第三十二話
ごっけ、ごっこぉぉぉ――!
地響きとともに、巨大な鶏の鳴き声が聞こえた。
びりびりと空気を震わせるその声に、船の中にいるにもかかわらず、俺は目を覚ました。いや、目を覚ましたというより、無理やり意識を叩き起こされたと言った方が近い。
全っ然、寝られた気がしない……。
夜の間中、森の奥からは獣のような鳴き声がしていた。何かが石畳の上を歩くような音もしたし、木々の間をぞわぞわと徘徊する気配もあった。
安全装置があるとはいえ、ここは俺たちの島ではない。知らない生き物がいて、知らない森があって、知らない街の跡に囲まれている。そんな場所で、安心して眠れるわけがなかった。
ぼんやりする頭を振りながら身体を起こすと、近くで寝ていた瑛真くんも、眉間にしわを寄せながらだるそうに体を起こしていた。目つきがいつもよりさらに悪い。たぶん、あの人もあまり眠れていない。
凪は掛け布団にくるまったまま、うーん、と低く唸っている。あの体で丸まっているせいか、少し大きな毛玉みたいに見えた。
簡易的にかけられたカーテンの向こうでは、澪さんや羽依さんが寝ている。普通なら高校生男子として少しくらい意識してもよさそうな状況なのに、今の俺にはそんな余裕すらなかった。眠い。身体が重い。あと、巨大ニワトリの鳴き声がうるさすぎる。
固まった肩を回し、軽く身体を伸ばしてから船を降りると、外の空気がひんやりと頬に触れた。
焚火の前には御影さんが座っていた。その横では、朝陽が寝袋のようなものにくるまって眠っている。昨晩は二人が夜の番をしてくれた。明日以降は、俺たちにも順番が回ってくるらしい。
そう考えるだけで、少しだけ胃が重くなる。
昨日まで村で畑を見ていた俺には、まだ現実味がなかった。
「おはようございます」
声をかけると、御影さんがこちらを振り向いた。焚火の赤い光が頬に揺れているのに、その表情はいつも通り落ち着いている。夜番明けのはずなのに、疲れた様子はほとんど見えなかった。
「おはようございます。寝られましたか?」
御影さんはいつもの表情でそう聞いてくる。
夜番明けのはずなのに、疲れた様子はほとんど見えない。髪も乱れていないし、背筋も伸びている。俺なんて、船の中で横になっていただけなのに頭がぼんやりしているのに。
やっぱり怪物だな、この人。
そう思いながら、漏れそうになったあくびを噛み殺す。
「んー、残念ながら……。つか、さっきの鳴き声、すごかったっすね」
俺が起こされた巨大な鳴き声を思い返しながら言うと、御影さんは静かに頷いた。
「南の方角から聞こえました。昨日の個体でしょうか。ありがたいことに、声は一体分でしたので、あのサイズがそう何体もうろうろしているわけではなさそうですね」
その言葉に、俺は思わず感心した。
俺なんて、うるさいなー、くらいしか考えられなかったのに。御影さんは夜番をしながら、鳴き声の方角や数までちゃんと聞き分けていたらしい。
やっぱり怪物だな、この人。
二回目の感想を心の中で呟きつつ、ふと御影さんの前に置かれているものへ目が止まる。
そして、思わず眉間にしわが寄った。
それは昨晩も食べた携帯食品だった。袋に入っていて、お湯をかけて食べるやつだ。まずいわけじゃない。ちゃんと温かいし、栄養も考えられているんだろう。
でも、いまいち食べた気がしない。
腹には入る。
けれど、飯を食った、という感じが薄い。
寝不足の頭と、知らない島の朝。それから、昨晩から続く緊張感。その全部に、あの携帯食だけで立ち向かうのは、正直ちょっときつかった。
そんなことを考えていると、ふと昨日、周囲を見回した時のことを思い出した。
船の周辺には、石畳に飲み込まれかけた街の跡が広がっている。その中で、ひとつだけ気になる場所があった。夜のうちは暗くてよく見えなかったけれど、朝の光の中なら、もう少しはっきり確認できるかもしれない。
念のため、俺は耳へ意識を向ける。
夜中は、森のあちこちから気配がわさわさと動いていた。大きいもの、小さいもの、近づいてくるもの、遠ざかっていくもの。そのせいで眠るどころではなかったけれど、今はずいぶん落ち着いている。少なくとも、この近くに昨日の巨大ニワトリみたいな大きな気配はない。
「御影さん、少しだけこの装置の外に出てもいい? すぐそこまで。気配は特になさそう」
そう聞くと、御影さんは少しだけ眉を上げた。
すぐには返事をせず、周囲へ視線を走らせる。焚火の向こう、船の陰、石畳の割れ目、森へ続く道の跡。ひとつずつ確認してから、御影さんはようやく頷いた。
「……構いませんが、念のため私も行きます」
そう言うと、御影さんは隣で寝袋にくるまっている朝陽へ視線を向けた。
「横山君。念のため起きておいてください」
「ふぁーい……」
朝陽は寝袋の中から気の抜けた返事をして、あくびをしながら上半身を起こした。髪は少し跳ねているし、目も半分閉じている。それでも御影さんに起こされてすぐ反応するあたり、やっぱり軍の人なんだなと思う。
そのタイミングで、船の扉の方から凪も降りてきた。まだ眠そうに目をこすっている。たぶん、俺たちの声で起こしてしまったのだろう。
なんか起こしちゃってごめん。
心の中でそう謝りつつ、俺は御影さんと並んで安全装置の外へ踏み出した。
装置の内側と外側で、空気が変わる。
見えない壁を抜けたような気がした。実際には何も肌に触れていないのに、守られていた場所から一歩外へ出たのだと、身体が勝手に理解する。
俺は腰の斧に手を添え、昨日気になった方へ足を進めた。石畳の隙間から伸びた草が、靴の先に触れる。朝の光を受けた街の跡は、昨日の夕方よりも静かで、そして少しだけ寂しく見えた。
「あまり離れないでくださいね」
小型の銃を手にしながら、御影さんが言う。
その声は静かだったが、視線は周囲から外れていない。崩れた建物の陰、石畳の先、木々の間。俺が一歩進むたびに、御影さんの目も一緒に動いている。
俺は頷き、目的地を指さした。
「ほんと、そこだから」
そう言って指さした先には、石垣のようなもので区切られた、少しだけ土の見える一角があった。
街の中はほとんど石畳で埋め尽くされている。けれどそこだけは、四角く囲われるように土が残っていた。石垣は崩れかけ、隙間から草が伸びている。最初に見た時はただの荒れ地にも見えたが、どうにも気になっていた。
近づいて、そこに生えている葉を見た瞬間、俺は思わず声を上げた。
「あっ、やっぱり! 御影さん、これたぶん畑ですよ」
俺が指さしてそう言うと、御影さんは眉間にしわを寄せた。
「畑? これが?」
御影さんがそう言うのも無理はない。
その場所は、ぱっと見ただけなら草が鬱蒼と生い茂っているだけだった。野菜の葉と、普通なら雑草と呼ぶ葉がぐちゃぐちゃに混ざっている。畝の形もほとんど崩れていて、手入れされていた頃の姿はほとんど残っていない。
でも、土の盛り上がり方が違う。
ただ草が生えている場所じゃなく、誰かが一度ここを耕している。
そう思いながら、俺はしゃがみ込んだ。
「雑草も混ざってますけど……あっ、これ!」
葉の形を見て、一つを選ぶ。
細かく裂けたような緑の葉。放っておかれたせいか少し硬く、色も濃い。けれど見覚えがある。俺はその葉の根元へ指を這わせ、土を少しだけ払った。
根元を掴み、ゆっくり引き抜く。
固く締まった土が抵抗したが、何度か揺らすと、ずぼっと音を立てて抜けた。
土の中から、オレンジ色の本体が姿を現す。
細く曲がっていて、俺たちの島で採れるものよりずいぶん野性味のある形だ。けれど、その色と匂いは間違いない。
俺は土のついたそれを掲げた。
「人参だ」
土のついた人参を見て、御影さんがわずかに目を丸くした。
「……人参」
その反応に、俺は少しだけ得意な気分になる。
さっきまでただの草むらにしか見えていなかった場所から、ちゃんと食べ物が出てきたのだ。畑をやっている人間としては、こういう瞬間はちょっと嬉しい。
「あと、これもずいぶんワイルドな見かけになってますけど、たぶんレタスの仲間ですね」
俺は近くにあった葉へ手を伸ばした。
外側の葉は硬く、色も濃くなっている。手入れされずに伸び放題になったせいで、俺たちの島で見るレタスよりずっと荒っぽい姿をしていた。けれど葉の重なり方や、根元の形には見覚えがある。
外側から何枚か、ぷちぷちと葉をちぎっていく。
硬そうな部分を避けて奥の方を探ると、中にはまだ少し柔らかい葉が残っていた。俺はそこを選んでもぎ取り、土を払って手に持つ。
完全に畑だ。しかも、ただの野菜じゃない。
人が食べるために植えたものが、ここに残っている。
そう思った時、後ろから柔らかな声がかかった。
「天斗君、そこに人工的に植えたのだろう野菜の名前を、念のため書き出しておいてくれるかしら?」
振り返ると、寝起きらしい澪さんが立っていた。
髪はいつもより少しだけ緩く流れていて、完全に整っているわけではない。けれど、それでもどこか空気がぴしっとしている。寝起きなのに崩れない人というのは、本当にいるらしい。
御影さんと同類か……。
そんなことを思いつつ、俺は手を上げて返事をした。
「うすっ! 書き出しておきます!」
その澪さんの後ろから、凪も顔を出した。
まだ少し眠そうではあるが、畑らしき場所や周囲の植物を見る目は、さっきよりずっとはっきりしている。凪はぐるりと周囲を見回すと、朽ちた建物のあたりを指さした。
「あの辺なら、キノコも生えてそうじゃない?」
指さされた先には、崩れた壁材や木の板が折り重なるようにして積もっていた。石畳の影になっているせいで日当たりが悪く、苔や湿った落ち葉が溜まっている。
確かに、ああいう場所には生える。
「行ってみようぜ」
俺が頷くと、凪も嬉しそうに笑った。
二人でがれきの近くへ向かい、足元に気をつけながら影の濃い場所を覗き込む。湿った木片の隙間、苔の生えた石の脇。そのあたりを探していると、丸い傘がいくつか顔を出しているのが見えた。
「おっ! 生えてる!」
俺と凪はほとんど同時にしゃがみ込んだ。
傘の形、色、軸の太さ、根元の付き方。俺は一つを指でそっと起こし、裏側を覗く。凪も隣で別の株を見て、ふんふんと頷いていた。
その様子を見ていた御影さんが、不安そうな声を出す。
「キノコはやめておきませんか? 見分けがつかないでしょう」
その言葉に、俺と凪は顔を見合わせた。
そして、ほとんど同時に首を傾げる。
「えっ? これは食べられる種類ですよ。うちの裏山にもありました」
「これは大丈夫です。傘の裏と茎が違うので」
凪も頷きながら、少し離れた場所を指さした。
「あっちのあれは似てるけど駄目です。たぶん毒があります」
「アレ食べたら、腹壊すところじゃないもんな」
「うん。下手したらもっとひどいと思う」
俺たちが自然に頷き合うと、澪さんがほぅ、と小さく息を吐いた。
「私には、同じに見えるけれど」
澪さんが、食べられる方と駄目な方のキノコを交互に見ながら呟いた。
「私もです」
御影さんも、真面目な顔で同意する。
俺は思わず目を丸くした。
「えっ、茎の部分が全然違うよ」
「傘の裏も違いますよ。ここから見てもわかるのに……」
凪も不思議そうに言う。
俺たちからすれば、全然違う。色の出方も、茎の太さも、傘の裏の感じも違う。匂いも少し違う。けれど澪さんと御影さんには、それがほとんど同じものに見えているらしい。
少しだけ、昨日の俺だけ気配を強く感じていた時のことを思い出す。人によって、見えているものも、聞こえているものも、案外違うのかもしれない。
俺と凪がまだ首を傾げていると、御影さんがなだめるように口を開いた。
「念のため、キノコはやめておきましょう。本当に私たちの島と同一かはわかりませんし」
そう言われると、反論しづらい。
見た目が同じでも、ここは俺たちの島ではない。巨大なニワトリがいる島だ。キノコだけが普通だと決めつける方が危ないのかもしれない。
「はーい」
俺と凪は素直に頷いた。
でも、正直かなり後ろ髪を引かれた。
あのキノコ、絶対うまいやつなのに……。
未練がましく一度だけ振り返ってから、俺たちは船へ戻った。安全装置の内側へ入ると、見えない壁の中に戻ってきたようで、少しだけ肩の力が抜ける。
「戻りました」
御影さんが告げると、焚火の前にいた朝陽が片手を上げた。
「おかえりなさーい」
声は緩いが、もう完全に起きているらしい。髪はまだ少し跳ねているけれど、腰の双剣には手が届く位置にいる。
船の入り口付近では、瑛真くんも起きていた。ただ、いつもの刺々しさは少し薄く、どこかぼーっとして眠たそうだった。眉間にはしっかりしわが寄っているが、目だけは半分寝ている。
あの瑛真くんでも、この島の夜はさすがに堪えたらしい。
俺は御影さんを見上げて、思い切って問いかけた。
「朝ごはん、俺が作ってもいいっすか? 昨日のじゃ、食べた気しなくて」
そう言うと、御影さんは片眉を上げた。
視線が一度、俺の手にある人参とレタスの葉へ向かう。それから携帯食の袋へ移り、少しだけ考えるような間があった。
「……構いませんが、作るといってもあれですよ」
御影さんが指さした先には、昨日も食べた携帯食が置かれている。
うん。わかってる。と一つ頷く。でも、それだけじゃ足りない。
腹だけじゃなくて、気持ちが。
「あれも使います!」
そう答えて、俺は自分のリュックを取りに船へ戻った。
中には、念のため持ってきた米や調味料が入っている。正直、遠征に来てまで米を持ってくるのはどうなんだろうと思わなくもなかったが、今となっては持ってきた俺を褒めたい。
すると、後ろから凪がついてきた。
「手伝うよ」
そう言いながら、凪も自分のリュックを持つ。中から出てきたのは、チーズや缶詰、それから小分けにされた調味料だった。
思わずハハッと声が漏れる。
「凪も食べ物ばっかじゃん」
「天斗もでしょ」
「それはそう」
二人でそんなことを言い合いながら、俺たちは朝ごはんの準備を始めた。
使う水は、昨日見つけた井戸のものだ。瑛真くんが上水用の装置を取り付けてくれているので、安心して使えるらしい。こういうところは、本当に頼りになる。本人には言わないけど。
携帯食の卵スープは、そのまま食べるのではなく、俺が持参した米と合わせて雑炊にした。そこへ細かく刻んだ人参を入れると、湯気の中に少し甘い匂いが混ざる。レタスの硬い外葉は避け、柔らかいところだけを選んで、最後に少しだけ入れた。
凪は、缶詰の肉と持参したチーズを合わせ、簡易の鉄板で焼いていた。肉の脂がじゅうっと音を立て、チーズが溶けて香ばしい匂いが広がる。携帯食だけでは絶対に出ない匂いだった。
さらに、残った人参を細く削り、レタスと合わせて簡単なサラダにする。油と酢と塩、それから少しだけ甘みを足して混ぜると、しりしりみたいな見た目になった。
料理と言うほど立派なものじゃない。
けれど、温かい湯気が立って、焼けたチーズの匂いがして、野菜の色がある。
それだけで、さっきまでの重たい朝の空気が少し変わった気がした。
「できましたよー!」
俺が声をかけると、皆の視線がこちらへ向いた。
俺たちが並べたのは、野菜と携帯食の卵スープを米に合わせて作った雑炊、凪が持参したチーズと缶詰肉を合わせて焼いたチーズフランク風、それからレタスと人参のしりしりサラダだった。
湯気が上がる。
知らない島の朝に、ちゃんと飯の匂いがした。
「はぁ、やっぱり朝はちゃんと食べなきゃなー」
「お腹が満たされないと、気持ち的にもしんどいもんね」
凪が穏やかにそう言い、俺も深く頷いた。
知らない島に来て、夜はほとんど眠れなくて、朝から巨大ニワトリの鳴き声に叩き起こされた。そんな状態で携帯食だけを流し込んでも、たぶん気持ちが負ける。
飯は大事だ。
腹が温まると、それだけで少しだけ大丈夫な気がしてくる。
俺たちはそんな話をしながら、ご飯を食べ始めた。大人組が少し驚いたような目でこちらを見ていることには、その時の俺たちは気づいていなかった。
「若い子って、柔軟ですね。……あっ、うまっ」
軽い調子で言いながら雑炊を口に運んだ朝陽が、途中で素の声を漏らす。
御影さんも頷きながら、湯気の立つ雑炊を静かに口へ運んだ。
「ほかの島に来て、ご飯を美味しく食べようとは考えていませんでした」
その声はいつも通り落ち着いていたが、少しだけ感心したようにも聞こえた。
澪さんはサラダをひと口食べ、ゆっくりと頷く。
「あの子たち、連れてきて正解だったわね。戦力としてだけ見ていたけれど、訂正するわ。……ドレッシングまで手作りするなんて」
最後の方は、少し呆れたような、けれど楽しそうな声だった。
羽依さんはチーズフランク風の肉を口に入れ、しばらくもぐもぐしてから、ぽつりと言う。
「おいしい」
短い一言だった。でも、その表情はいつもよりほんの少しだけ柔らかかった。
瑛真くんはというと、どこか納得していないような顔をしていた。それでも、雑炊も、サラダも、チーズと焼いた肉も、最後まできっちり完食していた。
ご飯を食べ終えると、御影さんが全員を見回した。
さっきまで湯気の立つ雑炊を囲んでいた空気が、少しだけ引き締まる。器を置く音、荷物を動かす音、遠くの森から聞こえる正体のわからない鳴き声。その全部が急に現実味を帯びた。
「では、今日からこの島の探索を開始します。まずはこの船から周囲五百メートル未満の範囲を確認します」
御影さんの声は静かだったが、よく通った。
「船に残って安全を確保するのは横山君。それと、船の修理や保全を仲里さんにお願いします。それ以外のメンバーは――」
そこで御影さんが言葉を切った時、澪さんがすっと手を上げた。
「私は、この建物があった周辺を調べるわ。なぜ今は人がいないのかを中心に確認したいの」
澪さんの視線は、崩れた建物の方へ向いていた。
昨日、上空から見た時にもわかった。ここには確かに人が暮らしていた跡がある。石畳があり、畑があり、井戸があり、建物があった。それなのに、今ここに人の気配はない。
何があったのか。
それを知ることは、たぶんこの島を調べるうえでかなり大事なことなのだろう。
澪さんの言葉に続くように、瑛真くんも口を開いた。
「おれも、この街の文明水準を調べたい。建材、道、井戸、上水の痕跡。見るものはいくらでもある」
相変わらず少し刺々しい言い方だったが、眠たそうだったさっきより目は冴えていた。こういう話になると、瑛真くんは急に生き返るらしい。
御影さんは二人の希望を聞き、一つ頷いた。
「わかりました。神野さんと藤代君は街の跡を中心に調査を。無理に建物内部へは入らないでください。崩落の危険があります」
「わかったわ」
「言われなくてもわかっている」
瑛真くんの返事に、朝陽が小さく笑った気がしたが、御影さんは特に気にした様子もなく、今度は俺と凪へ視線を向けた。
「では、あなた方は私と一緒に森に入りましょう。生態系や、この街の外の様子を確認します」
「はい!」
俺は力強く頷いた。
隣で凪も、少し緊張した顔をしながら頷いている。さっきまで朝ごはんを作っていた手が、今は大身槍の柄に添えられていた。
「一旦、安全確保のため正午にはここへ再度集合してください。それまでは各々、安全を最優先に行動すること。万が一この島の人間に会った場合、または自分では対処できない事態になった場合は、こちらの通信機で連絡してください」
御影さんが配った小型の通信機を、それぞれが受け取る。
耳に着ける受話部分と、胸元に着けるマイク部分がある。俺は使い方を簡単に確認してから、それぞれの位置に取り付けた。
朝陽は船の近くで安全装置の確認を始め、羽依さんは工具ベルトを揺らしながら船体の下へ潜り込む準備をしている。澪さんは手帳のようなものを取り出し、瑛真くんは早くも崩れた石壁の方へ目を向けていた。
皆が、それぞれの役割へ動き出す。
とうとう、この島での活動が始まるのだ。
俺は森の方へ視線を向けた。
聞こえてくる鳴き声は、俺たちの島のものとは違う。気配も、虫の時とは全然違う。そもそも血装で何とかなる相手なのか、それすらまだわからない。
巨大なニワトリ。
夜の間にうごめいていた無数の気配。
人が消えた街。
考えれば考えるほど、知らないことばかりだった。
それでも、俺には守りたいものがある。
母さんがいて、実里がいて、爺ちゃんがいて、創太たちがいて、あの村がある。俺が帰りたい場所を守るために、知らないままではいられない。
俺は腰の斧へ手を伸ばし、柄をぎゅっと握り直した。




