夢の叶うとき
「おはようございます、ご主人様。もうお昼ですよ」
「ああ、おはようショコラ。眠れたのは朝方だったからな」
道化師にクロセル王子の反乱を見せられて、四人で寝たその日の朝は案の定、寝不足気味での起床となった。
ショコラが用意してくれた温かいお茶を一口含み、重たい瞼を擦る。
「ご主人様、まだ目が覚めていないようですが、早急にご報告したい事があります」
「ん?どうした?」
「先程からお客様がお待ちです。客間に通しているのでお早めにお支度を」
客と言われ、思い出すのは昨晩の道化師が面白いと言っていた子供。
一体何者を道化師は連れて来たのか…。
「ああ、心当たりはある。すぐに支度をしよう」
もそもそと布団から這い出ると、着替えを持って既に待っているショコラが、器用に俺が着ている服を脱がせにかかる。
この行動も最初は少なからず抵抗したが、どのメイド達にも取り合って貰えなかったので諦めている。
パンツより下が見られなかったらいいや…。
と若干ダメ人間気味になって行く俺。
自覚はあるが、俺の意思では直せない。
「ご主人様、腕を上げてください。脱がせません」
「あ〜い…」
そしてコイツらはここぞとばかりに脱がせた後の裸になった上半身を触ってくる。
君たち男の胸なんて触って楽しいのかね?
「今日のお召し物です。ユピテルの衣からパーシェルお姉さまがお作りになった衣服になります。ご主人様からお聞きした"パーカー"と言われる物を意識して作ったそうです。性能は言わずもがな、耐火、耐水、対物、対魔、全てにおいて高水準の服となっております」
ユピテルの衣か。上級ダンジョンで糸を使い罠を張る魔物。裁縫スキルトレーニングには欠かせない上質な生地を作る貴重な素材だ。
そしてショコラが持って俺に着させようとしているのは、そのユピテルの衣から作られた白く滑らかな生地にパーシェルの似顔絵が入った痛いパーカーである。
痛パーとでも名付けよう。
「客の前でこんなのむぐぐ」
着ていけるか!っと言う前に着せられる。
……上からマントでも羽織ろう。
パーカーの上にマントを羽織り、前を留める。
姿見で確認すると、そこにはファッションのカケラもないダサい男が一人。
「これはこれで…」
ショコラには受けているようだ。
流石におかしいので無言で着替えようとすると、ショコラは俺の手を止め引っ張り出す。
「あっ!おい」
「ご主人様、お客様をあまりお待たせする訳にはいけません。おかしくは無いのでそれで行きましょう」
そうして俺は寝起き10分も経っておらず、ダサファッションのままで道化師が連れて来た客が待っている客間まで引き摺られて行った。
「まあ…個性的な服装ですね!」
初対面の少女に、開口一番で気を遣われた。
「あー…すまん。フォローありがとう。後で絶対着替える」
そして待ち人は一人ではなく二人だった。
一人は確かに背が小さく、薄い色素の金髪に幼さの残る顔の高価そうなドレスを着た美少女。
もう一人は背が高く、黒い長い髪を後ろで纏めたキリっとした顔立ちのメイド姿の美女だ。
「素敵な絵柄ですねっ!見たことも無い生地に繊細で丁寧に作られていて、とても高い技術を持った方が作って下さったのが分かります!」
「えっ?」
絵柄が隠れるようにマントを前で留めていたはずなのに、いつのまにか留めが外れてパーシェルの似顔絵が丸見えになっている。
まさかと思い、ショコラに視線を向けると逸らされる。
いつの間に…。
「あー、これな?作ったから来て欲しいって言われてなぁ。お客さんの前だから正装の方が良いと思ったんだがな。気を悪くしてしまったら申し訳ない」
気を悪くした様子は欠片もなさそうだが、このパーカーはどう見ても痛い。
裾に『ご主人様♡Love』と縫われているし器用にも程がある。
異世界人に痛いと言う概念があるのかも分からないが。
「いいえ、そんな事ありません!私も縫い物や編み物を嗜んでいるので、その衣装の凄さが分かるのですっ!あ、後でよく見せてもらってもいいですか?」
「お、おう。いいぞ」
意外とグイグイ来る少女。
あ、名前聞いてないや。先に自己紹介しておこう。
「俺はこの屋敷の主人であるカナタだ。君の名前を教えてくれるかい?」
自己紹介をしてやると少女は一瞬ぽかんとした後に我に帰り、俺から数歩引いて白い頬を赤らめる。
「も、申し遅れました。私はクローナ・レイ・ヘテルベルクです。こちらはカエデ。私付きのメイドです。ここへはピエロさんに連れられてやってきました」
クローナに紹介された背の高い黒髪の女性はぺこりとお辞儀をしている。
俺も初対面の挨拶という事で、日本にいたときの癖が出てついぺこりと返してしまう。
クローナ・レイ・ヘテルベルク…。
ああ、王城に忍び込んだ時にアルシアが見つけた『隠された少女』だったか。
以前に俺は、アルシアから巧妙に隠された一室に幽閉された少女がいると聞いていて、恐らく王女のクローナ・レイ・ヘテルブルクだろうと予想はされていた。
その後、ルピナの《精神汚染》で王やその側近達の記憶からも照らし合わせ、幽閉された少女は王女のクローナ・レイ・ヘテルブルクだと判明していた。
《精神汚染》によって覗き見た記憶から、クローナの事情も知っていたので、道化師が連れて来なくても俺が迎えに行こうと思っていた一人だ。
「君がクローナ姫だったか。そちらの事情は悪いが全て知っている。ここで不自由はさせるつもりはない。……ただし、亜人の差別だけはやめて頂きたい。外の事情が入って来なかった君には必要ないだろうが」
この『隠された少女』は、ヘテルベルク王国現王ザローナ王が徹底的に外部から隠そうとした存在。
部屋から出る事は許されず、外部からの情報も常に遮断していたらしいので、ラテール共和国の話も知っているか分からないが。
「亜人さんは差別されているのですか?あ、私はそんな事しませんよ!カエデも一緒です!」
言葉遣いや声のトーン、身振りが急に幼くなるクローナ姫。
外部とのコミュニケーションがほぼ皆無だった彼女の、どこかちぐはぐで歪な一面が現れる。
もしかしてこれが道化師が言っていた『子供』の意味か?
一瞬だけ見えたそれは、すぐに見えなくなる。
色々と考えや記憶が脳裏をよぎるが、俺は気にせずにクローナに答えることにした。
「そうか。ならば自由にしてくれて構わない。今日中に部屋を用意させる。一つだけ聞かせてくれ。何故ここに来ようと思った?」
彼女の事情は分かっているし道化師が連れてこなくても俺たちが救出し、その力を俺たちのために使ってもらおうと考えていた。
道化師がどう口説き落としたのかは知らないが、自分の意思でここへやってきたのなら聞いておかなければならない。
「それは、カナタさんのお役に立つためです。私の生まれ持ったスキル《遠交未来》で見た世界を作るお手伝いがしたいのです!」
……《遠交未来》
簡単に言えばドロップ率やダンジョン報酬に影響するLUK値が高くなるパッシブスキル。オプション的に数秒先の未来が見えたりもする。発動タイミングは完全ランダムで発動するので、見えないときは見えない。
具体的には、戦闘中の敵の行動を予測したりレアエネミーの出現位置・時間が分かったりとそこそこ有能なスキルではある。
だが習得にランダム性が入ってくる特殊なスキルで、保有していたプレイヤーは数少ない。
もちろん俺は持っていない。
「《遠交未来》か。確かに有用だが……具体的に何がどこまでできるのかも分からんな。俺の役に立つと言っているが、俺の事を知っていたのか?……もしかして《遠交未来》で?」
俺が尋ねると、クローナは両手を胸の前で組み目を閉じ、祈るようなポーズで話し出す。
「はい。私がまだまだ幼い頃に夢を見たんです。大きくなった私がカナタさんの隣で幸せになっている姿を。それまでも白昼夢やふとした時に、未来をいくつか見る事はありました。……でもその夢は見てきた未来の中でもはっきりと輝いていて、その姿は部屋の外に出られない私が唯一持てた希望でした。ずっと会える時を待っていたんです!」
「ひ、姫様!?」
幼さの残る彼女の精一杯の叫び。
過酷な環境で見た夢が生きる希望となり、今日、それが叶った。
言い終えると同時に俺の元へ飛び込んで来るクローナ姫。
お付きのカエデと言う女性も心配そうこちらをに見ている。
その小さな体を俺は受け止める。
「そうか…よく頑張ったな?これからは俺が君を幸せにしてやろう。安心してここで暮らしていくと良い。………しかし幼い頃からか。君は幼い頃から俺と出会うことを予知していたのか…」
彼女のことも気を使ってやらなければならないが、やはり気になったのは《遠交未来》のスキル内容の変化だった。
ルピナの固有スキル《精神汚染》や《空間創造》と同様に、かなり破格な性能へと昇華しているようだ。
「うん!今では見ようと思えばもっと未来も見ることができるの!でもまだ見てません!カナタさんがそういうの嫌いって知ってるから」
俺の性格まで分かっているようだ。
もしこの少女が監禁されず、その能力を連合軍のために使っていたらと思うとゾっとしてしまう。
「そ、そうか。だが場合によっては使ってもらうかもしれない。滅多に頼むことはないとは思うが、そのときはよろしく頼みたい」
「うん!」
クローナ姫ははにかみながら頷き、その小さな体で俺を抱きしめている。
彼女は俺の事を見て知っているようだが、俺はまだクローナ姫のことを報告の内容でしか知っていない。
ただ、とても過酷な生活を強いられていたということは知っている。
何故ザローナ王は自分の娘である閉じ込め幼い子供にそんな生活をさせたのか。
この子が持つ《遠交未来》が恐ろしかったのかは分からないが、俺の下へ訪れた以上は何不自由なく、人並み以上に幸せにしなければと俺は心に誓った。
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