軟禁
構成を練り直す時間が…ないッ!!!
「姫様、お茶が入りましたよ」
「ありがとうカエデ」
謁見の間でヘテルベルク王ザローナが、臣下を集め、伝令兵からの報告を聴いている頃。
時を同じくして赤王城のとある一室では、ぬいぐるみを抱いた肌が不自然なほど白い小さな少女と、メイド服に身を包んだ背の高い女性がお茶を楽しんでいた。
「ねぇカエデ、お父様達は何を話し合っているのかしら?」
「すみません姫様、そこまでは私には分かりかねます」
淹れたお茶と貴重な砂糖をふんだんに使ったお菓子を運ぶ、カエデと呼ばれたメイドは、王国屈指の職人が作った一般人には凡そ出回る事のない高価なテーブルに、お茶を運ぶ手を止めずに困ったような表情で答える。
「最近お城の中で皆さん忙しそうに走り回っていますし、クロセルお兄様も怒りっぽくなってる気がするんです。真っ赤な雨が降ったあの時くらいからかしら…」
可愛らしい熊を模したぬいぐるみの手を取り遊ぶ少女。
その仕草は、少女の本来の年齢を知っているカエデからすると少々幼く感じるが、それも仕方のない事なのだろうとカエデは思う。
「クローナ様、後ほど城の御庭でお茶をしませんか?近頃は城に篭りっぱなしでしたので気分転換にも良いかと」
「ほんとに!?お外に出れるのね?出たいわ!あぁ、楽しみね!!」
カエデの提案にクローナと呼ばれた小さな少女は大喜びする。カエデは数年間クローナに仕えおり、一週間前に用事で外出して以来、カエデもクローナと同様に城から1歩も外に出ていない。
クローナが外に出る事を厳しく制限されているのを知っているカエデは、自分の思い付きで提案した庭での気分転換に、予想以上に喜ぶクローナを見て後に引けない思いになる。
クローナは城の庭ですら厳しい制限がかけられている。
もっと簡単に言えば、クローナ姫は事実上この部屋に軟禁されているのだ。
部屋の中には様々な動物を模したぬいぐるみや、数え切れないほど作られた刺繍。申し訳程度の学習道具と月に何冊か与えられる様々なジャンルの本。
そしてお付きと言う監視者。
全てヘテルベルク王国第一王女、クローナ・レイ・ヘテルベルクをこの城、この部屋から出さないように用意された暇潰しの道具。
クローナは生まれた時からそうやって軟禁状態で生かされていきた。
そしてクローナの存在を知る人間はごく僅か。高級貴族の一部と宰相、王家に連なる人間とお付きのメイドであるカエデしか知らない。
外出には厳しい制限があるが、実際には許可は絶対に降りる事のない牢獄。
全ては、クローナがあるユニークスキルを持って生まれてしまった事に起因している。
「楽しみね、ヒューイ!1年ぶりかしら!あのお日様の下でお茶ができるのね!」
今年で13歳になるクローナは、膝に抱いたヒューイと名付けられた可愛らしい熊のぬいぐるみを抱き締めて、溢れんばかりの笑みを浮かべる。
庭に出る許可だけでも相当に厳しく、ザローナ王に直接許可を取らなければならない。
さらにクローナの存在を隠すため、城内を歩く際にも人とすれ違わないように細心の注意を払わなければならない。これは庭に出てからも同様である。
ただ庭に出るだけでも多くの障害を抱えるクローナは、自分が部屋の外に出る難しさを全て知っている。
自分の我儘で父であるザローナ王や、お付きのメイドであるカエデ、自分の存在を知っている者達全員に大きな迷惑を掛けてしまうことも。
それでもやはり外に出れる事の歓びは隠せない。
クローナにとって太陽の下に出れる事が最大の娯楽でもあるからだ。
「では後ほど陛下にお許しを得ましょうね。姫様は良い子にしてお部屋で待っていて下さい」
「うん!」
そうして赤王城の一室で小さな少女とメイドは、お茶とお菓子を突きながら雑談を交わし、ザローナ王の手が空くの待った。
その間、終始クローナの表情は嬉しそうな笑みを絶やさず、ぬいぐるみを抱きながら。
「………」
異世界からやってきた道化師に観察されていることも知らずに。
「こちらです」
俺は今、屋敷の地下に続く階段をリーゼと共に降り、とある一室の扉の前に案内されていた。
地下倉庫とは別に作られたこの部屋は複数あり、その用途は様々である。
「今はリットお姉様の配下、アルシアが世話をしつつ尋問を続けております。態度や素行にも問題は見られず、尋問にも協力的だそうです」
「そうか。じゃあ早速会ってみるか」
「畏まりました」
リーゼが一礼し、扉を開ける。
部屋になっているそこは地下とは思えないほど広くて明るく、空調も効いており、キッチンやお風呂、ウォシュレット付きのトイレ、クローゼットなどどこの高級マンションかと思ってしまうほど設備が充実した一室となっている。
俺の自室より豪華なのは確かだ。
…いいんだ。俺の部屋は執務室兼寝室みたいなものだから…。
「すまん。邪魔するぞー」
「邪魔をするなら」
「駄目だアルシア。それ以上言ってはいけない。つかなんで知ってんだよ」
出迎えたのは澄んだ液体のように半透明な体をした水の精霊の美女、アルシアだ。
普段真面目な彼女からギャグで返されそうになり、思わず素で突っ込んでしまう。
「こう言えとリーズリット様とパーシェル様が…」
元凶は分かりやすい二人だった。
「あいつらはおやつ抜きだな。…それで君が聖女、だったか?」
俺は、アルシアの隣に立っているここに来た目的の一人の少女に視線を移す。
「は、はい。代弁者として聖女代行を任されたヘンリエッタと申します。よろしくお願い致します」
何処と無く神聖な雰囲気を醸し出しているその少女は、色素の薄い金色の長い髪を何故かツインテールにしており、その束ねた髪も両方で高さが合っていない。
「…その髪はどうした?」
俺から指摘されると気まずそうに束ねた紐を解いていくヘンリエッタ。
何となく分かるが、これは彼女の意思でやった訳ではなさそうである。
「…アルシア?」
何か事情を知っていそうなアルシアを見る。
彼女も何か気まずそうに視線が泳ぐ。
「その…鈴様が酔っ払って」
「ヘンリエッタさん!うちのがすんませんでした!!」
俺は光速で頭を下げる。凄まじく身内の仕業だった。
「ああ、頭を上げてください!鈴様にはとても良くしてもらっているんです!本当はこの部屋ではなく、私のために地上のお部屋も用意してくれているらしくて。本来なら戦に負けた私はもっと酷い扱いを受けてもおかしくないのに…」
ヘンリエッタは慌てて鈴をフォローしているが、鈴の酔っ払った際の絡みは実害は無いが他方に迷惑を掛けている。いよいよ禁酒を言い渡さねばならないかもしれない。
俺はゆっくりと頭を上げ、もう一度「すまなかった」と一言だけ謝罪する。
「鈴は悪いやつでは無いんだが、どうにも酒癖が悪くてな。弱い癖に飲みたがるんだ。何か被害が出るようなことがあったら言ってくれ。即禁酒を言い渡すから」
ヘンリエッタは苦笑いで頷いている。
この髪型以外にも何かされているのかもしれない。
「自己紹介が遅れたな。俺はこの屋敷の主人のカナタだ。そして連合軍を倒した鈴達の主人でもある。今回、君には一つの提案を持ってきた」
連合軍を倒した、と言った瞬間ヘンリエッタの体が一瞬震えたのに気付いたが俺はそのまま話を続けた。
「大体のことは聞いているかと思うが、俺は回りくどい交渉は苦手でな。はっきり言えば君には二つの選択肢を選んでもらいたい」
俺は懐から一つの鍵を取りだし、ヘンリエッタの前に持っていく。
「この鍵は君の部屋となる予定の鍵だ。この鍵を受け取り俺たちの仲間になるか、受け取らず監視付きのこの部屋で俺たちの計画が完了するまで待ち祖国に帰るか、悪いが猶予はもう与えた。そしてこちらはもう時間が無い。この場で選んでもらいたい」
今日、この場に来たのは連合軍を全滅させた際に、拉致した聖女や数人の捕虜達に選ばせるためにやって来ていた。
奴隷の女達は迷わずこの屋敷で働くことを選び、泣いて喜んでいた。今では体調が回復した者から早速メイドの教育をなどを受けている。
もう一人の帝国軍の副将軍とか言う男は、ヘンリエッタの後に選ばせる予定だ。まあ、あいつの場合は選択肢はほぼ無いが。
ヘンリエッタは一瞬だけ俯き、すぐに俺と視線を合わせた。
その瞳には強い意思が感じられ、決心が付いているのが分かる。
「受け取りません」
その決心ははっきりとした拒絶だった。
俺は少し肩を落とし、予備知識にあった聖女という存在に失望に近い思いを抱く。
「そうか…残念だ」
「ですが!」
どうやら続きがあったようだ。何か条件を付けてくるつもりだろうか?
例えそうであってもやはり聖女という存在に失望を覚える。
「私にも協力させて貰えませんか?鍵は受け取りません。このお部屋で十分です。祖国より丁重に扱われ、名ばかりですが敗軍の将である私に相応以上に気を遣ってもらいました。敵であるはずの私を殺さずに拾って貰えた御恩をお返しする意味でも、カナタ様が考える理想と計画も私がやりたくてできなかったものです。私に何ができるかは分かりません。ですが、何かお力になれる事があるのなら、私にも協力させて貰えませんか?」
そう語るヘンリエッタには、その瞳だけでなく言葉にも力強い意思が感じられた。
この世界の女性は皆強いな…。
メイと初めて会話した時に感じた同様の意思の強さを、俺はヘンリエッタからも感じた。
「……そうか。ありがとう」
こうしてメイやソーニャに続き、異世界の仲間がまた一人増えた。俺の思いに共感し、共に戦ってくれる仲間ができるのは嬉しいものである。
「だがな?やはり仲間になった者をいつまでも地下牢で生活させるのは些か体裁も悪いし、何より俺が居た堪れない。折角部屋を用意させたんだ、そっちに移って貰えないかな?」
ヘンリエッタははっ!と気付いたように慌てて鍵を受け取る。
「も、申し訳ございません!折角のご厚意を私ったら!!」
「いや、嬉しかったよ。もう夜中に鈴と一緒に抜け出さず、これからは好きに出歩くといい。監視も付けないから安心して過ごしてくれ。用があるときはこちらから呼ぶからその時だけ応じてくれればいいからな」
「あ、あわわわ!あれは鈴様に連れ出されて!!…すいませんでした……」
ヘンリエッタは表情をころころ変えて言い繕う。
鈴がヘンリエッタを気に入って夜中によく連れ出して回っているのは知っている。
鈴も隠すつもりがないのか、監視を付けずとも夜勤のメイド達にも普通に目撃され、報告も随分上がって来ていた。
その時から素行に問題はなかったので俺も敢えて自由にさせていた。
「気にしなくていい。アルシア、後で用意した部屋へ案内してやれ。ついでにパーシェルが付けたエレベーターにも乗せてやるといい」
一通り大きな課題が終わったパーシェルは、早速自分の趣味に走り出し、俺たちが屋敷を離れアルビノ種オーガと戦っているうちに屋敷を増築したり魔改造していた。
そして半日で屋敷内にエレベーターが設置され、1階から3階までの行き来が随分楽になっていた。
「畏まりました。きっと鈴様にもう案内されているかもしれませんが、屋敷内をご案内致しますね」
「は、はい。よろしくお願いします…」
こうして俺は一番の目的であった聖女と呼ばれる彼女の協力を得ることに成功した。
何よりも、自分の予備知識の中の聖女像に失望しなくて済んだのは嬉しかった。
「あの、一つだけお願いしてもいいですか?」
部屋から出ようとすると袖をちょんと引っ張られる。
振り向くと、袖を引っ張っていたのは恥ずかしそうに俯くヘンリエッタだった。
「どうした?」
チラチラとこちらの様子を伺いながら、ヘンリエッタは小さな声で呟く。
「私の名前、友達からはエッテって呼ばれてたので、カナタ様にもそう呼んでもらえると嬉しいです」
それは可愛らしいお願いだった。
「ああ。よろしく、エッテ。俺の事も様はいらないぞ?」
「はい!よろしくお願いします!カナタ様!」
満面の笑みで返してくるエッテに、俺の要望は通ることは無かった。
あー…本編そっちのけでイチャイチャ書きたい。。。
・:*三( ε:))☆((:3 )三*:・。




