怨恨の確認
昼の光が、メイン・ダイニングの大窓から白い卓上へ差し込んでいた。
セギル・ガンフォールは家族と同じテーブルに座りながら、一言も口を利いていない。
向かいには妻のジーナ、その隣には娘のニーナがいる。だが、彼が見ているのは皿の上の肉だけだった。
ナイフを押し当てる。
皿と刃が何度も擦れ、耳障りな音を立てた。
朝からニンザとナニレスクに同じ話を繰り返し聞かれ、言葉尻を拾われ、忘れたと答えれば忘れた理由まで問われた。
聞かれたことに答えているはずなのに、質問が終わるたび、自分の首へ一つずつ縄を掛けられている感覚が残った。
「あなた」
ジーナが小さく呼びかけた。
「もう少し静かに切れないの?」
「食べているだけだ」
「でも……」
「こっちは朝からあれで疲れてるんだ、黙って食え」
低く吐き捨てると、ジーナは口を閉じた。
ニーナが母親の腕へ寄り添う。
その食卓から少し離れた場所で、アウグストゥスはコーヒーカップを傾けていた。
セギル、ジーナ、ニーナ。
三人はいる。
だが、メイドのベガ・スタントンだけがいない。
船員へ尋ねると、ベガは一〇一四九号室に残り、一人で昼食を取っているという。
都合がいい。
主人も妻も娘もいない。
使用人が主人の秘密を話すなら、これ以上の機会はなかった。
アウグストゥスはセギルの荒れた手元を一度見てから席を立ち、メイン・ダイニングを後にした。
◇
魔力式エレベーターの前で待っていると、廊下の向こうから猫背の男が歩いてきた。
「いやぁ、探しましたよぉ。アウグストゥスさん」
ニンザ・フルハタは片手を上げ、間延びした声で呼びかけた。
「それでぇ? 何か分かりましたでしょうか」
「どうやら、ベガというメイドが何かを知っているらしい」
アウグストゥスは階数表示へ目を向けたまま答えた。
「今から本人へ確かめに行くところです。そちらは?」
「んふふふふ。残念ながら、セギルさんから新しい話は聞き出せませんでしたぁ」
「それは残念ですな」
「ええ。ですが、悪い知らせなら一つありますぅ」
ニンザが身体を傾け、アウグストゥスの横顔を下から覗き込んだ。
「ナニレスク・クスープという記者が、どこからか事件を嗅ぎつけましてねぇ」
「私にまとわりついてきましてねぇ。港へ着くまで事件を口外しないことを条件に、捜査状況を見せることになりました」
ニンザは顔をしかめ、首を横へ振った。
「黙らせるには、近くに置いて見張るしかありません。記者という生き物は、扉から追い出すと窓から入ってきますぅ」
「それは御苦労なことですな」
アウグストゥスは興味なさそうに返した。
エレベーターはまだ来ない。
階数表示の光が、ゆっくりと下へ移動している。
「ところで、アウグストゥスさん」
ニンザの声から、わざとらしい軽さが消えた。
「誰かから、ひどく恨まれていたりしませんかぁ?」
アウグストゥスが顔を向ける。
「恨み?」
「ええ」
「心当たりはありませんが、生きていれば、誰かしらに恨まれることもあるでしょう」
ニンザは笑わなかった。
「そういう程度の話ではありません」
細い目が、アウグストゥスの瞳を正面から射抜いた。
「もっと、怒らせてはいけない相手を怒らせた覚えはありませんか?」
何の話だ。
アウグストゥスは表情を動かさず、頭の中で可能性を選り分けた。
恨みなら、数える気にもならないほど買っている。
殺した者の家族。利用して捨てた者。研究のために壊した者。
目下、最も敵へ回したくないのは勇者ギルドだ。
だが、彼らの追跡はまだ始まってすらいない、少なくともアウグストゥスが把握している現時点までは。
では過去の犯罪に関する証拠を、ニンザが掴んだのか。
それも考えにくい。
海へ出てから、この男が調査できる範囲は限られている。
ならば、反応を見るための鎌かけか。
だとしても雑すぎる。
ニンザ・フルハタは、人の顔を読むためだけに、これほど答えの広い問いを投げる男ではない。
別の何かを知っている。
あるいは、何かを見た。
「質問の意味が分かりませんね」
アウグストゥスは平静に答えた。
「聞きたいことがあるなら、もう少し明瞭にしていただかなくては、答えようがありません」
数秒、二人は無言で見つめ合った。
やがてニンザの口元に、いつもの人を食った笑みが戻る。
「これは失礼いたしましたぁ」
「心当たりがないのでしたら結構です。今の質問は忘れてください」
その時、到着を告げる金属音が鳴った。
扉が左右へ開く。
ニンザは軽く腰を曲げ、片手を中へ差し出した。
「どうぞ、お先にぃ」
アウグストゥスは何も言わず、エレベーターへ乗り込んだ。
その後ろからニンザが続く。
扉が閉まると、ニンザはアウグストゥスの背中を眺めながら考えていた。
夢の中で光の剣を押しつけてきた存在。
あれは、アウグストゥスを討てと命じた。
本人なら、命を狙われる理由に心当たりがあると思ったのだが、本当に分からない顔をしていた。
演技なら見事だ。
だが、少なくとも今の問いへ用意した答えを返した反応ではない。
それに、困ったことがもう一つある。
ニンザは本当に腕力へ自信がなかった。
剣を持たされても、振り回す前に自分の足を切る可能性すらある。
どうにかして、戦う役目だけ他人へ押しつけたい。
アスイズミなら適任だ。
頭は多少軽いが、身体は丈夫で、喧嘩もできる。
今夜もう一度、あの存在が夢へ現れたら交渉してみよう。
ニンザがそんなことを考えているうちに、エレベーターが目的の階へ到着した。
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