翻弄
リフ大森林入り口から約20km地点。
そこにあった半径数百メートルの草木は刈られ、土地は均され即興ではあるが木製の柵や組み立て式の櫓がいくつも建っていた。
早朝に出陣した第一陣の侵入から10時間が経過していた。
連合軍は事前に第一拠点となる予定地までの進入路を複数拡張し、予定地には既に多くの工兵や土魔法が得意な魔法使いの部隊を送り込んでいた。
「ここは最初の拠点となる戦略的重要地だ。後で拡張できるように木を切り倒し地を均せ」
工兵小隊長の声が響く。
各地で各国の工兵達が寝ずに交代で櫓や小屋をいくつも建て、魔道士たちが土魔法で土地を平らに均していく。
最終的には数百万の軍を支える補給拠点としても使用されるため、長期的に工事は続けられていく。
「しかし獣一匹もいやしねぇな。聞いてた話と違うぜ」
見回りをしている兵達の呟きも聞こえる。
彼らは事前にリフ大森林に侵入してからと言うもの、何処にでも生息するゴブリンどころか未だに野生動物すらも見かけていなかった。
「やっぱ大森林は不気味だな。俺たちは当分ここ勤めになるが、先に進んだやつらが心配だぜ」
彼らの所属する軍は中央諸国と呼ばれる王国の西、帝国の北、聖教国の北東に位置する3カ国の都市国家群からなる同盟軍だ。
5年前には、最後まで連合による横暴なラテール共和国侵攻に反対していたが、大国である王国、帝国、聖教国の圧力に屈し、連合側として参戦。前線で正規軍で戦闘こそ行わなかったが、砂漠の国シヴと同様に義勇軍を派遣し多くの亜人を虐殺から救った。
流石に自国で保護すると後々連合との禍根を残す為、保護された亜人種達はシヴの義勇軍に引き渡された。
それらは全て帝国の知るところとなり、外交的に何度も脅迫を受けている。
今回のリフ大森林制圧作戦も正規軍派遣という条件で泣く泣くこうして第一陣として森へ侵入していた。
「よくこんな事するよな。もうすぐ冬が来るってのに。あー家の畑が心配だわ」
「お前畑より奥さんの心配しろよな。新婚なんだろ?長期遠征だと確実に寝取られるぞ?」
若い兵士が呟き年配の兵がそれにニヤけた顔で返す。
工兵や魔道士達以外の兵士達の間にはなんとも緩い空気が流れていた。
「もう暫くすると帝国軍の本体がやって来る!早めにバラックを建てさせろ!余裕は無いぞ!」
小隊長が叫ぶ中、連合軍全体の中で最も忙しさと戦うのは工兵達と魔道士達だけであった。
「敵の気配が全くねぇな」
馬上で一人ボヤくのは帝国軍の先鋒として第一拠点を通過したばかりの、青髪を靡かせ着崩した着物をはだけさしているマリウスである。
「そうですね。私は快適ですからいいですけど。道は魔道士が作ってくれるし、襲って来る魔物もいない。夕方までには第2拠点地点まで行けそうです」
側の副官がマリウスのボヤきに答える。ここまでマリウス達も魔物どころか動物一匹も見ていなかった。
「なんか嫌な気がするが…さっさと行って野営の準備だ」
「はっ!」
副官が工兵たちの指揮を執りに戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、マリウスはどこか話が出来すぎていると感じていた。
魔物も動物もおらず進軍の妨害もなく、本来の予定では3日は掛かるはずの行程を陽が落ちる前には到達できそうな進み具合である。
普通ならば誰しも奇妙だと違和感を抱くはずなのに、行軍している兵達は気付きもしない。
事前の下調べでは様々な魔物の上位種で溢れ、魔力の流れで魔法使いたちが魔力酔いを起こしやすいと聞かされていたのだが、一度もそんな事は無く、全てが順調に進み過ぎているとだけ感じていたに過ぎない。
「まるで誘われているみたいだな」
マリウスは再び呟くが、再びそれに答える者はいなかった。
「まるで誘われているみたいです」
王国軍の先鋒に随行しているラライは森の明らかにおかしな状況にマリウスと同じ感覚に陥っていた。
前方ではさらに奥地へ進む自軍の魔道士や召喚された土でできたゴーレムを使い順調すぎるほどに土木工事が進んでいる。
「森が静か過ぎる」
彼はラテール共和国の森に近い村の出身で、リフ大森林には極稀に比較的浅い位置へ入る機会が何度かあった。
「明らかに雰囲気が違う」
以前入った時より空気が軽く、森特有の薄暗さや圧迫感を感じない。背の高い木々は其処彼処にあるはずなのに。
それに順調すぎる行程。予定より大幅に拡張工事が進み、森の奥へ奥へと誘われている感覚。いくら人海戦術で魔法使いの大部隊を交代で道を作らせているとは言え、いくら何でも早すぎる。
一日で数十万の兵達が進める距離ではない。
初めて森へ入った自軍の将兵にはそれが不自然と感じていない者が多いのか、実際に魔法を使い続けている魔導士部隊ですら気にしている者は見当たらない。
だがそれに気付いた所で何もできず、注意を喚起したところでラライの言うことを信じる者などいない。
誰も亜人である私の言うことに聞く耳を持たないだろう。だがこれは必ず裏に何かある。いざと言うときは…。
ラライは自分の立場を理解した上で、独自に動くことを決心した。
「以上が連合軍の侵攻推移となります」
リーゼの声が会議室に響く。
今ここにいる姉妹達はリーズリットとリーゼ、ミストだけだ。
「パニエが上手くやっているようじゃな。これなら明日には仕掛けられる。まあそうなって貰わんと困るがの」
リーズリットが無い胸を張り、カナタがそれをチラ見する。
リットがその視線に気づき「ほれほれ」と言いながら無い胸を見せつけてくる。凝視しそうになったが、リーゼのジト目に気づき、慌てて取り繕う。
「っと、そう言えばイーリスたちは何処へ行ったんだ?準備は完了しているのか?」
カナタは別に何か用があって会議室へ来たのでは無く、ただ早朝に連合軍が森へ入ったと知らせがあった時から落ち着かなくなり、リット達が常に諜報活動を行なっている会議室へ赴いていた。
「ご主人様、御姉様達は皆とうに準備は完了し、湯浴みに参っておりますよ」
答えたのはミストだった。ミストは先程まで王城の地下で保護された亜人達の治療と経過観察のために数日前から走り回っていた。
治療のエキスパートである彼女は、本来再生が不可能である時間が経ちすぎた死体すらも蘇らす事が出来る。
ここ数日はそういった者達の為に付きっ切りで治療室に篭っていた。
「そうか、皆落ち着いているな。また慌ててるのは俺だけだな。もっと堂々とできればいいんだが、何となく落ち着かなくてな」
苦笑しながら自虐するカナタにミストは優しく微笑む。
「皆そんなカナタ様をお慕いしております。何一つご心配はありませんよ。連合軍など私一人でも蹴散らせますが、今回は鈴お姉様が参戦して下さるのです。万が一もありません」
優雅に紅茶を啜りながらリットを膝の上に乗せ、茶菓子で餌付けしているミスト。
心配は無いと言い切るその姿に惚れてしまいそうである。
「この調子なら明日の夜には仕掛けることができそうじゃな。ご主人様の心配性ももう暫くの我慢じゃ。しかし案の定烏合の衆じゃったのー。力を合わせるどころか味方を謀に陥れるとはのー。我らが何もせずとも自滅しそうなもんじゃが、まぁ全て予想内じゃ」
リットは笑いながら遠く離れた精霊達と会話をしている。恐らく連合軍の中の出来事でも聞いているのかもしれない。
「ほーそうかそうか。何人か気づき始めた者もいるか。じゃがもう遅いの~。それで利用価値がありそうなのは1人だけか」
精霊達の報告から感心したり悪いことを考えてそうな様子のリット。
何だろう、この悪の幹部って感じがリットには似合いそうだ。
「なぁ、リーゼ。連合軍はどれくらい森へ入った?」
「現在、旧ラテール共和国領北方駐屯地を守っている聖教国20万と後詰めの帝国軍の30万、王国軍10万以外は全ての軍が森へ入っております。今日一日で全ての第一陣と帝国、王国ともに戦力の半分を投入した形になりますね」
ここまで面白いほどにリットの予定通りに物事が進んでいる。
こちらも準備は整っている。このままいけば俺の心配性も杞憂に終わるだろう。
残る戦力の大部分が投入し終わる明日の夜、遥々遠征してきた連合の運命が決まることになる。




