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落ちたら死ぬ浮遊島で、爺ちゃんに禁忌の巨大昆虫を食わされた農家の俺は血装の斧を振るう  作者: 白波 いつき
第一章

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第十三話

 夜の静かな森に、俺の声が響く。


「ちょっ! なぁ、爺ちゃん! どこまで行くんだよ!?」


 叫んでも、爺ちゃんは振り返りもしない。

 俺が泣いていた部屋へ突然入ってきたかと思えば、「付いてこい」の一言だけ残してそのまま外へ出ていったのだ。


 こっちは涙も引っ込んでないっていうのに。


 気まずさを感じる暇すらなく、俺は慌ててその背中を追いかけることになった。


 家を出た瞬間にはトラックの助手席へ半ば強引に押し込まれ、文句を言っているうちに東の森へ到着していた。

 そして今もなお、爺ちゃんは暗い森の中をずんずん進んでいる。


 ガサガサと葉を踏みしめる音が夜の森へ響く。


 月明かりに照らされた木々の隙間は黒く沈み、昼間見慣れているはずの森なのに、まるで別の場所みたいだった。


「なぁ、マジで意味わかんないんだけど! てか、爺ちゃん腹切られてなかった!? なんでそんな元気なわけ!? 俺の妄想だったの!?」


 理由のわからない状況に、堪えきれずに再度叫ぶ。

 けれど爺ちゃんは相変わらず何も答えない。ただ前だけを見て歩いている。


 森へ踏み込んでから、あの音はさらに酷くなっていた。


 ざわざわ。


 ざわざわ。


 虫が羽を擦り合わせるみたいな音が、頭の中へ直接響いてくる。

 耳から聞こえているのか、頭の内側で鳴っているのか、もう自分でもわからない。


 木の裏。


 土の下。


 葉の影。


 そこに何かがいるような感覚ばかりが広がっていく。


 その煩わしさのせいで、自分が怒鳴っているのか普通に喋っているのかさえ、もうよくわからなくなっていた。

 ガサガサと葉を踏みしめながら森の奥へ進む。その間も俺は、口から延々と文句を垂れ流していく。


 何でこんな夜中に森へ連れてこられてるのか。何で爺ちゃんが平然としてるのか。何で俺だけ変な音が聞こえるのか。


 吐き出していないと、頭の中を埋め尽くすザワザワに飲み込まれそうだった。


 やがて木々が途切れ、視界が開けると、そこには川が流れていた。

 月明かりを反射した水面が、暗い森の中でぼんやり白く光っている。この川は島の端まで流れ、そのまま滝みたいに島の外へ落ちていく。

 子供の頃、創太たちと魚を捕まえたり、実里が転んで泣いたりした場所だ。

 そんな見慣れた場所なのに、今は妙に静かだった。


 川岸へ並ぶ岩のひとつへ、爺ちゃんがどっかり腰を下ろす。


 それから俺へ視線を向け、目の前の岩を顎で示した。


 座れ、ということらしい。


「なんなんだよ……」


 文句を零しながら、俺もその岩へ腰を下ろす。

 すると爺ちゃんは、無言のまま一本の斧を俺の目の前へ置いた。


 見覚えのある斧だった。


 あの時。


 俺があいつへ振り下ろした斧。

 そう認識をした瞬間、全身から血の気が引く。


「っ……!」


 反射的に立ち上がるも、頭の奥へ、赤い血の色がぶわりと蘇る。


 斧が肉へ食い込んだ感触。防具が割れる音。


 地面へ広がっていく赤。


 ――息が苦しい。


 そのまま後ずさろうとした瞬間、爺ちゃんの静かな声が夜の川辺へ響いた。


「座れ」


 低い声だった。怒鳴っているわけじゃない。

 けれど逆らわせない響きのある、いつもの声だった。


「何なんだよっ! 何でこんな事っ!」


 叫ぶように声を上げる。


「良いから座れ。音がしてるんだろう。虫の音が」


 そう言って、爺ちゃんは自分の耳を指差した。その言葉に、思わず目を見開く。

 理解した瞬間、背筋がぞわりと粟立った。


「なんで……わかんの?」


 幻聴がすることは母さんたちにも話した。

 けれど、“虫の音”だなんてことは一言も言っていない。

 なのに爺ちゃんは、最初からそれを知っていたみたいに口にした。


 呆然と問い返せば、爺ちゃんは小さくため息を吐くように言葉を零した。


「儂も経験したからだ。空也もな」


 一瞬、頭が真っ白になる。

 ざわざわと響いていた音が、逆に遠のいた気さえした。


「……父さんが?」


「あぁ」


 短い返事だった。けれど、その一言だけで胸の奥が大きく揺れる。


 父さんも。


 同じだった?同じ音を聞いていたのか?

 混乱する俺へ向け、爺ちゃんは改めて目の前の岩を示した。


「とりあえず落ち着いて話を聞け」


 その声に押されるように、俺は再び岩へ腰を下ろした。


 川の流れる音が静かに響き、夜風が木々を揺らし、葉擦れの音が混じる。


 その中で、爺ちゃんはゆっくりと口を開いた。


「うちの家系は、元々神職だっただろう」


「あー……うん」


 いきなり何の話だ、と思いつつ、とりあえず頷く。

 神職の家系だったこと自体は知っている。


 昔、祭りの時に神事をしていたとか、爺ちゃんの爺ちゃんぐらいまではそういう仕事をしていたとか、その程度なら父さんや母さん、街の人達から聞いている。


 けれど、それが今の話とどう繋がるのかは全くわからなかった。


 爺ちゃんは川の流れを眺めながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「儂の爺さんの代で、病気が島全体に流行ってな。死者もかなり出た。その時に働き手も減り、神職に就いていた連中も生きるために他の仕事をするようになった」


「んー……なんか中学の時に習った気がする」


 島の歴史の授業で聞いたことがあった。

 100年ほど前、この島では流行病で人口がかなり減ったと。


 確か、その頃から今みたいに農業中心の生活へ変わっていったんだっけ。

 俺がぼんやり思い出していると、爺ちゃんは小さく頷いた。


「ウチの家系が、なのか。神職全体が、なのかは儂にも定かじゃない。だが代々、嫡男に虫を食わせてきている」


「……は?」


 思わず変な声が漏れる。けれど爺ちゃんは真顔のままだった。


「神職は昔、虫退治に特化した役目を持っていた。地域ごとに一家系は神職がおってな。その土地を巨大化した虫から守っていたんだ」


 川の水音が静かに響く。


 その中で聞く話は、学校で習った歴史と、子供向けの昔話がごちゃ混ぜになったみたいだった。


「そのために、虫を食べ、虫から能力を得ていた」


 あまりにも突拍子のない話に、頭がついていかない。

 けれど爺ちゃんは、冗談を言っている顔じゃなく、どこまでも真面目な表情だった。


「能力?」


 俺が聞き返すと、爺ちゃんはゆっくり頷く。


「虫を食ったことで、自らの血を活性化させ、心体能力や察知能力を著しく向上させる力だ」


「はぁ!? ごめんだけど……俺、馬鹿だからいまいちよくわかってない!」


 思わず頭を抱える。


 いや、無理だろ。


 急に“虫食って能力得てました”とか言われても飲み込めるわけがない。

 けれど爺ちゃんはそんな俺を見て、呆れたように大きくため息を吐いた。


「はぁ……。空也に説明した時は、“根拠は何だ”“科学的検証はしたのか”“その資料は残っているのか”だとうるさかったが……まぁ、まだましか」


 そう言いながら、爺ちゃんはガクリとうなだれる。

 その様子を見て、俺は思わず「父さんなら絶対言いそうだな」と納得してしまった。


 頭ごなしに否定するんじゃなく、“まず調べる”。あの人、そういうタイプだったからな。


 俺が一人でうんうん頷いていると、爺ちゃんは目の前へ置かれた斧を顎で示した。


「その斧には反発鉱石が含まれている」


「反発鉱石が?」


「あぁ。本来、反発鉱石は他の石や鉄と混ぜて加工することができんと言われている。だが、それは反発鉱石加工専門の鍛冶師が作ったもんだと聞いた。儂がこの間使っていた鎌もな」


 月明かりに照らされた斧へ視線を向ける。見た目は、ずっと家で使っていた農具とそこまで変わらない。


 少し重くて、丈夫で、切れ味がいい。それぐらいにしか思っていなかった。

 けれど、爺ちゃんはそれを“特別な武器”みたいに話している。


「そう簡単に作れるもんじゃない」


 ぼそりと零された言葉に、俺の背中へ嫌な汗が流れた。


 いや、待って。

 俺、これ今まで普通に放り投げたりしてたんだけど。畑仕事終わったあと、雑に地面へ転がしたこともあるし。


 小さい頃、創太と投げて木にぶっ刺せるかの遊びもこの斧でやった気がする……。 

 そんな俺の記憶が蘇り、じわじわ胃が痛くなってきた。


「……怒られなかったの奇跡じゃね?」


 ボソリと呟くも、聞こえなかったのか爺ちゃんは言葉を続ける。


「虫を食べた者が、反発鉱石で作られた武器へ自らの血を垂らす。すると武器と身体が強化され、巨大な虫の大群とも戦える力が付くと言われている」


 爺ちゃんはそう言って、川辺へ置かれた斧を軽く叩いた。


 カン、と鈍い音が夜の森へ響く。


「……わかるか?」


 真顔で聞かれ、俺は無言で首を横に振った。


 いや、ごめん。全然飲み込めない。 

 

 虫を食べて能力がどうとか、武器が強化されるとか、もはや昔話を飛び越えてゲームとか漫画の世界なんだが。


 そんな俺の反応を見て、爺ちゃんは改めて馬鹿みたいに大きなため息を吐いた。


「はぁぁ……」


 月明かりの下で盛大に肩まで落としている。

 そんなに露骨に呆れられると普通に傷つくんだけど。


 俺が唇を尖らせていると、爺ちゃんはふいに真面目な顔へ戻った。


「儂がこの間、腹を切られただろう」


 その言葉に、俺は反射的に立ち上がった。


「あれ、やっぱり切られてたの!?」


 勢いのまま爺ちゃんへ詰め寄る。そして、そのまま服をめくって腹を確認した。


 けれど――そこに傷口はなかった。


 腹筋こそ年齢に見合わず妙に割れていたが、それ以外は本当に何もない。


「……は?」


 混乱して固まる俺の頭上から、次の瞬間ゴツン!と拳が落ちてきた。


「いってぇ!」


 頭を押さえてしゃがみ込む俺へ向け、爺ちゃんは拳を握ったまま怒鳴る。


「いいから座って話を聞け! 空也の時もなかなか話が進まんかったが、お前もか!」


 そう言われても、はいそうですかと飲み込める話じゃないだろ。

 俺は唇を尖らせながら、渋々もう一度岩へ腰を下ろした。


 そんな俺を見て、爺ちゃんはやれやれと息を吐いてから口を開く。


「あの時、確かに切られはした。だが儂の肌は硬化していた。切られたと言っても、皮一枚程度だった」


「硬化?」


「あぁ。強化されるものはいくつかある。まずは肌の硬化だ。鎧みたいに無敵になるわけじゃないが、甲虫類の外骨格みたいに肌が硬くなる。もっとも、関節までは完全には守れんがな」


 そう言いながら、爺ちゃんは自分の腕を軽く叩いた。


「え? 今も硬いってこと?」


「今は普通の肌だ。硬くなるには条件がある。それは後で話すとして――後は身体能力とパワーの向上だな。その中に虫の探知能力の向上も含まれている」


「虫の探知能力の向上……」


 思わず呟く。

 その言葉に、爺ちゃんは静かに頷いた。


「あぁ。音が聞こえとるだろう。虫がうごめく音が」


 その瞬間、耳の奥で響いていたザワザワが急に意識へ浮かび上がる。


 土の下。木の裏。葉の影。

 どこかで何かが動いている気配。

 耳を澄ましているわけでもないのに、勝手に頭へと流れ込んでくる。


 気持ち悪い。

 ぞわぞわと背中を何かが這い回るみたいで、思わず腕を擦った。


 これが、そうなのか。


 俺が今聞いているこの気持ち悪い音は、頭がおかしくなったわけじゃなく、“能力”だというのか。


 そんな俺の考えを読んだみたいに、爺ちゃんは静かに口を開いた。


「この音に関しては、他の能力と違って常時聞こえる。危機を感じた時だけじゃない」


 その言葉に、俺は唖然とした。


「常時って……これが、ずっと?」


「あぁ」


 あまりにもあっさり頷かれ、逆に言葉を失う。


 こんなのが、ずっと?

 寝てる時も?飯食ってる時も?学校にいる時も?


 こんな不快な音をずっと聞いていたら、頭がおかしくなる。

 そこまで考えた瞬間、ふと納得してしまった。


「だから、爺ちゃんっていかれてんの?」


 思わず口から零れた。


 次の瞬間。

 俺の身体は宙を舞っていた。


「え?」


 バシャァン!! と盛大な水音が響く。

 冷たい川の水に全身を叩きつけられ、一瞬で息が詰まった。


 静かな森に水音が反響し、驚いた鳥たちがバサバサと飛び立っていく。


「ぶはっ! っ、冷てぇ!!」


 慌てて顔を上げる。

 けれど次の瞬間、頭をぐいっと足で押され、再び水の中へ沈められた。


「がぼっ!?」


 っんなに怒らなくてもいいじゃんか!

 そう怒鳴ろうとしたけれど、口を開いた瞬間に川の水が入り込み、「がぼがぼっ」と情けない音になって消える。


 冷たい水が鼻に入り、慌ててもがく俺の頭上から、爺ちゃんの声が降ってきた。


「そのままでは寝ることも叶わん。耳の中に幕を張る感覚を身につけろ。耳に水が入った時みたいな感じだ。普段はそうやって音を遮り、必要な時だけ幕を開け」


 ふん、とどこか得意げに言う声が聞こえるが、


 いや、待て。

 説明のために水へ投げ込む必要ありましたかね!?


 心の中で全力で抗議しながら、俺は川の中でもがいた。

 けれど、耳が水へ沈んだ瞬間、不思議なことにあのザワザワした音が少し遠のく。


「あ……?」


 頭の奥を掻き回していた不快な感覚が、薄く膜を隔てたみたいに弱まっていた。


 水の冷たさとは裏腹に、ほんの少しだけ頭が軽くなる。


 爺ちゃんはそんな俺を見下ろしながら続けた。


「音を全部拾おうとするな。必要なもんだけ通せ。慣れれば自然とできる」


 言われた通り意識してみる。


 耳を閉じるような感覚。

 水の中へ潜った時みたいに、外の音を遠ざけるイメージ。


 最初はうまくいかず、それでも繰り返していく内に徐々に音が遠ざかる。

 身体の芯が冷えてきているのを感じるが、気にならないほどに集中していた。


 すると、ほんの少しだけ。


 本当にほんの少しだけ、頭の中のザワつきが静かになった気がした。

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