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サイコパス皇帝とシリアルキラー姫~42人殺した娘を、父は今日も隠し続ける~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
麗しき災厄

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ファーストコンタクト 前編

 勇者セレスティア・ヴァレンティアと、勇者レオヴァン・アシュハートがザレイドへ到着したのは、執政官が勇者ギルドへ連絡してから、わずか三日後のことだった。


 偶然にも、二人はザレイドの隣町オーギュストンに滞在していた。


 ギルドからの要請を受けた二人は、そのまま馬を飛ばしてザレイドへ入ったのである。


 その報せは、当然アウグストゥスの耳にも届いた。


「三日、か」


 書斎の椅子に腰掛けたまま、アウグストゥスは小さく呟いた。


 早すぎる。


 勇者ギルドに依頼が出された時点で、勇者の派遣そのものは想定していた。


 だが、到着までにはもう少し時間があると踏んでいた。


 その間に、捜査を撹乱するための偽装工作をいくつか仕込む予定だった。


 川に流れた死体。


 下水道。


 保管庫。


 失踪者の経路。


 目撃証言。


 それらの情報を少しずつ散らし、事件の全体像をぼかした上で偽の猟奇殺人を仕立て上げ。


 その偽の猟奇殺人を自殺に見せかけ殺すつもりだった。


 だが間に合わなかった。


 アウグストゥスは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


(落ち着け)


 苛立ちは判断を鈍らせる。


 焦燥は手順を狂わせる。


 想定外が重なった時ほど、まずは事実だけを並べるべきだ。


(死体は首を落としてある)


(頭部は別に管理している)


(身元の特定は困難)


(死体の保管中、所有物は全て処分した)


(衣類、装飾品、髪飾り、靴、体表に残る魔術痕跡、香水、薬品反応etc……いずれも処理済み)


(ロバート少年についても、屋敷の使用人として登録されてから日が浅い)


(失踪したとしても、貧民街の出身者だ。騒ぐ者は少ない)


(物理証拠から俺に辿り着く可能性は低い)


 低い。


 だが、ゼロではない。


 アウグストゥスは机の上に置かれたペーパーナイフを指先で回した。


(問題は可視化系統だ)


 可視化の魔法。


 過去。


 未来。


 記憶。


 残留思念。


 本来、人の目には映らないものを視るための魔法体系。


 極めて希少であり、使い手は多くない。


 だが勇者という人種は、その「多くない例外」に含まれる可能性がある。


(残留思念を辿られるか)


(死体の記憶を読まれるか)


(下水道に残った痕跡を視られるか)


(あるいは、事件の過去そのものを覗き見るか)


(アエーシュモーは読ませないだろう)


(ギルエル、ルーシュ、そして俺自身も対策はしている)


 深淵の魔法。


 可視化の魔法に対抗するために作られた妨害系統。


 過去や記憶といった情報を、集団的無意識の底へ沈める魔法である。


 情報が消えるわけではない。


 ただし、視ようとした者は深淵へ引きずり込まれる。


 そこは個人の記憶ではなく、無数の意識、恐怖、欲望、忘却、夢の残骸が沈殿する迷宮だ。


(人間に、あの迷宮から正しい情報だけを持ち帰ることはできない)


(視えたとしても意味を成さない)


(意味を成したとしても、証拠にはならない)


(証拠にならなければ、貴族である俺を裁くことはできない)


 アウグストゥスは目を閉じた。


 思考をさらに細かく分解する。


(では、見落としは何だ)


(死体の数。四十二)


(数が多い。恐怖を煽るには十分)


(コープスパーティー事変との連想)


(執政官は保身に走る)


(勇者ギルドへの依頼は妥当)


(勇者は到着した)


(既に動いている)


(今から下手に動けば、かえって目立つ)


(保管庫は失われた)


(証拠の大半も流出した)


(残ったものは屋敷内の頭部、ルーシュ、ギルエル、アエーシュモー、俺)


(頭部は隠せる)


(ルーシュ、ギルエルには余計なことを喋らせない)


(アエーシュモーは信用できないが、裏切る理由もない)


(ならば現時点で取るべき行動は――)


 しばらく沈黙した後、アウグストゥスは小さく呟いた。


「ないな」


 動かない。


 それが最善だった。


 勇者が来たからといって、すぐ自分の屋敷へ来る理由はない。


 彼らはまず執政官から話を聞くだろう。


 次に発見現場。


 死体の検分。


 下水道。


 失踪者の洗い出し。


 貧民街。


 教団関係者の有無。


 調べるべきものはいくらでもある。


 アウグストゥス・ヴァーミリオン男爵という存在に辿り着くのは、その後のはずだった。


(ならば日常を崩すな)


(平常でいろ)


(怪しまれる者ほど、事件後に生活を変える)


(俺は変えない)


 アウグストゥスはペーパーナイフを置き、ゆっくりと立ち上がった。


 まるで何も起きていないかのように。


 いつも通りの日常へ戻るために。


 だが、その判断は二日後、早くも揺らぐことになる。



 二日後。


 アウグストゥスは、とある貴族の子弟の誕生日パーティーに招かれていた。


 主催者そのものに大した興味はない。


 だが、普段あまり接点のない派閥の重鎮、フィリプ・モリス伯爵が出席すると聞き、人脈を広げるために顔を出すことにした。


 同伴者はルーシュとギルエル。


 そして少し離れた位置に、アエーシュモー。


 会場は貴族街にあるパーラメント・ヒル男爵邸だった。


 広間には楽団が入り、壁際には果実酒と軽食が並んでいる。


 子供の誕生日という名目ではあるが、実態は大人たちの社交場だった。


 アウグストゥスは会場へ入ってすぐ、異物を見つけた。


 金髪の女剣士。


 その少し後ろに立つ、巨躯の獣人。


 見慣れない顔。


 だが、誰かは予想が付いた。


 勇者セレスティア・ヴァレンティア。


 勇者レオヴァン・アシュハート。


「どういうことだ? アエーシュモー」


 アウグストゥスは笑みを崩さぬまま、小声で問いかけた。


「出席者リストに勇者の名はなかったはずだが」


「私もそのように記憶しております」


 アエーシュモーは表情一つ変えない。


「恐らく、急遽参加が決まったのでしょう」


「急遽、か」


 アウグストゥスは視線だけで会場を確認する。


 セレスティアは誰かと積極的に話しているわけではない。


 会場全体を観察している。


 レオヴァンは壁際で腕を組み、鼻をひくつかせていた。


(匂いを追うタイプか)


(厄介だな)


(ルーシュに近づけるべきではない)


(ギルエルは論外だ。余計なことを言う)


(アエーシュモーは制御できるが、あえて場を乱す可能性もある)


(勇者がここにいる理由は何だ)


(主催者に招かれた?)


(情報収集?)


(貴族たちの反応を見るためか?)


(あるいは既に誰かに目星をつけている?)


(俺か?)


 その可能性を考えた瞬間、アウグストゥスの思考速度が一段上がる。


(いや、早すぎる)


(到着から二日)


(死体検分、現場確認、執政官への聞き取り、下水道調査)


(それだけで時間は潰れる)


(俺に辿り着くには材料が足りない)


(貴族社会の噂から俺の名前が出る可能性はある)


(断絶したヴァーミリオン家を名乗る男)


(錬金術師)


(自分で開発した怪しい薬)


(突然社交界に現れた男爵)


(確かに疑われる要素はある)


(だが、それは事件と繋がらない)


(なら偶然か?)


(偶然なら避けるべきか?)


(避ければ安全か?)


(だが避けたという事実が残る、プライドは許せるか?)


(接触すれば危険か?)


(だが情報を得られる)


(勇者の能力、性格、捜査方針、警戒度)


(人伝では歪む)


(直接見た方が早いか?)


 アウグストゥスは結論を急がなかった。


 慎重な性格。


 そして、自分はしくじらないという傲慢。


 その二つが、彼に小心者なら選ばない選択肢を取らせた。


「アエーシュモー」


「はい」


「今から勇者と話す」


 アエーシュモーの視線だけが、わずかに動いた。


「ルーシュとギルエルを勇者に近づけるな。二人に付いて誘導しろ」


「ボロを出されては敵わん」


「かしこまりました」


 そこでアエーシュモーは一拍置いた。


「ですが、旦那様」


「何だ」


「別に今、会う必要はないのでは?」


 感情のない声だった。


 忠告なのか、試しているのか、判別しづらい。


 アウグストゥスはセレスティアを視界の端に収めながら答えた。


「確かに、そうも思う」


「ですが?」


「不測の事態が重なりすぎている」


 川に流れた死体。


 勇者の異常な早さ。


 予定外の接触。


 こちらの手番を待っていれば、次もまた相手(イレギュラー)の都合で盤面が動く。


「これ以上、俺のペースが狂うのは望ましくない」


 アウグストゥスは微笑む。


「だから、こちらでペースを作る」


「なるほど」


「ただし、問題があるなら聞こう。どうしてもというわけではない。行動の修正は可能だ」


「いえ」


 アエーシュモーは完璧な姿勢で一礼した。


「挨拶だけなら、特に問題はないかと」


「ならば行ってこよう」


「お前も早く二人の所へ行け」


「かしこまりました」


 アエーシュモーは人形のように美しい所作で会釈すると、会場の奥へ消えていった。


 アウグストゥスは一人になる。


 そして、社交用の笑みを顔に貼り付けた。



 セレスティア・ヴァレンティアは、会場の中央から少し外れた場所に立っていた。


 年齢は二十代前半。


 金髪。


 澄んだ瞳。


 背筋は真っ直ぐで、礼服姿の貴族たちの中にあっても、剣士であることを隠せていない。


 美しい女だった。


 だが、アウグストゥスが見ていたのは容姿ではない。


 視線。


 姿勢。


 手の位置。


 足の向き。


 会話中に誰を見るか。


 誰を見ないか。


 誰の言葉に反応し、誰の言葉を流すか。


(会場全体を見ている)


(警戒心は強い)


(だが、怯えてはいない)


(正義感だけで前に出る型ではない)


(観察型……)


(厄介だ)


 アウグストゥスは自然な足取りで近づいた。


「失礼」


 穏やかに声を掛ける。


「見慣れぬ方がおられると思えば、もしや街に来ているという勇者の方々ではありませんかな?」


 セレスティアが振り向く。


 アウグストゥスは貴族の礼を取り、彼女の右手を取った。


 手の甲へ軽く口づける。


 形式的な挨拶。


 古い貴族社会では珍しくない所作。


 セレスティアはわずかに眉を動かしたが、手を引きはしなかった。


 代わりにアウグストゥスに触れられた右手てに神経を集中し、その老紳士の反応を伺っていた。

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