第二十六話
大きな車の窓を開けると、村とは違う、どこか乾いた空気が車内へと流れ込んできた。
土の匂いよりも、熱を持った石や鉄の匂いが強い。見上げれば、空へ突き刺さるみたいに高い建物がいくつも並んでいて、窓ガラスには朝の光がぎらぎらと反射していた。
「うわっ、すげー! でかい建物ばっか!」
思わず窓から身を乗り出して叫ぶと、運転席から苦笑混じりの声が返ってくる。
「天斗君、田舎者感半端ないよ。恥ずかしいからもう少し声落としてくんない?」
そうぼやいたのは、今回俺を迎えに来てくれた横山さんだった。ハンドルを片手で握りながら、呆れたように肩をすくめている。
「いや、だって! こんなでかい建物、村には一、二個しかないのに、こんなに何個も生えてたらびびるじゃん!」
「生えてるって……。はいはい、いいからちゃんと座ってな。落ちたら俺が怒られるんだから」
そう言って横山さんは前を向き直る。車は音も少なく、総首都の大通りを滑るように走っていった。
総首都とは、日照国全体を統括する中心都市のことだ。
政治を動かす総庁、軍の本部、反発鉱石の管理施設、災害対策の中枢が集まっている場所で、地方の町や村とは比べものにならないほど発展している。
高い建物が並び、道路は広く整えられ、学校や病院、研究施設も多い。大型虫災害に備えた防衛設備も厚く、島の中ではもっとも安全な場所だと言われている。
ただ、そのぶん土地は狭く、人も物も情報も集まりすぎている。
俺たちの町みたいに、畑の匂いがして、土の上を歩いて、空が広く見える場所とはまるで違う。
同じ日照国なのに、まるで別の国みたいな場所。
それが、総首都だった。
視界に映るもの全部が珍しくて、俺はついきょろきょろと首を動かしてしまった。
「そんなに珍しい?」
「珍しいっていうか、別世界って感じ」
ぽつりとそう漏らすと、横山さんは少しだけ笑った。
「まぁ、外縁育ちだとそうかもね。でも、そのうち慣れるよ」
「慣れる気しないんだけど……」
そう返しているうちに、車はひときわ巨大な建物の前へとたどり着いた。
総首都の中でも明らかに別格だ。灰色の壁面は空を切り取るみたいに高く、入口には武装した警備兵まで立っている。
てっきり外で降りるのかと思ったが、車は速度を落としただけで、そのまま建物の内部へと入っていった。
「えっ、車ごと入んの?!」
「軍の施設だからね。外でうろうろされると困る人もいるの」
なるほど、と頷きながら周囲を見回す。建物の中は外よりひんやりしていて、白い照明が床を照らしていた。無機質な壁に足音とエンジン音だけが反響している。
やがて車は静かに停止した。
先に横山さんが車から降りる。俺はどうするべきか分からず座ったままでいると、外から扉が開かれ、顔を上げれば、そこには御影さんが立っていた。
「遠いところをお疲れさまでした」
「御影さん! お久しぶりです」
そう言いながら、俺はリュックと持参したフロートボードを抱えて車を降りる。
地面へ足をつけた瞬間、肩へずしりと重みが乗った。振り返れば、横山さんが半分もたれかかってきている。
「大変だったのは俺ですよー。見るもの見るもの『アレ何?!』『これ何?!』って。俺はツアーガイドじゃないってのにね」
わざとらしく大きなため息を吐く横山さんに、俺は口を尖らせた。
「しょうがないじゃん。街から出るの初めてなんだし……。しかも横山さん詳しいし」
あそこはデートに向いてるだの、あっちは彼女連れて行くと別れるだの、道中ずっと教えてくれていたのは横山さん本人だ。
そう言うと、御影さんの視線がすっと横山さんへ向いた。
「確かに、ツアーガイド向いてそうですね。いまから転職しますか?」
その瞬間、俺に寄りかかっていた横山さんは飛び起きたみたいに姿勢を正した。
「いや、俺は軍が天職なんで」
びしっと背筋を伸ばして答える姿に、思わず笑いそうになる。気づかぬうちに、緊張していたのだろう。そんなやり取りを見ているうちに、張っていた肩の力が少しだけ抜けていた。
そんな俺を見やり、御影さんが静かな声で言った。
「一緒に遠征に行く予定の人たちも、もう来ています。こちらへ……」
そう言って歩き出した背中を、俺は一瞬だけ横山さんと顔を見合わせてから追いかける。
建物の中は驚くほど静かだった。
廊下は白く、床は磨き上げられていて、歩くたびに靴音だけが乾いたように響く。
学校とも店とも違う。もっと張りつめた、研究所みたいな空気だった。壁際には見慣れない機械や端末が並び、すれ違う人たちは皆、忙しそうに資料を抱えている。
その中を進み、御影さんは一つの大きな部屋の前で立ち止まった。
扉が開くと、そこにあったのは、あの日、他島の人達が乗ってきた船だった。
薄暗い格納庫の中央に置かれたその船は、近くで見ると余計に異質だった。
表面には見慣れない金属が使われ、船体の側面には修理した跡らしい新しい継ぎ目も見える。静かに停まっているだけなのに、どこか生き物みたいな威圧感があった。
そして、その船のそばに二人の男が立っていた。
一人は、すらりと背の高い男だった。グレーがかった髪色は整えられているがどこか無造作で、切れ長の目がこちらを冷たく見ている。白い肌に細身の体。どことなく、近寄りがたい空気をまとっていた。
もう一人は、俺と同年代くらいだろうか。がっしりとした体つきで、日に焼けた肌をしている。焦げ茶色の髪は少し癖があり、眠たそうな垂れ目が印象的だった。大柄なのに威圧感はなく、どちらかというと穏やかな雰囲気を感じる。
俺たちが部屋へ入ると、二人の視線がこちらへ向いた。御影さんは船のそばまで歩き、その場で振り返る。
「今回、遠征に行く人たちです」
そう言って、静かに二人を手で示した。手で示された瞬間、背の高い男はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
長い前髪の隙間から向けられる視線は冷たく、切れ長の目には露骨な苛立ちが浮かんでいる。
「また子供……。いったい何を考えているんですか、国は。まとめて死ねということか?」
棘のあるその言い方に、隣に立っていたがっしりとした青年が、居心地悪そうに肩をすくめた。
まぁ、普通そう思うよな。現れたのが高校生そこらの子供だったら。と、内心納得しつつ頷く。
とはいえ、言い返さないほど大人でもない。俺は二人へ向き直り、一度ぺこりと頭を下げた。
「初めまして。神代 天斗、16歳です。高校生です。子供ですが、あんたよりちゃんと挨拶できます。よろしくお願いします」
一瞬、部屋の空気が止まる。次の瞬間、斜め後ろからぶふっと吹き出す声が聞こえた。たぶん横山さんだ。
背の高い男――さっきからずっと不機嫌そうな顔をしたイケメンは、露骨に眉を寄せ、鋭い目でこちらを睨んでくる。けれど、知ったことではない。
俺は気にせず、ついっと隣の青年へ視線を向けた。青年は一瞬だけ隣の男をちらりと見てから、困ったように笑ってこちらを見る。
「初めまして。僕は猪狩 凪と言います。18歳です。君と同じく高校生です。凪って呼んでください。よろしくお願いします」
そう言って丁寧に頭を下げる姿は、隣の男とは正反対なくらい穏やかだった。
「よろしくお願いしますっ!」
俺が勢いよく返事をすると、凪さん――いや、凪くんは少し目を丸くしたあと、ふっと笑う。
「元気だなぁ」
その声には呆れというより、どこか微笑ましさが混じっていた。
俺たちが自己紹介をしていると、横山さんがにやにやしながら、その不機嫌そうな男の肩へ手を置きポンポンと叩く。
「ほらほら、子供たちはちゃんと自己紹介してるよ。君もしとかないとー。先は長いんだからさっ」
その言葉に、彼は心底嫌そうな目を横山さんへ向ける。まるで「余計なことをするな」とでも言いたげな顔だった。
次に、その視線が御影さんへ移る。御影さんは静かに一つ頷いた。
それを見た彼は、また大げさなくらい盛大にため息を吐き、面倒そうに口を開く。
「藤代 瑛真だ」
本当に、それだけだった。
名乗った瞬間、もう会話は終わったと言わんばかりに視線を逸らしてしまう。
けれど、そんなことで遠慮する俺ではない。瑛真さんの態度には構わず、ぴんっと手を挙げる。
「何歳ですか?」
「……22」
「なんて呼べばいいですか!」
「好きによべ」
質問を重ねるたびに、瑛真さんの眉間の皺が深くなっていく。声にも露骨に苛立ちが混じっていた。
まぁ、半分くらいはわかっててやっている。
「オッケー。じゃあ瑛真くんね」
俺がそう言った瞬間、それまで面倒そうにしていた瑛真くんの切れ長の目が、はっきりわかるくらい見開かれた。
数秒、沈黙。
その空気の中で、凪が「えっ、そこ行くの?」みたいな顔でおろおろしている。横山さんは完全に肩を震わせて、笑いを堪えていた。
「……くん?」
低い声が返ってくる。
「うん。同じ遠征メンバーだし」
「おれはお前の友達になった覚えはない」
「じゃあ今からなる?」
即答すると、瑛真くんの額にぴきっと青筋が浮いた。
その時、格納庫の横手にある扉が、音もなく静かに開いた。
「ずいぶんと楽しそうね」
凛とした声が、その場に響く。
全員の視線が、そちらへと向いた。




