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ヒストリア  作者: パリィ
2章 暁の救世主
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刻む名は

嘲笑しているような、口角の吊り上がった笑みの白黒の仮面に、燕尾服姿の怪しい出で立ち。

その姿を見ただけで、何故か心の底から恐怖が這い上がってくる。


城内の関係者ではないことは明らかで、侵入者である。

昏睡事件のせいで警備は以前より厳重になっている。どうやって忍び込んだのかは分からないが、俺が叫ぶあだけでこのふざけた男は捕らえられるだろう。


しかし何故か叫ぶ事すら許されず、その異様な風体に体は恐怖でただ震えあがっているだけだった。


「怖がらなくていい。僕は君の味方だ。君の願いを全て叶えてあげよう」


道化師のその言葉に恐怖は消え、俺の心にすんなりと入ってきた。


「さあ、願いを言ってごらんよ。それを叶える方法を僕は全て答えてあげよう!」


無能な王を引きずり落としたい。

俺が玉座に座り、大陸に名を残したい。

『武踏姫』を妃に迎え、あの美貌と肢体を楽しみ貪りたい。


他にも大小様々な欲望は数多くある。


だがこの三つの願いは何よりも俺の中で優先された。


「いいねいいね!君の物語は今から始まる!舞台は僕が整えてあげよう!!君はただ僕の言う通りに動くんだ。そうすれば全て上手くいき、『武踏姫』も手に入るだろう。それも最良の状況でねっ!アハハ!アハハハハハハハハハ!!」


嗤い声が部屋の中で響く。

普段であれば不快感しか覚えぬそれに、俺は何故だか楽しくなって笑うのを堪え出す。


「失礼します。殿下、陛下がお呼びで……何者だ!!曲者っ」


レイチェルが部屋へ入ってくる。

嗤う道化師を見て叫ぼうとしたようだが、喉を詰まらせたように声が出なくなり、その場で蹲る。


「三流奇術師は黙ってなよ。君は魔法の何たるかも分かっていない名だけの宮廷魔道士だろ?そんな男がクロセル君を導けるわけ無いよねぇ?さっさと僕の劇から退場してもらおうか」


道化師はそれだけ言うと、レイチェルの姿を消して見せた。

跡形もなく、その存在を丸ごと。


「いいかい?クロセル君。今はあの三流奇術師を消して見せたけど、魔法はこんな使い方をしては駄目だ。今のは突発的な事故だったけども、本来魔法はそんな使い方をする為にあるんじゃない。人を楽しませ、その詰まらない人生により良く華を添えるためにあるものなんだ!!」


人一人を丸ごと消して見せた道化師は語る。


何の痕跡も残さず、あっさりそれを為した道化師は明らかに宮廷魔道士の中でも優秀だったレイチェルの技量を遥かに超えていることがわかる。


だがそんな魔法の使い方を道化師は否と言う。


もしかすると、コイツなら…。


「本当に…俺の願いは叶うのか?」


初めて自分から道化師に向かって話しかける。

魔法の何たるかを語る道化師の言葉はピタリと止み、その仮面の奥にある暗い双眸で俺を見据えた。


「叶うとも!!僕にできない事はない!最高の舞台と最高の結末を君に与える事を誓おうじゃないか!君はこんな所で足踏みをしていて良い存在じゃあない!僕と共にこの大陸中に名を残そうじゃないか!!アハ!アハハ!アハハハハハハハハハ!!」


聞き慣れた世辞や忖度で聞かされた言葉と違い、その道化師は初めて心から俺の事を評価してくれていると感じ、信用してみたい気持ちが芽生えてくる。


「は、はは、ははは…はははははは!はははははははははははははははははははははは!!!」


いつぶりだろうか、こんなに笑ったのは。

もしかしたら生まれて初めてかもしれない。


狂ったように笑いが止まらず、諫言だけで中身のある言葉を話さなかったレイチェルとは違い、その実力も申し分無い道化師に任せてみようと思った。



雌伏の時は終わった。



そう思うと、いつまで経っても王の下に来ない俺を心配した使いの者が来るまで俺は嗤い続けた。


そして道化師は再び、呼びに来た使いの者を一人消し去った。


もはや道化師を疑う事はなく、消えたレイチェルの代わりに俺の側近にする事を決めた。


「無能が俺を呼んでいるそうだ。慈悲で付き合ってやろう。お前も来るか?」


流石に待たせ過ぎていて大勢でこの場を目撃されても困る。

新たな側近として道化師を周りに紹介して回った方が後々行動もしやすくなるだろうと思い、目の前の道化師にそう提案してみる。


「今は遠慮しておくよ。僕は君の晴れ舞台を整える為に、少し走り回って来ようじゃあないか。それまで楽しみに待っていてくれよ?」


道化師はそう言い残し、こちらの返事を聞く前に姿を消した。


あれは転移魔法だろう。

並みの魔法使いにはできない高難易度魔法だ。扱える者でも長ったらしい事前の詠唱や魔法陣を必要とし、長距離は転移できず、実用的では無い。


それを当たり前のように詠唱も魔法陣も必要とせず発動し、何処かへ転移して行った道化師に俺の中で確信めいたものが生まれる。


あいつを使えば南方諸国…大陸だって統一できる。と。


歓喜の笑いが込み上げてくるのを只管我慢し、無能に呼び出されていた事を思い出す。


「直ぐにその玉座から引き摺り落としてやるよ」


小さく呟き、部屋を後にした。







それから道化師は数日と待たず俺の下へ戻ってきた。


「アハ!君に賛同する者は思いの他多くてね!皆手放しに君に協力してくれることを約束してくれたよ!」


開口一番で不穏極まりない発言に驚愕した。


「どういう事だ?いったい何を協力してくれると言うのだ?」


道化師は相変わらずの人を小馬鹿にしたような仮面の奥から俺を見つめ、愉快な気持ちを抑えることなく俺に話し出す。


「何をって決まってるじゃないか!まずは君が無能と呼ぶ王を引き摺り落とすための舞台の事さ!この国の貴族の過半数以上が賛同してくれたよ!それだけでこの国の王がどう思われているか理解してしまうね!そして君は幸せ者だ!あんなにも多くの人が君を王になることを賛同してくれているなんでね!」


そのピエロの言葉に、やはりあの愚王は貴族たちからもよく思われていなかったようだ。

やはり流れは俺に向いてきている。大事を成し、歴史に名を刻む時が漸く訪れたように感じた。


「君が号令を発せば皆君に続き、軍靴を鳴らすだろう!君が望む栄光への道はすでに拓かれた!さあ、僕の手を取って往こうじゃないか!!この大陸に名を残し、『武踏姫』を君のものにするために!」


差し出された道化師の手を一瞬躊躇いつつも、俺は掴んだ。


「舞台に足りないのは主役である君だけだ!無能な王の時代を終わらせに終止符を打つため、早速舞台へ飛ぼうじゃないか!」


道化師の言葉にこれから起こることを想像し、震えるどころか不思議な高揚感が溢れ出して、冷静さが消えていくのが分かった。


道化師は掴んだ俺の手を握り返し、一瞬で俺と自分を転移させた。



「ここは…」


転移させられた先は何処かの草原の丘だった。


そして眼下に広がる軍勢。上がる旗は漆黒で、何も描かれていない。


「全て君の考えに賛同し、王国の貴族以外にも様々な国が協力してくれているのさ!つまり、君は国内からも国外からも無能な王を廃し、新たな王として君臨されることを願われている!」


隣の道化師はいつのまにか俺の手を離し、大仰な身振りで演出掛かった喋り方で説明している。


だが悪い気分はしなかった。


これ程の軍勢。不気味なまで静寂を保ち、地平線まで埋め尽くす黒い鎧を纏った兵士達で大地は埋まっている。


王国の運命は今自分の手の中にある事を自覚できた。


そして振り向くと、自分が生まれ育った王都の大城壁が見える。


「さあ、クロセル君!号令をっ!歴史に名を刻む行進を!!」


俺の一言で王国の歴史が変わる。


簒奪者として刻まれるか、賢王として刻まれるか。


「全軍」


否、俺はこの軍勢を率いて無能な王を討ち倒し、英雄王と刻まれるために。


「前進せよ」




新たな王国の歴史が刻まれ始めた。






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