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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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112/183

上位存在(?)

「それで?」


 ナニレスクは走らせていたペンを止めず、アウグストゥスへ問いを重ねた。


「貴方自身は、どうお考えなのですか?」


「どう、とは?」


 アウグストゥスは椅子の背へ身体を預け、しばらくナニレスクを眺めた。


「お前が俺に何を期待しているのかは知らんが、正義とは、相手の言い分を一方的に否定するための免罪符だ」


 ナニレスクのペン先が、紙の上を滑る。


「愛とは、相手を所有するための免罪符だ。どちらも便利な言葉だよ。自分の欲を、立派なものへ塗り替えられる」


「それが貴方の結論ですか?」


「俺個人の意見に過ぎん」


 アウグストゥスは薄く笑った。


「お前たちが正義や愛にどんな意味を見つけようと、俺は否定せんよ。善良に生きようが、悪辣に生きようが、好きにすればいい」


「意外ですね」


「そうか?」


「貴方は他人の価値観を、もっと見下しているのかと思っていました」


「興味がないだけだ」


 笑みを残したまま、アウグストゥスは言い切った。


「重要なのは、お前たちが何を信じているかではない。その価値観が、俺にどんな利益を運んでくるかだ」


 ナニレスクのペンが止まった。


「そういう意味でなら、俺は誰よりも寛容な男だと言える」


「貴重なご意見をありがとうございます。 ですが質問はルーシュ嬢についてです?」


「何?」


「正義や愛の話ではありません。貴方は、彼女をどうするつもりなのですか?」


 アウグストゥスは答えなかった。


 机上の茶へ目を落とし、冷めきった水面をしばらく眺める。


「……さあな」


 やがて、興味を失った声で答えた。


「茨がいなくなれば、俺の仕事は終わりだ」


「その後は?」


「好きに生きればいい」


 ナニレスクが何かを尋ねようとした時には、アウグストゥスはもう席を立っていた。


 ――アウグストゥス・オクタヴィアヌス取材記録より抜粋。


          ◇


 白い霧が、自ら光を放っていた。


 上も下もない。地面も空もなく、ニンザ・フルハタの身体だけが、乳白色の空間へ横たわっている。


 その霧の奥から、声とも呼べない何かが頭蓋の内側へ触れてきた。


「うーん……」


 ニンザは目を閉じたまま、寝返りを打った。


「さっきから私の頭へ話しかけている貴方は、どなたですかぁ」


 返事はない。


 言葉の代わりに、何者かの意志だけが頭へ押し込まれてくる。


「眠っているので、悪戯ならアスイズミ君にでもしてください。あの子なら、起きても半分は寝ていますからぁ」


 ニンザは霧の中で丸まり、夢の中でもう一度眠ろうとした。


 直後、頭蓋の中心で甲高い音が炸裂した。


 キイイイイイン――。


「……うるさいですねぇ」


 ニンザは眉間を押さえた。


 音は止まらない。耳から聞こえるのではなく、脳そのものを細い針で擦られている。


「用があるなら、さっさと言いなさい。私は目を覚ましたら、昨日の事件の犯人を捕まえなければならないんですぅ」


 キイイイイイン――。


「これ以上、眠りを妨げるなら逮捕しますよぉ」


 ニンザが気だるげに告げると、目の前の霧が渦を巻いた。


 無数の光が一点へ集まり、細長い輪郭を作っていく。


 柄。


 鍔。


 刃。


 霧の中に、白く輝く一振りの剣が浮かび上がった。


「これは……遺物《アーティファクト》ですかぁ?」


 手を伸ばしてはいない。


 だが、剣はニンザの胸元へ近づいてくる。


 同時に、あの意志が再び頭へ流れ込んだ。


「あの男――アウグストゥスを討て、と?」


 初めてニンザの目が開いた。


 光の剣を見つめ、それから困ったように首を傾げる。


「私は腕力には自信がありません。こういう物は、アスイズミ君に渡した方がよろしいかと。あの子、頭は軽いですが腕は悪くありませんからぁ」


 キイイイイイン――!


「痛い、痛い。分かりましたぁ」


 ニンザは両手で頭を押さえた。


「受け取ります。受け取るだけですからねぇ。使うかどうかは私が決めますよぉ」


 光の剣の柄へ手を伸ばす。


 指が触れた瞬間、白い霧が一斉に弾けた。


「――っ」


 ニンザはベッドの上で身を起こした。


 薄暗い客室。低く響く船の駆動音。小さく揺れる壁と天井。


 隣のベッドでは、アスイズミが大口を開け、いびきをかいている。掛け布団の半分を蹴り落とし、何の悩みもなさそうな顔で眠っていた。


 ニンザは自分の右手を見た。


 そこに剣はない。


 だが、握り締めていた掌の中心だけが、焼けた金属に触れた後のように熱を残している。


「……面倒な夢ですねぇ」


 ニンザは呟き、再び枕へ頭を落とした。


 その時、豪華客船のはるか上空では、白い発光体が船と同じ速度で夜空を進んでいた。


 星でも、月でもない。


 誰にも見つからぬまま、発光体は沈黙を保ち、アウグストゥスの乗る船を見下ろしていた。


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