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落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

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第十八話

 暗い森の中を駆ける。ありがたいことに、今日は月がの光が明るかった。

 木々の隙間から差し込む白い光のおかげで、ライトを使わなくても足元はある程度見える。


 ザワザワ。


 ザワザワザワ。


 耳の奥へ流れ込んでくる虫たちのざわめきは、森の奥へ進むにつれてどんどん大きくなっていった。

 普通なら気持ち悪くて仕方ない音だ。

 けれど今の俺には、それが“道しるべ”みたいになっている。


 小さい頃から、畑を荒らす虫は散々駆除してきた。虫の動きや習性には多少慣れている。

 今の俺にあるアドバンテージなんて、たぶんそれぐらいだった。


 そして辿り着いた先で、俺は足を止める。


「……でっか」


 地面に、人が通れそうなほど大きな穴が空いていた。

 直径は二メートル近い。

 周囲の土は不自然に抉られ、木の根がむき出しになっている。


 耳へ響いてくるざわめきの中心は、明らかにこの地下だった。


「ここから聞こえるな」


 しゃがみ込み、周囲を観察していると、穴の縁には小さな蟻が何匹も這っている。

 恐らく、この巣には大小様々な蟻が共存しているのだろう。


 俺はリュックを下ろし、持ってきたヘッドライトを頭へ装着した。軽く頭を振って外れないことを確認してから、地面へ杭を打ち込む。


 そしてロープをしっかり括り付け、そのまま暗い穴の中へ放り込んだ。


「じゃあ、いきますかっ」


 斧をぎゅっと握り締め、俺はロープを掴みながら暗い穴の中へ滑り降りていく。

 土壁が靴を擦り、ざらざらとした感触が伝わってきた。

 地下へ降りるにつれて空気は湿り、土と生臭さが混じった匂いが鼻をつく。


 やがて横穴へと辿り着き、穴の奥へと顔を向ける。

 ヘッドライトの光が、暗い穴の中を照らし出した。


 手前には小さな蟻がいたが、そいつらは普通サイズだ。問題は、その奥から聞こえてくる音だった。


 ガサガサ。

 ガサガサガサ。


 明らかに大きい。地面を擦る音がその大きさを物語っていた。


「……来たな」


 指先を動かせば、カチリ、と小さな音が鳴る。

 指輪の縁をなぞると隠されていた刃が飛び出し、そこへ親指を擦り付ける。


「っ……!」


 小さい傷なのに、やっぱり普通に痛い。

 滲み出た血を、今度は斧の刃へ線を引くように擦り付けた。

 淡く斧につけた血が光を帯び、瞬間、ずしりと手の中の斧が重さを増す。

 それとは逆に、身体は軽く地面を踏む力まで変わるような、不思議な感覚だった。


 感覚を確かめるように、二、三度その場で軽く跳躍をする。

 その直後、穴の奥から巨大な影が姿を現した。


 ガサガサと土を擦りながら這い出てきたそれは、俺と変わらないほどの大きさを持つ巨大な蟻だった。黒光りする外殻に、ぎちぎちと動く大顎。脚が動くたび、不快な音が穴の中へ響く。


「うわ、改めて見るとキモっ……!」


 思わず顔をしかめながらそう呟くも、蟻は既に臨戦態勢だ。巣への侵入者を排除すべく、こちらへと駆けてくる。それを見て、俺は地面を蹴った。

 そして、手にした斧を先頭の蟻へ振り下ろす。


 ――ぶしゃっ!!


 鈍い音と共に、巨大蟻の身体が潰れた。

 切ったというより、完全に叩き潰した感触だった。

 透明な体液が周囲へ飛び散る。もちろん、自分にも。


「あー! くそっ! パワーコントロール全然できてねぇ!」


 べちゃりと服へ付いた体液に顔をしかめながら、俺は斧をぶんっと振って刃についた液体を払う。

 けれど、その間にもヘッドライトの光の奥で、巨大な影がいくつも蠢いているのが見えた。


 俺は改めて蟻へ目を向ける。

 正直、かなり怖い。

 でも、ここで逃げたらたぶん次はもっと増える。


 ぐっと膝へ力を込め、そのまま地面を蹴って駆け出した。


 次にいた蟻へ向かって、そのまま斧を振るう。

 ぶしゃっ、と嫌な音が響き、巨大蟻の身体が潰れた。

 続けざまにもう一匹。だが、やはり感触が違う。

 切るというより、力任せに叩き潰しているだけだ。


「違う……!」


 無意識に自分へ怒鳴る。

 もっと上手く使え。薪を割る時みたいに、ストンと落とせ。

 力任せじゃなく、刃を通せ。

 そう意識しながら、次の蟻へ刃を振るう。


 今度は少しだけ違った。殻が割れるも、身体の形がまだ残っている。

 それでも、まだ雑だ。


 もっと集中しろ――そう思った瞬間だった。


 視界の下。

 一段低い位置に空いていた穴の中から、巨大蟻が俺の腹目掛けて飛び込んでくる。


「っ!」


 噛みつかれる。

 そう思った瞬間、腹の表面へ何かが張り付く感覚が走った。

 薄い膜みたいなものが、肌を覆う。

 俺は反射的に蟻を弾こうとした手を止め、代わりに腹へぐっと力を込めた。


 ピキピキ、と乾いた音が鳴る。

 腹の周囲へ、硬い膜が広がっていく感覚があった。


 次の瞬間。


 ガチッ!!

 巨大蟻の大顎が、俺の腹へ食い込もうとして止まる。

 噛み砕かれなかることなく、鎌状の顎が止まる。


「……っ!」


 ――成功した!

そう思ったのも束の間、蟻はそのまま更に力を込めてくる。


 ギチギチ、と嫌な音が腹の前で鳴った。


「いっ!!」


 完全には防ぎきれず、圧力がじわじわ腹へ伝わってくる。慌てて斧を振り上げ、そのまま蟻の首元へ叩き込んだ。

 慌てたせいで、ブシャリと身体を潰してしまい、また体液に塗れる。

 が、そのまま一歩踏み出し、足を差し替える。狭い穴の中では、足の位置一つで動きやすさが変わる。

 後続から迫ってきた巨大蟻へ向かって、今度は横薙ぎに斧を振るった。


 鈍い衝撃。殻が砕ける音。二匹まとめて吹き飛び、壁へ叩きつけられる。


 さっきよりは少しマシだ。


 まだ“切る”というより“潰す”に近いけど、振り回されている感じは減ってきている。

 巨大蟻たちはしばらく脚を痙攣させたあと、動かなくなった。


 周りの蟻を倒し、フーと口から息を吐き出し、呼吸を整え、耳を澄ませる。

 ざわざわと小さい蟻の音はする。

 けれど、後続から大きな蟻が来る気配はなかった。


「っぶねー!」


 俺は大きく息を吐き、穴の空いた服を擦る。

 持参した水をゴクゴクと飲みながら、噛みつかれた腹の辺りへ触れると、そこだけ肌がザラザラと硬くなっていた。


「おっ! 成功!?」


 思わず声が弾む。慌てて腕も擦ってみるが……こっちはいつもの肌のままだった。


「あ〜! くそっ、腹だけかよ」


 思わず不満が漏れる。再び腹を擦った、その時だった。

 ぐぅ〜、と間抜けな音が穴の中へ響く。


「……やば」


 急激に腹が減ってきた。身体も熱い。

 血装とかいうやつを使ったせいなのか、さっきから異常にエネルギーを持っていかれている気がする。


 一旦地上へ戻るか。そう思い、俺は踵を返した。


 だが、元来た道へ視線を向けた瞬間、顔が引きつる。

 ――ガサガサガサ。


 入口側からも、大きな音が近づいてきていた。


「おーっと?」


 思わずそんな声が漏れる。

 入口側から響くガサガサという音に呼応するように、今度は巣の奥側からも大量の足音が響いてきた。

 前も後ろも蟻。完全に挟まれている。しかも、じわじわと身体が重くなってきていた。


 血装維持、結構キツいな……。

 腹の辺りだけ硬化している感覚はあるが、それを維持しているだけでも体力を削られている気がする。


「んー……さすがに考え甘かったかも?」


 自嘲気味に呟く。でも、不思議と絶望感はなかった。

 むしろ、頭は妙に冴えている。


 ガサガサガサッ!!

 次の瞬間、両側から巨大蟻たちが一斉に走り出した。


 俺は改めて斧を構える。

 入口側の先頭は、一匹だけ少し前へ出ていた。


 ――そこだ。


 俺は地面を蹴った。

 低く。一気に。巨大蟻の脚の間へ滑り込む。

 土が顔へ跳ね、巨大な脚が頭上を通り過ぎる。


 そのまま体勢を低くしたまま、後続の足元目掛けて斧を横薙ぎに振るった。


 鈍い感触。


 ごきり、と殻が砕ける音。

 先頭の後ろにいた蟻たちの脚がまとめて切り飛ばされ、巨体が一気に体勢を崩す。

 狭い巣穴の中では、それだけで大渋滞だ。


 俺はすぐ振り返り、先頭を走っていた蟻がこちらへ向き直るより早く、その首元へ斧を叩き込んだ。

 ぶしゃっ、と透明な体液が飛び散る。


「よっ……!」


 その勢いのまま、俺は切り倒した蟻の死体を思い切り蹴り飛ばした。二メートル近い巨体が、奥から迫ってきていた蟻たちへ突っ込んでいく。

 突然飛んできた仲間の身体にぶつかり、奥側の蟻たちの勢いが鈍った。


 いける。

 そう思った瞬間だった。入口側で脚を切られ倒れていた蟻が、低い位置から俺の足へ噛みついてくる。


「っ!」


 巨大な顎が迫るのを認識した瞬間、今度は足の皮膚が硬くなる感覚が走った。


 ガチッ!!


 大顎が足へ食い込もうとして止まる。だが、これも完全には防ぎきれていない。少しずつ圧が伝わってきた。


「いってぇ!!」


 俺は慌てて足を振り抜く。そのまま周囲の蟻ごと叩き潰すつもりで、力任せに斧を振り下ろした。


 轟音。


 土が爆ぜ、足元がグラグラと揺れる。


「……やべっ!」


 ここはアリの巣の中だ。

 複雑に道が入り乱れ、どこが空洞で、どこまでが地面なのかもわからない。自分の足元が崩落する可能性があるなんてことは、すっかり頭から抜けていた。


 ボコリ、と嫌な音がした。

 次の瞬間、足元が抜け落ちていく。それに巻き込まれるように、三、四匹の巨大蟻も、足元に開いた穴へ落ちていった。


 俺は咄嗟に壁を蹴り、崩落していない入口側の地面へ向かって跳ぶ。

 けれど、その直後、手前にいた蟻の前脚が俺の靴へかかった。


 重さに、ガクンと体勢が崩れる。


(届かない……!)


 そう感じた瞬間、俺は手にしていた斧を対岸へ向かって伸ばした。

 ざしゅッ、と音がする。

 斧の刃が岩場に突き刺さり、俺の身体は空中にぶら下がった。支えているのは、岩場へ突き刺さった斧一本だけだ。

 壁にぶつかった衝撃で、足にしがみついていた蟻は穴の中へ落ちていく。ガサガサと脚をばたつかせる音が、暗い穴の底へ遠ざかっていった。


「っはぁ……!」


 思わず、安堵の息が漏れる。


 助かった。そう思った瞬間だった。


 ミシッ、と嫌な音が鳴り、手にした斧が、わずかに揺れた。

 しかも、下からはまだガサガサと音が響いてくる。落ちた蟻だけじゃない。奥にいる他の蟻たちまで、こちらへ集まってきているのかもしれない。


「……早く上がらないと」


 俺は片手に力を込め、揺れる斧を支点にして身体を持ち上げ始めた。

 腕に体重がかかり、肩が嫌な音を立てそうになる。それでも歯を食いしばり、反対の手を必死に伸ばす。


 指先が、崖の縁へ引っ掛かった。


「っ……!」


 腕へ力を込め、一気に身体を引き上げる。

 掴んだ土がぼろぼろと崩れ落ち、足元の穴へ吸い込まれていく。それでも俺は指を離さず、肘をかけ、膝を乗せ、どうにか対岸へ這い上がった。


「っあー……!」


 その場へ転がるように倒れ込み、大きく息を吐く。

 心臓がうるさい。

 全身汗だくだ。

 血装のせいなのか、身体の奥がじわじわ熱を持っている。


 荒い呼吸のまま、崩れた穴の向こう側へ視線を向けると、対岸では渡れなくなった巨大蟻たちが右往左往している。


 ガサガサと壁を登ろうとしたり、崩れた穴の縁をうろついたりしているが、こちらへ来ることはできないようだった。


「……助かった」


 思わず力が抜ける。

 でも、安心してる場合じゃない。


 ここが崩れたなら、別ルートで上がってくる可能性もある。


「追いつかれる前に行かなきゃな」


 そう呟き、俺はすぐ立ち上がり、入口まで全力で駆ける。

 途中、小さい蟻たちが慌てて逃げていくのが見えたが、構っている余裕はない。

 ロープのある場所まで辿り着くと、俺はそれを掴み、夢中で登り始めた。


 腕が重い。


 腹も減っている。


 さっきまでの戦闘で身体中がだるく、指先にも力が入りづらい。それでも下から響いてくるガサガサという音に背中を押されるように、俺は必死にロープを掴み、土の壁を蹴りながらよじ登った。


 ようやく穴の縁に手がかかる。


「っ……!」


 最後の力を振り絞って身体を引き上げると、俺はどうにか地上へ這い出した。


 夜風が肌へ当たる。

 湿った土と虫の匂いから解放された瞬間、ようやく生き返った気がした。


「はぁ……死ぬかと思った……」


 ドサリとその場へ座り込み、大きなため息を吐く。

 足も腕も重い。腹の奥が空っぽで、今なら巨大蟻でさえ食べられそうな気がした。

 そんなことを考えていた、その時だった。


 月の光を遮るように、頭上に影が差す。


「……ん?」


 恐る恐る視線をずらすと、視界の端に武骨な靴が映った。

 泥ひとつついていない、頑丈そうな黒い靴。


 軍用のものだ。


 ごくりと唾を飲み込み、

 ゆっくりと顔を上げると、そこには月明かりを背にした大柄な男が立っていた。

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