせた。
「この資料を作った記者に会わせろ」
「簡単に言うなよ」
「どこに行けば会える?」
「だから簡単に――」
「会わせろ」
レオヴァンはセレスティアの顔を見た。
この目になった時は、何を言っても止まらない。
「分かったよ。会わせてやる」
諦めた声で答える。
「だから今日はもう寝ろ。昨夜から一睡もしてないだろ」
「眠くない」
「俺が眠いんだよ」
記者との面会が取れたのは、その五日後だった。
◇
午後のカフェには、焙煎した豆の香りが漂っていた。
セレスティアとレオヴァンは窓際の席へ座り、約束の相手を待っている。
待ち合わせの時刻を三十分過ぎた頃、入口の扉が開いた。
「いや、失礼」
腹の出た中年の男が、額の汗を拭きながら入ってくる。
「担当している記事の取材が長引きましてね」
男の名はルイス・エマ。
四年前、ビオランテ事件を追っていた記者の一人だった。
ルイスは椅子へ腰を下ろすなり、二人の顔を見比べた。
「それで、私に聞きたいことというのは?」
セレスティアは挨拶もそこそこに、例のスクラップファイルを差し出した。
「貴方は四年前、ビオランテ事件を追っていた」
「ええ」
「事件資料の中に、死者すら蘇らせる霊薬の記事が混じっていた」
記事を机の上へ開く。
「これが事件とどう関係している?」
ルイスは切り抜きを見つめ、記憶を探るように目を細めた。
「ああ、これですか」
やがて、小さく頷く。
「魔物が出た広場で、薬を売っていた行商人がいたんですよ」
「薬?」
「ええ。よく効くと評判でしてね。多少大袈裟な宣伝をしていたんです」
「死者すら蘇る霊薬、と?」
「そうです」
ルイスは苦笑した。
「それを内とは関係ない別のゴシップ新聞が面白がって、まるで本当に死人を蘇らせたみたいな記事を書いた。もちろん、そんな事実は確認されていません」
「では、なぜ事件資料へ?」
「事件の後、その行商人も姿を消したからです」
セレスティアの目つきが変わる。
ルイスはそれに気づかず話を続けた。
「旅の行商人でしたからね。魔物に襲われて死んだのか、騒ぎを嫌って別の街へ移ったのか、それすら分からなかった」
「死体は?」
「確認されていません」
「行方不明者名簿には?」
「街の住民ではありませんから、正式な名簿には載っていませんよ」
ルイスは記事を指でなぞった。
「ただ、事件の直前まで広場にいた人間が、事件後に消えた。念のため、関係する資料として残したんです」
「その行商人の名前は?」
「知りません」
「特徴は?」
「私は直接取材していませんからね」
注文を取りに来た給仕へコーヒーを頼み、ルイスは少し考え込む。
「ただ、その男を取材した知人から聞いた話ならあります」
「話してくれ」
「老人だったそうです。それと、子供を連れていた」
レオヴァンの姿勢が変わった。
「子供?」
「女の子です」
「歳は?」
「十代半ばくらいに見えた、と聞いています」
レオヴァンの声が一段低くなる。
「他に何か聞いてないか。髪の色や、服装や、話し方でもいい」
「そこまでは」
ルイスは首を捻った。
「ただ、その女の子は広場で友達ができたらしく、よく二人で話していたそうです」
「友達?」
「ええ。行商人の連れていた子は、やけに品がよかったらしい。立ち姿も言葉遣いも、貴族の令嬢みたいだったとか。広場では目立ったでしょうね」
セレスティアは身を乗り出した。
「その友人は、今どこにいる?」
「さぁ? 私は知りません」
「事件の後、調べたんじゃないのか?」
「記録のために記事をスクラップにしただけで取材まではしてませんね。細かいことは知人に聞いてください」
「ならその知人に会わせてくれ」
ルイスは一瞬、呆気に取られた後、笑った。
「随分と真っ直ぐ来ますね」
「回り道をしている暇がないもんで」
「分かりましたよ。タヌーサ・ナザロという記者です。紹介しましょう」
レオヴァンが頷いた。
「ぜひ頼みます」
タヌーサ・ナザロと会えたのは、それから二日後だった。
面白かった思う方は、ブックマーク、評価、感想をお願いします。
ログインなしで感想機能を開放しました。
お気軽に感想を書き込んでください。




