第二十三話
「全く、あなたまで一緒になって、何をしているんですか?」
呆れたようにため息を吐きながら言う御影さんに、横山さんは目に見えて小さくなり、困ったような笑みを浮かべた。
「いやぁ、つい夢中になっちゃって」
「手合わせしてもらってました!」
俺が勢いよくそう答えると、横山さんが「あっ」という顔をした。
同時に、御影さんの眉間へ深い皺が寄る。
(あれ。これ、言っちゃダメなやつだった?)
横山さんの顔を見れば、視線を逸らされた。
え、なんで。
俺が戸惑っている間にも、御影さんは再び深いため息を吐く。けれど怒鳴るわけではなく、一度気持ちを切り替えるように小さく息を整えると、その視線を真っ直ぐこちらへ向けてきた。
「詳しい話は後で聞きます」
静かな声だった。けれど、逆にそれが怖い。
「それよりも今は、天斗君にお話があります。横山君。君も無関係ではありませんので来てください」
そう言うと、御影さんは俺たちの返事も待たず、母屋の方へ歩き出した。
風に黒髪が揺れる。
その背中から妙な緊張感が漂っていて、さっきまでの軽い空気が一気に消えていった。
俺と横山さんは一度顔を見合わせる。
「……俺、怒られる?」
「天斗君が野菜を切り倒しまくるからじゃない?」
えっ?つまりは俺のせい?
ひそひそ声でそんなやり取りをしていると、御影さんの鋭いまなざしがこちらへと向かい、俺たちは慌てて御影さんの後を追いかけた。
母屋へ入ると、そこにはすでに母さんと爺ちゃんがいた。
母さんはテーブルの前に座り、静かに湯飲みを持っている。爺ちゃんも隣で茶をすすっていた。
実里はというと、隣の部屋でテレビを見ているらしく、時折楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「今回は大事なお話があり、お邪魔をしました」
御影さんはそう言って頭を下げた。
母さんたちの様子を見る限り、どうやら事前に“何か話がある”こと自体は聞いていたらしい。二人とも落ち着いた顔をしている。
俺と横山さんも席へ座ると、御影さんは一度周囲を見回し、静かに口を開いた。
「今回、先日現れた他島からの侵略者が乗ってきた舟を、この島の研究者たちが解析し、技術者が運用可能なよう修繕致しました」
その言葉に、俺は思わず目を瞬かせる。
「えっ、これって俺が聞いていい話なの?」
国の話ってもっとこう、一般人に隠すもんじゃないのか?そんな俺の反応に、御影さんは小さく頷いた。
「はい。今回の件については、天斗君にも関係があります」
そう前置きしてから、御影さんは話を続ける。
「今後も、あのような侵略者が来る可能性がある以上、国としては他島の状況を把握する必要がある、という結論になりました。そのため、調査隊を組むこととなりました」
「調査隊……」
横山さんが小さく呟く。
「他の島の状況って?」
その問いに、御影さんは静かに頷いた。
「どこの島がこの島を狙っているのか。今回来た島以外の島からも来る可能性があるのか。そして、どれほどの戦力や技術を持っているのか、ですね」
「なるほど」
俺は頷きながらも、正直完全には理解しきれていなかった。
いや、言いたいことはわかる。
でも、なんというか実感が湧かない。
他の島。戦力。技術。
どれも自分とは遠い世界の話みたいだった。
そんな俺の顔を見て察したのか、横山さんが横から口を挟む。
「つまりさ、俺たちが“一対一の戦い”を想定して準備してたのに、実際は“三対一でした”とかだと困るわけ」
「あー」
「前みたいな浮かぶナイフ対策を頑張っても、次来た奴らが船から爆弾落としてきました、だと対策の意味ないでしょ?」
「なるほどー!」
今度こそ完全に理解した。
つまり、“敵を知らないまま戦うのが危ない”ってことだ。
俺が感心しながら大きく頷くと、母さんは深いため息を吐いて頭を抱え、爺ちゃんは呆れたような視線を向けてくる。
なんだよ、その反応。わかったんだからいいだろ。
そう思いながら苦笑を返したところで、ふと違和感に気づいた。
……待て。
なんで俺、この話を聞かされてるんだ?
嫌な予感が胸をよぎる。
俺はゆっくり御影さんへ視線を向けた。
「えっ、それに何で俺が関係あるの?」
自分でも驚くくらい静かな声が出た。
さっきまで調査隊だの他島だの、どこか遠い話として聞いていた。でも今、急にその話が自分の足元へ落ちてきた感覚がある。
御影さんは、そんな俺をまっすぐ見返した。その眉間には、ぐっと深い皺が寄っている。
「私は、君のような学生さんを国の問題に巻き込みたくありません」
その言葉には、迷いが滲んでいた。
「ただ、たとえ私がこの話を断っても、結局は別の誰かが派遣されます。それならと思い、せめて私自身がこの話を伝える役割を志願しました」
部屋の空気が重くなる。
隣の部屋からは、実里がテレビを見て笑う声が聞こえていた。
その日常の音が、逆に今の話の異質さを際立たせる。
御影さんの視線が、ゆっくり俺へ向く。
「今回、他の島の調査へ赴く人員に、国は君を組み込みたいと思っています」
その言葉を聞いた瞬間。
机の上に置かれていた母さんの手が、ぎゅっと強く握り込まれた。
小さく、爪が食い込む音が聞こえた気がした。




