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第二十二話 魔剣「フェンリル」

「———グルァァァアアア!!」

 魔力が黒い霧となり、僕の姿を魔獣へと塗り替える。

「なぜ、レイは禁獣の名を……」

「……教会に救いを求めたことがあるのでしょう」

「二人とも、今は余計なことを考えるな」

 カイオスが、再び聖剣を抜く。

「災厄を祓うことができるのは、聖女の秘技だけだ。それまでは、俺が凌ぐ」

 フレアが通信機に取り付いて、救援を求める。

「……カイオス、日の出や!」

「よし、日の出まで持たせるぞ!俺たちで、血の夜を越えよう!」

 勇者の檄に感応するように、聖剣が燦然と輝いた。

 守護の祈りが、白光を抱える。散乱した光が、結界を虹色に浮かび上がらせた。

「レイの攻撃は、俺が引き受ける。アリシアは、再度結界の準備を頼む」

「わかりました。ですが、決して過信しないでください」

「ニカはアリシアの護衛。バリスは、地脈を使え。直接の攻撃は避けて、こちらに優位な地形の構築を頼む」

「枯れても知らないからね!」

 バリスの魔法で、大地が砕ける。

「行くぞっ!」

 荒い砂地から、氷の柱が隆起する。それを足場として、カイオスが距離を詰めてきた。

 爪で切り裂こうとすると、突風が獲物を連れ去る。返す爪も、氷の槍に邪魔をされた。

 苛立ちを咆えると、バリスの魔法が壊れる。

「大魔術師の本気、見せてあげるよ!」

 氷の木々は、砕けた側から再生していく。

「聖剣よ、俺に力を!!」

 陽気を纏った剣が、左の肩を切り落とす。

 反撃した爪が、僅かに結界を掠めた。

「アリシア!」

 カイオスは結界を盾に、何度も突貫してくる。

 仮初の肉体が、聖剣に削られていく。爪が剥がれ落ち、太い腱も絶たれて、身を守る毛皮まで奪われた。

「弱点、みっけ!」

 露出した脇腹に氷槍が突き刺さり、干渉力で黒霧を押し留める。

 その僅かな隙を、勇者は見逃さない。

「———天上の光よ、闇を切り裂け!!」

 氷槍の上を、閃光が駆けてくる。

 咄嗟に身を捩り、足場を砕いた。

「……くそっ!」

 落下する光に向けて、顎を全開する。

「ごめん、もう魔力が……!」

「カイオス様!!」

 仲間の悲鳴を浴びて、聖剣は太陽と化した。

 目が爛れるほどの光に、体が振戦する。脂汗が吹き出し、じっとりと牙が濡れ、喉が悦びに鼓を打つ。

 僕は漆黒の牙を、陽光に突き立てた。

 喜ぶニルの表情が浮かび、心が躍る。

 しかし、光を飲む直前になって、黒霧が暴れ出した。

「ガアァァァ…………ッ!」

 頭が割れるような激痛に、訳もわからず絶叫する。

「みんな、離れろ!」

 耳鳴りが脳を這い回る。外の音が、悪夢に喰われて、真っ暗になる。

「急に、どうして……」

 全てが見えるのに、暗闇に突き落とされる。全てが聞こえるのに、孤独が心を蝕んだ。

「拍子抜けだな」

「……おかしいよ。あれだけ強い言葉を使って、攻撃もせずに、ただ耐えて、呻いてるだけなんて……」

「むしろ、好都合だ。……バリス、治癒の可能性は?」

「使えないと考えていいよ。黒霧への変化は不可逆だ。あのエーテルは、もう別の魔法にはならない。……でも、核が壊れたら、周囲の魔力を侵しながら、世界を壊しかねないよ」

 不快な音が、思考を食い散らかす。爛れた血が、動脈を逆流して、心を黒く染めていく。

 黒い霧がかかったように、何かを見失う。

 代わりに、殺意と破壊衝動が際限なく膨らんで、全身の毛が逆立った。

 不意に、目障りな光が増える。

 僕は体を大きくして、轟々と咆えた。

 けれど、その光だけは、立ち止まったまま逃げもしない。

 苛立ちを抑えられず、一気に飛びついて牙を突き立てた。

 それでも、光は絶えず、影を照らしてくれる。

「……レイ、なの?」

 優しい声に、思わず尻尾が揺れた。

 けれど、光は萎んでしまい、心が寒くなる。

「……なんで、そんなになるまで!お前は、人間のままでよかったのに!!」

「クゥン……」

「そんな体じゃ、何も……!」

 小さい光から、湿った匂いがした。

 別の光を思い出して、静かに体を起こす。

「……馬鹿っ!あんな化け物たちに、勝てる訳ないだろ!」

 灯滅する光に熱を注ぐために、僕は狩りに出る。

 けれど、獲物は逃げ回るばかりで、やっとの思いで噛み付いても、固い殻に邪魔をされた。

 折れた足では、一歩足りない。剥がれた爪では、僅かに届かない。欠けた牙では、殻を破れない。

 それでも、あの小さな光だけが、僕を認めてくれる。

「……レイっ!負けるなっ!!」

「———グルァァァアアア!!」

 大地を踏み締めて、幻光を叩き落とし、殻を砕かんと食いしばる。

 不意に、すべての光が潰えた。自分の影も、見えなくなる。

「……………………なんだ、あれは」

 悪寒に振り返ると、緋色の琥珀が深淵を開く。

 そして、世界に無間の死をばら撒いた。

「———ギィアアアアアアアァァァァァァ…………ッ!!」

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