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異世界倒叙サスペンス~サイコパス男爵とシリアルキラー令嬢~  作者: 諏訪 富二一(ふじいち)
2部

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マムシのニンザ

翌日の昼。


アウグストゥスは、寝室に響いた抑揚のない声で目を覚ました。


「旦那様、ニンザ様が逮捕状を携え、お見えになっております」


瞼を開けると、寝台の横にアエーシュモーが立っていた。


いつ入ってきたのかは分からない。


「年貢の納め時でございます。御覚悟ください」


軽く眠気の残った頭でも、後半がアエーシュモーの創作であることはすぐに分かった。


「ニンザが来ているなら、それだけを言え。余計な思いつきを事実に混ぜるな」


「承知いたしました」


アエーシュモーは見事な姿勢で礼を取ると、そのまま寝室を出ていった。


アウグストゥスは上体を起こし、眉間を指で揉んだ。


アエーシュモーはともかく、ニンザが来た。


厄介事以外のものを持ってくる男ではない。


放置すれば勝手に室内を調べ始めかねないため、身支度を済ませ、スイートルームの居間へ向かった。


ニンザは窓辺に立ち、コーヒーを飲みながら港を眺めていた。


ホテルは丘の上に建っており、五階の窓からは帆船の並ぶ港と、その向こうの海まで見渡せる。


「ご機嫌はいかがですかな、上級捜査官殿」


窓硝子に映ったアウグストゥスの姿を認め、ニンザが口元を緩めた。


「ええ、実に良いですよぉ」


振り返り、手にしたカップを持ち上げる。


「いやいやいやいや。わたくし、薄給なもので、スイートルームというものに縁がなくてですねぇ。景色も家具も、昨日の事件現場とは比べものにならない」


「同じホテルですがな」


「死体が落ちた部屋と、可愛らしいお嬢様が泊まる部屋では、見え方も変わりますよぉ」


ニンザの視線が、室内の調度品からアウグストゥスの衣服へ移る。


「さぞや、アウグストゥスさんはお金をお持ちなのでしょうねぇ。失礼ですが、ご職業は?」


「それは、昨日のうちに聞くべきことでは?」


質問には答えず、質問で返す。


相手の調子に合わせれば、どこまで踏み込まれるか分からない。


ニンザはアウグストゥスの警戒を感じ取ったらしく、一度カップへ口をつけた。


「いやいや。昨日は事件がありましたから、すっかり聞きそびれましてねぇ。そもそも、ゆっくりお話しする時間もありませんでしたし」


一度引いた。


そう見せて、すぐに戻ってくる。


「それで、ご職業は?」


心理的な境界を行き来しながら、反応を測っている。


職業そのものが知りたいわけではない。何を尋ねれば拒み、何なら素直に答えるのか。答えるまでの間、声、視線、指の動きがどう変わるのか。


アウグストゥスという人間の輪郭を、細かな質問で削り出そうとしている。


下手にはぐらかせば、余計な関心を抱かせるだけだ。


「医者です」


アウグストゥスは、ニンザの向かいへ腰を下ろした。


「定住はせず、旅をしながら患者を診ています」


「ほう。お医者様」


ニンザは目を細めた。


口元だけが笑っている。


「稀人の世界では尊敬される職業だと聞きますが、治療師のいるこちらでは、あまり良い顔をされないでしょう」


「よくご存じですな」


「腹を切り開いて病を治すなど、野蛮な外法だと嫌う者も多いとか」


「治癒魔法で治せるなら、腹を切り開く必要はありません。しかし、腕のいい治療師は金がかかる。治癒系統の魔法に適性がある人間も少ない」


アウグストゥスは淡々と続けた。


「その点、医術は魔法の才を必要としない。知識と技術さえ受け継げば、誰でも人を救える可能性がある。世界がその事実に気づくまで、あと何年かかるのでしょうな」


「誰でも人を救える、ですかぁ」


ニンザがカップを受け皿へ戻す。


「では、誰でも人を殺せる知識にもなる?」


アウグストゥスは答えなかった。


沈黙をどう受け取ったのか、ニンザは追及せず、いつもの笑みへ戻った。


「それで、捜査官殿。本日は何の御用ですかな?」


「ああ、そうでしたそうでした」


ニンザが膝を叩く。


「昨日の件ですが、犯人が分かりましたのでぇ、少し立ち会っていただきたいと思いまして」


「私が立ち会う理由は?」


「わたくし、腕っぷしに自信がありませんので、護衛をお願いしたいのです。はい」


嘘だ。


ニンザは自分で犯人を追い詰めるつもりでいる。


アウグストゥスを連れていく目的は、護衛ではない。犯人を前にした時、何を見るか。どこまで推理できるか。必要となれば、どう動くか。


昨日の観察を、今日も続けるつもりなのだ。


「拒否した場合、私はどうなるのでしょうね?」


「何も起こりませんよぉ」


ニンザはアウグストゥスの目を正面から見つめた。


「ただ後日、わたくしがもう一度こちらへ伺い、今より長くお話をすることになるでしょうが」


「交渉がお上手ですな」


アウグストゥスは溜息をついた。


「同行しましょう」


「ありがとうございますぅ」


ニンザは、最初から断られないと知っていた顔で立ち上がった。


◇


案内されたのは、昨日封鎖された最上階の仕事部屋だった。


扉の前には二人の巡察官が立ち、出入りを監視している。


室内にはナーベル・タカタと、エー・アスイズミ巡察官が待たされていた。


「ニンザ捜査官、何の用かね?」


ナーベルはニンザの姿を見るなり、苛立ちを隠さずに言った。


昨日より顔色が悪い。


眠れなかったのだろう。目の下が黒く、頬には青い髭が残っている。


「失礼、オーナー。昨日の件で、もう少しお尋ねしたいことがありましてぇ」


「早くしたまえ。私には仕事が残っているんだ」


「では、時間を無駄にしないため、率直に申し上げます」


ニンザの笑みが薄くなる。


「ナーベル・タカタさん。貴方がアレン・グラフナーさんを殺しましたねぇ」


部屋から音が消えた。


ナーベルの瞳が開き、口だけが何度か動く。


「な……何を馬鹿な!」


遅れて声が出た。


「アレンは俺の親友だぞ。なぜ俺が殺さなければならない!」


両手を広げて否定するが、足は半歩後ろへ下がっていた。


「いいえ、ナーベル・タカタさん。貴方が犯人です」


ニンザは声を荒らげない。


淡々と、確認済みの事実を並べ始める。


「昨日、貴方の賭け仲間へ話を聞いて回りました。最近、アレンさんとのポーカーで大負けしたそうですねぇ」


ナーベルの頬が引きつる。


「しかも、皆の前でホテルの所有権を担保にして勝負を続け、さらに負けた」


「それだけで、人を殺したと言うのか!」


「まだ続きがありますよぉ」


ニンザは人差し指を一本立てた。


「アレンさんは、ホテルを手に入れたことを周囲へ吹聴していた。貴方を親の財産だけで生きてきた苦労知らずと嫌い、ホテルを奪えたことを大層喜んでいたそうです」


「アレンが何を言っていたかなど、俺には関係ない!」


「そうでしょうかぁ」


「そうだ! 昨日、アレンは賭けをなかったことにしてくれた。ホテルも返すと言ったんだ!」


ニンザの口元が持ち上がった。


ナーベル自身が、最も触れられたくない話へ踏み込んだ。


「それは不自然ですねぇ」


「何がだ!」


「アレンさんは、貴方のことを以前から嫌っていた。念願だったホテルまで手に入れた。それを、話し合いだけで返すでしょうか」


「返したんだ!」


「あの場にいなかったお前に、何が分かる!」


「ええ。わたくしは、その場にいませんでした」


ニンザは素直に認めた。


「もっと言えば、この部屋にいたのは、貴方とアレンさんだけです」


ニンザの瞳が、獲物を見据えた蛇のように鈍く光った。


ナーベルの喉が鳴った。


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