レア・アザゼル
「お兄ちゃん!」
その子はマリウスと同じ青い髪をした少女だった。
「レア…どうしてここに」
俺の目の前では今、感動的な兄妹の再会シーンが繰り広げられている。
ヘンリエッタ…エッテとマリウス君を仲間に引き入れたその日の夜、リーゼに手配させていたマリウス君の妹さんが屋敷へ運ばれた。
ここは屋敷の三階にあるミストの隣部屋。マリウスと兄妹の部屋となる場所だ。
マリウスの妹、レア・アザゼルは備え付けられたベッドの上から身を乗り出してマリウスに抱きついていた。
「お家にいたら黒い影みたいな人が現れて、気が付いたらここで眠っていたの」
その言い方では完全に誘拐である。
こちらを睨むマリウス君の目が怖い。
「言っておくが連れてきただけだから危害は加えていないぞ?帝都の家に忘れものがあるならアルシアに言っておいてくれ。取りに行かせよう」
誤解されるのも嫌なので先手を打っておく。
たがまあ、これでマリウスからの条件は満たしたことになるだろう。
「てめぇ、どうやって…」
マリウス君はレアちゃんを抱きしめたまま離れない。
何を隠そう、彼は重度のシスコンなのである。
「リーゼの配下のアンデッドを使って帝都から転移陣を使い運んできただけだ。安心しろ。手荒な真似は一切していない」
理解できるかは分からないが、ネタばらしをしておく。何かあるたび聞かれるのも億劫だ。
「リーゼ…あの黒い女か」
何か思い出しているのだろうか。レアちゃんを抱きしめたまま俯き考え込むマリウス。
もしかして、リーゼに背後を取られたのを気にしているのかもしれない。
コンコンっと扉がノックされる音が聞こえた。
「失礼します」と入ってきたのは、マリウスとレアちゃんと部屋がお隣さんになる金髪の天使、ミストだった。
その大きく長い翼は、室内では綺麗に畳まれているが醸し出される美人オーラは圧倒的なもので、人の目を強制的に惹きつけてしまう。
「わぁ、凄い綺麗…」
レアちゃんが抱き合っていたマリウス君を押し退け、突然の来客者であるミストに見惚れている。
「あら、ご主人様。もういらしてたのですね。それで、ご主人様が言われていた患者の少女は…貴方ですね」
ミストがレアちゃんが座っているベッドまで近付くと、腰を曲げレアちゃんの視線に高さを合わせる。
「こんばんは。初めまして。私は《姉妹達》のミストよ。貴方のお名前を聴いてもいいかしら?」
その美声で優しく自己紹介をし、名前を尋ねるミスト。
レアちゃんは緊張した様子で答える。
「レ、レアです。マリウスお兄ちゃんの妹です。よろしくお願いします」
震える声で自己紹介をするレアちゃん。
同性でも極端に容姿がいい人と対面すると気後れするあるある光景だ。
「こちらこそよろしくね。ご主人様よりレアちゃんの診察と治療を頼まれているの。少しだけ貴方に触れてもいいかしら?」
優しく問い掛けるミストに顔を赤くしながらコクコクと頷くレアちゃん。
それにニコリと微笑みミストはレアちゃんの手を取る。
「……うーん。成る程ね。慢性的な魔力欠乏症のせいで体が弱りやすくなっているのね。貧血、眩暈、立ち眩みに食欲不振。少しだけ内臓も弱ってるけど、うん。大丈夫よ。すぐ治るわ」
「何?」
ミストの言葉にマリウスが反応する。
「何人かの医者に診て貰ってきたが、皆一様に治せないと匙を投げてやがったぞ?お前に治せるのか?」
先程まで俺に向けられていた鋭い視線がミストに注がれる。
「魔力欠乏症は分かりにくい症状から段々と体が弱っていく病気よ。どんな治療を施しても結局は本人の魔力量が増えなければ直ぐに再発するわ。この病気を見抜いて適切な治療を施すなら最低でも《鑑定》より上位の看破スキルが必要ね」
ミストはマリウスに振り返らずに説明する。
ミストは《姉妹達》の中でも治療系に特化されたキャラで、どんな怪我や病気でも治してしまう設定がされてある。
ゲーム内では地味な役職だったが、異世界ではとても心強いお姉さんである。
「治り…ますか?」
レアちゃんが恐る恐ると言った具合にミストへ尋ねる。
「ええ、治るわ。今日はもう疲れているでしょうから、明日から治療を行いましょう。栄養のあるものを手配しておくからきちんと食べて寝るのよ?」
ミストはレアちゃんを撫でながら優しく微笑む。
ミストの容姿もあって、側から見るとまるで聖母のようである。
「はい!きちんとご飯食べますね!……あの、ミストお姉さん」
元気よく返事をしていたレアちゃんが、急にテンションを落としてミストを呼ぶ。
「どうしたの?」
「そういえば、ここはどこなんですか?」
「と言うわけでここはリフ大森林よ」
ミストは簡潔かつ丁寧に、事の顛末をレアちゃんに話していた。
マリウスは自分がイーリスにやられてしまった所から苦虫を潰したような顔をしている。
「じゃあカナタさん…ご主人様が皆さんを助けるためにこの森を守ってたんですね」
「ええそうよ。このお屋敷には沢山の亜人の人々が働いているの。ご主人様はみんなを守るために戦う事を選んだの。貴方のお兄さんも私たちに協力してくれることになったから、貴方をここに連れて来たのよ」
間違ってはいないのだが、なんだろう。こそばゆい感じで居た堪れない。
「じゃあ私もご主人様のお世話になるんですよね?ご主人様!兄共々よろしくお願いします!」
レアちゃんがベッドの上から上半身だけで礼をしてくる。
どこかの兄と違ってできた妹さんだ。
「ああ、任せておけ。レアちゃんはまず、ミストの治療を受けて元気な体になる事がここでのお仕事になるからな。無理はせず、ミストの言う事をしっかり聞くんだぞ?」
「はい!」
うんうん。子供はこうでなくちゃな。
まあレアちゃんのお兄さんは俺たちの実験に付き合わされるんだが…少々心が痛む。
コンコンと再び扉が叩かれる音がし、「失礼します」と食事を乗せたワゴンと共にリリルが入室してくる。
「ご夕飯の用意ができました。お体が弱っていると聞いておりましたので、栄養があって消化のいいものを選んでおります。どうぞ召し上がってください」
「アタシも失礼するわよぉん!ベッドに備え付けられる特注の台を作ってきたわぁん!使って頂戴〜」
リリルの背後には大きな筋肉…レイモンドがベッドに食事が置けるよう備え付けの台を持って入室してきた。
「リリル、レイモンド、今日からレアちゃんの食事は貴方達に任せます。ご主人様付きでない日は、食事以外でもレアちゃんに付いて上げてくださいね」
「畏まりました、ミストお姉さま」
「了解よぉ〜」
む?二人をレアちゃんに付ける?
今まで亜人種の女性達に《姉妹達》のメイド組を付けたことは無かったと思うのだが…。
「それでは私達はこれで失礼します。レアちゃん、この二人は私の妹達よ。レアちゃんが元気になるまで二人が助けてくれるから、思いっきり甘えていいわよ」
「は、はい」
レアちゃんは少し緊張した様子でリリルとレイモンドにペコリと一礼する。
リリルとレイモンドもそれに合わせて綺麗なお辞儀を返した。
「ではご主人様、参りましょう。マリウスさん、貴方も少しいらっしゃい」
ミストに手を引かれ部屋を出るとミストはマリウスに向かって手招きをする。
終始怪訝そうな顔で一連の流れを見守っていたマリウスは、相変わらず機嫌の悪そうな顔で俺の隣でミストに付いていく。
部屋から離れ、俺たちの前を歩き廊下の隅で立ち止まるミスト。
ミストは少しだけ真剣な面持ちで振り向く。
「少し大事なお話をします。レアちゃんの病気は魔力欠乏症で間違いありません。ですが私がここで診た何人かの方達より酷く症状が進んでいます。私が治療を行わなければ一年と持たず亡くなっていたでしょう」
ミストからは予想外の言葉が飛んできた。
マリウス君なんて呆然としてしまっている。
「ま、待て!レアはそんなに酷いのか!?レアは助かるのかっ!?」
血相を変えて、声を上げミストに迫るマリウス。
それにミストは冷静に答える。
「この世界では魔力欠乏症と言うか言葉はあってもあまり浸透もしていませんし、症状も分かり辛く、魔力欠乏症と診断されることも滅多にありません。理由は先程述べた通りです。それ故に正しい治療法も確立されていません。あっても眉唾モノが殆どでしょう。ですが、ここには私がいます。間違いなく完璧に短期間で完治させてみせましょう」
ミストは治癒師として生まれてきたことに誇りを持っている。
俺にはそう感じられる程、その瞳に力強い意思を感じた。
「そ、そうか…。正直今まで診察してきた医者共は皆違う病名を伝えてきていた。名医が多いと聞く帝国に移り住んでも結局レアを治せるどころか、病名すらも言い当てる奴はいなかった…。頼む、レアを助けてやってくれ。あいつはたった一人の家族なんだ…。お前らの実験だろうが何だろうが付き合ってやる。帝国の情報が知りたいなら何でも話す。死ねと言われれば死んでもいい!だから頼む…」
ミストに縋り、肩を震わせるマリウス。
そこには、初めて会話した時の不遜な男はもうどこにも居なかった。
「任せなさい人間。私にできないことは無いわ。どんな病気や怪我でも治癒させるのが私の生まれてきた意味。ご主人様に誓ってレアちゃんを完治させてみせましょう」
縋り付くマリウスの背中を宥めるようにトントンと叩くミスト。
だがマリウス君よ、何か勘違いしているようだから言っておこう。
「お前な、俺がそんな命令するわけ無いだろ。それに俺は部下を雇ったつもりは無いぞ?お前はあくまで協力者であり仲間だ。簡単に死なれては困る。まあ実験には付き合ってもらうが体や精神に害は無いから安心しろ」
その震えている背中を叩いて喝を入れてやる。
ミストが側でマリウスはイーリスの時のように吹っ飛びはしなかったが、思いっきり咽せていた。
「おら、この後集まれる奴だけで顔合わせするから会議室へ行くぞ。女性比率のクソ高いこの屋敷で俺以外の唯一の男だからな。強制的に出席だぞ」
「ケホッ!ク、クソがぁ!どんな馬鹿力してんだてめぇ!」
「おら行くぞー」とミストと先に歩き出す。
マリウスは背中の痛みを引き摺りながらも、俺たちの後をヨタヨタと付いて来ていた。
一滴の涙を零しながら。
そして、隣を歩くミストからメッセージが入る。
『ご主人様、後でお話が』




