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落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

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第七話

 玄関に置いてあったフロートボードを掴み、そのまま前へ放り投げると、反発鉱石入りのボードは地面へ落ちる寸前でぴたりと静止した。


 そこへ飛び乗り、足元のスイッチを強く踏み込む。


 ゴウッ――と風が唸った。

 一瞬で景色が後ろへ流れていく。家も畑も、見慣れた道も、全部まとめて置き去りにするような速度だった。


 東の森側を見ると、何本もの炎の柱が空へ上がっている。

 軍の虫駆除用兵器だ。


 炎が広がるたび、小型の虫が黒い影になって地面へ落ちていく。だが、大型の虫は違った。炎の隙間を強引に突っ切り、そのまま前線を越えて飛び出してきている。


 耳障りな羽音が、風に混じってここまで届いていた。


 嫌な音だ。


 そう思いながら視線を彷徨わせ、畑へ近づくと、見慣れた背中が視界に入る。

 体重移動でボードの向きを変え、そのまま一直線にそちらへ滑り込んだ。


「爺ちゃん!」


 呼びかけても、爺ちゃんは振り返らない。

 鎌状の武器を振るい、軍の防衛ラインを抜けてきた大型の虫を次々と叩き落としていた。

 鈍い音と共に、巨大なバッタの脚が宙を舞う。


 その動きは年寄りのものとは思えない。長年、虫を狩り続けてきた人間の動きだ。


 遠くには、昨日見た御影さんの姿もあった。

 長い包丁みたいな武器を振るうたび、飛び込んできた虫の身体がまとめて斬り落とされていく。その動きは無駄がなく、巨大な虫相手だというのに妙に静かだった。


 ほかにも鉄砲みたいな武器で応戦している軍人たちがいるが、飛び回る相手に狙いを定めきれず苦戦している。

 昨日見た横山とかいうチャラそうな雰囲気の隊員もいた。両手に剣を握り、一体ずつ。しかし確実に仕留めていく。


 その横では大型トラックが移動し、電撃ネットの展開準備も進められていた。

 巨大なバレーネットみたいな網へ高圧電流を流し、触れた虫をまとめて焼き落とす兵器だ。

 炎型の武器は森まで焼く危険があるせいで広範囲には使えない。だが、あれならもっと広い範囲をまとめて止められる。


(週末に向けて準備してたんだろうな……)


 そんなことを考えながら、俺は爺ちゃんの前でボードを止めた。


 その瞬間。

 ブゥン――! と耳障りな羽音が迫る。

 反射的に振り向けば、大型のカナブンがこちらへ突っ込んできていた。


「うおっ!」


 咄嗟に手にしていた斧を振るう。

 ガギンッ――! と硬い感触が腕に響くも、カナブンの身体が真っ二つに裂けて地面へ落ちた。

 いつもの斧より重い。

 けれど、そのぶん切れ味も威力も段違いだった。


 黒い体液を振り払いながら、俺は爺ちゃんへ斧を掲げる。


「爺ちゃん! 斧持って来たけど!」


 そう言うと、爺ちゃんは飛び込んできた大型のバッタを鎌で叩き斬り、そのままこちらを一瞥した。


「お前が使え」


「いや、俺これ渡したらシェルター行くけど」


「何言っとる! 軍の取りこぼしが多い! お前もこっちへ来たやつを駆除しろ!」


 怒鳴る爺ちゃんに、俺は無理やり斧を押し付けようとする。


「後で母ちゃんにめっちゃ怒られそうだからヤダ」


 だが、爺ちゃんは顔を背けて受け取らない。何むきになってんだこのじじい。

 思わず眦を吊り上げるが、爺ちゃんは気にも留めず、また防衛ラインを抜けてきたバッタへ向き直った。


 鎌を低く構える。

 次の瞬間、巨大バッタが跳躍のために身体を浮かせた。爺ちゃんはその下へ潜り込む。銀色の刃が横薙ぎに走り、バッタの脚が吹き飛んだ。

 着地姿勢を崩したところへ、追撃みたいに鎌が振り下ろされ、真っ二つに割れた胴体から体液が土へと飛び散った。


「だから! いつもと違う武器だとやりづらそうじゃん! これ使いなって!」


 叫ぶ俺に、爺ちゃんはようやく口を開いた。


「今回は虫だけじゃない。何かいる」


 その声は、さっきまでとは少し違っていた。爺ちゃんの目が、まっすぐ東の森を睨んでいる。


「はぁ? 何? さっきの爆発音のこと?」


 そう言いながら、地面から飛び出してきたミミズへ反射的に斧を振るう。

 ぶつん、と手応えが返った。


「あー! ミミズ切っちまった。もったいねぇ! そこまでデカくなかったのに!」



 そんなことを言い合っていると――


 森の奥から、メキメキ、と嫌な音が響いた。

 木を無理やり薙ぎ倒しながら、何か巨大なものが近づいてくる音。

 しかも、その音はどんどんこちらへ近づいてきていた。


「何? 何の音?」


 俺だけじゃない。前線にいた軍人たちも、一斉に森の方へ視線を向ける。


 次の瞬間。

 森を突き破るようにして、“それ”が姿を現した。


 丸い鉄の塊が、地面をえぐりながら滑るように進み、後方からは炎みたいなものを吹き出している。

 森の奥から現れたそれを見た瞬間、その場にいた全員の動きが止まる。

 虫ですら、一瞬だけ羽音を止めた気がした。


 それは、ガタガタと機体を揺らし、制御を失っているみたいに木々へぶつかりながら突っ込んでくる。


「退避ー!!」


 御影さんの怒号が辺りに響きわたり、軍人たちが一斉にその場から飛び退く。


 その直後、丸い鉄の塊は軍の大型トラックへ激突した。凄まじい音が響き、金属同士がぶつかって火花が散る。

 ようやく止まったそれは、どう見てもこの島の乗り物じゃなかった。


 表面は煤けた黒鉄色。ところどころが歪み、後方からは炎と煙を噴き出している。


 見たことがない。本当に、一度も。

 煙が機体らしきものから立ち上っていく。


「なんだよ……アレ」


 呆然と呟けば、隣で爺ちゃんが低く答えた。


「……わからん。だが、この島のものではない」


 その言葉に、ぞわりと背筋が粟立つ。


 この島のものじゃない。

 じゃあ、どこのものだ。

 頭の中で、その答えがゆっくり形になっていく。


(ほかの島……?)


 浮遊島は空にいくつも見えている。でも、誰も渡れない。

 だからずっと、半分はおとぎ話みたいなものだった。


 『ほかの島には怖い鬼が住んでいて、悪い子は連れ去られてしまうよ』

 そんなおとぎ話のような言葉を、ずっと大人たちから聞かされてきた。

 子供向けの脅し文句だと思っていた。


 けれど今、目の前には確かに“この島じゃない何か”が存在している。


 煙を上げる機体の側面が、ガコン、と鈍い音を立てる。ゆっくりと開いた扉らしき部分から、次の瞬間、複数の刃物が浮かび上がった。


 ナイフみたいな細い刃だった。


 誰かが握っているわけじゃない。銀色の刃が宙へ浮いたまま、生き物みたいに機体の周囲を巡っている。

 そして、それらが突然弾かれたような速度で飛んだ。銀色の軌跡が空気を裂き、近くにいた軍人たちへ向かって一直線に。


「防壁を構えろ! 距離を取れ! 明確に敵意を確認! 直ちに駆除対象に指定する! 生死は問わない! 絶対この場から進ませるな!」


 飛んできた刃の一本を、持っていた剣で叩き落しながら御影さんが怒号を響かせる。

 しかし、叩き落したはずの刃は再び浮かび上がり、御影さんの背後をめがけて飛んでいく。

 それを横山という隊員が寸でのところで盾を構えて防いだ。


「了解!」


 軍人たちも即座に動いた。金属製の防壁を展開しながら後退し、一斉に銃口を機体へ向ける。怒号、羽音、銃声が入り混じり、さっきまで虫だけだった戦場の空気が一瞬で変わった。


 気が付けば、俺の足は自然と後ろへ下がっていく。


 わけがわからない。


 虫災害だけでも十分異常なのに、その真ん中へ突然“知らないもの”が現れた。


「爺ちゃん、シェルターに行こう」


 思わずそう言えば、爺ちゃんは森の方を睨んだまま吐き捨てる。


「お前は行け! 儂は残る」


 その一言に、カッと頭へ血が上った。


「ふざけんなよ!」


 そう叫ぶも、その間にも、丸い機体の中から何かが姿を現す。


 最初に見えたのは白い手だった。

 そして、現れたのは――人だった。俺たちと同じ、二本足で立つ人間。


 けれど、そいつはこの島の誰とも違っていた。


 肌が異様なほど白い。まるで長い間、陽の下へ出たことがないみたいに。

 銀糸みたいな髪が風に揺れ、その周囲にはさっきの刃が浮かんでいる。


 黒を基調とした細身の服を身に纏い、ところどころには銀色の装甲みたいな部品が取り付けられていて、陽の光を受けるたび冷たい光を返していた。


 さっき飛んでいった刃が、音もなくそいつの周囲へ戻ってくる。

 そして、そいつが片手を振り上げた瞬間、銀色の刃が再び軍人たちへ向かって放たれた。


「散開!」


 その言葉に合わせて陣形を変え、軍人たちも負けじと銃を撃ち返すが、明らかに動揺しているのが伝わって来た。


 当たり前だ。


 虫相手の武器しか知らない俺たちの前に、突然“人間相手に殺すための武器”が現れたんだから。空中を滑る刃は、虫みたいな単純な動きじゃない。


 確実に人を狙って動いている。

 恐怖に、背筋が粟立った。


「爺ちゃん! あれは虫じゃない! 俺たちができることなんてない! たまには素直に言うこと聞いてくれよ!」


 叫ぶと同時に、爺ちゃんががしりと俺の肩を掴んだ。


「アレは虫じゃない。だからこそ、シェルターを見逃してくれる保証がどこにある」


 爺ちゃんの手に力がこもる。


「お前は今すぐシェルターへ行け、天斗。そして可能なら、今すぐ二人を連れて遠くへ逃げろ」


 その目は、今まで見たことがないくらい真剣だった。


 思わず唾を飲み込むも、頭が追いつかない。

 さっきまで俺たちは、虫災害の対処をしていたはずだ。


 なのに今、目の前には“知らない人間”がいる。見たことのない武器に、見たことのない機体。


 (一体、何が起きてるんだよ――)


 そんなふうに思考を巡らせても、状況は待ってくれなかった。


 ブゥン! と耳障りな羽音が近づく。大型のバッタだ。しかも一体ではなく、複数のバッタがあの機体から逃れるようにこちらへと飛んでくる。


「っ!」


 反射的に俺と爺ちゃんは武器を振るった。跳びかかってきた一体の脚を斧で叩き斬る。着地を崩したところへ、爺ちゃんの鎌が首元へ食い込んだが、また、別の一体が横から飛び込んでくる。

 避けきれず肩を掠め態勢が崩れるが、そのまま無理やり斧を振り抜いた。

 硬い感触が手に伝わり、黒い体液が飛び散る。


「あの機体の奴らだけでも厄介なのに……!」


 息を荒げながら吐き捨てた、その時だった。

 機体の中から、さらに人影が現れる。


 一人。


 二人。


 三人。


 次々と。


 最初に出てきた奴を含め、全部で六人。

 全員、黒い装束を身につけていた。そして、その周囲にはやはり見たことのない武器が浮かんでいる。

 剣だけじゃなく、針みたいに細い刃も。


 形は違うのに、どれもまるで生きているみたいに宙を巡っていた。


 出てきた男たちは、周囲を確認するように首を動かし、そのうちの一人が、不意にこちらへ顔を向け――目が、合った。


 次の瞬間、そいつの身体が消えたみたいに加速する。


「――っ!?」


 驚くほど速く、地面を蹴ったのかすら見えなかった。

 気づけば、もう目の前まで来ていた。


(早っ!)


 反応するより先に、爺ちゃんが俺の前へと出る。


 ギィン! と金属音が響き、爺ちゃんの鎌が、飛んできた刃を受け止めていた。


 だが、そいつの武器は一本じゃない。

 宙に浮いた二本の剣が、まるで意思を共有しているみたいに同時に襲いかかってくる。一方を防げば、もう一方が死角から飛ぶ。人が振るう剣とは動きがまるで違う。


 次の瞬間。


 空中へ血が散った。


「爺ちゃん!」


 気づけば駆け出していた。一本の剣が爺ちゃんの腕を掠め、そしてもう一本が、そのまま腹へ向かって飛んでいた。


「っ!」


 反射的に斧を差し込めば、ガギン!!と衝撃が腕へ突き抜けた。


 重い。なのに速い。

 弾き返したはずの刃が、空中で軌道を変えながら再びこちらを狙ってくる。


 フーフー、と自分でもわかるくらい呼吸が荒くなる。


 心臓がうるさい。


 それでも、無意識に声が漏れていた。


「なんで、こんなことするんだよ!」


 叫ぶ。言葉なんて通じるかわからなかった。

 そもそも、相手がこちらの言葉を理解できるのかすら知らない。


 けれど、漏れた叫びには、意外にも返事が返ってきた。


「私たちが生き残るためだ。ほかに理由などない」


 低く、感情の薄い声だった。

 戦いの最中だというのに、その目だけは妙に静かで――だからこそ怖かった。


 迷いがない。


 怒っているわけでもない。


 楽しんでいるわけでもない。


 ただ、“そうするしかない”と決め切っている目だった。


 握った斧の柄が、じわりと汗で滑る。

 心臓が、嫌になるくらいうるさかった。


 俺はその時、生まれて初めて――震えるほどの恐怖を感じた。

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