表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/59

第二十三話 黎明

「———ギィアアアアアアアァァァァァァ…………ッ!!」

 死が形を成して、遍く光に終わりを告げる。

「———グルァァァアアア!!」

 僕は降り注ぐ致死毒を、必死に食い尽くした。

「レイ!レイ!!」

 声は聞こえるのに、いつまでも姿が見えない。

 足の痛みに泣きながら、がむしゃらに琥珀を跳ね除ける。

「みなさん、私のところへ!守護結界を張ります!!」

「でも、アリシアちゃん……琥珀が!」

「彼を信じましょう!……魔人の方々も、はやくこちらへ!」

 深い暗闇のうちに、にわかに光が灯った。

「……レイ!」

「———グルァア!!」

 守るべきものを見つけて、死を一点に食い破る。

 牙が溶けて、毛皮がずり落ちた。耳が焦げて、尻尾が崩れる。

 地面に伏しても、後ろ足は大地に突き立っていた。

「よし、みんな無事だな!」

 幸い、光はひとつも欠けていなかった。

 けれど、小さな光が、白光に噛み付く。

「……ふざけるなっ!!お前も戦え!!!!」

「ちょっと、狼ちゃん!落ち着いて!」

「お前、強いんだろ?それなのに、群れのメスに守られて、どうしてそんなに威張れるんだ!どうして、レイばっかり痛い思いをしなきゃいけないんだ!……レイは、弱いのにっ!もう、ボロボロなのにっ……!!」

 不意に、ひとつの光が死の前に弾き出された。

 僕の、光だった。

「ぁ…………ッ」

 死の腕が、命を潰そうする。

 僕は捨て身で割って入った。

「がはっ…………ッ!?」

「……レイ!?」

 顎が裂かれ、毛皮も残らず毟り取られ、剥き出しの体で夜空に打ち上げられる。

 地上が遠のき、瞬く間に光は小さくなる。森は色を失い、やがて黒ともつかない点となって、夜の底に沈んでいった。

 風に熱を奪われて、雲に肉を削られて、世界が赤黒く染まっていく。

 過ぎる天樹の枝葉には、果実が瞬いていた。

 不意に、闇に叩きつけられる。

 暗月が、血の涙を流していた。

「……そう、か。……きみ…………も…………」

 歪な貌が、夢幻を恥じていた。

「……同じ、だね」

 壊れた体が、生に縋り付いて離れない。

「……まだ、死んでない」

 息をするように、星が輝いている。鋭い光が、肌を爛れさせた。

 それでも、月は鮮烈に生きている。

「……まだ、生きているっ!」

 折れかけた心に、熟れた血潮を注がれる。

 霧が晴れたように、彼方に光が見えた。

「……いきたい!」

 ひとりでは、きっと届かない。

 それでも、月は背中を押してくる。

「———光になりたいっ!!」

 落果する月に、想いを咆える。

 すると、月は泣き止み、激しく熱を帯びた。

 僕らは体をひとつに、希望に命を懸ける。

「———光よ!!!!」

 深閑とした夜に、光が熾る。赫々の隻牙が、闇を引き裂いて、燎原の尾を帯びた。

 黒霧に向けて、轟々と咆えながら疾く駆ける。

(———ニル!!!!!)

 声にならない声で、光を呼ぶ。

 微かに、呼応の声が聞こえた。

 僕らは夢に向かって、全霊で奔る。

 なろう、なろう、あすなろう。

 あすは、君とかける風になろう。

 君の涙を追って、頬を撫でる風になろう。

 なろう、なろう、あすなろう。

 あすは、君と懸ける星になろう。

 けれど、僕と君に明日はこない。

 ならば、ここで命を懸ける星となり、君を明日〈あした〉に繋ぐ、束の間の流星となろう。

 これは、僕が見る致死の夢だ。

「レイっ!!!!」

 狼の慟哭が聞こえる。

 刹那、意識が砕けるほどの激震が走る。

 大地が怒りに震え、木々が根こそぎ吹き飛び、山が巌のように崩れた。

 赤光が黒い霧を飲み込み、琥珀はたちまち蒸発する。

 それでも、月に抱かれた僕は、微かに息をしていた。

「ここで、お前を討つ…………ッ!」

 焦土の中心に、光が駆け寄ってくる。

「———契りし天光よ、我が剣となりて、闇を断ち給へ…………ッ!」

 天に翳した聖光が、曙光〈しょこう〉とひとつになって、夜の残火を吹き消した。

 冷たい光に、静かに目を閉じる。

 瞼に炎熱が過り、死を覚悟した。

 しかし、目醒めるような剣戟が、鼓動を鳴らす。

 顔を上げると、猫背の男が勇者の剣を弾いていた。

「貴様、何故ここに……!?」

「いや、酒の肴が惜しくなってね」

 気だるげな声が、聖光を雑剣に封じ込める。

「…………アル、ト?」

「勇者には気をつけろと言っただろう」

 アルトさんの技に、カイオスは手も足も出ていなかった。

「レイ、無事か?」

「……銀さん、まで…………」

 瓦礫に埋もれた体を、シャベルで掘り起こされる。

「……ニル、は?」

「クロが守った。アヅキとウズラが、二人を診てくれている」

 銀さんに抱き上げられて運ばれる。

「レイ!!」

 僕に気付いたニルが、笑顔で駆け寄ってきた。

「ニル!!」

 遠い姿にも、手を伸ばさずにはいられない。

 不意に、閃光が横切った。

 温かな血が、頬を叩く。

「……レ……イ…………」

 ニルが、聖剣に斃れた。

 カイオスは僕らの体を見ると、逃げるように去っていく。

「……ニル!」

 僕は重なるように倒れ込んだ。

「……ニル!返事をして!!」

 丸い瞳から、生気が溢れ出していた。呼吸も浅く、魂が抜けたように動かない。

「選べ」

 絶望の淵に、二つの希望が落ちてきた。

「メタクセリクシス。悪魔や妖異の血液で精製した薬酒だ。服用すれば、命だけは助かるかもしれない。……ニルを追いかけると言うなら、止めはしない。エルピスを飲めば、苦しむこともないだろう」

 大鷹の番が、薬の栓を抜く。

 答えなど、決まっていた。

「この酒を飲んでも、雲の切れ間から垂れる糸を掴むのと同じことだ。これから長い時、”生きるためだけ”に、生きねばならない。……お前に、それが耐えられるのか?」

 腐り落ちた柘榴のような薬酒が、渦螺を巻いていた。

 濁り凝った深紅は、朝日さえも見通せない。

 しかし、天使も悪魔も、希望も絶望も、生も死も、隔てるものはない。ひたすら、同じところを揺蕩うだけだ。

(……生きて)

 毒酒を煽り、「共に来い」と喚びながら、唇を奪う。

 虚な瞳が、微かに揺れた。微熱を求める手が、そっと横髪を梳く。

「……レイ、かっこよかったよ」

 僕は朝日に抱かれて、堕ちるように眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ