表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/59

第十五話 塔壊

 アヅキさんとウズラさんの指導の下で、ニルは初めての占いに挑戦することになった。

「好きなカード引けばいいの? 」

「そうだな。まずは、そこから始めよう。絵柄を見て、お気に入りを見つけるといい」

「うーんとね……全部! 」

「……仕方ない。端から簡単に説明しよう」

「はーい」

 ニルは孤狼の物語を、声に出して追っていく。

 大アルカナは、全部で二十二枚もあった。

 それでも、絵柄をひと目見れば、不思議と内容が理解できる。

「ウズラは、子どもたちに絵本を描いていた時期がある」

「なるほど、納得です」

 頭を撫でようとすると、ウズラさんに卵を押し付けられた。

「たまには、自分で温めましょう」

 ウズラさんを抱えて、卵と一緒に膝に迎える。

 しばらくして、占いの前準備が始まった。

 散らかった場を整えて、みんなで深呼吸をした。その後で、カードを裏返しにして、(とこ)の上で混ぜる。

「カード、重たいね……」

「うん、強そう! 」

「入れ物も作らないとかなぁ」

「お前の手作りがいいな」

 ニルにお願いされると、体が勝手に頷いてしまう。

「ありがとう、うれしい」

 その声ひとつで、すべてが報われた気がした。

 けれど、得てして幸せというものは、長くは続かない。

「……レイの誕生日は、いつ? 」

 一瞬、心臓が止まった。

 気づくと、全員が僕を見ていた。

「……タロット占いって、誕生日が必要なんですか?」

「厳密には、不要だ」

「じゃあ……」

「わたしの時は、必要なの! 」

「だそうだ」

 ウズラさんがカルテを開き、空欄の生年月日を埋めるように求めてくる。

 マシロさんに、ペンを握らされた。

 ニルは体を乗り出して、答えを待っている。

 僕は、押し黙る。

 しかし、示し合わせたように、誰も諦めてくれない。

「お前の未来のために、必要なの」

「……必要」

 真っ直ぐな瞳に穿たれて、心臓が凍りつく。

 冷たい血は、鼓動よりも先に全身に回る。

 しかし、震える手の止め方を、どうしても思い出せない。

 落ちた錆が、名前を潰した。

「……ごめんなさい」

 僕は、嘘をつけなかった。

「生まれた日、わからないんです……」

「馬鹿を言え。親に誕生を祝われたことも忘れたのか」

「……ないですよ」

「ナツキとハヤトがいるわ」

「…………ない、ですよ」

 溢れる痛みを飲み込むように、空を仰いだ。

「僕、いらない子なんだってさ」

 濡れた声を、乾いた笑みで吹き飛ばす。

 すると、ニルが小さく喘いだ。

「違うよ! 全部、僕が悪いんだ」

 ニルの声で否定されるのが怖くて、咄嗟に言葉を吐く。

「祝福があるのに使わないなら、無能以下だから。役立たずがそばにいたら、ニルだって邪魔でしょ? 」

「…………誰が言った」

「みんなだって、どんなに楽しい気持ちでも、僕がニートなのを思い出したら、嫌な気持ちになるよね? どうして平気な顔して生きてるんだって、不快に思うでしょ? 」

「…………答えろ、誰に言われた」

 昏く濁った瞳が、戦慄いていた。

 けれど、誰が怠惰を許し、切に望むだろう。

「……世界には、無償の愛なんてないんだ」

 誰にともなく、諭すように告げる。

「そんな答え、聞いてない! 」

 ニルは苦虫を噛み潰したような顔で、拳を振り上げる。

 しかし、頬を叩いたのは、マシロさんの手のひらだった。

「何のために祝福を拒んだの。今更、当たり前のことを言わないで」

 想いを吐き出すと、マシロさんは僕らを抱きしめた。

 熱った髪が、体を締め上げてくる。

 胸が突き合い、二つの額とぶつかった。

 体の震えも、吐息の熱も、鼓動の間隔も、何も隠せなかった。

 それなのに、何ひとつとして噛み合うものがない。

 しかし、どれも二人のからだを通して、自分に返ってくる。

「私は、レイと生きたい」

「レイ、一緒に生きて」

 過去に放った言葉が、逃げ場のない胸に、深々と突き刺さる。

「……ごめん」

 言葉の重みを知り、罪悪感に苛まれる。

 まるで、祝福を使った後のような、最悪の気分だった。

 しかし、ニルは呆れたように苦笑する。

「天邪鬼。ヘタレ、ニート」

 責める言葉が、不思議と生温かくて、くすぐったい。

「お前の未来、わたしが占ってあげる」

 マシロさんが髪を緩めると、ニルは静かに瞼を落とす。

「……でも、誕生日が必要なんでしょ? 」

「わたしには、必要だ。……お前は、どうだ? 誕生日、欲しいか? 」

 ニルの迂遠な誘惑に、僕は抗えなかった。

「それじゃあ……月のない夜が、お前の誕生日だ」

「新月の度に、お祝いしてくれるの……? 」

「一年に一回がいいのか? 」

「……ずるい」

「狼だからな」

 ニルは、あざとく笑った。

「それで、何が知りたいんだ? 」

「立派な狼になれるか」

「立派、か…………」

「うん。お願いします」

 貰ったばかりの誕生日を使って、ニルに未来を視てもらう。

 しかし、占いは失敗に終わり、魔法は発動しなかった。

 その日の夜。ニルは久しぶりに、僕の寝床に入ってきた。

 堪らず、後ろ髪に顔を埋める。

 寝返りをした彼女は、艶やかに微笑んでいた。

 期待に、胸が高鳴る。

「……浮気しただろ」

「うっ……」

 図星を突かれて黙っていると、ニルはゆっくりと牙を剥いた。

「泣くなよ」

 匂いを刻むように、丁寧に傷をつけられる。

 僕は全身の疼痛と、のしかかる体温で、嬉しいやら悲しいやら、一睡もすることができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ