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ヒストリア  作者: パリィ
2章 暁の救世主
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下駄の音


からん、ころん。


《姉妹達》のミストとアグニスが王国の交易都市ドリクトスを攻め始めた同時刻。


グライドリヒ・バイツ・ザルディアス帝国の帝都から北に約100km地点。帝都に繋がる街道に《姉妹達(シスターズ)》の二女、鈴が下駄を鳴らしながら歩いている。



「全く歯応えがないえ……。ほんに退屈やえ……」



からん、ころんと独特な下駄を鳴らし配下も付けず、帝都に向かって一人歩く鈴。


既に彼女一人で帝国の中核都市を2つ壊滅させ、彼女と別行動を取っているアンデッドの部隊は1つの街を落としていた。


その行く手を遮る者はもはやおらず、その背後には燃え上がる都市が遠くに見える。


そして、その足元には数え切れないほどの帝国兵の亡骸が転がっていた。


「あーあ、こんなに退屈なら甘露の一升くらい持ってきたのにえ……」


時々入ってくるメッセージからも、別動隊のアンデッドが小さな街や軍事施設を破壊しつつ計画も着々と順調に進んでいる様子が伺えた。


初めから期待はしていなかったが、あまりにも拍子抜けすぎてふわぁっと欠伸が漏れる鈴。


からん、ころん。



器用に死体を避けながら進む鈴。



からん、ころん。




チリン――



「ぉ?」


鈴の音が鳴り響く。


この鈴の音はマジックアイテムの一つで、自身に敵対する者が近くにいる場合にその音で知らせてくれる便利なアイテムだ。


その音が一度鳴り、持ち主の鈴に敵対者の存在を知らせる。



からん、ころん。



チリン――



「ふっ!」


背後から小さく息を吐く音が聞こえ、鈴は歩くリズムをずらして一歩前へ出る。


「何者かえ?」


鈴が振り向き問う。


そこには両手に長く湾曲した剣を持つ少女が、鈴が数秒前に立っていた場所を両手に握った剣で振り抜いていた。


薄桃色の長い髪をそのままに、幼さがまだ見え隠れするが、気が強そうな顔立ちの少女。


武芸を嗜んでいるのか足の運びや構えも隙がなく、装備や服を着ていても、その体は戦う者として出来上がっていることが鈴には分かった。


少女が装備している所々がささやかな装飾のされた銀の軽鎧も、高価なものには見えないが細かくよく手入れのされた良い装備なのが伺える。


少女は態勢を戻すと、鋭い視線を鈴に向け正面に立った。


「あんたこそ何者よ。ルストルの街が燃えているのが見えて、急いでやってきてみればみんな死んじゃってるし。転がった兵の死体を辿ってきてみれば変な服装の怪しい女が一人で歩いてるし……燃えてる街も転がった兵士も全部あんたがやったのね?」


鈴はふわぁ…と欠伸をしながら少女の言葉を聞き、やる気を感じさせない様子で少女に背を向け、帝都に向かって再び歩き出した。


「待ちなさい!私の質問に答えなさいよっ!」


鈴は振り返らないままに片手を上げ、ぷらぷらと少女に見えるように振りその足を止めず進み続ける。



からん、ころん。



「私を馬鹿にしたわね?それ以上止まらないなら容赦はしないわ!」


だが鈴の歩みは止まらず、徐々に少女から遠ざかっていく。



からん、ころん。



「……っ!!ッチ!」


少女は剣を構え走り出す。


少女は鍛えられたその脚力を発揮しあっという間に接近し、明確な殺意を持って鈴の無防備な背中に飛び掛かり両手に持ったファルカタを振り下ろした。


「えっ?」


勢いよく降り下ろしたファルカタで確実に斬ったと思ったが、そこには誰もいなかった。


慌てて態勢を整え辺りをキョロキョロと見回す。


しかしあの奇妙な服装の女性はどこにも見当たらなかった。



「……どこ見てるんえ?悪い事は言わんから早よお家へお帰り」



その声は少女の背後から聴こえてきた。


だが少女は振り向くことができなかった。



首元には冷たい女の指が当てられ、肩には一羽の黒と白の羽根を持つ蝶が止まっていた。


あまりにも異様な雰囲気が周りを支配する。

まるで金縛りにあったように体は硬直し、まったく言う事を聞かない。

少女の背筋に冷たい汗が流れ、ただ恐怖という感覚だけが少女の心を支配していく。


だがそんな動けない少女の心境など知ったことではないといった風に鈴は続ける。


「それと女の子がそんな物騒なもの持っちゃいかんえ?きちんと将来嫁ぐ事を考えて料理の一つでも覚えるといいえ」


まるで説教をするように少女に言い放つ鈴。

鈴は少女の両手に握られたファルカタの刃をちょんとその手に持ち、パキンッ!と湾曲した刀身を割ってみせた。


少女の足元に砕け落ちていく剣。

少女はただ眺めていることしかできない。


「あっ……あっあああ!……わ、私の剣……!!」


そうしてもう片方の剣も取り上げ、人差し指と親指で掴みパキッ!と同じように刃をへし折った。


「あっ!ああああああああああ!!貴様ああ!!よくもっ!よくもぉぉ!!」


動けないまま少女は泣き叫ぶ。

その剣は恐らく少女が一番大切にしていたものなのだろう。

尋常では無い声で叫ぶ少女に、鈴は耳元で囁く。



「うぬの首はもっと柔らかいんやろえ?……なぁ?皇女さん?」


「っ!?」



鈴はそれだけ言うと少女の背中をぽんと軽く叩き、再び帝都に向け下駄を鳴らし歩き始めた。


からん、ころん。


少女は動けるようにはなったが、腰が抜けたようにその場に座り込み、立てなくなっていた。


ただ遠ざかっていく鈴の後ろ姿を眺めながら、辺りに砕け散らばっていたファルカタのかけらを集め、大粒の涙を流しながら静かに泣き続けた。



その独特な足音を奏でる足音が聴こえなくなった後でも、少女の頭の中では下駄の音は鳴り響き続けていた。










グライドリヒ・バイツ・ザルディアス帝国

帝都 ベラ 皇帝執務室


鈴と少女が邂逅していた頃と時を同じくして、帝都には既に国内の突然の混乱の様子が伝わっていた。


そして皇帝の在わすその宮殿に、凡そ場にそぐわぬ黒装束の格好をした一人の男がザルディアス帝国の若き皇帝ユーリッヒ・バイツ・ザルディアスの前に膝をついている。


「何か分かったか?」

「ビルズス、ハーフェン、ルストルの街が壊滅、または完全に占領され沈黙しました。第3、第4師団も完全に沈黙。連絡も付きません。恐らくこちらも基地ごと壊滅させられ占領されているかと……」


時間を追うごとに被害が増していく現状に、ユーリッヒは表情も変えずに対処してきていた。


予想はできていた大都市陥落の報にも眉ひとつ動かさず、ユーリッヒただは目を閉じて冷静に思考を巡らす。



初めは帝国各地にアンデッドの群れが出現し、人口密集地を襲い始めた。

建物や迎撃に出た帝国軍に甚大な被害が出てしまったが、一般市民は何故か一人も被害者が出ていない。


建築物の倒壊などでの二次被害は出ているらしいが、アンデッドの群れは民を襲うことは無かったそうだ。


アンデッドの生者を襲う習性から考えて、周辺の人口密集地を襲う行動は分かるが、そこにいる一般人を攻撃しないことに強い疑念が残る。



様々な情報が錯綜する中で、ユーリッヒは一つの可能性が思い浮かべる。



………アンデッドは何者かに操られている?



柔軟な思考はそこから更に、赤い雨が降ったあの日の夜を記憶の棚から引っ張り出した。


立て続けに起こる怪事件。その全てに何か共通性がある訳でもなく、王国に対してだけ集中的に起こっているとも思ったが、リフ大森林の連合軍消失事件で無差別的なものだと分かった。


そもそも赤い雨の夜は王国以外でも確認されている怪事件だ。


帝国も警戒し、全都市の領主や貴族達に注意喚起と軍の再編成・再配置を優先的に行い備えてきた。



だが今回は原因不明の怪事件では無く、第三者による都市や街に対する明確な侵攻。

……もし何者かにアンデッドが操られているとしたら全てが繋がる。


帝国各地に突然現れたアンデッドやゴーレムの大群が周辺の街や軍事施設を集中的に襲撃し始めた事からも、一連の状況の流れを背後から操っている者がいると見たほうが話の筋が通る。


一連の事件も兼ねてより可能性の一つとして考えていた第三勢力の存在がユーリッヒの中で確定する。



だがそれが今分かったところで、小さな街はもういくつ占領され、その被害の程度も分からないほど状況は差し迫っている。


そして今、目の前にいる黒装束からもたらされた新たな情報で、帝都に次ぐ大都市が既に3つ陥落した報告がされた。


3つの都市は大規模な軍事施設もある施設で、特に帝国に張り巡らされた街道の中心地にあるルストルの街には物資集積場がある。


冷静に考えても非常にまずい状況だ。


だが背後に何者かが居るとすれば、狙いは……。



「もう一つお耳に入れたいご報告が……」


ユーリッヒの思考は黒装束の男の言葉で止められる。


目を開くと思考を素早く切り替え、話に集中する。


「新たな情報か?」

「はい。ハーフェン、ルストルの二つの都市を壊滅させたと思われる人物が発見されました。……予め言っておきますが、現地の犬から共有された情報からも間違い無い情報です」


わざわざ言い辛そうに前置きを置く様子から、その内容が突拍子も無いものだと察せられる。


だがそれを察してもなお、ユーリッヒは気にせずに問い返した。


「……どこの勢力かわかったのか?」


恐らく確信を突く一言。

黒装束がピクリと肩を揺らした様子からも当たりだろうと、ユーリッヒは黒装束の言葉を待つ。




「いえ……どこの勢力か等はまだ……。ただ…奇妙な服装の女が……一人です」


ユーリッヒの表情が初めて驚愕に変わり、直ぐに険しいものに変化した。


皇帝の書斎に一瞬の沈黙が訪れ、すぐ確信に満ちた表情のユーリッヒによりそれは破られる。



「………帝都の全軍を招集せよ。その女は必ずここへやって来るぞ。急げ!」





若き皇帝の言う通り、その独特な下駄を履いた鈴の足音は、帝都に向かって響き続けていた。



からん、ころん。






からん、ころん。

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