思惑
「ふん!害獣どもの国を滅ぼして以来だな」
その日、グライドリヒ・バイツ・ザルディアス帝国大森林侵攻軍総司令官アスバ・ゴドゥラス将軍は、旧ラテール共和国領に陣を張る見渡す限りの連合軍を見て機嫌よく頷いていた。
「ただのゴミ漁りどもの集まりだ」
アスバ将軍の背後にある天幕から一人の若い男性が出てくる。青く長い髪を風に靡かせ鋭い目つきの青年。陣中であるというのに鎧も着ておらず、黒い着物を大きくはだけさせ着崩したように羽織っている。
「マリウスか、そう言うな。かの大森林には多くの未発見資源が多く眠っている。欲しがるのは仕方のないことよ。王国が大々的に発表さえしなければ我ら単独で制圧したのだがな」
味方のはずの連合軍を睨みつけるようにしてアスバは言う。
そしてマリウスと呼ばれた青年は、何かを見つけたように目を細め南の方角を見つめる。
「詐欺師の子飼いと豚の代行が来たみたいだ」
「ふん!毎回言い出しっぺの癖に遅れて来おって。そのくせ旨い所だけ食っていく神を騙るハイエナ共め。今回はどんな言い訳をしてくれるか楽しみじゃな」
アスバ将軍とマリウスが遠く見つめる先には、凡そ軍隊には見えない異様な雰囲気を醸し出す"人の群れ"が列を成して、連合軍旧ラテール共和国領北部駐屯地へ向かって来ていた。
「奴らが来たなら早速軍議を始めるぞ。まあ軍議と言ってもただの取り分の再確認だろうがな」
「今回の面子を拝まさせてもらおう」
二人は帝国軍駐屯地を出て、リフ大森林総本陣へ向かう。
アスバ将軍とマリウスの足取りは軽く、その表情は薄っすらと怪しく笑っていた。
リフ大森林制圧拠点中央・総本陣
「それでは軍議を行う」
リフ大森林制圧作戦の総本陣。そこには数多の国々から連合軍として軍を率いてきた将校が数多く集まっていた。その中には帝国軍アスバ・ゴドゥラス将軍とマリウス・アザゼル副将軍の姿もある。
だが先ほど駐屯地に入ったばかりの聖教国の将校は一人も姿は無かった。
将校が揃った瞬間、軍議の開始を宣言したのはヘデルベルク王国軍大森林方面軍総司令官ベルム・コンラッド将軍。天然パーマの短い頭髪に加え、細い顔立ちのカイゼル髭の初老の将軍。漂うオーラは名将のそれである。
「まずは各々方、再びこうして共に戦えることを儂は嬉しく思う」
一つ咳払いをするとベルムは続ける。
「此度の目標はリフ大森林を余すことなく我ら南方諸国の支配下に置くことである。かの大森林は遥かな昔から人々の手が入る事を拒んでいた。強力な魔物に数ヶ月歩いても出口が無いとまで言われた前人未踏の森だ。ラテール共和国を攻め滅ぼした時より難易度は更に高くなることが容易に分かる」
少し大袈裟な身振り手振りで説明するベルム。彼には独特のカリスマ性があるのだろうか。帝国以外の将校は熱心に聴き入り、小さな声で賞賛している者も多くいる。
演説するように挨拶をするベルム将軍と、それをまるで英雄でも見ているかのやうに口々に賛辞する他国の諸将に、アスバ将軍とマリウス副将軍は冷ややかな視線を浴びせている。
やがて長く眠たくなるような挨拶が終わり、ようやくまともな軍議の話が始まる。
「リフ大森林の地図は未完成である。故にこの侵攻戦に於いては先鋒となる中央諸国と今回が初の連合参加となる諸国の貴兄らの軍で測量しながら進んでもらいたい。報酬としてかねてより確約されていた大森林の割譲範囲を当初の1.5倍を与えよう。より正確に地図を作成して下さった国には当初の2倍の範囲と約束しよう」
「「「「おおおっ!!」」」
もはや呆れを通り越して滑稽である。
先鋒となる諸国の軍は、強力な魔物たちと真っ先に戦う事となる。リフ大森林には災害級とされる魔物も数生息しており、軍を出したところで撃退できれば御の字だ。
つまり彼らは体の良い弾除けに使われることになっている。
「大森林の中では連携が取りづらくなるのは目に見えている。なので今回王国は"遠話の水晶"を貴兄らに配る事を決定した!」
「「「「おおおおおっ!!!」」」
「ほお…」
アスバ将軍が小さく唸る。
どうやら王国は高価なオモチャまで投入する本腰の入れようだ。貴重なマジックアイテムの中でもさらに貴重で作成難度が高く扱いが難しい。それを惜しげもなく連合軍全体に配るという事は、王国はリフ大森林を本気で支配下に置くつもりなのが容易に分かった。
そして王国が砂の国、魔法先進国と言われるシヴと少なからず交易している証拠でもある。
「遠話の水晶には通信可能距離がある。そのため貴兄らが通って安全が確認された道々に連絡拠点を作りながら進んで欲しい。そして強力な魔物が出た際には遠慮無く使用して欲しい。後方の我らヘデルベルク王国軍かザルディアス帝国軍、ここにはまだ起こしになっていないがヌアザ・ナレグ司教総代理殿が率いる聖教徒軍が援軍に駆けつける手筈になっている」
「これは先が見えて来ましたなぁ!」
「まさか遠話の水晶まで用意してくださるとは!」
「もう何も怖くはありませんな!はっはっは!」
誰しもが懸念していた連携の不足がこれで解消されたと喜び、前人未踏の地制圧の話にに現実感が出てくる。
「我らは初耳だがな。王国め、やってくれる」
アスバ将軍は小さく呟くが声音から苛立ちがひしひしと伝わってくる。
だが王国の策略と見抜いているアスバ将軍は声を上げることはなかった。腹は立つがよく考えてみれば、むしろ良い考えなのでは無いかとすら思えてきている。
「では更に作戦を詰めていこう。先鋒となる貴兄らの補給についてだが…」
その後、軍議は予想外に夜中まで続いた。
だがその内容は聴き心地は良いが、全て王国が仕組んでいる策略だと帝国のアスバ将軍、マリウス副将軍以外に見抜ける者は居なかった。
そして最後まで結局、聖教国の将校や総司令官が軍議に姿を表す事は無かった。
「神を騙る豚どもめ…軍議に出ぬとはどう言うつもりか。作戦決行は明日なのだぞ?よもやまたハイエナのような真似をするつもりなのか!」
王国軍の豪華な天幕の中で、ベルム将軍はワインの入ったグラスを叩きつけ憤怒の様子を露わにしていた。
「亜人の塵どもの国を抹殺したときもそうだった!前線で血を流し、領土を奪い、我々が進軍している途中でも、奴らは後方でゆったりと我らが通った道を略奪し、亜人の女どもを強姦し、価値ある物を全て焼き払った!最後には神の声と偽り全ての手柄を持っていった詐欺師どもめ……。建前上仕方なく此度のリフ大森林侵攻に誘ったが、即時承諾とはな。どの面下げてやって来おったのか…」
いい具合に酔っ払ったベルム将軍は、軍議を行なっていた時よりも更に早口になり、乱暴に物に当たり散らす。
「ラライ!連れて来た亜人の女どもをここへ寄越せ!!この私の怒りを鎮めさせる奉仕をさせてやる!」
段々と呂律も回らなくなっているベルム将軍。そしてラライと呼ばれた一人の青年が天幕に入ってくる。
「今宵は抱かないと仰られていたので全員就寝しております。ベルム将軍に置かれましては酔いを覚まされ、お眠りになった方が明日に響かないぐっ!!」
ラライの額にベルム将軍が投げたワインの瓶が直撃する。ラライは思わず膝をつき、直撃した額を手で覆う。
生温い感触が額と手を伝い、ぼたぼたと天幕内に敷かれたカーペットへ落ちていく。
「いつから貴様が儂に意見できるようになったのじゃ?貴様の命を拾ってやったのは誰だと思っている!?本来であれば貴様は即斬首されてもおかしくない立場である事を忘れるなよ?さっさと女どもを連れてこい」
ラライは俯き、「畏まりました…」と一言告げ退室する。
その俯き退室していくラライの頭部には、獣人族に見られる小さな三角形の犬耳が生えていた。




