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落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

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第八話

 手が震えているのが、自分でもわかった。

 斧を握る掌が汗で滑り、呼吸も浅い。


 軍の人たちも、残り五人の敵と虫への対応で手一杯だった。炎が上がり、銃声が響き、巨大虫の羽音が空気を震わせる。こちらへ助けに来る余裕があるとは思えない。


 そんな俺の背中へ、ふいに温かな手が触れる。


「逃げろ、天斗」


 爺ちゃんの声だった。


「何とかこいつは食い止める。その間に逃げてくれ。さっきは引き留めて悪かったな」


 その言葉に、思わず顔を上げる。

 爺ちゃんの目は、俺じゃなく相手だけを見ていた。さっき爺ちゃんを傷つけた刃が地面へ突き刺さっている。カタカタ、と不気味に震えたかと思えば、ひとりでに地面から抜け、音もなく相手の元へ戻っていった。


 意味がわからない。

 武器が勝手に飛ぶなんて、そんなの聞いたこともない。

 爺ちゃんが鎌を握り直すも、その腕からは血が滴り落ち、土へ赤黒い染みを作っていた。


 こんなの、勝てるわけがない。


 そもそも戦い方が違う。虫相手ならまだわかる。動きも、狙うべき場所も。


 でも、コイツらは違う。

 人間なのに、俺の知っている、人間の戦い方じゃない。


(刃物が空を飛ぶって意味わかんねーよ……!)


 喉がひりつく。


(何なんだよ、マジで……!)


 刃物が再び飛ぶ。銀色の軌跡が空気を裂き、爺ちゃんへ襲いかかった。

 爺ちゃんは鎌を振るい、それを正面から捌く。ギィン! と耳障りな金属音が響き、弾かれた刃が空中で火花を散らした。


 だが、敵の攻撃は終わらない。もう一本の刃が、横から俺へ飛んでくる。


「っ!」


 反射的に周囲を見回し、地面へ倒れていた巨大バッタの頭を掴む。そのまま盾みたいに持ち上げた瞬間、銀の刃が突き刺さった。


 ぐしゃり、と嫌な音が鳴る。


 バッタの頭が大きく裂け、黒い体液が飛び散った。


「ほう」


 感心したみたいな声が相手から漏れるも、俺は息を荒げながら、ちらりと母屋の方向へ視線を向けた。


 あそこにはシェルターがある。


 今からでも飛び込めば――。そう考えた瞬間、胸の奥が強く冷えた。


 俺は足元へ転がっていたフロートボードを足で引き寄せる。

 そして、スイッチを強く踏み込めば、ゴウッ! と風が巻き起こる。


 ボードはそのまま、一直線に敵へ突っ込んでいった。


「ぐっ」


 突然飛んできたボードに、敵はわずかに目を見開いた。すぐ横へ跳んで回避するその動きは速い。けれど、さっきみたいな“消えた”と思うほどの速度じゃなかった。


(毎回あの速さを出せるわけじゃない……!)


 その一瞬の隙へ、俺は地面を蹴った。

 斧を握ったまま跳躍する。同時に、もう一本の剣がこちらへ飛んできた。銀の刃が真っ直ぐ喉を狙っている。


「っ!」


 避けきれない。

 そう思った瞬間、刃の軌道がわずかにぶれた。急いで俺へ向け直したせいだろう。剣は腕を掠め、そのまま後ろへ抜けていく。


 熱い痛みが走った。

 血が、ぽたり、と斧の刃へ落ちる。


 でも、止まれない。止まったら、きっと殺される。

 全身の力を腕へ込める。体の力を全て斧に乗せるかのように。ブンっと振り下ろす瞬間、斧に光が走ったように見えた。


「っ!!」


 いつもより、斧が重い。

 まるで鉄の塊を振ってるみたいに腕へ重さが食い込む。風を切り裂くように斧を振るも、敵は咄嗟に身体をひねって地面を転がる。


 次の瞬間、凄まじい音が響く。


 振り下ろした斧が地面へ叩き込まれ、土と岩が爆ぜた。地面が大きく抉れ、割れた地面から飛び散った岩を、敵は片手で顔を庇いながら避けていく。


 呼吸が荒く、心臓もうるさい。


 振り下ろした斧が、異様だった。


 いつもより重く、大きい。

 まるで手の中で、別の武器になったかのような感覚だった。


(何だこれ……)


 気のせいだろうか。


 でも、そんなことを考えている余裕はなかった。

 いま、俺がシェルターへ逃げたら。もし、シェルターの位置がバレたら、母さんと実里にも危険が行く。


 それだけは駄目だ。

 俺は二人を絶対に危険へ晒したくない。


「っ!」


 敵が体を起こし此方を向く。

 俺は構わず、地面へめり込んだ斧を力任せに引き抜いた。砕けた土と石が跳ね飛ぶ。その勢いのまま、相手の胴を狙って横薙ぎに振るう。


 敵は咄嗟に後方へ飛んだ。完全には避けきれない。刃先が腕を浅く裂き、その瞬間、目の前へ血が飛ぶ。


 赤だった。


 黒い体液じゃない。


 虫の汁じゃない。


(あっ……)


 頭の中が、一瞬だけ真っ白になる。


 虫とは違う。これ、人間の血だ。


 その事実を理解した瞬間、全身の血の気が引いた。

 俺は今、人を殺そうとしているのか。


 虫じゃない。同じ人間を。


 呼吸が止まりそうになる。斧を握った手が急激に震え、視界がぐらりと揺れた。

 その一瞬の硬直へ、爺ちゃんの怒号が叩きつけられる。


「天斗! 考えるな!!」


 同時に、爺ちゃんの振り下ろした鎌が敵の背後へ迫った。だが、敵は振り返りもしない。

 宙に浮いていた剣の一本が滑り込むように動き、鎌を受け流す。甲高い金属音が響き、軌道を逸らされた鎌が空を切った。


 その直後、もう一本の剣が一直線に俺へ飛んでくる。


「っ!」


 慌てて斧を振り上げる。ギィン!! と衝撃が腕へ突き抜けた。だが、防いだ瞬間にはもう遅く、敵は新たに自分の手へ剣を握っていた。


 浮いていた剣じゃない。今度は、自分の腕で振るうための剣。

 黒い装束が翻り、その刃が爺ちゃんの胴体へと向かって振り抜かれる。


「爺ちゃん!!」


 避けきれない。


 赤い線が、爺ちゃんの身体へと走った。


 血が飛ぶ。赤い赤い血が。

 その瞬間、頭の中で何かが切れた。


 俺は自分へ飛んできた剣を無理やり斧で弾き飛ばし、地面に落ちた剣へと斧を叩きつけへし折った。そして、そのまま敵の懐へ踏み込む。


「ぁああ!!」


 全身の力を込めて、相手を蹴り飛ばした。

 敵の体が宙へ浮く。思っていた以上に軽く、吹き飛ぶように距離が開いた。


 それに構うことなく、俺は地面を蹴り、宙へと飛びあがる。


 斧を握りしめたまま振り上げると、敵の黄金色の瞳が、徐々に見開かれていく。

 次の瞬間、俺はブンッと空気を裂く音とともに、相手の胴を目がけて斧を振り下ろした。


「落ちろ」


 自然と言葉が口から零れる。


 その瞬間、斧がさらに重さを増した。腕が引っ張られる。

 まるで地面そのものが、斧を下へ叩き落とそうとしているみたいに。


 敵は咄嗟に防御しようと腕を上げ、剣を体の前に構える。


 だが、間に合わない。

 斧が防具ごと身体へめり込んだ。

 メキメキ、と嫌な音が鳴り、銀色の装甲が砕け、割れ、潰れる。


 そのまま俺は、相手の身体ごと地面へ斧を振り抜いた。


 轟音と共に地面が抉れる。

 砕けた土と石が吹き飛び、その中心で、防具の割れた男が倒れていた。


 腹の辺りから、赤い血がドクドクと流れ出している。


「……赤」


 思わず声が漏れる。


 虫じゃない。俺はいま、『人』を斬った。


 その事実を理解した瞬間、全身から一気に力が抜けていく。

 ドクドクとうるさかった心臓の音が、逆に遠ざかるみたいだった。


 握っていた斧が異様に重い。


 呼吸もうまくできない。


 視界がぐらりと揺れる。


「天斗!」


 爺ちゃんの叫び声が聞こえた気がした。

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