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第十七話 獣道

 翌日、勇者の野営地に向かった。

「レイ、生きていたか!」

「なんだ。龍の耳も、大したことないね」

「バリス。声が震えてんで」

 彼らは、情報屋の報復を恐れていたのだろう。僕の無事を知ると、安堵の表情を浮かべた。

「早速だが、お前の返事を聞かせてくれないか」

 カイオスさんの瞳は、自信に満ち溢れていた。

「誘っていただき、本当にありがとうございます」

 望外の喜びに、自然と跪く。

「レイ。歓迎するよ」

 王国の勇者が、ニートに光を当てる。

「お前の力を教えてくれ」

 カイオスは、”祝福”を求めてきた。

 それは、運命を超えた必然のようで、無性に吐き気がした。

「……分霊剣を返してください」

「勿論だ。仲間だからな!」

「御託は聞きたくありません」

 分からず屋の勇者に、苛立ちをぶつける。

「分霊剣を返せ。それは、ニルのものだ」

 静かな怒声に、場が凍りついた。

「……帰ってくれ」

 カイオスは、慈悲を与えてくれた。

 けれど、僕が欲しいのは、ニルの宝物だ。

 日を跨いで出向くと、従騎士に組み敷かれた。

 ある日は、魔術師の実験台にされた。

 ある日は、聖女の結界に焼かれた。

 ある日は、技師に魔剣の恐ろしさを説かれた。

 槍傷で引き摺る足を、踏み躙られた。

 焼けた肌に、聖水をかけられた。

 痛みに泣き叫ぶと、汚物を見るような目で嘲笑された。

 それでも、祝福だけは吐かなかった。

 にべもなく断られても、ひたすら頭を下げ続ける。

「……なぁ、もうやめないか」

 カイオスは、初めて眉間に皺を寄せた。

 すると、アリシアが前に出てくる。

「レイ。祝福を明かしなさい」

「嫌です」

「最後の慈悲です。よく考えてから、言葉にしなさい。返答次第では、あなたを捕縛しなければなりません」

「わかっています」

「……心は変わらないようですね」

 僕は、ニカに拘束された。

 それでも、無能のままで、最後の悪あがきをする。

「分霊剣を返してください」

「最後の慈悲と、そう申したはずです。あなたに魔剣をお譲りすることは、もうありません」

「……はい。なので、魔剣を壊します」

 勇者たちは、唖然とする。

「魔剣を壊しにきました!」

「いや、それは聞こえている!……だが、そんなことが可能なのか?」

「無理に決まってるやろ!己で墓穴を掘るようなもんや」

「死んでも、分霊剣は返してもらいますからね!」

「もう意地やな……」

 ニカを振り解き、アリシアに正対する。

「アリシアさん。魔剣の解体は、教会の禁忌に触れますか?」

「い、いえ……。はっきりとは申し上げられませんが、恐らく問題ないかと……」

 彼女は慌てて聖典を開くと、たっぷりと時間をかけたあと、ゆっくりと縦に頷いた。

「珍しく、アリシアが気圧されてるな」

「年上に攻められるのが好みだったりして」

「言葉を慎め。貴様も捕縛されたいか」

「やれるもんならやってみれば?その男には、逃げられちゃうけどね」

「そんなもの、この場で首を刎ねれば済むことだ」

 剣を抜く音が、頭上で冷たく響いた。

「アリシア様」

 従騎士は、主人に判断を仰ぐ。

 聖女見習いは、そっと聖典を閉じた。

「……ニカ。その者を解放しなさい」

「ちょっと、アリシアちゃん!?」

「よろしいのですか!?」

「……あなたまで、二度言わせるのですか」

 アリシアが睨むと、直ぐに拘束は解かれた。

「な、面白いだろ?」

 一部始終を見ていたカイオスは、満足そうに笑っていた。

「ウチも、気に入ったで」

「なんで!?僕の頭脳の方が、よっぽど尊いよ!」

「普通の頭してたら、魔剣ぶっ壊そうなんて考えたりせんやろ?聖女見習い様でも、教会に納めるのが精々や」

「でも、口だけじゃん」

「フレア。素人でも、魔剣を破壊できるものなのか?」

「無理やよ、絶対。天才でもな。冗談抜きで、死ぬで。ほんまに」

「なら、どうして止めない」

「レイの男気と、狂気に惚れた」

 フレアさんは、親しげに肩を組んでくる。

「不可能を信じながら、心では認められない……。技師なら、誰もが突き当たる壁や。でも、こいつは、まだ諦めてへん。それって、ものごっつかっこええやんか」

 油まみれの革手袋が、涙の筋を拭ってくれた。

「アリシア。祈りを頼めるか」

「カイオス様!?」

「魔剣の解体に、生身は危険だ」

「天の守護は、あなたを守るための力です!」

「レイは禁忌を壊そうとしている。お前がずっと欲していた、禁忌に直接立ち向かう力だ。本当は守りたい。……違うか?」

「……ご命令ですか?」

「アリシアにしか頼めない」

「……わかりました」

 アリシアは観念したように、僕に治癒魔法をかけてくれた。

 しかし、傷は塞がらない。

「あなたは、身体まで強情なのですね」

 聖女を目指す少女は、愉しげに苦笑した。

 僕は手当を受けると、一度自分の巣に戻った。

「ただいま!」

 ニルのビンタを避けつつ、必要な荷物をまとめる。

 マシロさんに事情を説明すると、密かに背中を押してくれた。

「”特訓”、頑張って。無理をしてはダメよ」

「マシロさんも、人目には気をつけてくださいね」

 腰を落として鞄を背負おうとすると、ニルが一緒にくっついてくる。

 ねだるように頬擦りを返すと、不満げに息をかけられた。

「じゃあ、行ってくるから」

 金色の尻尾が、言いたげに揺れた。

「……新月まで、巣をお願いね」

 ニルは頬を寄せると、小さくこくりと頷いた。

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