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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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怨恨の確認

昼の光が、メイン・ダイニングの大窓から白い卓上へ差し込んでいた。


 セギル・ガンフォールは家族と同じテーブルに座りながら、一言も口を利いていない。


 向かいには妻のジーナ、その隣には娘のニーナがいる。だが、彼が見ているのは皿の上の肉だけだった。


 ナイフを押し当てる。


 皿と刃が何度も擦れ、耳障りな音を立てた。


 朝からニンザとナニレスクに同じ話を繰り返し聞かれ、言葉尻を拾われ、忘れたと答えれば忘れた理由まで問われた。


 聞かれたことに答えているはずなのに、質問が終わるたび、自分の首へ一つずつ縄を掛けられている感覚が残った。


「あなた」


 ジーナが小さく呼びかけた。


「もう少し静かに切れないの?」


「食べているだけだ」


「でも……」


「こっちは朝からあれで疲れてるんだ、黙って食え」


 低く吐き捨てると、ジーナは口を閉じた。


 ニーナが母親の腕へ寄り添う。


 その食卓から少し離れた場所で、アウグストゥスはコーヒーカップを傾けていた。


 セギル、ジーナ、ニーナ。


 三人はいる。


 だが、メイドのベガ・スタントンだけがいない。


 船員へ尋ねると、ベガは一〇一四九号室に残り、一人で昼食を取っているという。


 都合がいい。


 主人も妻も娘もいない。


 使用人が主人の秘密を話すなら、これ以上の機会はなかった。


 アウグストゥスはセギルの荒れた手元を一度見てから席を立ち、メイン・ダイニングを後にした。


          ◇


 魔力式エレベーターの前で待っていると、廊下の向こうから猫背の男が歩いてきた。


「いやぁ、探しましたよぉ。アウグストゥスさん」


 ニンザ・フルハタは片手を上げ、間延びした声で呼びかけた。


「それでぇ? 何か分かりましたでしょうか」


「どうやら、ベガというメイドが何かを知っているらしい」


 アウグストゥスは階数表示へ目を向けたまま答えた。


「今から本人へ確かめに行くところです。そちらは?」


「んふふふふ。残念ながら、セギルさんから新しい話は聞き出せませんでしたぁ」


「それは残念ですな」


「ええ。ですが、悪い知らせなら一つありますぅ」


 ニンザが身体を傾け、アウグストゥスの横顔を下から覗き込んだ。


「ナニレスク・クスープという記者が、どこからか事件を嗅ぎつけましてねぇ」


「私にまとわりついてきましてねぇ。港へ着くまで事件を口外しないことを条件に、捜査状況を見せることになりました」


 ニンザは顔をしかめ、首を横へ振った。


「黙らせるには、近くに置いて見張るしかありません。記者という生き物は、扉から追い出すと窓から入ってきますぅ」


「それは御苦労なことですな」


 アウグストゥスは興味なさそうに返した。


 エレベーターはまだ来ない。


 階数表示の光が、ゆっくりと下へ移動している。


「ところで、アウグストゥスさん」


 ニンザの声から、わざとらしい軽さが消えた。


「誰かから、ひどく恨まれていたりしませんかぁ?」


 アウグストゥスが顔を向ける。


「恨み?」


「ええ」


「心当たりはありませんが、生きていれば、誰かしらに恨まれることもあるでしょう」


 ニンザは笑わなかった。


「そういう程度の話ではありません」


 細い目が、アウグストゥスの瞳を正面から射抜いた。


「もっと、怒らせてはいけない相手を怒らせた覚えはありませんか?」


 何の話だ。


 アウグストゥスは表情を動かさず、頭の中で可能性を選り分けた。


 恨みなら、数える気にもならないほど買っている。


 殺した者の家族。利用して捨てた者。研究のために壊した者。


 目下、最も敵へ回したくないのは勇者ギルドだ。


 だが、彼らの追跡はまだ始まってすらいない、少なくともアウグストゥスが把握している現時点までは。


 では過去の犯罪に関する証拠を、ニンザが掴んだのか。


 それも考えにくい。


 海へ出てから、この男が調査できる範囲は限られている。


 ならば、反応を見るための鎌かけか。


 だとしても雑すぎる。


 ニンザ・フルハタは、人の顔を読むためだけに、これほど答えの広い問いを投げる男ではない。


 別の何かを知っている。


 あるいは、何かを見た。


「質問の意味が分かりませんね」


 アウグストゥスは平静に答えた。


「聞きたいことがあるなら、もう少し明瞭にしていただかなくては、答えようがありません」


 数秒、二人は無言で見つめ合った。


 やがてニンザの口元に、いつもの人を食った笑みが戻る。


「これは失礼いたしましたぁ」


「心当たりがないのでしたら結構です。今の質問は忘れてください」


 その時、到着を告げる金属音が鳴った。


 扉が左右へ開く。


 ニンザは軽く腰を曲げ、片手を中へ差し出した。


「どうぞ、お先にぃ」


 アウグストゥスは何も言わず、エレベーターへ乗り込んだ。


 その後ろからニンザが続く。


 扉が閉まると、ニンザはアウグストゥスの背中を眺めながら考えていた。


 夢の中で光の剣を押しつけてきた存在。


 あれは、アウグストゥスを討てと命じた。


 本人なら、命を狙われる理由に心当たりがあると思ったのだが、本当に分からない顔をしていた。


 演技なら見事だ。


 だが、少なくとも今の問いへ用意した答えを返した反応ではない。


 それに、困ったことがもう一つある。


 ニンザは本当に腕力へ自信がなかった。


 剣を持たされても、振り回す前に自分の足を切る可能性すらある。


 どうにかして、戦う役目だけ他人へ押しつけたい。


 アスイズミなら適任だ。


 頭は多少軽いが、身体は丈夫で、喧嘩もできる。


 今夜もう一度、あの存在が夢へ現れたら交渉してみよう。


 ニンザがそんなことを考えているうちに、エレベーターが目的の階へ到着した。


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