アルビノ
体調が完全に悪化しましたので登校します。
「ほらるいるい、運動不足解消だ!でっぷり弛んだ肉を落とすぞ!!」
俺たちはパーシェルの工房を出た後、屋敷へ一度戻り初日以来働いていないシルバーファングのるいるいを連れ出そうとしたところ、流線型だったそのスタイリッシュな体が贅肉に覆われ、嘗ての面影が消えていることに気づいた。
人懐っこい性格のるいるいは、元村人組のメイドや子供達に甘えることを覚え、それはもう毎日餌付けされていた。
どうやらメイが世話を任されていたようだが、メイが居ないうちに朝夜だけの餌以外にも餌付けされ、碌に運動もしていなかったるいるいはそれはもうブクブクと太っていた。
メイは血相を変えて平謝りしていたが、るいるいは人の言葉が理解できる程賢い事が分かっており、俺はすぐにメイを許し、るいるいを叱った。
そして工房に向かったそのままのメンツで今、定員オーバー気味でるいるいの背中に乗り、食料プラント設置予定地へ向かっている。
「本当に申し訳ありません、ご主人様。途中からご主人様付きの教育に変わってしまってツイン様に任せてしまっていました…。よく考えればツインさんの方が忙しい筈なのに私…」
メイは俺がるいるいを叱ってからずっとこの調子だ。だがメイはまだ新人メイドだし、管轄は俺の手を離れ、メイド統括のツインへ移っている。
そのツインが事情を把握していない筈もないのでメイに落ち度はないと思っている。
「何度も言うが気にするな。ツインが許可しているなら問題は無い。働かずにタダ飯食い続けたるいるいが悪いんだ。これからは定期的な運動を義務付けよう」
「くぅ〜ん…」
銀狼としての威厳は地に落ち、定員オーバー気味で必死に空を駆けるるいるい。
だが俺は甘やかすつもりは無い。
「せっかくの異世界なんだ。システムで定義された以上に人を乗せる事ができたんだからお前のダイエットに打ってつけだろ?終わったら飯食わせてやるから気張れるいるい」
「ぐるぉー!」
何故定員オーバー気味で設置予定地へ向かっているのかというのは、メイが付いて行きたいと言い出したからである。
どうやらメイド組や教育を普段受けている子供達は、余った時間や休日にイーリスやミストから戦闘訓練や魔法の訓練を受けていたという。
イーリスは全ての戦闘スタイルに於いて最高位の能力を持ち、更にテイム系スキルの《教育》も所持しているため、ほぼ毎日授業を受けているメイドや子供達は、凄まじい勢いで自分に合った戦闘スタイルを獲得し成長していると言う。
ミストからは魔法の使い方から医療関係スキルを教えて貰っているらしい。ミストは『エレメンタルマスター』の称号を持ち、魔法関係のスキルは全て高ランクのプロフェッショナルだ。一応ミストもテイム系スキルの《教育》を所持している。
《教育》スキルを持っているのは《姉妹達》間ではこの二人だけで、護身用と緊急時用として余った時間で授業を始めたらしい。
始めた1日目から大盛況だったそうだ。業務が本格的に始まってからは朝、昼、夜の3回に分けて、業務に支障がないようにメイド組の交代の時間を見計らって行なっているらしい。
そして例に漏れず、メイも受けていたそうで簡単な戦闘魔法は一通り使えるようになっているという。屋敷から離れた位置にパーシェルとルピナが作った実戦向けのダンジョンモドキにも何度か潜り、現在では5段階の難易度がある階層を2段階まで攻略できているらしい。
本当に俺が知らないうちに物事が恐ろしい程進んでいる。俺は密かに報告書はサボらず出来るだけ目を通そうと心に誓った。
だってあの紙の束は無理だって…。軽く辞書くらいの厚さが数セット毎日なんだもん…。
せめてデータ化して…。
「ご主人様、予定地までもう少しで到着しますよ」
パニエの声で現実に引き戻される。
息が切れかけているるいるいの速度を少し落としてやり、目的地周辺に着陸する。
「あぁ…!大地がこんなにも愛おしいと思う日が来るとは…」
真っ先に地に下りて座り込み、涙目になって震えているのはソーニャ。実は高所恐怖症らしい。俺がお姫様抱っこで城まで運んだ時は、突然の事と夜間で下が見えなかったから平気だったらしい。
ソーニャはるいるいに乗ってからずっとソーニャの前に座っていたラザエラに引っ付いていた。
ラザエラの黒いローブの一張羅が皺くちゃになってしまっている。
「大丈夫ですか?ソーニャ、無理しないでいいですからね」
普段口数が少ないラザエラが心配そうに気遣っている。
王都で知り合ったときからソーニャとラザエラは気が合ったのか、結構仲が良く、一緒にいる所をよく見かける。
「いや、これ以上みっともない姿も見せる訳にはいかない。だけど少しだけ肩を貸して欲しいかな…」
「まったく…。ほら立って」
ラザエラが手を貸してソーニャはようやく立ち上がる。
ソーニャの実力を見たくて連れて来たのだが、少々心配である。
「ご主人様、ここから真っ直ぐ進んですぐに複数の魔物が」
パニエの索敵に早速引っかかったようだ。
このままパニエによるアウトレンジから殲滅もできるのだが、ソーニャとメイの実力を見るために二人を連れてきているので俺とパニエは索敵と護衛だけで後は見学だ。
「メイ、まずはラザエラの側で戦うんだ。敵のレベルが判断できるまでは前には出なくていい。危ないと思ったらパニエの元へ逃げろ。常に後ろで警戒してくれているから安心していいからな」
「はい!」
戦闘ができると言ってもメイはうちの大切な従業員である。過保護と言われても保険に保険を重ねてラザエラとパニエを護衛に付けてやる。
「ソーニャには俺が付こう。因みに敵はオーガの群れと判明している。相変わらずの色違いの上位種の群れだ。油断はしないように」
「了解です」
「御意」
魔物の中でも上位に位置するオーガ。それの色違いの上位種だ。ゲーム内でも中級者パーティーで対応する相手の更に上位種である。
パニエが大森林掌握時に確認された厄介な魔物の一つでもある。
「魔力溜まりには強力な魔物が出現するのは知っていたが、大森林は別格だな…」
ソーニャは少し驚きつつもうんざりしたように答える。
だがそれだけで、倒せないことは無いようだ。
「カナタさん、私の戦闘スタイルは魔法を主体とした距離を取って戦うスタイルだ。取り逃がすような真似はするつもりは無いが、念の為注意だけしておいてもらえないか?」
「了解だ。なんならわざと逃してもいいぞ?」
微かに笑いながら返してやる。るいるいでは無いが、俺も運動不足は否めない。動ける時に動きたいのだ。
「これは意地でも逃がせないな。こちらにきてみっともない姿ばかり見せてしまったからな。私にもプライドがあると言う所を見てもらわなければ」
冗談と思われたのだろうか。ソーニャが纏う空気が変わり、本気にさせてしまったようだ。
冒険者最高峰の紫持ちが纏う空気は、ゲーム内では感じることのできない独特で重みのあるものだった。
「では行こう。日暮れ前には終わらせて帰ろうじゃないか」
「《風に舞う氷礫》」
メイド服を靡かせメイが舞う。
強風とともに氷の礫が黒いオーク達を襲い、その巨体を肉片に変えていく。
中級魔法《風に舞う氷礫》。
風と氷を操る複合魔法の一つ。広範囲の敵を巻き込み拳程度の大きさの氷が風に舞う強力な攻撃魔法だ。
プレイヤーですら習得に時間のかかるスキルを、メイはあっさりと使いこなして見せている。
「あれは《氷嵐》…何故メイがそんな魔法を…」
予想よりも数が多かったオーガ達を、風系統の魔法を中心に、危なげなく捌いていくソーニャが呟く。
「確かにちょっと前までゴブリンやオークに襲われていた村人だとは思えないな。これはミストが教えたな?」
こんなに短期間で中級魔法を扱えるようになっているのは魔法のプロフェッショナルのミストのせいだろう。
教えているのは護身用の初級攻撃魔法くらいだろうと勘違いしていた俺も、ソーニャと同様驚きを隠せなかった。
「だがこのままいけば少々量は多いが、日暮れまでには終わるな!《風切》」
ソーニャがフラグを立てるような事を言いながら風の刃をオーガの群れへ放つ。
《風切》は初級魔法ではあるが、ソーニャの放つ魔法は悉く強靭な巨躯のオーガ達を切り裂いていく。
確かにソーニャの言う通り、この調子であればそれ程時間は掛からずに終わりそうである。
だがこの時、ソーニャが立てたフラグはすぐに回収されることになる。
『ご主人様、アルビノ種と思われる個体を発見しました』
「何っ!?」
後方で警戒しているパニエからメッセージが入る。
その内容に俺は思わずメッセージでは無く素で反応してしまう。
「カナタさん?どうかしたのか?」
俺の様子に驚きつつも、相変わらずソーニャは黒いオーガ達を捌いている。
ソーニャはまだしもメイでは無理だ。アルビノ種と言われる白い個体は、ゲーム内では最上位種と呼ばれ、高難易度のボスとしてやレイドボスの取り巻きとして出てくることが多い。
上級プレイヤーパーティーでも油断をすればあっさりと全滅させられる。
「ラザエラ!メイを下がらせろ!アルビノ種だ!!」
「承知」
「ふぇ!?ラザエラ様っ!?」
有無を言わせずメイを下がらせる。
オオォォォォォオオオォォーーー
「なっ!?」
「マジかよ」
メイを下がらせた直前に地を揺るがす程の咆哮が鳴り響く。
木々をへし折り地響きを鳴らしながら現れたのは巨大で真っ白なオーガ。
体長は優に5mを超えていそうだ。
「白オーガだと!?」
ソーニャが焦り出したのが分かった。
紫持ちでも白はヤバイ相手なのだろう。明らかな動揺が伝わってくる。
これではソーニャも無理そうだ。
「俺がやろう。パニエ、ラザエラ援護頼む」
言いながら返事も聞かず走り出す。
高AGIを生かし、白オーガが反応できない速度で飛び上がり、まずは一撫で。
「一ノ舞《桜煽》」
両手に持った舞剣が無作為な軌道を取ってアルビノ種と思われるオーガを襲う。
白オーガは突如自分を襲った舞剣を捉えるこができず、体中の至る所に深い切り傷を作るが。
浅いか。
「ニノ舞《三日月》」
空中で身を捻り、二本の舞剣が白オーガの側面を斬り刻む。
俺の胴体ほどもありそうな太い二の腕を切り落とそうとするが、強靭な筋肉繊維の奥にある骨で止められる。
「マジかよ。金剛すら切り裂く舞剣が止められるのか」
グオォォォォォォォォォォ!!!!!
痛みが遅れてやってきたのだろう。血飛沫が舞い、白い肌が赤く染められていく。
流石の耐久力だ。夥しいほどの血を垂れ流しながら千切れかかった腕を振り回し、錆びた大剣を振るおうとしている。
「三ノ舞《大輪》」
舞剣が今度こそ千切れかけた腕を下から切り裂く。
今度こそ骨まで断ち切る舞剣。白く太い二本の腕が宙を舞って地に落ちる。
よしっ!んん!?
「クソがっ!!」
両手を失った筈の白オーガは、怯むどころか俺に向かって蹴りを入れてくる。
いわゆるヤクザキックだ。
俺も《三日月》で切れなった両手を切断できて油断があったのか、直撃を受けそうになり寸前で両手に持つ舞剣を交差させて巨大な足を受け止める。
強力な攻撃力を持つ代わりに耐久力は貧弱な舞剣は、強烈なオーガの蹴りに耐え切れず刀身に亀裂が入る。
「この馬鹿力があぁぁぁ!」
下半身に力を入れて踏みとどまるが、あまりの重圧に地面が陥没し、システムがフォローしてくれるゲーム内とは違い次第にバランスが取り辛く、踏ん張りが利かなくなっていく。
「一閃《首刈》」
ラザエラの声が聞こえたその瞬間、白オーガの太い首筋が光り、その巨体がゆっくりと崩れ落ちて行く。
足を受け止めていた舞剣に掛けられていた重圧もなくなり、ズドンっという轟音と共に白オーガは完全に沈黙した。




