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落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

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第二十五話

 御影さんと横山さんが帰り、家の中は急に静かになった。

 さっきまで重たい話をしていたはずなのに、台所から聞こえてくるのは、母さんが包丁を使う軽やかな音と、鍋のぐつぐつという煮える音だ。


 そのいつもの生活音に、張り詰めていた気持ちが少しづつ解れていく。

 俺は居間で実里と一緒に遊んでいた。


「天兄ー! 見て! これ実里のお城!」


 積み木を山ほど積み上げた実里が得意げに胸を張る。


「おぉ、すげぇ。……でもこれ絶対すぐ崩れるやつ」


「崩れないもん!」


 そんなやり取りをしていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。

 ピンポーン、という聞き慣れた音が家の中へ響く。


「ごめーん。天斗出れる?!」


 聞こえてきた声に、立ち上がりながら返事を返す。


「あーい!」


 ぱたぱたと玄関へ向かい、ガラリと扉を開けると、そこには創太が立っていた。


「よぉ」


「創太……」


 一瞬、身体が固まる。頭の中まで真っ白になった。

 ここ最近いろんなことがありすぎて、学校も、友達も、なんだかずっと遠い場所みたいに感じていたから。


 でも、目の前にいるのは間違いなくいつもの創太だった。そこでようやく我に返り、慌てて家の中へ向かって叫ぶ。


「ごめん! ちょっと出てくる!」


 すると台所の方から、母さんの声が返ってきた。


「もうすぐご飯できるからね!」


 中から聞こえてきた母さんの声に「はーい」と返事をしてから、俺は静かに扉を閉めた。夕方の空気は少しひんやりしていて、昼間の熱気がゆっくり抜けていくのを感じる。


「どうしたんだよ、急に」


 そう創太へ問いかけると、創太は何も言わず、手に持っていたものをこちらへ差し出した。

 それを見た瞬間、俺は目を見開く。


「これ……」


 俺がこの間、敵に向かって飛ばし、そのまま壊してしまったフロートボートだった。


「直したから、持ってきた」


 ぶっきらぼうにそう言う創太から受け取り、俺は思わず何度もひっくり返して眺めた。割れていた部分は綺麗に補修され、擦り傷まで丁寧に磨かれている。前より綺麗になってるんじゃないかってくらいだ。


「すげっ! なんかめっちゃ綺麗になってんじゃん! ありがとう!」


 嬉しくなって顔を上げる。けれど、その瞬間だった。

 創太は頭へ手をやりながら、門へもたれるようにして、ずるずるとその場へしゃがみ込んだ。


「えっ、何急に!?」


 体調でも崩したのかと思い、慌てて駆け寄るも、創太の口から漏れたのは、小さな笑い声だった。


「ははっ……いつもの天斗だ」


 ゆっくり顔を上げた創太は、泣き笑いみたいな顔をしていた。その表情を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 創太は目元を軽く擦りながら、それでも笑うようにして静かな声で言った。


「この間、学校から出ていくお前の背中見てたらさ、もう会えないんじゃないかって……めちゃくちゃ怖かった」


「創太……」


「ん?」


 目元を擦りながら、創太がこちらを見やった。泣いていたのか、眠れていなかったのか、少し赤くなった目元を見ていると、胸の奥に残っていた重いものが、じわりと形を変えていくような気がした。


 俺は少しだけ視線を逸らしてから、ぽつりと口を開いた。


「ありがとな。あの時、信じるって言ってくれて」


 俺がそう言うと、創太は一瞬、驚いたように目を丸くした。けれど次の瞬間には、いつもの創太みたいに口元を緩める。その表情を見た途端、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ気がした。


「あの後、高峰がキレて大変だったんだぞ」


 そう話す創太の隣に腰を下ろしながら、俺は思わず目を丸くした。


「高峰って……いつも突っかかってくる高峰? そういえば、あの時、辞書落としてたよな」


「そう。その高峰。あの後、教室に戻ってからも、みんな天斗の話しててさ。騒ぐ奴らに向かって、『あの写真が事実だとしても、あんな証拠があんのにアイツが捕まってない時点で、なんか理由があるってわかるだろうが! テメェら考える頭ねーのかよっ!』って」


 創太は少しだけ声を低くして、高峰の口調を真似るようにそう言った。その声真似が妙に似ていたせいで、状況を想像してしまい、俺は開いた口がふさがらなかった。


 中学時代から、顔を合わせれば言い合いばかりしていた。目が合えば突っかかってきて、こちらも黙っていられなくて、いつもくだらないことで張り合っていた相手だ。まさか、その高峰がそんなふうに怒ってくれていたなんて、すぐには信じられなかった。


(あいつが、俺のことで……?)


 驚いたまま何も言えずにいる俺を見て、創太は少しだけ表情を曇らせた。それから、膝の上で組んだ手に視線を落とす。


「おれは、皆に何も言えなかった……」


 ぽつりとこぼれた創太の言葉に、俺は顔を向けた。創太は悔しそうに唇を結んでいる。

 あの時、俺に向けられていた視線や言葉を思い出す。あの空気の中で、何かを言うのがどれほど難しかったかくらい、俺にも分かる。


 だからこそ、俺は首を横に振った。


「俺は、創太に信じてるって言ってもらえて、救われたよ」


 そう言葉にすると、創太は一瞬うつむいた。けれどすぐに顔を上げ、いつもの笑顔を向けてくれた。その笑顔は少しだけ無理をしているようにも見えたけれど、それでも、俺を安心させようとしてくれているのが分かった。


「おれ、また天斗と学校行けるの楽しみにしてるから! 早く来いよ!」


「おう!」


 短く返した声は、自分で思ったよりも強く出た。


 学校に戻ることを、少し前の俺なら考えられなかったかもしれない。けれど今は、ほんの少しだけ、その場所へ向かう自分を想像できた。創太がいて、高峰がいて、またくだらないことで言い合う日が来るのなら、それはきっと、悪くない未来なのだと思えた。

 

 そこから何がそんなに面白かったのか、俺たちは顔を見合わせて声を出して笑った。

 張り詰めていたものが、一気にほどけていくみたいだった。

 すると、その笑い声を聞きつけたのか、実里がひょこっと玄関から顔を覗かせた。


「あっ! 創太くんだー!」


 そう声を上げた実里は、次の瞬間にはぱたぱたと玄関へ駆けてきて、そのまま勢いよく創太へ飛びついた。

 創太も慣れた様子で「おっと」と笑いながら受け止める。

 その光景を見た瞬間、俺は反射的に叫んでいた。


「こらっ! 実里! 兄ちゃん以外の男に気軽に抱き着くなっ」


 その俺の言葉に、創太が呆れたように笑う。


「相変わらずシスコンこじらせてるなー」


 すると実里は、創太の腕へぶら下がったまま得意げに胸を張った。


「創太くんは実里のお婿さん候補三番だよっ!」


 その言葉に、創太はなんとも言えない顔になる。


「……三番。微妙すぎる」


 ぽつりと零されたその台詞を聞いた瞬間、俺は思わず創太の腕をガシリと掴み、真顔で顔を寄せる。


「お婿さん候補に入れてもらえてるだけ、ありがたいと思えよ」


 地を這うような声で告げると、創太が「うわっ、重っ」と引きつった顔をする。


「いや怖い怖い怖い! なんでお前そんなガチなの!?」


「当然だろ。実里だぞ?」


「知らねぇよ!」


 創太が半笑いで叫び、実里はそんな俺たちを見てきゃはきゃはと笑っている。さっきまで泣きそうな顔をしていた創太も、今はいつもの調子に戻っていた。


 そんな騒ぎを聞きつけたのか、母さんが玄関からひょいと顔を出した。


「あら、創太くん! よかったら晩御飯食べて行って!」


「えっ、いいんすか!?」


 一瞬で顔を明るくする創太に、母さんはくすりと笑う。


「もちろん。今日はいっぱい作ってるから」


「やったー!」


 さっきまで泣きそうな顔をしていたくせに、もう完全に食事モードだ。

 そんな創太を見ていると、なんだかいつもの日常が戻ってきたみたいで、自然と笑みが漏れた。


 そこからは、にぎやかな晩飯だった。


 実里は創太の隣を陣取り、「これ美味しい!」「創太くんそれ取って!」とはしゃぎ続け、創太も「お前ん家の飯ほんと美味いなー!」と遠慮なく箸を進めている。

 母さんは呆れながらも楽しそうに笑い、爺ちゃんはそんな様子を見ながら静かに酒を飲んでいた。


 いつもの食卓。


 いつもの声。


 だけど、あと一週間もすれば、俺はこの場所を離れる。

 そう思うと、不思議な感覚だった。


 騒がしい夜は、ゆっくりと更けていく。

 笑い声と、皿の触れ合う音と、実里のはしゃぐ声。


 その全部を聞きながら、俺はぼんやりと思う。


 ――この景色を、ちゃんと帰って来れる場所のまま残したい、と。


 俺がこの村を離れるまで、あと一週間。

『ドロップルーラー〜落ちたら死ぬ浮遊島で、農家の俺は血装の斧を振るう〜』


第一章を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


ずっと少年漫画のような熱さのある物語を書いてみたくて、少しずつ設定を練っていた作品です。天斗たちの物語は、第二章からさらに外の世界へ広がっていきます。


本作は30話までは1日2話、7:00と21:00に更新予定です。

31話以降は、仕事との兼ね合いもあり、毎週金曜日21:00更新へ変更いたします。


仕事との兼ね合いもあり更新頻度はゆっくりになりますが、引き続き天斗たちの物語をお楽しみいただけましたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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