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落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

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第十七話

「あら、随分豪華ね」


 仕事から帰ってきた母さんが、食卓を見て驚いたように目を丸くした。

 テーブルの上には、山盛りの唐揚げと照り焼きチキン。

 こんがり焼いた根菜の素焼きに、葉野菜のサラダ。それから湯気の立つ豆腐の味噌汁。

 味噌汁を椀によそいながら、俺は振り返る。


「おかえりー」


「お母さんおかえりー!」


「おかえり」


 実里はぱたぱたと駆け寄り、上着を脱いでいる母さんへ勢いよく抱きついた。

 母さんは「はいはい」と笑いながら、その頭を優しく撫でる。


 爺ちゃんはすでに席についていて、新聞を広げながらちらりと母さんへ目を向けた。


「ただいま。これ、全部作ったの? 頑張ったわね」


「あのね、実里が食べたいって言ったら天兄作ってくれたの!」


 実里が誇らしげに胸を張る。

 その言葉に、俺は鼻の下を擦りながらも、つい口元を緩めた。


「まぁ、実里の為なら」


 わざとらしく肩を竦めてみせると、母さんは呆れたような目を向けてきた。


「実里に彼氏が出来たら大変そうね」


 その台詞は聞こえなかったことにしよう。俺は無心で自分の茶碗へご飯を盛る。

 腹が訴えるままに盛っていると、かなり山盛りになった。


「天兄すごーい!」


 実里が山になった御飯に目を輝かせる。一方、母さんは若干引いた顔で俺の茶碗を見ていた。


「……アンタ、そんなに食べるの?」


 その視線につられて、自分の茶碗に目をやる。確かに盛りすぎた気はする。

 でも、腹が減ってるんだから仕方ない。

 爺ちゃんは一瞬だけこちらを見たあと、何か察したようにまた新聞へ視線を戻した。


「うん。めっちゃ腹減ってて」


 そう言いながら席へ着き、コトリと山盛りの茶碗を机へと置くと、母さんと実里も向かいへ腰を下ろした。


「はぁ、米村さんからいっぱいお米買っといて良かったわ」


 そう言いながら、母さんは手を合わせた。同時に、ばさりと爺ちゃんが新聞をテーブルの隅へと置く音が響く。

 次の瞬間、パンッ! と実里の小さな手から元気のいい音が鳴った。

 その勢いにつられるように、俺たちも声を揃える。


「いただきます」


 一斉に箸が伸びる。

 母さんはまず唐揚げを一つ摘まみ、そのまま口へ運んだ。

 衣の軽い音がして、次の瞬間、少し驚いたように目を丸くする。


「あらっ、あんた腕上げたんじゃないの」


「唐揚げ美味しー!」


 実里も頬を緩めながら夢中で頬張っていた。

 爺ちゃんは特に感想を言うこともなく、黙々と照り焼きチキンへ箸を伸ばしている。その、箸の速度だけが妙に速い。気に入ってる時のやつだな。


 みんなのリアクションに満足し、俺も熱々のチキンへかぶりつく。じゅわっと肉汁が広がり、甘辛いタレの香りが鼻へ抜ける。

 思わず二度頷いた。


「……我ながら旨い」


「うまーい!」


 実里が嬉しそうに笑う。


 その顔を見ながら、俺は「野菜も食えよ」と言って、玉ねぎの素焼きを実里の皿へ放り込んだ。


 我が家で採れた野菜だ。焼いただけなのに甘みが強く、下手な菓子よりずっと旨い。と、俺は思っている。

 実里はそれにも大きな口でかぶりつき、もぐもぐと頬を動かしている。その様子を見ながら、俺はまた頷いた。


 唐揚げもいい感じに揚がっているし、照り焼きの火加減も完璧だ。箸が止まらない。

 がつがつと飯をかき込んでいると、母さんがじっとこちらへ視線を向けてきた。


「そういえば、あんた今日も夜出るの?」


 その言葉に、一瞬だけ箸が止まる。

 俺は口の中の唐揚げを飲み込み、小さく頷いた。


「ん」


 短く返事をすると、母さんは一度だけ爺ちゃんへ目を向け、それから深いため息を吐いた。

 対する爺ちゃんは、気まずそうに視線を逸らしている。


「はぁ……何をしているのかは知らないし、お義父さんからは必要なことだとは聞いてるわ」


 母さんはそこで言葉を区切り、まっすぐ俺を見た。


「でも、あんたに何かあったら、私は許さないからね」


 その言葉が向けられているのは俺なのか、爺ちゃんなのか。


 ……いや、たぶん両方だ。


 俺と爺ちゃんは、何となく顔を見合わせ、それから神妙に頷いた。


 その空気を感じ取ったのだろう。

 実里の目が、不安そうに俺たちの間を行ったり来たりしている。

 俺は口の中の唐揚げをごくりと飲み込んだ。


 少しだけ胸が重くなる。でも、ここで誤魔化したくなかった。


「俺は、家族を悲しませるようなことはしたくない。だから、頑張る」


 そう告げると、母さんの口からは「はぁぁぁ……」と特大のため息が漏れた。


 呆れているようにも、心配しているようにも聞こえる。母さんは額へ手を当て、そのまま椅子へ深く背を預けた。


「まぁ、あんたが言って素直にやめるとは思ってないけど……まぁ、畑のことは任せなさい。軍の人が被害の補填とかで専門職の人を雇ってくれたし。もちろん国持ちでね。目いっぱいこき使ってやるわ」


 母さんはそう言いながら、にやりと強気に笑った。

 その言葉に、思わず苦笑が漏れる。


 こういうところ、本当に強い人だと思う。普通ならもっと不安そうにしてもおかしくないのに、母さんは前を向く。

 畑を守ることも、家を回すことも、自分がやるのだと当たり前みたいに言ってしまう。


「ありがと」


 俺がそう言うと、母さんは照れ隠しみたいに視線を逸らし、そのまま照り焼きチキンを頬張った。

 そして、少し驚いたように目を瞬かせる。


「あら、これも美味しいわね」


「でしょー!」


 実里が何故か得意げに胸を張る。そこから先は、いつもの食卓だった。

 実里が今日あったことを話し、母さんが畑の愚痴を零し、爺ちゃんが時々それへ口を挟む。


 何気ない会話。

 つい数日前まで、こんな時間が無くなる可能性があるだなんで、考えたこともなかった。

 だからこそ、守りたいと思う。


 そんなことを考えながら、俺は残っていた唐揚げを口へ放り込んだ。


 晩飯を食べ終えた後、洗い物は母さんがしてくれると言うので、俺は夜に出掛ける準備をするため自分の部屋へ戻った。


 とはいえ、正直不安はある。


 昨日は結局、血装とかいう皮膚の硬化がまるで掴めなかった。それどころか、パワーコントロールすら怪しい。

 斧を振るたび地面が抉れるとか、加減が難しすぎるだろ。


「ん〜……」


 運動しやすい服へ着替えながら、俺はうーんと唸る。

 昨日はずっと立ち止まった状態で血装の練習をしていた。でも、実戦で棒立ちになるわけがない。

 動きながら使えないなら意味がないんじゃないか?斧を振って、走って、避けて、その中で使えなきゃ駄目だろ。


 そこまで考えた瞬間、頭の中で何かが繋がった。


「あれ……?」


 もしかして。俺、結構いいこと思いついたんじゃないか?


 口からぽろりと言葉が漏れる。


「俺、天才じゃね?」


 誰も聞いていない部屋の中で、一人頷く。


 (うん。かなりありな気がする)


 そう思った瞬間には身体が動いていた。

 クローゼットの中からリュックサックを引っ張り出し、そのまま足音を立てながら階段を駆け降りる。

 台所へ向かい、水筒と軽食をリュックへ放り込んだ。

 昨日みたいに途中で腹が減ったら最悪だ。


 それに、水分もきっと重要だ。

 血がどうとか言ってる時点で絶対ちゃんと補給した方がいい気がする。


「後は……」


 何か必要なものはないか考えながら視線を巡らせていると、台所で皿洗いをしている母さんの背中が目に入った。

 俺はその背中へ声を掛ける。


「母さん、ヘッドライトとかあったっけ?」


「ん〜? ……外の用具入れにあったはずよ」


 皿を洗いながら、母さんが振り返りもせず答える。


「了解! んじゃ今日も行ってきます!」


 そう言いながらリュックを背負うと、母さんはようやくこちらを振り返った。


「絶対気を付けるのよ!」


 その声に、俺は笑って片手を上げた。


「おう!」


 そう言い残し、俺は家を出た。


 外はすっかり夜の空気へ変わっている。昼間の熱気は薄れ、肌を撫でる風が少し冷たかった。


 俺は家の横にある用具入れへ向かった。


 引き戸を開けると、土と鉄の混じった匂いが鼻をつく。薄暗い中を手探りで漁りながら、ヘッドライトと懐中電灯を取り出した。

 それから、何となく使えそうなロープと杭。そして最後に、一番重要なものへ手を伸ばす。


 壁へ立て掛けられていた斧だ。

 柄を握るぎゅっと握る。昨日までは、その感触だけで少し怖かった。あの時の血の感触や、人を傷つけた記憶が頭を過ったからだ。


 けれど今は違う。


 握った手は、もう震えていなかった。

 斧を肩へ担ぎ、荷物を背負い直す。そのまま夜の道を蹴るように走り出した。


 足元で砂利が鳴る。風が木々を揺らし、葉の擦れる音が夜道へ広がっていく。暗闇の中を進みながらも、不思議と昨日ほど怖くはなかった。


 やがて森の手前まで辿り着き、俺はゆっくり足を止め、深く息を吸った。


 そして、耳へ意識を向ける。

 爺ちゃんは“幕を開ける”と言っていた。


 でも正直、まだ感覚は曖昧だ。昨日は川へ頭を突っ込まれて無理やり覚えさせられただけで、理屈なんてまるでわかっていない。


「……耳に水が入った感じ、だったよな」


 水に耳が入った感じが幕を閉じるなら、開け方は――

 自分へ問いかけるように呟きながら、俺は鼻を指で摘まんだ。そして耳の空気を抜くように、ぐっと息を送り込む。


 瞬間。


 ザワザワザワザワ――。

 頭の奥へ、一気に音が流れ込んできた。


 木々が揺れる音。葉擦れ。地面の下を這う気配。羽音。土を掻く音。無数の虫がうごめく気配が、まるで脳へ直接流し込まれるみたいに押し寄せてくる。


 うるさい。めちゃくちゃ、うるさい。

 脳内に響くその音に、思わず顔をしかめる。


「やっぱ、この音……頭おかしくなりそう……」


 頭痛すらしてきそうな感覚に吐き気を覚えながらも、俺は必死に耳へ集中した。


 全部を聞こうとするな。

 探すのは、一番音が重なっている場所だ。一番、虫が集まっている場所。


 ざわざわと無数に混じり合う音の中、異様に濃い場所を探るように意識を巡らせる。

 暗い森の奥。木々の隙間。その先から、嫌になるほど濃い気配が流れてきていた。


 そして次の瞬間、俺はゆっくりと顔を上げた。

 思わず口角が上がる。


「みーっけ」


 夜風が森を吹き抜け、木々を大きく揺らした。葉擦れの音が頭上で鳴り、無数の虫のざわめきが耳の奥で重なり続ける。

 その音へ導かれるように、俺は斧を握り直した。


 湿った土を蹴る。枝を飛び越え、低い茂みを避けながら森の奥へ駆けていく。


 昨日までは、この音が怖かった。

 気持ち悪くて、頭がおかしくなりそうで、逃げ出したかった。


 でも今は違う。


 怖いのは変わらない。それでも、立ち止まる方がもっと怖かった。

 守りたいものが頭へ浮かぶたび、自然と足へ力が入る。


 ざわざわと響く虫の音は、森の奥へ進むにつれてどんどん濃くなっていった。


 まるで、“こっちだ”と誘われているみたいに。

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