忍び寄る暗雲
『ご主人様、ご就寝中に失礼します。早急に伝えたい事があります。会議室へお越し願えませんか?』
リリルを抱き枕にして眠っているとリーゼからのメッセージが来て起こされる。
『んー…ふぁ…。あぁ…すぐに行く。ぐぅ』
『王城にあった資料から、近々リフ大森林へ連合が侵攻してくる作戦がが判明しました。どうやらメイ達を襲っていた変異種は斥候だったようです』
ベッドから飛び起きる。
こてん。とリリルがベッドの上を転がっていく。
『すぐに会議室へ向かう。少し待ってろ』
『畏まりました』
王国から戻って休む間も無く早々に、異世界の新たな嵐が俺たちを襲おうとしていた。
「詳細を教えてくれ」
リーゼの一報から目覚め、軽くシャワーを浴びてすぐに会議室へ向かった。
そこにはミストとツイン以外の全員が既に集まっていた。
「はい。こちらをご覧下さい。王城内にあった作戦計画書や概要をコピーしたものです」
一枚の地図と複数枚の紙を手渡される。
地図には南方諸国側から見た地図となっており、リフ大森林はやや北側に描かれていた。
「凸マークと矢印が描かれていますね?これは連合軍の部隊と侵攻方向を示しています。リフ大森林を抜けすぐ南。ここがラテール共和国の跡地となります」
リーゼに説明してもらいながら地図を見て行く。
地図にはラテール共和国跡地に大きな凸マークが3つと小さな凸マーク2つ描かれている。
矢印が向いている方向はそれぞれ異なっているが、その全てがリフ大森林の方向へ向いていた。
「恐らく南方諸国連合軍はリフ大森林を制圧するつもりでしょう。精霊達が持ち帰った王国以外の諸国からも同じような資料と制圧後の分割統治の概要書まで揃っております。何故今まで手を出していなかった大森林を今更制圧し、占領しようとしているのかは分かっていませんが…」
リフ大森林は過去に人の手が入ったことはほぼ無かった筈だ。各国から集めた史料からもそれは判明している。
リーゼが言っているように何故今更になって…。
「だいたーいの予想はつくっスね。リフ大森林には独特の魔力が流れてるっす。その魔力は大気の影響もあって北方大山脈から流れてきて森で堰き止められてる形っす。んでその魔力の影響を受けた動植物や土地は変異しやすいっすからねー」
確かに以前、まだここに来た当初にリーゼが大気中に流れる魔力が変だと言っていた事がある。
それがこの森とどう関係が…。
「………詰まる所、希少資源目当てですか」
イーリスが静かに俺の疑問に答える。
そしてその予想に皆が頷いた。
魔力の流れの事は皆知っていて、凡その予想はついていたのだろう。
「そっすね。南方では、いや、リフ大森林はそれこそ大陸中を探しても見つからないような資源のオンパレードっす。そこら辺でも掘れば金より価値のある鉱石でも出てくるんじゃないっすかねー」
パーシェルが投げやりに話す。
連合軍の目的にあまり興味は無さそうだ。
「確かに様々な希少な鉱石や植物、動物などは確認されていますけど、大軍を遠征させてまでのメリットがあるかと言われれば、私は首を傾げますね」
「パニエ、それは私たちの視点から見たものです。私からしても、この森のどんなものであってもご主人様が鍛えた剣一本の方が価値は勝ります。ですが、連合視点からするとこの森の価値は大軍を動かす以上に遥かに価値は高いのです。大軍を動かす軍事費や遠征費、森を開拓する為の開拓費用、人を雇う為の人件費、それら諸々を差し引いても手に入れたいのでしょう」
森を支配して熟知しているパニエの意見に丁寧に答えるイーリス。
だが切っ掛けはなんだ?目的が分かっても何故このタイミングなのかが不明だった。
「どうやって魔力の流れや資源のことが分かったんだ…このタイミングも何かありそうな気がするな」
「それは儂から答えよう。ご主人様がこの世界に転移した日、メイ達がいたあの村を襲っていた変異種じゃ」
変異種…。
そう言えばさっきもリーゼが言っていたが…。
「ご主人様達が王城へ潜入し、地下で救出した亜人達を見たじゃろ?変異種達はあやつらの成れの果てじゃ。副産物と言ってもいいじゃろう。奴らは何かを研究しておる。人体実験までして書面には残せない何かをじゃ。その研究の過程で完成したのが赤黒い変異種達じゃよ」
「つまり、村を襲っていたあの変異種のゴブリンやオークは…」
リットは軽く頷き俺の予想を肯定する。
「じゃが使われた大部分は実験台になった被験者の血肉と魔力じゃな。あの地下には女性しかいなかったと報告は受けているのじゃ。もしかすると無理矢理魔物どもと交配させられて、産ませる母体として扱われていたのやも知れんな。実際、地下1階で救出された者達や残されていた僅かな資料からも裏は取れておる。惨いことをする…」
握る拳に力が増してくる。
どこまで亜人を…。
「そして王城から手に入れた僅かな実験概要と変異種どもの死体を検分し、照らし合わせた事から判明したのは、奴らは変異種を操っていると言うことが分かったのじゃ。長年人を拒み続けたリフ大森林に、死んでも換えのきく斥候として変異種達を放った。そこから集めた森の情報から制圧するに値すると判断したのじゃろう。ついでに、森に逃げ込んだ亜人を狩る目的も兼ねてじゃな」
酷い。あまりも酷い。
俺の勝手な倫理観だが、到底人間のすることでは無い。
奥歯を噛み締め湧き出てくる怒りを抑え込む。
「リーゼ、奴らはいつ動く」
腹の底から吐き出すような低い声が出る。自分でも驚くような声だ。
「…早ければ3日後の早朝でしょう。旧ラテール共和国領に続々と各国の軍隊が集結がほぼ完了しております。一番遠い帝国と聖教国の行進が些か遅れているようですが、このまま行けば恐らく3日後で間違い無いでしょう。あまり時間はありません」
3日…確かにあまり時間が無いな。
計画のこともある。なるべくならこちらの情報を与えずに連合を撃退したいが…。
「リット、計画に支障の無い範囲で迎撃はできるか?」
我が家の小さな大天才、リーズリットを頼る。俺は戦うしか脳が無いからな。
戦略や戦術はリットに任せるのが一番だ。
リットは待ってましたと言わんばかりに席を立ち、仁王立ちで浮遊する。
そして自信満々に、
「何もせん!」
と、ほざきやがった。
「リット、はしたないですよ。席に着きなさい」
イーリスの空気をガン無視した注意が会議室に響く。
注意されたリットは、ふわぁ〜と浮いたまま席へ戻った。
会議室に沈黙が走る。
あまりの発言に、俺の怒りもどこかへ行ってしまう。
「鈴、いいぞ」
静かな会議室に今度は俺の声が響く。
「リットぉ~。今晩はおねーちゃんと一緒にお湯入ろうえ?そな後は一緒に寝よなぁ?」
一瞬でリットの背後に移動した鈴がリットの頭をがっしりとホールドし、その大きくはだけた豊満な胸に沈ませる。
リットは暴れているがビクともしていない。
「鈴、普段避けられている分思いっきり可愛がってやれ。リットもどうやら姉の愛情に飢えているようだ」
俺の言葉にニマァっと嗤う鈴。
「ひひひひ、ご主人様の許可は下りたえ。リットぉ?もう離さんえ」
「ぷはぁ!いやじゃあ!きちんと策はあるのじゃあ!たすけわぷ」
一瞬だけ顔を出し再び埋められる。
鈴のSTRはイーリスとほぼ同等。リットではまず抜け出せないだろう。
「リーゼ、敵の数は分かるか?」
「今の段階で各国軍合わせて50万前後です。後方からは最大戦力の帝国軍が約50万。聖教国が約20万です。これは更に後方からくる増援・補給部隊を除いた数なので、最終的にはさらにこの倍以上に膨れ上がるかと思います」
ふぅ。思ったよりも大ピンチでござる。




