↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/34

第六話

 朝起きて、畑へ行く準備を整えていると、また足に衝撃が走った。


 見下ろせば、昨日と同じように実里が俺の足へしがみついている。ただし今日は様子が違った。目はきりっと吊り上がり、口は尖っている。小さな身体いっぱいで怒りを表現していた。


「実里ー。可愛い顔が大変な事になってるぞ」


「天兄、昨日遊んでくれなかった……」


 恨めしそうな声に、俺は思わず苦笑する。

 昨日は御影さんとの話が長引いたせいで、結局ほとんど遊べなかった。実里からすれば大問題だろう。


「ごめんって! 今日は絶対、帰ったら遊ぶから!」


「絶対だよ!」


「おー! 絶対! 指切りしよ」


 そう言って差し出された小さな指に、自分の小指を絡める。柔らかくて細い指だった。


「約束破ったら?」


「針千本飲みまーす」


「よろしい!」


 満足したように実里が頷く。偉そうな顔が妙に可愛くて、思わず頭をわしゃわしゃ撫でると、「髪ぐちゃぐちゃー!」と怒られた。


「んじゃ、俺畑行ってくるわ」


「頑張れ兄ちゃーん」


 玄関先で実里が両手をぶんぶん振る。その向こうでは、母さんが作業用の上着を羽織りながらこちらを見ていた。


「後で母さんも行くから。東側の畑から水やりお願い」


「おけー」


 返事をして、俺は倉庫へ向かう。朝露の残る地面を踏みしめるたび、草の匂いがふわりと立ち上った。


 倉庫から農機具を取り出していると、離れの方から爺ちゃんが出てくる。無言のまま近づいてきたかと思うと、いつも自分が使っている斧を俺へ差し出した。


「ん。これ持っていけ」


 差し出されたのは、刃に細かな傷が無数についた古い斧だった。柄の木も黒ずみ、長年使い込まれているのがわかる。


「え? なんで? これ、じいちゃんが使ってるやつじゃん」


「昨日よりざわついている感じがする。念のため持っていけ」


 低い声でそう言われ、俺は思わず眉をひそめた。


「いや、俺のあるけど」


 視線を向けた先には、小型フロートトラックの荷台へ積んである自分用の斧がある。比較的新しいし、手入れもしている。普通に考えればそっちの方が使いやすい。


 だが、爺ちゃんは俺の言葉を気にした様子もなく、持っていた斧をそのまま荷台へ放り込んだ。

 ガコン、と鈍い音が響く。


「こっちのほうが丈夫だ」


 それだけ言って、爺ちゃんはさっさと離れ側の畑へ歩いて行ってしまった。


「いや、これのほうがボロいじゃん……」


 つい、荷台に転がる年季の入った斧を見ながら零す。けれど返事は返ってこない。


 朝靄の残る畑の向こうで、爺ちゃんの背中だけが小さくなっていく。昔からああだ。一度言い出したら、人の話なんて聞かない。


 俺は肩をすくめ、そのままトラックへ乗り込んだ。


 エンジンを入れると、反発鉱石を積んだ車体がふわりと浮き上がる。低い駆動音を鳴らしながら、俺は東の畑へ向かった。

 東の畑へ着くと、まず水遣り用フロートを起動させる。箱型の機械がふわりと浮かび上がり、設定された範囲をゆっくり移動しながら水を撒き始めた。


 朝日に照らされた水滴が細かく弾け、畑の上へ薄い虹が浮かぶ。


 その間に俺は雑草を抜き、伸びすぎた苗を間引き、倒れかけた支柱を立て直していく。土を触ると、まだ夜の冷たさが少し残っていた。


 鳥の鳴き声と、水が撒かれる音だけが辺りへ広がる。


 いつもの朝だ。


 ……本当なら。


「ふぅ……」


 腰を伸ばしながら、俺は東の森へ視線を向けた。


 この街は島の端に位置していて、あの森を抜ければ“淵”へ出る。

 島の外周――空へ切り落ちた崖の果てだ。


 淵の近くは、下から吹き上げる風が強い。気流も不安定で、慣れていない人間が近づけば簡単に足を取られるらしい。

 だから住民は滅多に近づかない。

 子供が不用意に行かないよう、淵に沿って森を残してあるとも聞いたことがある。


 朝の風に揺れる木々をぼんやり眺めていると、不意に胸の奥がざわついた。

 言葉にしづらい感覚だった。


 音が聞こえたわけでもない。

 何かが見えたわけでもない。


 それでも、森の奥からじわじわと嫌な気配が滲んでくる。

 肌の内側を、虫が這うみたいな感覚だった。


(これが、爺ちゃんが言っていた虫の気配か?)


 そんな考えが頭をよぎる。

 けれど、はっきりとはわからず、ただ何となく、落ち着かないだけだった。


 俺は首をひねりながら、また作業へ戻った。


 雑草を抜き、土を均し、水の流れを確認する。単純作業を繰り返していると、遠くから低い駆動音が近づいてくるのが聞こえた。

 顔を上げれば、昨日見た軍の大型フロートトラックが畑道を走ってくる。

 土煙を巻き上げながら停止した車両から降りてきたのは、御影さんだった。


 相変わらずデカい。


 その後ろでは、数人の隊員たちがフロートボードへと足をかけ、軽く浮かび上がった機体が森の方へ滑るように進んでいく。


 見回りだろうか。

 御影さんは、その様子をしばらく見届けてから、こちらへ歩いてきた。


「おはようございます。神代くん」


「天斗でいいですよ。爺ちゃんも神代ですし。見回りですか?」


「えぇ。事前に種類だけでもわかれば幸いだと思いまして」


 そう言いながら、御影さんも森へ視線を向ける。

 軍人ってもっとガサツなイメージだったけど、この人は妙に落ち着いていた。声も低くて聞き取りやすいし、話し方も丁寧だ。


「へぇ、種類が変わったら何かあるの?」


「武器が変わります。特に飛ぶタイプなのか、地中に潜るタイプなのかは重要ですね」


「あー、なるほど」


 言われてみれば確かにそうだ。


 地中型なら地面ごと止める必要があるし、飛行型なら遠距離武器も必要になる。俺は基本、斧と杭でどうにかしてきたから、その辺あまり深く考えたことがなかった。


 感心して頷いていると、御影さんが少し不思議そうにこちらを見る。


「天斗君も、農作業中に虫駆除をすることがあるんですよね。昨日の動きも随分慣れていましたし。普段はどう対処しているんですか?」


 その質問に、俺はフロートトラックへと歩み寄り、荷台に積んであった斧と杭を取り出し、そのまま掲げて見せた。


「基本これかな」


 答えた瞬間、御影さんの目がわずかに見開かれる。


「……それだけですか? 地中を潜る虫も、空を飛ぶ虫も関係なく?」


「んー。爺ちゃんが教えてくれたの、これだけだったし」


 俺は斧を肩へ担ぎながら続ける。


「数日前にムカデが出たんだけど、その時も杭で動き止めて、斧で切ったかな」


 すると御影さんが、ぴたりと動きを止めた。


「……あれは、貴方が倒したんですね」


 低い声だった。

 御影さんは片手で口元を押さえ、何か考え込むように黙り込む。

 その姿に、俺は思わず首を傾げた。


 (そんな変なこと言ったか?)


 ムカデなんて畑やってれば別に珍しくもない。デカかったけど、放っておいたら畑を荒らされるし、倒すしかない。

 けれど御影さんは、しばらく難しい顔のまま固まっていた。そのまま眺めていても動く気配がない。


「……?」


 やっぱりよくわからない。


 俺は肩をすくめ、再び雑草抜きの作業へ戻った。

 土へ指を差し込み、根ごと雑草を引き抜く。ぷつり、と小気味いい感触が指先へ伝わった。

 プチプチと手際よく雑草を抜いていると、不意に森の奥で鳥たちが一斉に飛び立った。


 黒い影が空へ散る。


 その瞬間だった。


 森の奥で、空気そのものが爆ぜた。


 ドゴォン――!!


 腹の底を揺らすような轟音が響き、遅れて衝撃が届く。地面が大きく震え、木々が激しく揺れた。


「っ!?」


 思わず顔を上げる。

 続けざまに、メキメキメキ――! と嫌な音が森の奥から響いた。太い木が何本もへし折られていく音だ。


 そして数秒後。


 森の中が、動いた。


「……う、わ」


 思わず声が漏れる。

 大量の虫が、森の中から一斉に湧き出してきた。


 羽音が空気を埋め尽くす。バッタ。羽蟻。甲虫。

 大小入り乱れた黒い群れが、森の上空を覆うようにうごめいていた。


 今まで見たことのない光景だった。頭が理解を拒否し、ただ圧倒され、俺はその場へ立ち尽くした。

 すると次の瞬間、身体がふわりと浮く。


「え?」


 気づけば御影さんに抱え上げられていた。

 そのまま強引にフロートトラックの運転席へ押し込まれる。


「すぐに家へ戻ってください。家に非常用シェルターありますよね? ご家族とすぐにそこへ」


「へ? え? ……わかったけど、御影さんは?」


 ようやく意識が現実へ戻る。


 問いかけると、御影さんは森の方を鋭く睨んでいた。落ち着いた雰囲気が消えている。


「隊員たちは大型武器を持って行っていません。それに、虫が先ほどのような爆発を起こすこともない。何か不測の事態が起きています」


 低い声が、妙にはっきり耳へ届く。


「すぐに救援が来るはずです。ですが、それまでここで出てくる虫を抑えます。……ただ、数が多すぎる。確実には防ぎきれない」


 御影さんは一度こちらを見る。


「ですので、すぐにご家族へ知らせてシェルターへ」


 その真剣な眼差しに、俺は頷くことしかできなかった。

 バン、と扉が外から閉められる。その音でようやく我に返り、震える手でエンジンを入れた。


 フロートが浮き上がる。


「あぁ、もう、おっせぇ!」


 思わず叫びながら、アクセルを限界まで踏み込んだ。フロートトラックは、創太が改造してくれたフロートボードみたいな速度は出ない。


 それでも、走るよりはずっとマシだ。

 車体が低く唸り、畑道を滑るように駆けていく。振動で荷台がガタガタと鳴り、積まれた農具が跳ねた。


 家にある非常用シェルターは、あくまで避難場所へ間に合わなかった時の一時避難用だ。

 地面へ埋め込まれた鉄の箱。

 最低限の非常食と水は入っているけど、長期間立てこもるような場所じゃない。


 俺はちらりとバックミラーを確認し、思わず舌打ちした。


「多すぎる……」


 後方では、大量の虫が空を埋め尽くしていた。まるで黒い波のようだった。


 あんな量、見たことがない。


 嫌な汗が背中を伝う。

 家へ到着すると、俺はトラックから飛び降り、玄関へ駆け出しかけて、ふと荷台の斧が目に入る。


「あっ」


 反射的にそれを掴む。


 爺ちゃんの斧だった。


 そのまま家の中へ飛び込むと、母さんが既にシェルターの扉を開け、非常食や水を中へ放り込んでいる最中だった。


 (さすが判断が早い。)


 足音に気づき、母さんと実里が同時にこちらを見上げた。


「天兄!」


 実里が泣きそうな顔で駆け寄ってくる。


「天斗! なんなの、さっきの音!」


 母さんの声にも焦りが滲んでいた。

 俺は走ってきた実里を抱き上げ、そのままシェルターの中へ降りていく。

 鉄製の梯子が、カン、カン、と乾いた音を立てた。


 地下はひんやりとしていて、狭い空間に非常食や水の箱が積まれている。母さんも慌てた様子で後から降りてきた。


「音はわかんない。軍の人も不測の事態だって言ってた」


 自分でも驚くくらい早口になる。


「厄介なのは、その音に反応して大量の虫が湧き出たことだ。大型のバッタも多かった。絶対ここから出ないで」


 そう言って、そっと実里を床へ下ろす。実里は不安そうな顔で俺の服を掴んでいた。

 その小さな手を優しく外し、俺は再び梯子へ足をかける。


「ここから出ないでって……あんたはどこ行く気なのよ!」


 母さんの鋭い声が飛んだ。俺は手に持った斧を少し持ち上げる。


「これ、爺ちゃんの斧なんだ」


「は?」


「爺ちゃんがここにいないってことは、虫の駆除しようとしてるってことだろ。だから、ちょっと渡してくる」


 母さんの顔色が変わった。


「駄目よ! ここに居なさい!」


「すぐ戻るから!」


 叫ぶように言い返し、俺は梯子を駆け上がる。


「天斗っ!」


 背後から母さんの声が追いかけてくる。けれど足は止めなかった。


 地上へ出ると、俺はすぐにシェルターの重い扉を閉める。

 ガン、と鈍い音が響いた。


 爺ちゃんは、きっとこの騒ぎを聞きつけて東の森側へ向かったはずだ。

 あの人が、虫を前にして大人しくシェルターへ籠もるとは思えない。


 そして斧は、武器は大事だ。

 長年使い込んだ武器は、ただの道具じゃない。重さも、振り心地も、身体に染みついている。


 戦うなら、慣れた武器の方がいい

 だから、届けなきゃいけない。


 ふと、父の顔が脳裏をよぎった。


 優しく笑っていた顔。

 病気で痩せていった横顔。

 最後まで「大丈夫だ」と言っていた声。


 胸の奥が、ぎゅっと痛くなる。


「……これ以上、家族を亡くしたくない」


 誰に聞かせるでもなく呟き、俺は斧を握り直した。


 遠くでは、まだ羽音が響いている。

 空気が震えるほどの、大量の虫の羽音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。