↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/183

事件解決

ニンザの推理がナーベルを追い詰める。


「だからこそ、残ったものに聞くしかありません。死体と、部屋と、貴方の嘘に」


「嘘などついていない!」


「では、頭の傷について説明していただきましょうかぁ」


ニンザがアスイズミへ目を向ける。


アスイズミは布に包まれた書類を差し出した。


「検分の結果、アレンさんの頭蓋骨には、別々の方向から加わった二系統の骨折線が確認されました」


「落ちたんだから、頭の骨くらい割れるだろう!」


「ええ。落下した時の衝撃で入った骨折もあります」


ニンザは書類を開く。


「ですが稀人の世界には、プッペの法則というものがあります。頭蓋骨へ複数回の衝撃が加わった場合、後から生じた骨折線は、先に生じていた骨折線へぶつかったところで止まる」


指先で、書類に描かれた頭蓋骨の図をなぞる。


「アレンさんの場合、後頭部から伸びる骨折線が先。頭頂部から伸びる骨折線が、その線へぶつかって止まっていました」


ナーベルの額に汗が浮かぶ。


「つまり、後頭部へ強い衝撃を受けた後、落下して頭頂部を石畳へ叩きつけられた可能性が高い」


「し、知らん!」


「窓にぶつかったんだ!」


ナーベルは割れた窓を指さした。


「後頭部から窓へ突っ込み、硝子を突き破った。それから地面へ落ちて、頭頂部を打ったんだ。これなら二回になる!」


「なるほどなるほど」


ニンザが頷いた。


「では、アレンさんは、どうやって後頭部から窓硝子へ飛び込んだのでしょう?」


「足を滑らせたんだろう!」


「足を滑らせただけで、分厚い硝子を突き破るほどの勢いがつきますかねぇ」


「知るか! それを調べるのがお前たちの仕事だろう!」


ニンザは横目でアウグストゥスを見た。


「アウグストゥスさん。人間が転倒して窓へぶつかる場合、どの部分から当たることが多いです?」


話を振られ、アウグストゥスは面倒そうに窓へ目を向けた。


「普通に前へ躓けば、手、肩、顔面のいずれかでしょうな。後ろ向きに転べば後頭部もあり得ますが、硝子を突き破るほどの勢いを得るには、誰かに強く押されるか、走ったまま背を向ける必要がある」


「ほら見ろ!」


ナーベルは、自分に都合のいい部分だけへ食いついた。


「後頭部からぶつかることもあると言ったぞ! アレンは後頭部で窓を割り、それから頭頂部を地面へぶつけた。俺は犯人じゃない。あれは事故だ!」


「では、少し再現していただけますかぁ」


ニンザは割れた窓を手で示した。


「助走も取らず、後頭部から窓を突き破る転び方を」


「ふざけるな!」


ナーベルの顔が赤くなる。


「俺が知るわけがないだろう!」


「そうですかぁ」


「大体、それだけで殺人の証拠になるものか!」


「ええ。頭の傷だけでは足りません」


ニンザは机の上の灰皿へ視線を移した。


磨かれたクリスタルガラスが、窓から入る光を鈍く反射している。


「凶器は恐らく、あの灰皿でしょう」


ナーベルの目が、反射的に灰皿へ向いた。


一瞬後、自分の失敗に気づいてニンザへ視線を戻す。


遅かった。


「なぜ、あれが凶器だと言える!」


「昨日は何度も灰皿を見ていましたねぇ。頭蓋骨の陥没部分とも、角の大きさが近い」


「近いだけだ!」


「綺麗に洗われ、灰も吸い殻も残っていない。愛煙家の机に置かれた灰皿としては、不自然なほどに」


「メイドが掃除したと説明しただろう!」


「メイドに確認しましたよぉ」


ニンザの笑みが消えた。


「昨日、あの部屋の灰皿には触れていないそうです」


ナーベルの唇から血の気が引いた。


アウグストゥスは、黙ったまま灰皿を見た。


ニンザは、ほとんど詰ませている。


だが、まだ自白を取るつもりなのだろう。


「そういえば、申し上げましたかな」


アウグストゥスが口を開く。


「私は医術だけでなく、多少の錬金術も扱えます」


ニンザの目が細くなる。


話の先を理解しながら、止めなかった。


「稀人の世界には、ルミノール試薬という薬品がある。血液に触れると、暗所で青白い光を発するものです」


アウグストゥスは灰皿へ視線を向けた。


「血を水で洗い流しても、完全に消えたとは限らない。試薬をあの灰皿へかければ、捜査官殿の推測が正しいかどうか、すぐに分かるでしょう」


「な……」


ナーベルの口が震える。


「もちろん、貴方が無実なら、何も恐れる必要はない。作るのに多少の手間はかかりますが、協力することに異存はありません」


「ば、馬鹿な!」


ナーベルは後退し、机へ腰をぶつけた。


「そんな都合のいい薬が、この世にあるはずがない!」


「存在しないと断言できるのですかな?」


「ハッタリだ! インチキだ!」


呼吸が速くなる。


両目がニンザとアウグストゥスの間を往復する。


「そうだ、お前たちはグルだな! 俺を破滅させるため、アレンに雇われたんだ!」


「アレンさんは亡くなっていますよぉ」


「黙れ!」


ナーベルは懐へ手を突っ込み、財布を取り出した。


硬貨の詰まった袋を机へ叩きつける。


「金なら払う! アレンからいくら貰った!」


「オーナー?」


「その倍だ! いや、十倍出す!」


ニンザは返事をしない。


その沈黙に耐えられず、ナーベルはさらに声を張り上げた。


「だから、俺のことは見逃せ! なあ、頼む! あいつが悪かったんだ! 俺のホテルを奪おうとしたから――」


言葉が途切れた。


自分が何を口走ったのか、ようやく理解したらしい。


ニンザが懐から手錠を取り出す。


「続きは治安局で伺いましょう」


一歩、ナーベルへ近づいた。


「ナーベル・タカタさん。両手をこちらへ」


「来るな……」


「抵抗はお勧めしませんよぉ」


「来るなと言っている!」


ニンザが手を伸ばした瞬間、ナーベルが飛びかかった。


両手をニンザの首へ回し、体重をかけて締め上げる。


「殺してやる! お前も、あいつと同じだ!」


ニンザの背中が机へ叩きつけられ、灰皿が床へ転がった。


部屋の隅にいたアスイズミが慌てて駆け寄り、ナーベルの腕を引き剥がそうとする。しかし、追い詰められた男の力は強く、首へ食い込んだ指が外れない。


ニンザの顔が赤くなり、やがて唇から血の気が失われ始めた。


扉の外にいた巡察官たちも室内へ飛び込んでくる。


その誰よりも早く、アウグストゥスが動いた。


ナーベルの背後へ踏み込み、耳の下から首筋へかけて、右手の縁を鋭く打ち込む。


ナーベルの両腕から、瞬時に力が抜けた。


目を見開いたまま膝が崩れ、床へ倒れ込む。


解放されたニンザは机へ手をつき、激しく咳き込んだ。


アスイズミと二人の巡察官がナーベルを押さえ、両手へ手錠をかける。


「連れていけ」


呼吸を整えながら、ニンザが命じた。


気を失ったナーベルは三人の巡察官に抱えられ、部屋の外へ運び出されていく。


廊下の向こうへ、手錠の擦れる音が消えていった。


「助かりましたぁ」


ニンザは赤くなった首を撫でた。


「やはり、お医者様は人体にお詳しい」


「人間の身体を治すには、どこを壊せば動かなくなるのかも知っておく必要がある」


アウグストゥスは、何でもないことのように答えた。


「命に別状はありません。しばらくすれば目を覚ますでしょう」


「そうですかぁ」


ニンザが笑う。


昨日から変わらない、人を食った笑みだった。


しかし、その目はアウグストゥスの顔ではなく、今しがたナーベルを倒した右手を見ていた。


「護衛をお願いして、正解でした」


「最初から、こうなる可能性を考えていたのですかな?」


「いやいやいやいや。まさかぁ」


明らかな嘘だった。


アウグストゥスは追及せず、床に転がった灰皿へ視線を落とす。


「これで事件は解決ですな」


「ええ。ナーベル・タカタの事件は、ですが」


ニンザの言葉に、アウグストゥスが目を向けた。


二人の視線が交わる。


ニンザは笑っている。


アウグストゥスも、穏やかな老紳士の笑みを返した。


どちらも、それ以上は何も言わなかった。


手錠の音が廊下の奥へ消えた後も、ニンザの目はアウグストゥスの右手から離れなかった。


面白かった思う方は、ブックマーク、評価、感想をお願いします。


ログインなしで感想機能を開放しました。

お気軽に感想を書き込んでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。