崩れ行く栄光
風が吹き荒れ大地が揺れる。
黒い軍勢は軍靴を鳴らし王都へ進む。
率いるのは王都で生まれ育った青年。
その側には不気味に笑う仮面を被った男。
黒い軍勢の行進は止まらない。
遮るものはなく、ただひたすらに青年に付き従う。
大地を埋め尽くさんばかりの黒き鎧の群れは、遂に王都の城壁へ辿り着く。
青年が立ち止まると黒い波の行進も止まる。
青年が手をかざし、振り下ろす。
それを合図に王都防衛戦の口火が切って落とされた。
黒い軍勢から放たれる無数の矢と魔法、大型のバリスタや射石砲。
完全に奇襲に似た襲撃を受けた王都守備軍は浮き足立ち、まともに対応ができず被害が広がっていく。
城壁の上から散発的に反撃を繰り返すが、その被害差は守備軍が圧倒的に被っている。
青年が再び手で合図を送ると、黒い波のを擦り抜けるように城門を破るための破城槌が現れる。
それを確認した守備軍が、被害を承知で城壁から身を乗り出し放つ魔法を破城槌に集中させた。
数十人からなる黒いローブを着た魔道兵達が何重にも障壁を張るが、次々に破られていき、破城槌は城門に辿り着く前に破壊される。
しかし守備軍も被害は甚大で、まともに組織的な行動を取るのが難しくなっていた。
すると今度は黒い軍隊の後方に魔砲兵器が現れる。
城壁からは魔法が届かぬ位置に配置された魔砲兵器から一斉に魔法が発射され、次々に城門周辺に着弾し、爆発を起こしていく。
その破壊力は絶大で、着弾した箇所には大きなクレーターが出来ている。
そしてそれは発射される度に精度を増し、遂に一発が城門に直撃した。
数十メートルはある城壁の城門は巨大で分厚く、様々な加工がされており、一撃で粉砕される事は無かった。
しかし、城門は歪み大きなヒビができていた。
魔砲兵器に対抗する手段が無い城壁にいる守備軍は恐慌状態に陥り始め、とうとう反撃すらまともにできなくなった。
ほくそ笑む青年。嗤う道化師。
魔砲兵器から繰り出される圧倒的な質量の魔法は次々に城門に直撃し、大きなヒビを作っていく。
場内の守備軍は、その内側にて魔道兵や工兵を動員し始め城門に障壁を張り、修復を行なっているようで、魔砲兵器によるダメージが通り難くなっていくのが分かった。
青年はなかなか崩れない城門に苛立ちを覚える。
隣にいる笑っていた道化師は不気味なほど静寂を保っている。
だが第一城壁が落ちるのは時間の問題で、次々と魔砲は撃ち込まれていく。
いよいよ修復が間に合わなくなり、城門が粉々に砕ける瞬間。
魔砲兵器陣地で大爆発が起こった。
そこには一人のローブを着た小柄な人物と多くの騎馬兵が王国軍旗と将軍旗を掲げ、後方陣地に突撃を敢行していた。
それは、リフ大森林へ増援として向かっていた将軍の軍旗だった。
青年は慌てて黒い軍隊に迎撃を命令する。
しかしここで長年の用兵経験の差が如実に現れ、王国軍増援部隊は次々に矢と魔法の雨を降らし黒い軍隊の出鼻を挫く。
そうしている間にも王国軍騎馬兵は黒い軍隊の陣内を引き裂いていく。
後方陣地は既に壊滅し、引き裂かれ孤立した部隊も次々に包囲殲滅の憂き目に遭う。
大地を覆い尽くすほどいた黒い軍隊は激しく抵抗するが、着実にその数を減らして行った。
青年は慌てて様々な命令を下すが、全て読まれているかのように悉く先手を打たれ、対抗手段を潰されていく。
青年の頬に冷や汗が伝う。
その時、壊れかけていた城門が開き、赤と白の鎧を纏った騎馬兵が出現し、黒い軍隊に突入してくる。
青年は驚きながらも記憶を探る。
派手な装飾がされたその鎧や馬に乗っている兵達は第二城壁内を守る王国近衛兵だった。
屈強な王国軍の中でもさらに精鋭で固められ、その強さは王国軍最強を誇る近衛兵。
選抜された者しか入隊できない、完全実力主義の上位者達で構成されている部隊。
王族や貴族たちを守護する近衛兵が、まさか第二城壁の外に出てくるとは思っていなかった青年はパニックになる。
近衛兵の後ろからも続々と打って出る王都守備軍。
黒い軍隊は完全に挟撃を受ける形となり、形勢は逆転した。
城壁からも再起した守備軍が援護の魔法を飛ばす。
青年はただ何故こうなってしまったのか呆然と立ち竦み、戦況を眺めているしかできなかった。
ふと道化師の姿を探す。
道化師の力を持ってすれば不利となった形勢を逆転できるかもしれない。
だが側にいたはずの道化師の姿は見えず、探し回るが、道化師は既にその場には存在していなかった。
青年は全てを悟り、膝をつき絶望した。
黒い軍隊は次第に組織的な抵抗ができなくなり殲滅されて行く。
だが降伏する気配は無く、王国軍も完全殲滅を決定し、苛烈な攻勢繰り返した。
夜になっても戦いは続き、夜闇が白ける頃に黒い軍隊は呆気なく全滅した。
その中に青年の姿は見当たらなかったと言う。
「これが昨晩の出来事だよ。前座としてはなかなか派手になっただろう?」
俺は風呂上がりに王国であったと言う一連の出来事を映像で見せられていた。
あれからすぐに風呂を上がり自室へ戻るとイーリスやリット、リーゼが集まっており。その中で道化師も混じって俺を待っていた。
面白いものを見せてくれると言うから気軽な気持ちで見てしまった映像は、王国の第一王子、クロセル・レイ・ヘテルベルクが黒い兵を率いて王都に進軍する反乱映像だった。
「王子はどうなった?あの黒い軍隊の正体は何だ?」
とりあえず気になったことを尋ねて行く。
「王子は知らないね。どこかに逃げ出したんじゃない?あの軍隊は僕が声を掛けた貴族達の私兵さ。数と見せ掛けだけのね。王国以外の者達も大勢いるよ。すぐにバレるだろうねー。まあそうなるように仕組んであるんだけど。アハハ!」
正直に言うと、俺は王国がどうなろうがこちらが被害を受けなければどうでもいいと思っている。
道化師ですら、自分で状況を整えた癖にどうでも良さげに語っている。
だが、やはりコイツがやる事はえげつない。
時間稼ぎを命じたのに、連合軍を内部から崩壊させるつもりである。
この出来事は結果的には時間稼ぎにもなるし、連合国同士の連携を乱す事ができる最も効率の良い一手だと俺は思った。
黒い鎧の兵士もその身元が分かれば王国の連合離反もあり得る一手だ。
「ここから先は僕が手を出さなくても物語は勝手に進むからね。暫くはゆっくりさせて貰うよ?折角システムに縛られず自由になれたんだ。新たな物語の構想を練らないとね」
道化師はそれだけ言って消えようとする。
このままコイツを野放しにしては不味いと思い、呼び止めることにする。
「ピエロ待て。自由にするのは構わないが、俺たちに悪さはするなよ?後、暫くは連合にちょっかいを掛けるのも無しだ。観光くらいに留めておいてくれ」
釘を刺しておくが、どれほど言う事を聞いてくれるかは分からない。
とりあえずできれば目の届く範囲に居て欲しいが…。
「んー、分かっているよ。先ずは新たな役者も見つけないといけないしね。あ、そうそう。面白い子供を見つけたんだ。後で届けておくから受け取ってくれよ?アハハハハハ!」
子供を見つけたから俺に届けるという意味のわからない言葉を言い残し、消えていく道化師。
俺の神経はガリガリと削られる。
「行きましたか……。やはり奴の性格は変わっていないようですね。スキルで操ったのは貴族達でしょう。王子の方はピエロが甘い言葉で口説いたんでしょうね。彼には元々問題があったようですし。騙されても仕方ありませんわ」
思いの外辛辣な言葉がイーリスから発せられる。クロセル王子の個人情報もある程度俺たちは手に入れている。
確かにリーゼが纏めた報告書にもだいぶ辛辣な言葉が書き連ねられてあったが。
改めてクロセル王子について書かれている報告書に目を通す。
「自分に才能があると勘違いし、失敗があれば全て他人に責任を押し付ける。父親である王ですら無能呼ばわりし、事あるごとに王の責任問題にしようとしている。全てに於いてご主人様とは正反対……。これ書かれてるところ補足の欄なのに、感想っぽくなってるぞリーゼ」
「仕様です」
俺の隣に座っているリーゼが、さらに密着するように詰めてくる。
風呂上がりの薄着の俺に、直接リーゼの感触と体温が直接伝わってくる。
「ぬお、リーゼ詰めすぎじゃ!儂が窮屈になる」
そして俺の膝の上にはリット。ちなみに俺を挟んだリーゼの反対側にはイーリスが座っている。
「リーゼ、ご主人様にあまり迷惑を掛けてはだめよ?……ですがこれである程度時間は稼げましたね。ピエロのお陰なのは少し癪ですけど」
イーリスは呟きながら紅茶を啜る。
心なしかイーリスも体を密着させて来ている気がする。
「じゃがあのピエロ、儂らに子供を受け取れと言っておったの。面倒ごとの匂いがぷんぷんなのじゃ…」
「全くだ。アイツは味方にいても面倒ごとしか持ってこないな…。敵でも味方でも扱い辛い」
って言うか猫拾ったみたいな感覚で言われた挙句に俺に押し付けるなんてなぁ。
アイツが興味を持つ対象が居たことにも驚きだが……。
「はぁー…。取り敢えず今日は疲れた。俺もう寝てもいいよな?」
「お伴します」
「儂もじゃ」
「で、では私も!」
立ち上がろうとすると、がっしり俺の腕を掴むイーリスとリーゼ。リットもコアラ状態になり離れるつもりは無いようだ。
「お前らなぁ…」
「ご主人様はパニエとメイと一緒にご入浴されていたと聞きましたよ?私達にもお情けを下さいまし」
「そーじゃそーじゃー!」
「はい」
ぐぬぬ、前科もある分言い返せない。
そして逃すまいと両サイドから掴まれ俺に逃げ場はない。
「では寝室までエスコート致しますね。ふふっ。今宵はよく眠れそうです」
だいぶ上機嫌なイーリスに引っ張られ、隣の寝室まで案内されベッドに寝かされる。
両サイドにイーリスとリーゼが入って来ても広さに余裕がある筈なのに、密着するように詰めてくる二人。
リットは相変わらずのコアラ状態だ。
王国で王子が反乱したことよりも、今の俺の状態の方がピンチである。
「おやすみなさい(なのじゃ)」
と三人が言うや否や、すぐに寝息が聞こえてくる。
その日の夜はただ理性と戦いながら眠れぬ夜を過ごし、朝方になってようやく睡魔が理性に勝利した。
もちろん、次の日は寝坊してしまったのは言うまでもない。




