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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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犯罪の予兆

 ビオランテの城門をくぐった時、東の空にはまだ夜の青さが残っていた。


 石造りの建物が連なる大通りには、荷車を引く商人と朝市の準備を始めた露店商がひしめき、異国から来た二人へ遠慮のない視線を向けている。その雑踏の中で、レオヴァンは隣を歩く女の横顔を見ていた。


 呆れる以外、どうしようもなかった。


 ここはイグナティア小王国から見れば、東の隣国ナサレイトを越え、さらに東に位置するゴルディア王国。その地方都市ビオランテである。


 セレスティアがクドゥの宿で突然、「ビオランテへ行くぞ」と言い出し、そのまま夜中に宿を飛び出したまではいい。


 街道へ出てから、彼女は平然とレオヴァンへ尋ねたのだ。


『それで、ビオランテはどちらだ?』


 目的地の場所すら知らず、夜中に出発したのである。


 行動力と呼ぶには乱暴すぎる。考えるより先に足が動き、足が止まってから周囲へ事情を聞く。セレスティアという女は、昔からそうだった。


「さて、レオヴァン」


 当の本人は、旅の疲れなど微塵も感じさせない足取りで振り返った。


「私はビオランテ事件と、ラローレという人物について調べねばならん。お前は宿を手配しておけ」


 何をどう調べるつもりなのか。誰に話を聞くのか。そもそもビオランテ事件について、どこまで知っているのか。


 質問はいくらでも浮かんだが、レオヴァンは全部飲み込んだ。


「分かったよ、お姫様」


 返事には隠しようのないうんざりが混じった。


「うむ。任せたぞ、爺や」


「誰が爺やだよ」


 しかし、セレスティアは聞いていない。


 肩を怒らせ、意気揚々と人混みへ突っ込んでいく。行き交う商人たちが驚いて道を空け、その金髪が雑踏の奥へ消えた。


 レオヴァンはしばらく、その方向を見つめていた。


「……宿を見つける前に、あいつが厄介事を見つけなきゃいいけどな」


 口にしてから、自分で無理だと悟る。


 セレスティアは厄介事を見つけるのではない。


 厄介事の方から、彼女を見つけるのだ。


          ◇


 海面から跳ね返った陽光が、豪華客船の白い船体を眩しく照らしていた。


 ルシュファリアを出港した船は、新大陸にあるカールフォードの街を目指し、穏やかな海を進んでいる。


 昼間の最上甲板では、青く澄んだプールに乗客たちの歓声が絶えなかった。水着のルーシュとギルエルと水を掛け合い、その傍らではアエーシュモーが、濡れたくないのか日傘の下から一歩も動かずに二人を眺めている。


 アエーシュモーの横にあるデッキチェアには、ギリエルが読んでいた芸能雑誌が置いてあり、雑誌の表紙の見出しに『大女優マリーゼ・モンローのランジェリーはシャネレの5番』と書かれていた。


 アウグストゥスはデッキチェアへ腰を下ろし、その光景を静かに見守っていた。


 夜になれば、船内は昼とは別の顔を見せる。


 劇場ではミュージカルや歌劇、奇術、喜劇、ダンスショーが上演され、ピアノバーやジャズラウンジでは夜更けまで生演奏が続く。弦楽四重奏を聴きながら酒を楽しむ客もいれば、社交ダンスの会場で相手を替えながら踊り続ける者もいる。


 航海中には、乗客がドレスや礼装に身を包むガラ・ナイトも予定されていた。特別料理、記念撮影、船長主催の歓迎パーティー。天候が良ければ、照明で飾られた最上甲板でデッキ・パーティーも開かれるという。


 船へ乗り込んでからというもの、ルーシュの瞳は忙しなく輝き続けていた。


 食事を必要とせず、眠ることさえ許されない彼女にとって、船内の催しは夜を埋める格好の玩具だった。


 とはいえ、すべてを一晩で回ることはできない。


 今夜は広間のテーブルで食事を取りながら、舞台で披露される奇術と生演奏を楽しむことになった。


「義父さま、見てください。あの方、帽子の中から鳥を出しました」


 ルーシュが目を輝かせて舞台を指差す。


「見えているとも。だが、あれは帽子から出したのではない。袖の内側に――」


「旦那様」


 ギルエルが慌てて口を挟んだ。


「仕掛けを説明してしまっては、面白くありません」


「そうかね」


「そうです」


 ルーシュはアウグストゥスとギルエルを交互に見たあと、くすくすと笑った。


 その向かいでは、アエーシュモーがグラスの縁へ指を這わせている。


「平和ですねえ」


 歌声と拍手に包まれた会場で、彼女は場違いなほど冷めた声を落とした。


「海の上では、死体の捨て場所に困りませんから」


「食事中だぞ、アエーシュモー」


「失礼いたしました。では、食後にいたしましょう」


 ギルエルが青ざめ、ルーシュは楽しそうに笑った。


 アウグストゥスも口元を緩めたが、意識の一部は常に別の場所へ向けられている。


 勇者たちが、いつ追跡を始めるか。


 ルシュファリアに残した痕跡から、何を掘り起こすか。


 自分が新大陸へ向かったと気づくまで、どれほどの時間があるか。


 船の上に彼らの姿はない。今すぐ背後から肩を掴まれる心配もない。


 それでも、追跡者が消えたわけではなかった。


 ただ距離が開いただけだ。


 だが今夜、その距離とは関係なく、この船では別の事件が始まろうとしていた。


 アウグストゥスたちが拍手を送っていた頃、一等客室の一室では、男が果物ナイフへ手を伸ばしていた。


 そして船の上空では光り輝く謎の発行体が、不気味な沈黙を保っていたが、気づく者は誰も居なかった。


        

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